・五月九日、アイスクリームの日
五台の冷凍機械からガンガン氷点下の空気を送り込み続けた結果、やっとガソリンの保管庫が完成した。
泥が凍土に、良い具合に建材の役割を担ってくれている。
ガソリンを冷却するための発電機にガソリンを使うというのも皮肉な話だけれど仕方が無い。
これでまた食料保存の期限が無期限になってくれた。
これでまたハーゲンダッツも貯め放題だと言うのに、皆の顔が暗いままだ。
もともと現実を知っていたアザミさん、そもそも知らない宮古ちゃんを除いて。
三人娘が皆、ネクラ型のカマッテちゃんになってしまった。
「ごめん、少し放っておいて」x3
だから放って置いて第二冷凍室の造成を頑張っていると、爆音がうるさいと怒られた。
また乙女ならではの理不尽だ。爆破解体作業がうるさいのは常識だろうに。
人生の先輩であるアザミ先生に話を聞くと、『そういう時はね? 傍に居ながら、頭の一つでも撫でて、一緒に居てあげるだけで良いのよ?』助言を実行した。
無気力アピールを繰り返す三人を取りあえず同じ場所に運びこみ、頭を撫でようとしたところで気が付いた。
――――ボクの手は二本しか無い驚愕の新事実。
仕方が無いので、神奈姉には右手を、朱音には左手を、まもりの頭には足を。
みんなの頭を撫で回して――――股間はやめてっ!!
慰めようという意思だけは察してくれたのか、三人ともがボクの膝枕に収まり、なんだか物憂げながらに心の整理を続けていた。
手持ち無沙汰だったボクは、ラップトップパソコンを三人の頭の上に乗せ、物資の帳簿付けをカタカタと――――。
まもり? 中段の水月は痛いよ? 突き込みから捻りまでに自分から跳ぶのも大変なんだよ?
神奈姉? ボストンクラブは合気道の技じゃないから。どうせなら上四方とか横四方とか。
朱音? 股間を踏みつけにするその行為は痛くないけど、一番残酷な行いだから!!
「元気、出た?」
「――――京ちゃん。お姉ちゃんとしてお話があります。京ちゃんは、きちんとした女の子の慰め方を知るべきです」
「神奈姉が十年ぶりに良いこと言った。京也は仕事人間すぎだよ。京司さんよりも沙也香さんを見習いなさい」
「えっと、とりあえず田辺くんは元気になったよ? 男の子ってあんなに固く――――」
成功率は四分の一か。ボクだけは元気になりましたよ……。
「では、みなさん、具体的に教えてくださいませ。
ボクは、いったい何をすれば良いのでしょうか?」
「何もしないで」x3
何もしないって、つらいなぁ、しんどいなぁ、トイレ行きたいなぁ――――。
――――工事したいなぁ。クスン。
◆ ◆
夜。みんなが盗賊家業についてきたがった。
――――やっぱり、罪悪感を感じちゃってるんだろうな。
「神奈姉、まもり、朱音? ボクは、三人の手を汚したくないんだ。――――そうしないと、ボクがボクで居られなくなるから」
心の底から正直に語った。
「ず~る~い~。私は? アラサーの私の手は汚れても良いって言うんですか? そうですよね~。京也くんからすると汚れたオバさんですもんね~?」
思わぬ方向に伏兵が!?
「ははは、何を言ってるんですか。アザミさんはまだ二十代じゃないですか、あと一月半でしたっけ?」
やめてっ!! 四人がかりで滅多打ちは卑怯だよっ!!
割と本気で痛かった。なぜ一瞬で徒党を組めるんだろう。女心は解らない。
「みんなが元気だからボクは頑張れる。だからさ、また、これを用意したんだよ」
二代目欲しい物リストのホワイトボード。初代は自宅と運命を共にしちゃったからね。
早速、みんなが自分の名前を書いて、自分たちの欲しいものを記入した。
『欲しいものリスト
田辺京也 :みんなの笑顔
木崎かんな:湯船 シャワー
木崎まもり:テレビ ゲーム機(最新のね)
氷川あかね:ハーゲンダッツ(抹茶以外)
戸部みやこ:お姫様のベッド
戸部あざみ:日焼け止め 美白クリーム アンチエイジング全般』
――――ねぇ、みんなはボクの感動の話を聞いてたの? みんなには物欲しかないの?
湯船、実はこれ、家具屋さんでも普通に販売しているものなんだよね。
給湯器も、LPガスを扱う町のガス屋さんなら必ずモデルの一つもある。
LPガスのボンベなんて、都市ガスじゃない地域なら、その辺の家一件につき一個は付いてるものだ。
テレビ? ゲーム機? それもその辺の家の中にゴロゴロしてるよ。
ハーゲンダッツならドラッグストアのアイスクリームコーナーにもあるんだよ。
日焼け止めも美白クリームも、ファンデーションも白髪染めもちゃんと揃うよ。
みんながわざわざ、脱出の際に食料の代わりにクーラーボックスに詰めたカミソリの類だってね!!
お姫様のベッドは――――二段ベッドを綺麗に飾れば良いのかな?
あるいは、高級ホテルに忍び込んで……。いや、ラブな方?
これは迷うな、宮古ちゃんの夢はつねに壮大だからなぁ……。
エイハブくんによって放置車両を物理的に吹き飛ばせるようになったクロ二号の足を止める物は、もはや存在しない。
何しろエイハブくんはボーリングの弾をたぶん時速二百キロ以上で飛ばせる代物だ。
鯨銛のエイハブくんを名乗っているが、その実態は質量加速器。マスドライバーだ。
30cmの発射筒に入るものなら何でもたぶん時速二百キロ。ブドウ弾だって行けちゃう子。
流石は軍用車のサスペンション。全てにおいてバネが違う。
蓋、バネ、蓋、バネ、蓋、バネとサンドイッチ構造にした上で、複数の電動ウィンチで圧をかける。
同時開放。伸びきったバネの生み出す速度は、たぶん初速二百キロ。
たぶんと付くのは計測した事が無いからだ。見た感じでは新幹線くらい速い。
とりあえず、ボーリングの玉が民家を突き抜けることまでは確認した。きっと、かなりの安普請だったんだろう。
あのゴルフ島を貫いていた東京ゲートブリッジは、ボーリングの玉をぶつけて橋桁を破壊する予定だったのになぁ。
そしてボーリング工事だと言い張るつもりだったのになぁ。ちくしょう。
◆ ◆
「生存記録、四百四日目。五月九日、天候は曇り。記録者名、田辺京也。
宮古ちゃんを除いた皆の顔に笑顔が戻った。物欲の塊どもめ。
宮古ちゃんだけはホンモノのお姫様ベッドをご所望のご様子。
――――彼女の生まれは上流階級なのですか?
『うちの拓海さんが甘やかすから――――』
公務員の給料で買えるギリギリ、天蓋付きのお姫さまっぽいベッドでお眠りになっていたらしい。
それは、一人娘だからって甘やかしすぎだと思いますよ拓海さん。
三人娘は今日頼んで今日届くとは思って居なかったらしい。舐めるなよ?
徒歩、クロ、そしてはしけ船と、一度で運べる物資の量は倍々計算に進化したんだからな?
――――殺したZも倍々計算なんだけどね。
Zくんたちが単純な物音に反応しなくなった。
草の擦れる音やカエルの鳴き声に無反応になった。興味を感じないらしい。
最低でも何かの割れる破砕音、ガラスを割るくらいのことをしないと動いてくれない。
小石を投げた程度では見向きもしない。だからもう、死角をついて歩けそうに無い。
雨音の中でも特別な音だけを聞き分けている。――――こいつは参ったね。
赤ちゃん騙しのイナイイナイバアが通用しなくなった。
これからは、最低でも子供騙しのトリックを使わなくちゃ避けられない。
そして、二度目からは同じ子供騙しが通用しない。だから基本は初見殺しだ。
最善の方法は――――目にしたものは皆殺しだろう。
クロ二号に近寄れば、死ぬ。あれは危険物だと学習させることだ。
火を吐く姿を見たZは、もうクロ二号に近寄ろうとしない。逃亡に近い動きすらみせた。
そういう危険な生物に見えているのだろう。火を吹く怪獣クロ二号。
もはや、どっちがどっちを恐怖させて居るのやら――――皮肉な話だなぁ」
ヘッドセットを外して考える。
――――皆に知られたくなかった。ボクの汚い部分を見せたくなかった。
――――皆は知りたがった。なのにそれを嬉しく感じてしまうのは、我侭なのかな?
『どうして神奈ちゃんたちに手をださないの? わかってるんでしょ? 青春は短いですよ~?』
ニヤニヤした顔で、アザミさんにからかわれた。
流石は出来婚の人、性にはオープンだなぁ。
「じゃあ、アザミさんに手を出しても良いですか?」
『え? それは、そのぉ~。――――私には拓海さんが居ますからぁ』
「じゃあ、ボクじゃなくて、拓海さんに守ってもらえばどうですか?」
答えは絶句。青ざめた恐怖の一瞬。そののちに後悔。困った表情で謝罪された。
彼女達の要求にボクが応えないことは出来る。
ボクの要求に彼女達が応えないことは出来ない。
ボクが口にする言葉は一つだけ、嫌なら出て行け。――――そんな理不尽な青春なんて、無いよね。
『悲しいですね』
「誰がですか?」
『みんな、です。――――どうしても我慢できなくなったら……私に言ってください』
「わかりました。――――どうしても我慢できません!!」
『神奈ちゃんに言いつけますよ? まもりちゃんと、朱音ちゃんにも』
「ごめんなさい。許してください。なんでもしますから」
クスクスと笑って流してくれた。アザミさんが大人の女の人で良かった。
ただ抱きしめて、慰めてくれた。アザミさんが優しい女の人で、良かった。
頑張ってるところは見て欲しい。汚い部分は見られたくない。
――――男の子はカッコつけだよね。これは……女の子の無駄毛処理みたいなものなのだろうか?