・五月八日、第二次世界大戦中に命を失った全ての人に追悼を捧げる日
「嫌です」
未だにゴルフ島の戦いは終わっていなかった。何をしてたんだコイツらは?
それだけ知性化したZ達は手強く、野生化した漁師は弱かった。
「いや、そんなこと言わずに、少しだけでも手を貸しては貰えませんか?」
滑走路の縁に設けた交易所こと、軍用車の装甲板で囲われたシェルター越しに島本さんと話し合っていた。
どうやら、皆に良いところを見せようとした東の海王さまが真っ先にZに飛び掛られて戦死。
それからすぐあとに西の海王さまも続いて戦死。――――なぜ、総司令官が最前線にでてるの?
ゴルフ島の合戦は、両網元のとむらい合戦となり、後には引けず、前にも出られない状況になったそうだ。
弱気は見せられない。でも、強気を出して前にでればZに飛び掛られて死ぬ。
一人の犠牲で十人はZちゃんを溺れさせられるんだ。
キルレシオ、漁師が一人やられるまでに、Zちゃんを十人は溺れさせられる。
なら、完全勝利に決まってるだろうと思っていたのだけど――――こんどは無傷で勝利したいと我侭を言い始めた。
――――心の底から面倒くさい人達だなぁ。
「手は貸せませんが、知恵なら一つ」
「どんな手段だ?」
島本さんの横でムスッとした逆プリンヘアーの若い――――ボクより十は年上の漁師のアンちゃんが口を開いた。一年前は立派な金髪だったんだろう。
なんでも東の海王さまの長男だそうで、網元とは世襲制のものらしい。
前の網元をZに殺された今、この仇討ちをしなければ、声を大にして網元を名乗れないのだとか。
――――網元って、ヤクザか何かなの?
「まず、大声でZちゃん達を岸辺に呼びます」
「それで?」
「次に、船底に穴を開けます」
「それから?」
「Zちゃんに縄を放って、引っ張ってもらいます」
「――――おい」
「哀れ漁師さんは大量のZちゃんに襲われます」
「倒せてねぇじゃねぇか!!」
――――いや、倒せてますよ?
水に落ちたZちゃんは、舷側を昇れませんから木の棒一本で倒せる相手じゃないですか。
放っておけば、ふやけて死ぬ定めじゃないですか。
「今までは、跳びかかられるギリギリ、逃げられるギリギリだったから、一人の漁師に対して十人くらいのZ、ゾンビしか倒せなかったんです。でも、この方法なら、一人の漁師に対して百のゾンビを倒せるじゃないですか? 岸辺のゾンビがわんさかと飛び掛ってきて、船ごと大量に沈没ですよ」
「――――その漁師はどうなるんだよ!?」
「何も対策をしなければゾンビになるに決まってるじゃないですか。
――――まさか、戦争やってるのに自分達は無傷で居たいとでも?」
人の声でZを呼び寄せて、船ごと海の藻屑に変えるエコロジーな作戦。
もちろんボクならその前に、船底からダイビングスーツで逃げ出しますけどね?
Zくんと長く付き合っているうちに理解した、野外アイドル効果の利用だ。
赤ちゃんの鳴き声を出すユニットA。
それを目にしたZくんはユニットに対して興味を失ってしまう。
だけど、後続のZくん達はまだ目にしていないので興味を失わない。
結果として最前列のZは後方からのZの波に押されて脱出不可能な肉壁となる。
後方のZが好奇心を満たさない限り、その包囲網が解かれることは無いんだ。
前が邪魔して見えない。後ろが邪魔して出られない。
米粒サイズのアイドルを一目見ようと押しかけるファンのような、Zちゃんたちの可愛い行動パターンだった。
船底から逃げだすタイミングさえ間違えなければ、一艘の船を犠牲に百でも千でもZちゃんを溺れさせることが出来るだろう。
――――ちゃんと対策さえすれば、ね?
「年老いた順や病気の順にしますか?」
「そりゃ文句が出るだろ。年寄りだからって漁が出来ないわけじゃねぇ。公平に、全員でくじ引きにしとかねぇか?」
「でもそれじゃあ若が当たる可能性も――――」
「若って言うなよ。俺が当たっても、俺の弟が残るだろ?」
「でも、若の弟さんは病気がちで――――」
「うるせぇ! 病気でもなんでも俺の弟だ! 馬鹿にすんじゃねえぞ!!」
――――どうやら、彼らのなかでは人身御供を出す方向に決まったらしい。
人間を岸に近づけさえすれば良いだけなんだから、金属の檻でもなんでも用意してあげれば良いのに。
仲間の犠牲を前提に話し合うなんて、江戸っ子の人情は薄いものなんだなぁ。
ボクならどうしただろう?
――――透明なシールドで覆った船を用意して、サラダ油でも塗りたくり、岸辺を一周。
Zちゃんはシールドで滑り落ち、皆で仲良く海水浴を一週間ほど楽しんでから魚の餌。
――――こんな所だろうか?
さて、ボクのあずかり知らない所で話が決まったらしい。
西の跡継ぎに先を越される前に、東の若さまは戦果をあげなきゃいけないようだ。
より多く戦いに貢献した方がゴルフ島、若洲の覇権を握るそうだ。
――――いや、理論的に考えて、橋を破壊したボクが一番貢献した人だと思うんですけど?
◆ ◆
燃料油の中で一番保管に困るのはガソリンだ。
そのくせ、市場で一番出回っているのもガソリンだ。
何しろ沸点が摂氏30度から。無造作に置いておけば、ひと夏のうちに蒸発する。
さらに空気中の酸素と反応して酸化すると、蟻酸や酢酸を発生させる。
そして酸で容器を侵食してしまう。下手をすれば、自動車のエンジンやタンクそのものを駄目にしてしまうほどだ。
かつてプールにガソリンを保存すればと口に出して笑われた国会議員が居たね。
危険だ、燃えるぞ、なんて突っ込まれてた。
それ以前に揮発と共に酸化して周囲一帯の建物を酸の霧で腐食させるよ。
あるいはホタル族のタバコに引火して周囲一帯が大爆発オチかな?
「ねぇ、田辺くん? 今日の仕事は一緒に行こうって言ったけどさぁ」
「こういった地道な仕事も大事なんだよ?」
人工島に人工穴を。ボクはハンマー、朱音はツルハシ。
宮古ちゃんはお花摘み。まだ、シロツメクサのライオンショーの夢を諦めてないらしい。
最初に作った部分、もう枯れちゃってるけどね。油を吸わせるにはむしろ都合が良いのかな?
そしてUVケアが気になるお年頃のアザミさんは小型のショベルカーのなかだ。
「ねぇ、田辺くん? 私達の作業って必要なの?」
「ショベルカーは掘るのは得意でも、砕くのは苦手だからね。植物だって一生懸命生きてるんだ、それを避けて、こうやって滑走路を砕いて穴を掘ってやらないとね」
10x10x10メートルの立方体の穴を掘り、地下冷凍庫を造成する予定だった。
冷気を流し込み続ければ、理論上、百万リットルの内容量を持つ冷凍施設ができあがる。
最初の路面砕きは、ダイヤモンドカッターにハンマドリル、C4による爆破でも良かったのだけど――――どうしても朱音が仕事したいと口にするので、彼女にも参加できる形にした。
手動ハンマーの一振りごとに路面に亀裂が入る。
この畑の土を掘り起こすような充実感、手応えのある感触を朱音にも楽しんでもらいたい。
「田辺くん、手に血豆ができたよ……痛い」
――――情けない現代っ子め。
仕方が無いので当初の予定通り、プロダイヤモンドカッターで10x10の溝を刻み、適度にプロハンマドリルで穴を開け、最後にプロC4で粉々に砕いた。
見事な早業の作業工程だというのに、朱音には叩かれた。
そして血豆が痛いと理不尽をまた……消毒のためエタノールをかけようととしたら逃げられた。
アザミさんには砕いた表層のアスファルトやコンクリート部分を撤去してもらい作業完了。
どれだけぶつけても良いという安心感が作業にも現われていた。
ガツンガツンとショベルを振り回しては楽しんでぶつけていた。
――――よっぽどストレスが溜まってたんだなぁ。
ここで新しい工具、消防車の出番である。
ポンプから高圧で放水すると、当たり前のことだが地面は泥水になる。
泥水は工事用の排水用ポンプで海に垂れ流しにすれば、結果的に土が減る。
この人工島、作るのは大変だったんだろうなぁという思いを抱きながら、海水を彫刻刀がわりに叩きつけて縦穴を拡張していった。
土壌流出による環境汚染? 今、ボクは地元漁師達と戦争中だから大丈夫。
穴の深さが10mになってしまうのは排水ポンプの限界だ。
吸い上げ式のポンプでは、およそ10m以上の高さまでしか水を吸い上げることが出来ない。
板材とブルーシート作った蓋で穴を覆い、あとは冷凍機械からフル稼働で冷気を流し込み続ける。
こうしておけば、海水と混ざり合った泥水は、やがてざらついた氷の建材に変わるだろう。
一台で足りなければ二台、二台で足りなければ三台、氷室が完成するまで何台でも冷凍機械を追加する予定だ。
◆ ◆
「生存記録、四百三日目。五月八日、天候は小雨。記録者名、田辺京也。
あまり雨足が強いと、はしけ船の運航に支障を来たす。
簡単に言うと、波の影響をダイレクトに受けて、酔う。
外が見えないクロ二号の密室の中という環境も、さらに酔いを加速させる一因だ。
まずは、第一のターゲットであるコンビニから襲撃する。
やることは簡単。おびき出し、燃やし、それを囮にしてさらに燃やす。
学習の機会を与えない初見殺し、これが大事だと悟った。
Z専用の戦闘服に着替えたところで朱音が噴き出しやがった。大笑いだ。
まもりの奴も笑いやがった。神奈姉は必死でお腹を抱えて我慢してたというのに。
Z専用戦闘服ビッグダディ。見た目は……ミシュランのトレードマークに近い。マシュマロマンかもしれない。
昔、ンドゥバくんと賭けをした。人間は西瓜に噛み付けるか?
結果は口が開かず噛み付けない。その辺の太いペットボトルにすら顎が開かず噛み付けない。歯を当てるのが精一杯。ボクの勝利だった。
金属のフルプレートアーマーよりも、水の入ったペットボトルの方がゾンビ相手には強いと証明された日であった。
手で掴む事は出来る。でも、噛み付くことは不可能。そんなモコモコ戦闘服の機能美を女達は笑う。いつも女は解ってくれないんだ。
Zでは歯が立たない戦闘服に身を包み、行なわれるのは一方的な殺戮劇。
盾で突き上げ、ピッケルを振り下ろし、高圧線で痺れさせる。たったそれだけの単純な作業。
前後左右、どの方向から奇襲を受けても噛まれることの無いモコモコボディ。
――――でも、夏場は着たく無い。もう既に暑いんだよ。着グルミ惨殺ショーだ。
もう、Zラインも建材Zも役に立たなくなったことを鳩王子がメールで知らせてくれた。
仲間を踏まないように、上手く跳び越えることを思いついたらしい。
Zくんの心にはまだ優しさは残っていた。
クロの後部ハッチの傍に荷物を運びこみ、開いて急ぎ、中に放り込む。
最後にアイスクリームの冷凍ショーケースを搬入すれば作業はおしまいだ。
ホームセンターにガソリンスタンド。
やることは昨日とほぼ同じだった。今日は酒屋も見つけたので、そこだけは少し違った。
アザミさん以外は口にしないアルコールだけれど、もう、作れる人も居ない貴重品なんだ。
宮古ちゃんを怖がらせてはいけないから、帰る前には戦闘服の返り血を水で綺麗に洗い流す。
朱音が手伝ってくれて、また、胸の中で泣かれた。――――だから、知られたくなかったのに。
毎日のご飯が美味しくなくなっちゃうでしょ?
罪の味は、ホロ苦い大人の味なんてものじゃないのにさ。
でも、そんな朱音の涙より、アザミさんが、『青春いいなぁ~』とジタバタしていた姿が印象的でした」
◆ ◆
東の若大将が即日で作戦を実行に移したみたいだ。
船底には穴を開けて、大声で呼び寄せた岸辺のZに向けてロープを投げる。
少しは考えたのだろう。犠牲者の若者はバケツやらドラム缶やらで作られた鎧を着込んできた。
岸辺のZ達が近くまでロープで引き寄せられた船に飛びかかり、どんどん、どんどんと団子のように集って、そして、船諸共に水の中に沈んだ。
バケツ鎧の彼は、人間としても、Zとしても、もう浮かんでくることは無いだろう。
とにかく、戦いの趨勢もゴルフ島の覇権もこれで決定した。
キルレシオは一対数百。あと十数名の犠牲で岸辺のZは一掃され、明日には空気の読めないボッチZたちが駆除されることだろう。
次は、年老いた女性か……。その次は、子供……。見所はとくに無いな。
こうして東の若いプリン海王がゴルフ島の覇権を握ったようだった。
――――まぁ、それだけのことなんだけどね。
覇権を握ることと、握り続けることは話が別だからね?