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少年Z  作者: 髙田田
五月・上
63/123

・五月七日、博士の日

「京ちゃん、随分嬉しそうね?」

「え? わかる? やっぱり解っちゃう?」

「うん、なんだか昔みたい……。子犬みたいな顔……。良かったね」

 この出来上がりを考えると、どうしてもデレデレしてしまう。

 やっぱり神奈姉にはバレちゃうかぁ。


「京也さん、なにか嬉しいことでもあったんですか?」

「はい、あったんです! 昨日、引っ張って帰ってきた平らな船があったじゃないですか?」

「あの、土砂が乗ってた船ですか? あの土で何かするんですか? 園芸ですか?」

「いえ、あの土砂は捨てます。代わりに乗せるんですよ!!」

「何をですか?」

「もちろん、クロ二号をです!!」

「――――え?」

 とても嬉しいのだろう、アザミさんの顔色がサッと蒼く変わった。

 96式装輪装甲車、クロ二号は重たい。どれくらい重たいかと言えば14.5トンだ。

 ただし、船の世界ではまだまだ小物。たかだか14トン半など、50トン以上を支えるはしけ船ことパージ業界からすれば、まだまだ小物だ。

 はしけ船、パージとはトラックで言うところのコンテナに当たる部分の船であり、自走能力は無い。

 ただし、代わりに物は乗る。小さなものでも96式装輪装甲車くらいは乗る。10式戦車くらいも乗ってしまう。


「今は陸地へ上陸するための跳ね橋を作ってるところです! これでまた地上で大暴れ出来るんですよ!? これでやっと――――ホームセンターに行けるんです!!」

「京也さん? あの、クロは――――視界が悪くって……」

「大丈夫ですよ。今回はさらに改良を加えて視界には外部カメラを採用、一切、外を見なくても操縦できる仕組みになってますから!!」

「それって、今までより視界は良いんでしょうか?」


「――――――――さぁ?

 そんなことを聞かれましても、ボクは運転しませんから」

 バックモニターでしたっけ? たぶん、あんな感じですよ?


「アザミさん落ち着いて! お願い落ち着いて! 京ちゃんは昔からこういう子だから!!」

 アザミさんが神奈姉と一緒になって踊ってる。宮古ちゃんもつられて踊ってる。

 親子が仲良しの風景って、良いなぁ。


「運転席の窓には蓋を設けて完全閉鎖可能に。

 外部の確認は光学、赤外線、ナイトビジョンによる三系統のモニターを搭載。

 スタック対策にはエイハブくんを搭載し、自力での牽引が可能に。これで不整地走破も万全です。

 今まで悩まされてきた放置車両ですが、これもエイハブくんがボーリングの玉を打ち出して力尽くで排除する予定です。

 外部ドローン、まもり一号、二号、三号、四号による、空気圧式矢玉発射機……魔銛を搭載。

 前方からは二門、後方には一門の火炎放射器が設置され、30mを焼き尽くします!

 それからプロポ操作のキャリバー50がコンクリートブロックも完全破砕!!

 装甲板の両サイドには厚さ50センチ、両サイドで1メートルにも及ぶクッションを用意!!

 どれだけZくんが殴りかかってきても安心、安全、頑丈な作りですよ!!」


 ――――これだけ言葉を並べても誤魔化せなかった。

 また厚みが増えたことにアザミさんが怒ってる。


「2.5mが3.5mに増えただけじゃないですか……そんなんじゃ、世紀末社会の車両として失格ですよ?」

 プイッと拗ねて見せるアザミさんの横顔が可愛い。

 宮古ちゃんもついでにプイッとしたので、ほっぺたを指先でプシューとした。

 なんだかアザミさんもやって欲しそうなので、プシューをすると、喜びながら怒った。女心は複雑だ。


 話し合いの末、クッションの厚みは10センチまでに決まった。

 仕方が無いので、クッションにはサラダ油を塗りたくった。

 パンチをしようが、掴みかかろうが、ヌルヌルして滑る滑る。

 中国拳法の極意みたいなものだね。受け止めれば痛い、受け流せば痛くない。

 Zくんのパンチはトルクはあってもスピードが足りない。そんな功夫では突き抜けさせないよ?


 ◆  ◆


「生存記録、四百二日目。五月七日、天候は小雨。記録者名、田辺京也。

 Zの知性が発達したためか、無意味な音には興味を示さなくなった。

 クロ二号が相変わらずコンクリートの塀を破砕しても、さして興味を――――けっこう示した。

 人間だって、コンクリートの塀が破壊されれば、そりゃ振り向くよね。


 箱の中に人間が居る。そう理解されなければ、あまり強い興味も持たれないようだ。

 大きな段ボール箱さえ被れば、どんなZの海でも容易く通り抜けられるんだろうか?

 これは、手強くなったのか、扱いやすくなったのか、難しい問題だね。


 朱音と宮古ちゃんを滑走路のお留守番に残し、クロ二号の初陣を迎えた。

 神奈姉とまもり、二人増えただけなのに、内部が割と狭く、息苦しく感じた。

 どうしても乗り込みたい。普段、ボクが何をやっているのか知りたいのだと、言われちゃった。


 ――――ボクの仕事は人殺しと泥棒です。とは、口に出来なかった。

 見て欲しくない側面なのに、姉妹揃って見逃してくれない。明日は朱音が着いてくるそうだ。


 まずはコンビニ。一番、辛い光景から始めよう。45倍も待っている。

 クロ二号の上部ハッチからカレーを放り投げ、店外にZを誘い出す。

 良い匂いでも嫌な匂いでも実際は構わない。問題なのはZくんが興味を持つか否かだ。


 人の排泄物でも構わないのだが、それはボクが手に持ちたくない。


 十分に集った所で、火炎放射器が火を噴いた。小雨の中でもZの集団は簡単に燃えあがった。

 その炎の明かりとタンパク質の焦げる匂いにつられて店外に出てきた集団の輪に二度目の火炎放射。

 これでほぼ全滅だ。Zが燃えあがる瞬間の二人の表情は、見ていない。見ていられない。


 上部ハッチから車外に出て、コンビニ内部の探索を開始する。

 今回はライオットシールドに、登山用のピッケル。そして専用のボディーアーマーだ。

 もう、知性化し、集団化した相手。

 さすまたを使ってあわよくば殺さない、なんて手段はもう選べない。

 ボクは完全に、Zを殺すためにきていた。


 まだしぶとく店内に残っている、空気を読まないZくんが全力で抱きついてきたところを、盾を使った下から上へ突き上げるタックルで転倒させる。

 右手のピッケルで側頭部に風穴を開けた。

 別のZくんがボクに触れようとしたところ高圧線に触れてスパーク。

 残念でした。この戦闘服、左手のボタン一つで全身がスタンガンになるんだよ。


 粘菌Zは人間の神経細胞に寄生している。

 だから、電流には滅法弱い。人間自身、電気には滅法弱い。

 神経系に電気が流れた体が硬直し、バランスを崩して倒れる。後は止めの一撃だ。

 もうこれで相手の数は関係ない。電力と体力が続く限り、相手が素手なら絶対に負けない。

 さっさと休憩室を襲い、店内の明かりを消す。ブラインドを閉め、バックヤードやドリンク補充路を確認。店に備え付けのキャリアーを使いさっさとクロ二号の後部ハッチ付近に品物を積み上げる。

 ――――最初から殺す気なら、これくらい簡単なことなんだよ。

 最後に、皆の大好きなアイスクリームを箱買いして一週目の強盗作業は終了した。


 荷物を簡易エレベータを使い滑走路に運び上げての二週目。

 ホームセンターでも似たようなことをして、ポリタンクなどの容器類をいただいた。

 まもりや神奈姉が手伝ってくれると口にしたが、実際、人の手の数よりも重積載できるキャリアーの方が役に立つ。

 船とホームセンター間を結局十回は往復することになった。

 資材部の荷物、木材や金属材が多すぎるんだよ。ありがたい話だけれども。

 クロを乗せても30トン以上の余力があるはしけ船。資材の運び出しも楽なものだった。


 最後になる三週目。

 一番重たくて、一番扱いに困る液体燃料だ。

 相変わらず札束を要求するが、ここだけは気が楽だ。

 人間が中に居ると思われていないクロ二号。

 車外に出ない限り、Zに襲われることも、Zを襲うことも無い。

 スタンドちゃんが開口一番、ピッケルでその口を黙らせて、現金を飲み込ませる。次は給油バルブからポリタンクにジャンジャカと……うん、油臭い。そして目に染みる。

 一人だけ防毒マスクをつけていると、まもりに奪われた。


 このガソリンスタンドというもの。

 店にもよるが、一軒につき一万から三万リットルのタンク容量を持つ。

 たとえ満タンの状態でなくとも、この残りを全て取り出すのは一大作業になる。

 神奈姉とアザミさんが油の匂いに気分を悪くしたところで今日の取引はギブアップ。

 明日に作業を回すことに決めた。お金をちゃんと支払っているから、ここだけは強盗ではない。

 正当な貨幣経済による商取引だ。


 ――――知られたく無かったな。

 可愛くて、優しい、手のかかる弟みたいな子だと、ずっと思われていたかった。

 実はね、もう、子犬じゃないんだよ? 肉食獣だよ? 獰猛な野獣なんだよ?


 でも、見たいって――――。でも、見られたくなかったな――――。男心も複雑なんだよ?」


 ヘッドセットを外して記録を終了。

 ボクが外で何をしているのか知りたい。ちゃんと見届けたい。言われちゃった。

 ボクと一緒に罪を――――被って欲しくなんかないんだよ?

 神奈姉、まもり、朱音もさ――――。

 皆が好きなアイスクリームなのに、あんまり、美味しくなさそうだった。


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