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少年Z  作者: 髙田田
五月・上
61/123

・五月六日、コロコロの日

「一週間ぶり――――今晩は二人だけの、ナイトクルージングですね?」

「ごめんなさい! 京也さん!! ちょっと黙っててください!!」

 この満天の曇天模様を満喫できないなんて、寂しいなぁ。

 せっかく飲めないワインを開けて、雰囲気を出しているのに。――――苦いですこのブドウ水。

 夜間、無灯火のナイトクルージングはアザミさんのドライバー魂に火をつけたみたいだ。

「ところで、なんでそんなに緊張してるんですか?」

「車と違って船は何かにぶつかったら即沈没なんですよ!?」

 ははは、そんなまさかぁ。何度もぶつけましたが、そんなことありませんでしたよ?

 とりあえずボクとタイタニックごっこでもしておきますか?

 そうすれば、アザミさんだけでも助かりますよ?


 ゴム製品がアーバレストのパクリを作ったなら、こちらはもう完全な質量加速器を用意していた。

 船の上から、狙い、放ち、掴み。そして電動ウィンチで美味しく頂く。

 船の上から、狙い、放ち、掴み。そして電動ウィンチで美味しく頂く。

 海上から危険も不安もなく、そして誰一人傷つけることの無い心優しき海賊団。

 時速にして1キロになるかならないかの船旅の釣りを、今晩は優雅に楽しんできた。


 新しい鋼鉄製の投射装置は、衝突と同時にバネ仕掛けの四本の爪が物資を掴むようにできている。

 その辺のUFOキャッチャーよりも良心的な握力設計のマジックハンドだ。

 乗用車くらいなら掴んで海に引き摺りこめる。ヌイグルミくらいなら引き千切れる。

 問題は衝突の衝撃で物資を傷つけてしまうことだが、ニコイチやただの素材にする分には構わない。

 ヌイグルミならブラックジャック先生をモデルにすればキモカワイイと女の子の評判になるはずだ。

 アザミさんが操船するパトシップの後方、ただの荷物を乗せるためだけの平らな船の上で品定めを行なっていた。

 とりあえず暗視装置で見える範囲、500m圏内はボクの狩猟場だった。

 ボウガンというよりも、すでに白鯨のエイハブ船長を思わせるこの銛打ち機。

 おそらく、鯨も十分にいけるはず。

「アザミさん、鯨は捌けますか?」

「――――京也さん? どういった生き方をしてきたら、そんな言葉が出てくるんですか?」

「え? ――――うちの母さんはマグロ解体ならいけるって……」

 マグロと鯨って、そんなに違うんだろうか?

 あぁ、魚類と哺乳類くらい違ったっけ。あんなに似てるのに。


 ……白鯨と出会った場合はまずブローニングM2、キャリバー50で弾丸をしこたまぶち込む。

 海中に逃げたなら手榴弾漁法だ。あとはこのエイハブくんで死骸をお持ち帰りするだけの簡単漁業。

 これならエイハブ船長の二の舞いになることもあるまい。船長、仇は獲りましたよ!!


 人力ではコッキングすら不可能になった総鋼鉄製のエイハブくん。

 放つ銛の先端部分を取り替えることで、UFOキャッチャーにも爆薬にもなる。

 本来なら、あの橋の破壊はアザミさんと二人で行なう予定だった。

 そうすれば、あんな無様な工事を行って無意味にZくん達を死なせることも無かったんだよ。


 ――――まぁ、詭弁だとは思う。


 最初から、その後は漁師とZたちを戦わせるつもりだったんだから。

 そして、最後には魅力的な大地を巡った漁師同士のいがみ合いを望んでいるんだから。

 ――――ただ、D滑走路が彼らの目に留まらなければ、それで良かったんだ。

 彼らがあの土地を平和に利用できるかどうか、それは彼ら次第だ。ボクが考えることじゃない。


 東と西に別れていがみ合っているように見えた。

 これは、不安定なように見えて安定した生活だった。

 もしも自動車メーカーが一つしか無ければ、お値段は付け放題だ。

 世界に農家が一軒しかなければ、お米の価格は一円でも一兆円でも構わない。

 競争相手が居ることで内部腐敗が防がれる。昔ながらの競争原理。

 東の王が有能だ、じゃあ東に行こう。

 西の王が有能だ、じゃあ西に行こう。

 ちゃんと、この一年、自浄作用は働いていた。


 そこにボクたちの滑走路。東西の海王にとって余計な存在が出現した。

 そして陸地の特権、干草相場と雨水相場を無自覚のうちに荒らしはじめた。

 適切な容器の少ない海の上、真水は相当の貴重品だったらしい。それを湯水のごとく振舞いすぎたんだ。


 羽田の滑走路に、うち等の海王さまより景気のいい奴等が居るぞ。

 こうして彼等の権威を無自覚のうちに傷つけた。その報復がフグの毒。


 平和の海に混乱をもたらした犯人は誰だ? ボクだ。

 でも無自覚な犯行なので情状酌量を求めたい。

 フグ毒は自覚的な犯行だ、情状酌量の余地は一切無い。

 ただ、生き残りたかっただけなんだけどね――――お互いさまにさ。

 ……フグを送る前に、一度、話そうよ?


「京也さん? あの~ゾンビが――――Zが岸辺に集ってきてるんでけど、大丈夫なんでしょうか?」

「世界陸上の王者でも、この距離は跳べませんから大丈夫ですよ。そしてエイハブくんは曲射の出来る偉い子です」

「――――聞きたかった事はそうじゃなくて……」

 曲射、命中、オール家電でエコロジーなお宅から、屋根の太陽光パネルを引き千切る。

 流石は軍用車に付いていた電動ウィンチ。牽引力はトン単位だ。

 屋根からメキメキっと快音を発ててパネルが引き千切られる。

 太陽光パネルは一枚の黒い板のように見えて、実際は小さなパネルの集合体。

 一枚一枚が小さな電池だ。多少でも形が残れば御の字である。


 最悪、一割生き残れば良い。十軒分を合わせれば、一軒分の電力が賄える計算。

 その精神で屋根から地面に、そして地面をズルズルと、Zくんどいてパネルを回収できないから……。

 あぁ、一緒に海に落ちちゃった。今回はZくんが悪いんだよ!!

 あ、やめて、太陽光パネルに掴まらないで。それはサーフボードじゃないから乗らないで!!


 ◆  ◆


 若洲、ゴルフ島での戦いは熾烈を極めていた。

 陸に上がればゾンビにやられる。海に引き摺りこめばこちらの勝ちだ。

 本来、人に向けるものではない紐付きの銛を、ゾンビに向かって投げた。

 ゾンビが銛をパシッと掴む。皆がそれは無しだろうと思う中、銛の方が引っ張られて、紐が手繰られた。

 船がどんどん岸に近づき、良い感じの距離になったところで、複数のゾンビが船に向かって跳躍。

 届いたゾンビ、届かなかったゾンビが一斉に群がり、逃げ遅れた漁師が全身に咬み付かれて、また犠牲になった。


 なにが、

『岸辺から一方的に攻撃すれば楽勝なんじゃないですか?』

 だ。全然、楽勝でもなんでもないぞ、こいつら。


 陸のゾンビなんざ船で近寄って、釣り竿か何かで海に落とせば楽勝だと思っていた。

 だけど、向こうから船に飛び掛ってきた。さらに、船から船に飛び移ってきやがる。

 縄を使った綱引きは分が悪い。陸の上から引っ張られると、オールの船じゃ足元の差で太刀打ちできない。岸の側に引きずり込まれておしまいだ。

 銛を投げたら受け止められた。それはねぇだろ?

 ゾンビってのはもっとノロノロと動くものだろ?

 自衛隊の連中から奪った銃は、すぐに弾が無くなった。

 そんな簡単に、頭に当たるものじゃないらしい。


 ――――ガツッ!!


 何の音かと思えば、投げた銛が俺の船に投げ返されて――――縄を引かれていた。

 あいつらが全力で駆けてきて、俺の船に跳び――――その前に海に逃げた。追ってくる。

 平泳ぎか? クロールか? 犬掻きか? とにかく遮二無二に体を動かして追って来やがる。

 でも、俺の方が泳ぎは上手い。だから早く逃げて、とにかく仲間の船のところまで……。

 仲間の船が向こうから近づいてきてくれた。

 オールを漕いで、近づいてきて、俺の手を握って――――はぁっ!? なんでゾンビ野郎が!?

「ひぃぎやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ◆  ◆


 ――――漁師に猟師的なものを求めたことが間違いだったんだろうか?

 まさか、海から一方的に遠距離攻撃できる立場なのに敗北できるなんて――――超器用。


 確かにZはこの一年で知性を増しているみたいだ。

 人間がオールを漕ぐ姿から、オールの使い方を見よう見まねで学習した。

 大半は上手く漕げずにクルクル回っていたけれど、そのうち上手になりそうだ。

 オールを最初から上手く扱えたZは、元漁師のZくんなんだろうか?


 人間の縄を使って引き摺り落とす戦術から、縄を使って船を引き摺り込む戦術を学んだ。

 まだ、人間を傷つけること自身を目的としてない。だから大丈夫だとは思う。

 投げた銛も船を狙ったもので、人を狙ったものじゃなかった。

 船を岸に近づけようとしただけだ。


 とりあえず、物事の因果関係を理解する原始人の段階までは成長した。あるいは幼児の段階だ。

 投げたボールを投げ返してくれる、そんな知的レベル。大人の真似をする段階だね。

 このまま成長を続ければ言語の一つも理解して、もしやZとの平和的共存が見込めるんじゃ?

 あぁ、でも言葉が通じても平和的共存が出来ない種族が元でしたっけ。

 それは絶望的かな。――――とりあえず、今回の無様な動画もアップロードしておこう。

 この動画も、いつかどこかで誰かの役には立つかもしれないからね。


 Zと漁師の戦いは、おっかなびっくりながらも一応は漁師側が優勢だ。

 今の若洲は離島状態。ゴルフ島に存在する以上のZの増援は無い。

 一人の漁師が岸に近づくたびに、十以上のZが船への飛び乗りを図って水没している。

 陸地から飛び掛ってくるZをオールで叩き落す戦術に切り替えたらしい。

 ギリギリ届くか届かないか、ちょっとしたチキンレースの様相。

 計算上は、あと二千人くらい犠牲を出せば若洲は漁師達のものになるはずだ。

 念願の広い大地だ。手に入れられて良かったね?


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