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少年Z  作者: 髙田田
五月・上
60/123

・五月六日、ゴムの日

「生存記録、四百一日目。五月六日、天候は曇り。記録者名、田辺京也。

 第一海堡は東側にある。だから、第一海堡の網元さんは東の海王と呼ぶことにした。

 第二海堡は西側になる。だから、第二海堡の網元さんは西の海王と呼ぶことにした。


『どうじゃ、ワシの仲間にならんか? ゴルフ島の半分をくれてやろう』

 ――――いえ、理屈の上ではもともと全部ボクのものだと思うんですけど?

 返事はキャリバー50の12.7mm弾。もちろん、人に当てるような非道な真似はしない。

 セイルの帆を打ち抜いただけだ。

 ――――舟底にも大穴が開いたけれど、彼も海の男だ、何とかするだろう。

 こうして東の海王の誘いを断った。


『ぐふふふ、東の海王の誘いを断ったそうじゃな。もともと若洲は東京都、ワシのものに違いない。どうじゃ、ワシの仲間に――――』

 ――――いや、理屈の上ではもともと全部ボクのものだと思うんですけど?

 本当はセイルではなくマストをへし折りたかったのだけど、どうにも上手く当たらないんだよ。

 あと、滑走路が上、船が下という位置関係上、どうしても船の底に穴を開けてしまう。

 まぁ、彼も海の男だ、何とかするだろう。


 ちなみにゴルフ島の正式名称は若洲と呼ぶらしい。

 あまりにもゴルフ場ばかりが目に付くのでゴルフ島だと思っていたよ。


 こうして東と西の海王の使いを追い払った。

 ――――もしも報復にくるなら、今度は威嚇じゃすまさない。

 今回も威嚇で済んだのか怪しいところだ。メッセンジャーが無事に帰り着けて居ますように。あの穴、結構大きかったからなぁ。


 二人の海王に無くてボクに有るもの。それはインターネット回線だ。

 夜な夜な空港ターミナルの近くに忍び寄り、wifiの働くギリギリの範囲で航空写真を記録し続けている。

 こうして衛星写真を見ていると、羽田空港からそう遠くない距離にも色々なものが見つかる。

 たとえば、大型家電量販店の流通センター。家電や玩具といっても電子機器の塊。なにかの役には立つ。

 たとえば、冷蔵倉庫ではなく冷凍倉庫。巨大な建物がまるまる一つの冷凍庫。冷凍しなければならないものと言えば食べ物だろう。

 たとえば、太陽光発電のパネル。オール家電を勧めた一戸建てなどもあり、色々といただけそうだ。

 知ってる人間にはお宝の山。知らない人間にはタダの建物だ。


 ――――最近、自分がプレッパーなのかトレジャーハンターなのかボク自身にも解りません。


 たとえば武装も凶悪化してきた。

 Zは人間。眼球を破壊してしまえば無力になる。だから、火炎放射器には滅法弱い。

 眼球の素材がタンパク質である限り、熱、電気、酸には対応できないからだ。

 住宅街では使えなかった火炎放射器も、周囲に延焼する恐れがなければいくらでも使えてしまう。


 百円ライターと霧吹きと油があれば立派な火炎放射器が作れた。

 百円ライターと殺虫剤の組み合わせでも構わない。

 火炎放射器の材料は百円ショップで全て揃ってしまうんだ。


 でも、百円ライターは危険なのでジッポーライターに変更した。

 プラスチックの霧吹きでは危ないから、ステンレス製に変更した。

 霧吹きの原理は、内部の空気圧が高まることでノズルから油が押し出される現象だ。

 なので、小型のボンベと繋げることで、手動でシュッシュと空気を送る必要が無くなった。

 燃料缶とジッポーの火種が近いと危険だと思ったので、燃料缶と噴出しノズルを遠ざけてみた。

 するとジッポーライターの火が着けにくくなったので、スタンガンのアーク放電を着火剤に使用してみた。


 ――――気が付くと完全に農具だった。百円ショップの面影が何処にも無い。

 およそ30mは届く炎の波。燃え落ちる草花。これは――――かなり気持ちがいい。

 農家の方々が火炎放射器を手放せない理由が良く解る。雄花は消毒だ。雌花も消毒だ。


 モヒカンくんの気持ちになって、その辺の雑草を燃やして遊んでいると、朱音とまもりにすんごく怒られた。


『京也!! 植物だって生きてるんだからね!!』

『田辺くん!! ――――私にもやらせて?』

『朱音ちゃん!! 最近、裏切りすぎ!! このブヨ腹!!』

『え? 最近、粗食続きだから痩せたけど? 誰かさんみたいに腹筋が割れてませんけど? 見るぅ? 見ちゃうのぉ? ――――ショックで死ぬわよ?』

『ムキィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!』

『ムキィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!』


 ――――うん、その通りだよ。

 植物さんだって一生懸命に生きてるんだよね、ごめんなさい。

 ところで自分達が命をむしり取る行為はOKなの? あ、OKなんですか、そうですかぁ……。


 宮古ちゃんは何を作ってるの?

 あぁ、シロツメクサの冠かぁ、女の子らしいなぁ。え? 違う?

『私も京也君に負けないように輪っか作るの! それでね! ライオンに火の輪を潜らせるの!!』

 ――――宮古ちゃん、まずはこの屏風の中からライオンを出してくださいませ。

 いつでも宮古ちゃんの夢はでっかいなぁ。


 アザミさんと神奈姉が包丁を握って二人で固まっていた。

 相手は二代目ジョナサンだ。新鮮、獲れたて、ピッチピチ。いや? 羽毛でワサワサ?

 多分、最初の刃筋を何処から通すかで迷っているんだろうな。

 正解はまず羽を毟るところからなんだけど、きっと彼女たちには彼女たちなりのやり方が――――。


 滑走路の端にジョナサン二号のお墓が増えていました。

 今日のご飯はアザミさんが炊いてくれたので、普通のご飯で美味しかったです、まる」


 ヘッドセットを外して記録終了。

 最近のZたちは積極的だ。岸の傍に船を見つけると、全力疾走のままジャンプして乗り込もうとしてくる。彼らの筋力から考えて、おそらくはメダリスト級の飛距離だろう。

 ここからゴルフ島までおよそ8km。

 双眼鏡でも見えるし、望遠鏡ならもっとよく見える。

 自衛隊のナイトスコープ越しにゴルフ島の戦いを観察しているが、海から一方的に攻撃を加えている海賊達が優勢みたいだ。

 でも、海に溺れた仲間を見ると、次のZは飛び込もうとしない。

 ――――海沿いから飛びつける距離を学習した。

 だけど、船はなかなか近寄って来てくれない。寂しさを埋めたい本能が岸辺から身体を離してくれない。

 その心の内側を知っていると、見ていて痛々しい情景だった。

 Zちゃんはただ、抱きつきたいだけなのにね。

 病気が感染しないのなら、いくらでも抱きしめさせてあげるのにね――――。

 かわいい女の子Zに限るけどさ。オッサンZはお断りします。


 ネット上に、人道的なのか非人道的なのか解らない実験動画があげられていた。

 Zになった娘の口を金属の枷で拘束し、噛み付きによる感染の恐れを無くしながら、その上で母親と娘を抱き合わせたのだ。

 今や人類よりZの多いこの世界。オキシトシンの随時投与は現実的ではない。

 そこで肉親が抱きしめることでZのパニック症状を治められないか、という実験だった。

 もちろん、母親側の承認は得ている。

 結果は――――母親の背骨が折れた。他も色々と折れて砕けた。Zの筋力の前では人間の肉体など脆く儚いものだった。

 ――――惨いよ。もしも、彼女の理性が戻ったときには母親を殺した記憶が――――吐くな。Zは匂いに敏感だ。


 お前らアホだろう。これを見た世界中の人々が思ったことだろうね。

 だけど、この動画をアップしなければ同じ実験、同じ失敗をしてしまう人達が現れるんだよ。

 だから、たとえ失敗の情報だとしても、Zに対する観測記録はアップロードし続けなければならないんだ。


 デパートの鳩王子は、いつのまにか進化していた。

 縄を渡すために巨大な石弓、アーバレストを制作。五つのビルの屋上を登山用のザイルで繋いで緊急時の脱出経路を確保。

 ザイル自身にはサラダ油を塗りこみ、Zの侵入経路には使えない仕掛けだそうだ。


 ボクの自宅の自爆装置、大音響装置は意味をなさなくなったらしい。

 これも学習の結果だろう。ただ、環七から溢れ出てきたZが一度は音に捕まり、その後しばらくすると西や北の方角へ去るため、デパート自身はZのドーナツ空間になって無事らしい。


 ゴム製品によると、ボクはここまで計算しつくした神算鬼謀の持ち主のようだ。

 うん、まだ返事は返してやらないことに決めた。もっと褒め称えても良いんだよ?


 しかし、Zの行き先が西と北か……奥多摩は大丈夫だろうか?


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