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少年Z  作者: 髙田田
四月・上
6/123

・四月三日、清水寺の日

「生存記録、三百六十八日目。四月三日、天候は雨。記録者名、田辺京也。

 起き抜け、計算が合わないことに気が付いた。

 たとえZが発生しても、一人一殺を心がければ増えることは無いはずなんだ。

 自分が倒れる前に二体以上を倒したなら、計算上はどんどんと数は減っていく。

 だが、現実はZが圧勝した。

 逃げるではなく、戦うをコマンドに選んでいれば、今頃世界は平和だったんだ。

 なんてこった。

 ――――結論、人類の敗因は気合と覚悟の差だ。


 雨が降ると、雨音のせいでZの行動が不規則になり外出がとても危険になる。

 だから今日は休日なのだけど、リビングで映画を見ていたらゾンビ映画とか趣味が悪いと放りだされた。

 俺が見ていたのはロメロじゃない! ジョン=カーペンターだ!!

 強弁したけれど、俺の意見は却下されてしまった。

 あいつら、誰のお陰で暖かい飯を食えていると思ってるんだ!?

 主にうちの父さんのお陰だよ、ありがとう父さん。

 誕生日プレゼントの精米機は今日も元気です。

 誕生日プレゼントの冷凍庫は今日も元気です。

 母さんをそそのかして屋根に取り付けたソーラーパネルはちょっと元気がありません。今日が雨だからです。


 どうもあの娘どもはZとゾンビの違いについて、未だに理解していない節がある。

 Zは人に取り付いた寄生体であって、ジョン=カーペンターだ。

 ゾンビは完全に死んだ人間であって、ロメロだ。

 遊星からの物体Xならぬ、地中からの粘菌Z。

 新しく採掘された油田中に秘められていた太古の粘菌、その胞子が正体だった。

 そりゃCDCでも感染源を突き止めるのに時間がかかるよ。

 ガソリンやケロシン、軽油や灯油などに紛れて世界中に、飛行機がジェット燃料の排気として世界の空にばら撒いてくれた。

 感染後の潜伏期間は人間が死ぬまで――――正確には呼吸が止まって、肺の中の酸素濃度が低下するまでだった。

『ばい菌でしょ? 殺菌できないの? ゾンビにシュシュっとファブったら?』

 まもりも軽く言ってくれたものだ。

 水虫すら根絶できないんだから、Zはもっと難しいんだよ。

 理解されなかった。まもりは水虫という虫が存在しているものだと思っていた。そこからかよ。


 謎の奇病として感染者の遺体を燃やしたのも不味かった。

 頭部を破壊すれば脳機能が破壊されて動きは止まる。一見、死んだように見える。

 だから死んだものとみなして火葬すると、体内の胞子が気流に乗って遠くまで感染を広めてくれた。

 危険な病気は焼くに限る。その発想が逆に働いた。CDCの発表を待つべきだった。

 ……彼等はトライオキシン245の存在を知らなかったのだろうか?

 リビングデッドシリーズではなく、バタリアンシリーズを参考にすべきだった。

 ただ、生憎と日本には核兵器が無いため、爆破オチという手段は選べなかった。


 神奈姉だけは理解してくれて――――もしかすると、自分の恋人が助かる可能性があるかもしれないと、希望的観測にすがってしまった。

 そもそも生死も消息も不明なんだけど。

 恋人のことを口にしない、諦めムードの神奈姉に、気休めで口にしてしまった事が悔やまれる。

 失恋につけこむ俺のチャンスが――――いや、なんでもない。

 神奈姉も乙女だ。乙女には夢を見る権利がある。

 ……乙女、だよね? 若者の性が乱れてないよね?

 神奈姉の財布の中にゴム製品は無かったんだから大丈夫、大丈夫。

 彼氏の写真は入ってたけどな!! 畜生!!

 おぉ、なんという小心者な俺よ――――。


 ――――Zを捕まえることは難しくない。

 光や音や匂いに敏感と言っても、それは逆に言えば頭部にセンサー類が集中していると言う事だ。

 つまり、何でも良いから不透明な袋を頭に被せてしまえばそれで無力化は完了する。

 ただし、相手から見つからないように、という条件が付くと難しい。難しいは危険だ。

 機動隊の皆さんのような匠の技を俺は持っていない。

 一緒になって世紀末を生きてくれるモヒカンの友も居ない。

 ……木崎のおじさんとおばさんは、何とか捕まえた。……あやうく仲間入りするところだった。

 氷川のお母さんとは未だ遭遇していない。

 神奈姉の彼氏は……ボウガンで撃っちゃ駄目かな? 駄目だよね? てへぺろ。

 うちの父さん、氷川の父さんは環七の向こう側で消息不明。

 最良は生きていることだ。

 願わくばZになっていて欲しい。

 最悪は頭を撃ち抜かれていることだ。

 治せる可能性がある。――――かもしれない、というのはとても厄介で残酷だった。

 五年、十年、もしかするともっと長くZはそのままで在り続けるかも知れない。

 そして、百年後の科学なら、ナノマシンやらなにやらで治せてしまうのだろう。

 夢物語じゃない。本気でそう考えている。

 だから、日本政府も国連もCDCも、Zは死者だというハンコを押せないんだと思っている。

 ゾンビじゃない、粘菌Zに寄生された普通の人達だ。


 そんな儚い希望よりも今の人間を大事にしろよ!!

 仰るとおりだ。じゃあ、その手の銃で家族Zの脳天を撃ちぬいてみろ。

 一年後には治せる可能性があるかもしれないけどな?

 ……神経の太いアフリカの人達はバンバン撃っちゃってるみたいだけどね、かっこ笑い。

 ――――人間の命が軽い世界は、新しい世界なのやら、古い世界なのやら。

 アフリカ、かっこ一部と言い直しておこう。

 エジプトだってアフリカだからね。

 アフリカだけど俺の国は命が重いぞ! 隣の国は軽いけどな! きっと、こんなふうに捉えてくれることだろう。差別主義者の抜け穴だ。


 同級生のンドゥバ=ケヒカくん。元気にしてるかなぁ?

 日本語に堪能で、英語が苦手で、アフリカの言語など一切知らない残念な彼。

 わざとカタコトの日本語を喋って、色々と優遇して貰える羨ましい彼。ズルイぞ。

 何となくだけど生き残ってる気がする。家族揃って。……羨ましいな。

 避難所でも見なかったって話だし、危機意識が日本人より高かったのは確かだ。

 自宅に車は残っていた。自転車は無かった。正しい判断をしてくれていた。

 かつて開催したゾンビパンデミック対策講座を受講してくれた数少ない盟友だ。生き残っていて欲しい。

 最後の最後まで冗談みたいな本気の話に付き合ってくれたの、ンドゥバくんだけだったもんなぁ……。

 最初の巨大地震対策講座がンドゥバくんのご両親に受けたせいもあったけど……。


 ――――結論。やっぱり人類の敗因は気合と覚悟の差だ。

 逃げ出した車が道を塞いだ。放置車両はあらゆる輸送の邪魔となった。

 食料、ガソリン、軽油、灯油にガス、そして人間自身。

 日本の石油備蓄は原油の状態で約200日分のストックが存在する。

 だけど、備蓄の原油から製油まで、製油から配給までが止まってしまえば死んだ資源でしかない。

 Zそのものじゃない。Zに対する恐怖で都市機能を麻痺させて、日本は自殺の道を選んだんだ。

 今更言ってもどうしようもない事だけど、一人一殺の心得を次世代には徹底させたいものだ。

 でもその前に、次世代を残す伴侶が欲しいです」


 ヘッドセットを外し、京也は気合を入れなおした。

 あのにっくき居候娘の二人にも少しは気合を入れてもらうために。

 手にしたDVDは『火垂るの墓』。奴等が望む甘ったるいラブコメ気分など吹き飛ばしてくれるわ。

 ゾンビも遊星Xもトライオキシン245も出てこないんだから、これを趣味が悪いとは言わせない。


 ◆  ◆


『ホタル、なんですぐ死んでしまうん?』

「ホタルは成虫になると水しか飲めなくなるからなんだよね。ホタルの成虫は口が退化しちゃって、カロリーの適切な摂取方法が無くなる。つまり死因は寿命ではなく餓死なんだ。だから、水にブドウ糖を混ぜて適切な気温と湿度の環境下で飼育すれば、成虫でもおよそ一ヶ月程は生かすことが可能なんだよ。こっちの水は甘いぞって童謡でも歌ってるじゃない? つまり、育て方が悪いんだよね。最悪でもドロップ缶に水を入れておくべきだ。ホタルが悪いんじゃない、飼育方法が悪いんだ。それをホタルの責任にしちゃ駄目だよね? 生き物を飼うってことは大変なんだよ」

「……京也、うるさい」「……田辺くん、邪魔」

 我が家のリビングを追い出された。何故だ?

 生き物を飼うのは大変だ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] バタリアン(個人的名作)も混ざってて面白い。 胞子の生存能力が異常すぎて草も生えないですね。 製油しても死なないなら燃やしたぐらいじゃ駄目でしょうね…どの位の温度なら大丈夫なのだろう?
[良い点] エドワード・ルトワックは言っておりました。人口減と徴兵制のない日本は若者をウクライナへの応援に送るべきだと。生きるか死ぬかを経験しないとダメな模様。日本のように戦うすべを知らない国民だらけ…
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