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少年Z  作者: 髙田田
五月・上
56/123

・五月四日、競艇の日

「生存記録、三百九十九日目。五月四日、天候は曇り。記録者名、田辺京也。

 アザミさんの気管支炎が回復をみせ、薄いお粥程度なら食べられるようになった。

 そして、みんなのご飯も薄いお粥だった。

 ――――神奈姉、いい加減、目分量な調理法をやめても良いんだよ?


 さて、みんなの憧れ羽田空港。その安全確保、実は簡単だ。

 羽田空港自身が海老取川によってスパッと東京から切り離された一つの離島だからだ。

 侵入ルートは六つ。首都高湾岸線が一本。首都高羽田線が一本。六守橋や弁天橋などの橋が四本ほど。

 全てのルートを潰し、Zの侵入を塞げば羽田空港は安全な離島になる。


 もしもボクが映画の主人公なら、羽田空港のゾンビを駆逐して、コンクリートの壁で要塞化して、要塞リーダーとして君臨し、モヒカンくんたちを支配して、美女を侍らして、警備がうかつになったところでゾンビが内部発生しちゃって元通り。


 ――――未来予想図が明るくて暗いなぁ。

 うん、全ての未来が見える。映画って凄いわ。

 ここは先人に習って、狭いながらも楽しい我が家を目指したいと思います。


 自宅である桟橋部の面積は大体二十万平方メートル。坪数にして六万坪。狭いね。

 農場である人工島の面積は大体三十万平方メートル。坪数にして十万坪。ちっちゃいね。

 あわせて東京ドームに換算すれば、たった十一個分。うわぁ、息苦しいほどだ。


 猫の額のような狭い土地。なるほど、雑草を抜いても抜いても無くなる様子を見せない訳だ。

 朱音とまもりが毎日毎日、草むしりに精を出してるのに、一向に減る気配を見せないのはコレか。

 生命は偉大だね。偉大すぎてお魚ばかりがドンドン溜まっていくんだけど、コレどうしょう?


 やっぱり魚肉よりも鳥肉が好き。

 ジョナサンを飼いならすために使うとしよう。た~んとお食べ。

 食べ過ぎの太りすぎで飛べなくなるなんて、キミのことは朱音と命名してあげよう。


 それだけ干草と真水を欲して、漁師の人達が頻繁にやってくるということなんだけど。

 ――――どう考えても、危険なんだよなぁ。


 彼らが咽から手が出るほどに欲しい安全な陸地の暮らしを、ボク達だけが持っている。

 Zに恐れをなして陸地に上がらなかったけれど、Zが始末された土地となれば話は別だ。

 友好的な顔をして近づき、後ろから一撃。

 ――――Zくんよりも人間の方が性質が悪い。


 あれだけ皆、朗らかな顔をしながら、自衛官の妻子には情の一片もかけなかったんだからね。

 彼らの善人の一枚下は、ケダモノの顔だ――――。

 彼らの本性を知って、まもりと朱音が失望する顔を思い浮かべると気が重い。


 モヒカンくんどこー? 顔の皮が一枚目からケダモノの君の方が素敵だよー!」


 ヘッドセットを外して記録終了。

 ホッカムリをした黒ひげの泥棒は居ない。眼帯に鉤爪の海賊も居ない。

 ソマリアの海賊はみな漂流者のふりをして近づき、そして救助に近づいたところでRPGを構えた。忍者装束の忍者は居ない。


 漁師の人達と交換した干物は、きちんと全て捨てている。

 あの中に、フグの干物が混じっていれば皆仲良く窒息死だ。

 毒入りの干物を食べたジョナサンが海に落ちたのを見たんだから、間違いない。

 Zが欲しいものは人間が持っている。人間が欲しいものは人間が持ってる。

 相手がどちらにしろ奪い合いの世界なんだよね。これは、街中の方がまだ平和だったのかな?


 ◆  ◆


 長岡からの脱出作戦は、迅速かつ緻密で雑だった。

 まずは佐渡島に渡るため、本土側の橋頭堡、民間フェリーの停泊地みなと公園の確保だ。

 そのために選ばれた方法は放火。


 作戦の第一段階は、船舶に関係しない民家に対する曳光弾の発射から始まった。

 本来は射線を確認するためのオレンジ色の火弾の流れであったが、木造家屋、可燃物満載の日本の家とは相性が抜群だ。抜群に悪い。

 みなと公園を中心として北陸道を南から北、民家に対して次々と一射ずつの放火活動が行なわれた。

 部隊の一部はそのまま海の向こう、佐渡島に渡り、赤泊に置いても同様の行為を行なった。


 UH-60JA、海外ではブラックホークと呼ばれるそのヘリの羽ばたく轟音を誘いにして、大火事の中にZの群れを誘い込む。

 上半身と下半身が生き別れになっても生き残るZであっても、動かすべき筋肉が凝固してしまえばどうにもならない。そもそもそれ以前に脳髄液が沸騰して、脳そのものが破壊されるはずだ。

 我々は誰も殺していない。彼らが勝手に火災現場に飛び込んだんだ。

 ――――実にずるい言い訳だと思う。だが、そのワンクッションが心を守るためには必要だった。


 火炎放射器の使用が許されるなら、とっくの昔に使っていた。

 ただ、日本の建築事情と石油事情が火炎放射器とあまりマッチしていなかった。


 自衛隊であって自殺隊ではないからだ。

 火炎放射器で隣近所の家を焼けば、周辺一帯が東京大空襲となって自分も焼け死ぬ。

 付け加えるなら、自衛隊内において火炎放射器の兵器としての使用は禁止されている。


 遅れて飛来したCH-47JA、チヌークから降り立った200余名の隊員達が、みなと公園と佐渡島、双方の橋頭堡に防御線を構築。

 火災を逃れたZ達の排除に当たった。

 残る隊員達は停泊していたフェリーから力尽くで座席等を取り外して、少しでも軽量化を図る。

 自衛隊員の総数は五千にも満たないが、抱えた民間人の数はその十倍を越える。


 総計すれば六万人近い大人数での大渡航作戦。

 佐渡島まで約一時間足らずの海の旅路であっても、一度に乗り込める人数が二百人程度では話にならないのだ。

 強引に船舶を軽量化し、近くの漁船やボート類を縄の類で繋ぎ牽引し、たとえ千人にまで乗員数を増やしてもまだ足りない。

 六万人を運ぶため、六十往復するまでには百二十時間かかる計算だ。

 計五日、不眠不休の作業が必要とされる。


 五日間の作業、そのものは構わない。

 問題は、新潟市から南下してくるZの大行進だ。

 時速にして約3km。新潟市と寺泊、みなと公園の間は直線距離にしてたったの35km。

 十時間ほどの猶予しかなかったが、大久保陸将補はいまだに微笑を絶やさなかった。

 元々、彼の笑顔以外を見たものは居ない。

 上官の顔色が変わると、部下の顔色は十倍変わるが口癖の彼である。


 でも、こんな時には闘志に満ちた顔をして見るのも悪くないのかもしれないねぇ。

 ――――だけど、それで十倍やる気にはなってくれるわけでもないんだよねぇ。不思議だねぇ。

 わりと呑気なことを考えていた。


 残存兵力は五千に満たず。けれど元々指揮していた第十二旅団は総員四千三百名。

 実際の兵数自身は増えている。


 ただし、戦力とは掛け算だ。

 兵数に装備に錬度に連携、そして士気に指揮を掛け算してようやく戦力が算出される。

 掛け算だ、どれかがゼロならば戦力はゼロになってしまう。


 敵とも味方ともつかないみんかんじん

 治療の見込みが現れてしまったみんかんじん

 それから既に殺してしまった大勢のみんかんじん

 極端なまでの士気の落ち込みが、自衛官を自衛官でなくしてしまっていた。


 こういった倫理観の裏返りは恐れてはいたものの、一年間音沙汰無く、そろそろZに対する完全駆逐の法案が発議される――――ところで見込みが外れた。

 どうせなら、皆殺しにした後にアメリカさんも発表してくれればねぇ。

 微笑の裏側で物騒なことを考えつつ、顎鬚を撫でた。


 殺した後ならいくらでも思い悩み苦しむ時間がある。

 殺す前に思い悩まれては、そもそも身動きが取れない。

 第二次世界大戦、ベトナム戦争、911、思い悩む余地が無いほど熱狂しなければ戦争は出来ない。

 ――――ましてや自国の民間人を相手になんて……ねぇ?


 陸自、第十二旅団にも佐官はおり、後藤一尉よりも作戦の陣頭指揮にふさわしい階級の者は居た。

 ただ、後藤一尉よりも指揮官として相応しい軍人が居なかった。

 階級を飛ばしたその指揮系統に避難の声が上がったが、『じゃあ、キミがやるかい?』そう尋ねて頷く者は居なかった。

 ――――歳をとるほどに、考えなくちゃならない事が多くなって大変だよねぇ。


 残存兵力は五千ほど。実効戦力は五百ほど。

 残りは工兵。幸いなことに、やる気が無くとも体力は有る。荷降ろし荷積みくらいは可能だ。

 彼らの精神がヤワだった訳ではない。ただ、殺人狂でも脳天気でもなかっただけだ。

 民間人相手に引き鉄をひくことを躊躇わないなら、それは良心が欠落した狂人であり、むしろ自衛官に相応しくない。

 そんなお人はヤクザか何かにでもなってくださいなと大久保は勧める。


 ――――彼らも、いざとなれば銃を手に取るはずでしょう。

 けれど、今回ばかりは、いざとなってからじゃあ遅いんですよねぇ。だから、ごめんなさいねぇ。


 みなと公園確保の知らせを受け、トラックでの民間人や物資のピストン輸送が開始された。

 ルートである県道22号線を塞いでいた放置車両は前もって、カールグスタフとキャリバー50の乱射で崖下に落としてあるとの報告。

 途中で遭遇するZは構わず轢き殺せ、ブレーキで渋滞を起こして犠牲者を出すな、だそうだ。

 下手に路上の動物を避けてはいけない。構わず撥ねろ。

 北海道ではそれが常識だと後藤一尉が大声で語った。


 ――――本当に、後藤くんで良かったのでしょうかねぇ?

 僅かばかり、自分の人選に不安を感じる大久保団長であった。


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