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少年Z  作者: 髙田田
五月・上
55/123

・五月四日、みどりの日

 せっかくなので、日向ぼっこ中のZさん達にも釣具っぽいものを持たせて見た。

 髪の毛も切ってモヒカンヘアーに――――まもりに本気のコブシで殴られた。何故だ!?

 この世紀末社会では流行のファッションだというのに!? 死に化粧って言葉を知らないのか!?


 アザミさんは順調に回復中。少しぐらいなら口からでも水を飲めるようになった。

 やっぱり、あのクロ二号の蒸し暑さが彼女の体を蝕んでいたようだ。

 冷蔵庫の輸液と抗生物質が残っている内に、なんとか回復してもらいたい。


 朝方、難民船と思われる船を発見した。

 双眼鏡で覗き込むと向こうもこちらを双眼鏡で覗き込んでおり、きびすを返して去っていった。

 ウェルカムムードたっぷりの日向ぼっこZさん達。彼らの何が気に入らないんでしょうか?


 詭弁かもしれないけど、ボクは見捨てていない。

 日向ぼっこZを見て、向こうが勝手に逃げ去っただけだ。

 ――――たったそれだけでも、心の負担は違うと思いたい。

 ボクは、見捨てていない。向こうが逃げたんだ。それは、向こうの自由だよ。


 ものの受け取り方は人の勝手だ。

 現に、漁の途中で立ち寄った漁師の島本さんは日向ぼっこZさん達を見て大爆笑した。

 手漕ぎサイズのボートにウィンドサーフィンのカラフルなセイルを乗せた個性的な帆船だけど、これが中々に早い。

 潮流と潮風に合わせてセイルとオールを使い分ければ、湾内程度なら何処にでも行けるそうだ。

 さらに、この船なら銃を突きつけられても燃料を強請られなくて済む。元々、積んで無いからだ。

 これが今流行の漁師スタイルらしい。江戸っ子は逞しいね。


 今日は、干草と干物の交換。

 ただ雑草が生えるばかりで何の役にも立たないと思った人工島。

 けれども、適当に刈った草を、適当にボンネットで熱しておけば、適当に干草へ変化した。

 まもりと朱音が考えた自堕落産業。燃料の節約になるかと思いつつも、それなりの商いに化けた。

 海の上では火のつく草は手に入らない――――まぁ、当たり前のことだった。

 干草や雨水が、海で獲れる魚の干物などに変わる。

 まもりと朱音のドヤ顔が、実に腹立たしい限りだ。


 タバコや酒も咽から手が出るほど欲しいそうだが、中々に手が届かないらしい。

 レートは銃弾、ポリタンク、太陽光パネル等。海辺にはなかなか転がってないものだ。

 せっかく、世紀末商人になれそうだったのに残念です。


 銃あるよ~、酒あるよ~、タバコあるよ~、雨水あるよ~、干草あるよ~。

 でも、干草しか売れません。あと、雨水。たまに糸。

 まさか、商売相手が海産物しか持ってないとはね。世紀末商人も大変だよ。


『雑草という草はない。どんな植物でもみな名前がある。ただしアマゾンの奥地は除く』

 そう仰った昭和天皇の誕生日。とりあえずどんな緑の植物でも、干せば干草という名前の枯れ草になる。

 そして生魚が焼き魚になる。寄生虫対策にもなって有り難いことだ。


 漁師のみなさんは、割と気のいい人たちばかりだ。

 助け合わないと生きていけない。その現実が後押ししてるのかもしれないけど気のいい人達。

 Zが溢れたとき、陸から家族共々沖に逃げて、それから一年間をなんとか生き延びてきた。

 燃料が無くても潮流と風を読んで、そうして上手く誤魔化しながら生きてきた。

 引き篭もり気質のプレッパーとしては、こういうオープンな生き延び方もあるんだなと驚いた。

 自衛隊の人達も大島なんて目指さずに、漁師仲間に混ぜてもらえばいいのにねー。なーんてね。


 ……。

 ……。

 ……。

 ――――結局さ、自衛隊が都民を見捨てたってことを誰も忘れちゃいなかったんだよね。

 よく、恨みつらみのことを水に流すって言うけど、流れついた先がこの東京湾なんだよ。

 恨みと辛みと淀みの行き止まりが海。


 ガソリンの船に重油を入れてやったって?

 笑いながら言ったけど、それって――――殺人、だよね?

 ボクの目には、ニコニコと笑っている彼等の顔の一枚下が見えていた。

 この一見平和な海も、Zの影に狂わされていた。


 漁師には陸に友達が居ないって?

 まさか。友達も親戚も、肉親だって陸の上に居ただろうさ。

 それが今でも、Zとして陸地の上をうろつき回ってるんだよ。

 それを目にするたびに、心の奥底に黒い渦巻きが沸き起こるんだ。

 建材Zを横切るときにボクが感じた、腐った泥沼に素足を呑み込ませるあの感覚。


 だからさ、もう、本当に、どうしようも、ないんだよね。

 彼らが見捨てられた人達で、自衛隊の貴方達が見捨てた人達である限り。

 たとえ、燃料と食料を融通しても水先案内人が居ないから、大海原の迷子が決まってる人達。

 そんな貴方たちに物資の融通はできないんだよ。ごめんね――――。ごめんなさい。


 ◆  ◆


「は? 自分の耳が悪くなったのでしょうか?」

 陸上自衛隊、第十二旅団団長、大久保陸将補が部下の無礼を苦笑いで流した。

 それほどまでに冗談みたいな命令だったからだ。


「悪くなったのは総理の頭ですよ、安心してくださいな」

「はっ! 全く安心できません!!」

 後藤弘信一尉が、自分の目で受けた命令文を確認し直す。

『油田を死守せよ。Zは殺すな捕まえろ。以上』要約すると、こうなる。

 ――――どうやら総理は機動隊と自衛隊の違いすら理解なさっておられないようだ。


 機動隊は、犯人を捕まえるための訓練に時間を費やしている。

 自衛隊は、敵兵を殺すための訓練に時間を費やしている。

 費やした時間は同程度になるだろう。そんな我々に殺害ではなく捕縛命令を?


 新潟の県庁。新潟市で始まった百万からなるZの大行進。

 陸上自衛隊第十二旅団、残存兵力、三千四百名。

 途中合流した陸上自衛隊第一師団、残存兵力、千二百名。

 合算すれば一人頭二百名も捕縛すれば良いだけ。とても簡単な仕事でらっしゃること。


「現場の司令官が、また独自の判断で暴走することを総理は期待してらっしゃるようですねぇ」

「その責任を取られるおつもりでしょうか? 大久保団長」

 トレードマークの顎鬚を何度か撫でて、悩んだフリを見せる。

 ――――答えなど、自分が来る前に出していらっしゃるでしょうに。


「……うん、嫌だねぇ。お断りだよねぇ。永田町の方々は、下の人間が泥を被ることを当然のことだと思ってるらしい。そこでなんだけど後藤くん。これぞと思う隊員を、階級に関わらずに連れて、佐渡島に先行してくれないかな?」

 ――――佐渡島? ここ長岡の守備ではなく?


「自分は佐渡島で何を?」

「橋頭堡の確保。自衛隊としての本分を果たしてくれたまえ。百万人の民間人を守るために六万人を犠牲にする。自衛官としての本分そのものだねぇ。嫌なら無理にとは言わないよ。この長岡に残って、百万のZと格闘し、全力でその捕縛に勤めてくれても構わないよ?」


 百万も六万も、莫大な数の人命であることに代わりは無い。

 それでもなお天秤の両側に載せて計りきれる人間だけが将官になれる。

 そしてなにより、上層部の馬鹿に付き合わない度胸の持ち主だけがなれるものだ。

 使いっ走りは使われた末に潰される。そういうものだった。


 陸上自衛隊、第十二旅団団長、大久保陸将補は泥を被る用意ならとっくの昔にできていた。

 Zが人か怪物か、その判断がつかないうちから攻撃命令を無断で出し、長岡の油田を死守。

 この油田からの供給が途絶えれば、日本は完全に息絶えてしまうと理解した上での決断だった。

 Zが人であろうと怪物であろうと、日本を滅ぼす要害であるなら容赦するところはない。


 だが、今更になってもう一度、上から泥を被せられるのは御免こうむった。

 さらに言うなら、自ら被るのと他人から被らされるのでは意味がまったく違うものだ。

 上の上の方々は、偉くなりすぎてその辺を理解してらっしゃらないのではないかと大久保陸将補は首を傾げる。


 ◆  ◆


 ――――泥なら自分が全て被りましょう。ただし、佐渡島になりますがね?

 現場の司令官の暴走がお望みなら、お望みどおりに暴走して差し上げますよ。

 UH-60JAにCH-47JA、ヘリボーンが陸上自衛隊、第十二旅団のお家芸。

 元々、戦闘車両を乗り回してあれこれするのは好きじゃないんですよねぇ。

 慣れない戦闘に、長大な防衛線、初めての病気に、初めての防疫体制。

 おかげさまで九百名も、二割強も部下を失ってしまいましたよ。

 今の兵数は五千弱。なのに百万のZを相手にしろと?

 兵数の比は一対二百。――――今の総理には、さんすうからやり直して欲しいものですねぇ。


 ――――でもね、それがちゃんとした命令であれば、受諾もやぶさかでは御座いません。

 百万人の病人を容赦なくぶち殺せというなら、胆を据えて戦いますとも。その結果が玉砕でもね?

 ですけど、アナタさまの責任逃れに付き合ってやるほどこっちも人は良くないんですよねぇ。

 誰かに人殺しをさせる気なら、御自分が一番に腹を括ってくださいよ。

 大量殺戮の汚名は、ご自身で被ってくださいよ。ご自身が命じてくださいよ。


 みなさん勘違いしていますが、自衛隊は誰も殺しません。

 総司令官である総理や政府や国民自身の命令が引き鉄をひかせるんです。

 それこそが文民統制の基本というものでしょう?


 私らを殺人マニアか何かと勘違いしてませんか?

 人を殺したくてウズウズしている殺人狂か何かと勘違いしていませんか?


 私達に手を汚させておいて、自分達は誰も傷つけていないつもり。

 そんな心得違いの綺麗なお顔をするおつもりなら――――その勘違いは止めていただきたいものですねぇ。


 私達の手は血の一滴ですら汚れることはありません。

 私たちに引き鉄をひかせた人間の手だけが汚れるんです。

 ――――そこのところをどうぞ、お忘れなく。私達に殺させた、人殺しの罪は全て貴方がたのものですよ?


 ――――まぁ、大丈夫です。

 長岡の油田なら、きちんと後々、取り戻す予定です。

 佐渡島という安全地帯を確保して、百万のZが通り過ぎたあとになりますけどね?

 しかし……なぜ、百万のZは真っ直ぐこちら側に向かってきているんでしょうか?

 彼等に我々の所在が把握されているはずはないのに……。


 まぁ、最初からわけの解らない相手です。

 わけがわかる相手と思う方が間違いなのかも知れませんけどねぇ……。


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