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少年Z  作者: 髙田田
五月・上
54/123

・五月三日、ゴミの日

 今日は決めました。なんにもしない、なんにもしない、なんにもしなーいデーです。

 ゴロゴロと転がっていると、朱音から『働け、ゴミ』と釘を刺された。なぜ貴様に!?


 仕方が無いのでアザミさんの往診に出かけると、そこではまた神奈姉の下着姿と後部ハッチ合わせ。

 なぜ、神奈姉が下着姿なのか。――――その理由、クロ二号に冷房は付いていませんでした。

 96式装輪装甲車ことクロ二号。ヒーターはあってもクーラーは無い。

 クロ二号よ……キミは本当に男らしい子だね。


 戦闘を想定した車両なので、もちろん気密性も高く、五月の陽気でもすでに中は夏日。

 ――――本当の真夏だとか、中でゆで卵くらいは調理出来るんじゃないかな?


 そもそもこの暑さがアザミさんの体調を悪化させた最大の原因だ。

 中に居るだけで体力を消耗する。急いで空調の効くほかの車両に移って貰った。

「なんで暑いって言わなかったの? 神奈姉」

「だって、京ちゃんが選んだ車だったし。この蒸し暑さが病気に良いのかなと思って」

「――――え?」

 思考が停止した。お互い様に。

 神奈姉は決して頭の悪い人じゃない。他の二匹と比べるまでもなく。

 でも、その思考が停止してしまえば、頭の出来は関係なくなってしまう。

 一瞬、精神が赤く、どうにかなって、怒鳴りそうになって――――わざとらしいクシャミで誤魔化した。危ない危ない。


「あのね、神奈姉? ボクも間違えるんだよ? わりと沢山。今までの人生を思い出して?」

 口にしても、神奈姉はしばらく理解が追いつかなかったらしい。


「あ、そっか。そうだよね――――何であんなに蒸した状態が身体に良いなんて思ってたんだろ?

 京ちゃんも間違える。京ちゃんも間違える。京ちゃんは大間違いだ。――――うん、大丈夫だよ」

 うん、最後の一つを間違えてる。

 Zの徘徊する異常な世界。そんな中でも平和な日常を作りだすボクの選択に間違いはない。

 ――――その考えは、宗教だ。神奈姉でさえ知らぬ間に、足を踏み入れていた。危ない危ない。


 ◆  ◆


「民間人を護送するためには燃料が必要なんだ!!」

『自分は危険を冒したくないから、お前の燃料寄越せよ』


「食料品なども分けて欲しい。急いで脱出したために、飢えた民間人も多いんだ!!」

『お前らの食い扶持なんかしらねぇから。俺の任務のためにとっとと飯を寄越せよ』


「実力行使をさせないで欲しい!!」

『弾薬を無駄に使わせんじゃねぇよ』


 うん、大丈夫だ。ちゃんと副音声が聞こえてる。今のボクこそ正常な状態だ。

 民間人を避難させると言う大義名分の下であれば、全ての行為は許される。

 これも、一つの宗教だね。


 日本人は無宗教だって言うけれど、案外、どこそことなく宗教戦争が勃発してるのかもなぁ。


 彼らは市ヶ谷を中心として最後まで防衛省を死守していた自衛隊の皆さんらしい。

 建物の灯りを消して、細々と。各地方面隊間の通信の維持に勤めていた。

 ボクのメールを悉く握りつぶしてくださった、一方的なメル友の皆さんでもある。


 だけど、つい一週間ほど前から街中のZたちに行動の変異が見られるようになった。

 明かりの灯っていないビルにまでZが侵入を始め、そして探るようになったそうだ。

 防衛省もまた彼等の群れに発見され、包囲され、抵抗虚しく最後はZの物量に押しつぶされたらしい。


 民間人こと避難民に自衛隊の妻子が多い理由もそれが原因だった。

 駐屯地内、宿舎、防衛省内部に匿われていた人達であり、今まで逃げそびれていたのだ。

 環七の内側のZの密度は異常であり、とてもではないが民間人を連れての安全な逃避行など無理だった。

 だがしかし、防衛省内部にまでZが侵入するに至り、脱出作戦を強引に決行した始末がこの海賊団だ。

 海まで逃げ延びられた者は、逃げ出した数の十分の一にも満たないらしい。

 ――――哀れみを誘う、涙無しには語れないお話。


 守るべきものの為なら自動小銃の銃口の一つも向けるさ、人間だもの。

 守るべきものの為なら無反動砲の砲口の一つも向けるさ、人間だもの。

 そして心では躊躇いながら、指先は躊躇わずにひくよ? だって、人間だもの。


「実力行使をさせないで欲しいんですが、どうでしょう?」

『あなたが守るべき人は、あなた自身の力で守ってください』


 アザミさんが倒れていて良かった。――――不謹慎だけどね。

 この人達の中に、一人くらいは見知った誰かがまじっていたなら、また先日の繰り返しだ。

 あるいは、見知った誰かを見捨ててしまったという暗くて苦い思いを抱かせるかもしれない。


 やがて、羽田の方角。遠くの方で銃声が聞こえた。それから止んだ。

 やっぱり、悲鳴よりも銃声の方が大きいものらしい。人の声は聞こえなかった。

 それから、今日の東京湾にも潮の流れはあった。人が何をしなくても、船は進む。

 鬼。悪魔。人でなし。鬼畜。外道。地獄に落ちろ――――もう、落ちることが確定していますから安心してください。


 ◆  ◆


「生存記録、三百九十八日目。五月三日、天候は晴れ。記録者名、田辺京也。

 今日のご飯はご飯じゃ無かった。

 オコゲとは、焦げた米粒の事ではないはずだと記憶している。


 早くアザミさんの体調が回復することを祈るばかりだ。

 随分と長く一緒に居るように感じるけれど、まだ、出会って一月。

 出会いは押し込み強盗の手引き役、ずいぶんと最悪の出会いだと思う。

 でも、彼女の人柄はよく理解できた。


 アザミさんは、宮古ちゃんの為なら裏切るし、宮古ちゃんのためなら裏切らない。

 だから信用できる。

 宮古ちゃんの安全を保証する限りは。

 宮古ちゃんの生命線を握っている限りは。

 絶対に、ボクの命令に従う。


 ――――こんな人物評定、自分でも嫌になるよ。


 クロの運転席と自宅。アザミさんと宮古ちゃんを引き離しておけば安全だった。

 眠るときには宮古ちゃんを朱音の抱き枕にさせておけば、夜の間も安全だった。

 ずっと、ずっと、ずっと、片時も信用せずに疑い続けてきたのに、出てきた言葉が――――ボクの為だってさ。


 どんな表情をすればいいのか、よく解らなかった。

 気分が、とても重い。頭が自慢のピッケルで穿たれている感覚。

 指一本、動かしたくなかった。考えることすら億劫だった。ただ、心が疲れていた。


 それなのに朱音が、国民の祝日、憲法記念日であると言うのに『働け、ゴミ』と面白いことを口にしたので働いてやった。


 滑走路には、いわゆるレスキュー車、救助工作車が転がっていたのでコレを動かしてみた。

 流石はプロフェッショナル仕様のダイヤモンドカッター、切れ味が違う!! 径も違う!!

 流石はプロフェッショナル仕様のハンマドリル、トルクが違う!! 速さも違う!!

 流石はプロフェッショナル仕様のC4、破壊力が違う!! 爆速も違う!! 大切断だ!!

 気が付けば、D滑走路の桟橋部と人工島が轟音とともに綺麗に切り離されていた。


 人工島にはテトラポットがあるとはいえ、人間がその気になれば上陸は可能だ。

 人間相手の安全面に不安を感じていた。それが解消されてスッキリだ。

 これで人間が相手でも、この桟橋の自宅は安全性を増した。


 C4の爆轟音にお昼寝の邪魔をされた朱音がやってきて文句を言いつつも、

『やっと、田辺くんらしくなったね』

 などと笑いながら抜かしよった。

 ――――ボクらしいって、こういう建設業的なことなんだろうか?


 そこで、滑走路の車の中、頭を撃ちぬかれ、お亡くなりになっていたZさん達。

 彼らを滑走路の縁に仲良く座らせていると、

『えっと、田辺……くん? なにを、してる、の?』

 また、朱音がおかしなことを口にした。


 一目見れば解るでしょ? 日向ぼっこZだよ?


 物乞い強盗お断りと立て札を立てても無駄だった。夜になると文字は読めないしね。

 だから、車の中で亡くなられていたZさん達を滑走路の縁に座らせてみたんだ。

 皆で仲良く日向ぼっこするZさんたち。とっても仲良しさんのZたち。これで、寂しくないよね。

 さすがにコレを見て、まだ声を掛けてくる度胸のある人間はいないだろう。

 これで来客の応対も随分と楽になる。超グッドアイディアだと自画自賛した。


 なのに、朱音がボクの両肩を掴み、

『田辺くん!! お願いだから正気に戻って!!』

 いえ、ずっと正気なのですが?

 なんだか良く解らないけど、まもりと朱音が優しくしてくれた一日でした、まる」


 ヘッドセットを外して記録終了。

 ――――建材Zは良くて、なぜ日向ぼっこZは駄目なのだろう?

 むしろアットホームになったはずだと思うんだけど……女の子のセンスはよくわかんないな。

 キモカワイイ系の分類だと思うんだけどなぁ? なにか違うのかなぁ?

 本当はてるてるZにしようと思ったんだよ?

 だけど、それだと首がモゲちゃうから控えておいたのになぁ。

 あ、神奈姉だけはお腹を抱えて笑ってた。まもりから不謹慎がどうとか怒られてたけど。


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