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少年Z  作者: 髙田田
五月・上
53/123

・五月二日、緑茶の日

「おかあさん、おかあさん、おかあさん、おかあさん、おかあさん、おかあさん、おかあさん、おかあさん、おかあさん、おかあさん、おかあさん!!」

 宮古ちゃんが出会い頭にしがみ付いて、大きく泣き出した。

 ――――うん、Zちゃんの姿そのものだね。なんで子供はハムハムするんだろう?


 アザミさんは疲れ果ててるだろうに、宮古ちゃんの頭を撫でて慰めてる。

 こんなときでも娘が優先なのかぁ。母親ってのは大変なんだなぁ。

 ――――うちの母さんとは大違いだ。


 朱音が一緒に涙ぐんでいたので頭を撫でて慰めてみたら、一瞬で距離をとられた。逃げられた。

 ――――心、微妙どころじゃなくて傷つくわ。もしかして、鼻毛が出てたからですか?

 少しは、身だしなみにも気を使おうかなぁ? ……あはは。


 ◆  ◆


 昼過ぎに、またしても御来客。

 なに? このD滑走路は東京湾の海路の一部か何かなの?


「食べ物と燃料をください」

 ――――そうですか、自分で勝手に盗って来てください。

 羽田空港ならすぐそこですよ? 多摩川の対岸にも石油コンビナートがありますし。


 銃口を向けられたので、即座に手榴弾一ヶで交渉成立。

 昔の漫画にダイナマイト漁というものがあったけど、手榴弾でも漁は出来るものらしい。

 つまり手榴弾は工具ではなく、漁具なんだね。新しい知識になった。


 ――――手榴弾で壊せるものって、実はあんまりなかったんだよね。

 映画だと手榴弾一つで家一件とか吹き飛ばしてたのにさぁ。

 実際はなんだか、もの凄く残念な破壊力しか無かったんだよねぇ……。


 ゴム製品もそうだったけれど、自分が困っていたらなら他人が助けてくれる。

 それをまだ当然のことだと思い込んでいる人たちが多い。

 ――――未だに、一年前の常識を引き摺っている人が多いみたいだ。

 いまはもう、他人を助ける方法は身を削るしか無い時代になったのに。

 ボクはね、誰かのお腹が減ってたら、顔を引き千切って与えられる器用な身体はして無いんだよ。

 リアルだとグロテスクでしょ? あと、カニバリズムは嫌でしょ?


 食べ物は手榴弾で水揚げた。これだけでも十分で良心的なサービスだと思う。

 あとは、それを食べて、お腹を満たして、体力つけて、お願いだから自力で頑張ってください。

 あ、燃料は上げられませんけど、魚を焼くための干草ならあげられます。


 ――――ホントはさ。一年前と今の世界って、まったく変わりがないんだよね……。

 一年前。道端で身なりの良い誰かが倒れていたなら、そりゃ救急車の一つも呼んだよね?

 でもさ、道端でどこかの汚いオジサンが飢え死にしそうになってても、何もしなかったでしょ?

 自分の生活費の詰まった財布を握らせたこと、ある? ないよね?

 ボクもさ、自分の生活費の詰まった財布を、握らせる気にはならないんだよ。お互い様。


 ちなみに、羽田空港内のガソリンスタンドですが、フルサービスのスタンドでした。

 なので、どうすれば給油できるのかボクにも解りませんでしたとさ。鍵とか何処にあるんだろ?

 セルフのガソリンスタンドちゃん、あの時は守銭奴だなんて文句を言ってごめんね?

 金さえ払えば人を選ばず給油してくれた。キミは本当に優しい子だったよ。


 ガソリンスタンドでのバイト経験を尋ねてみたけれど、無かった。

 船の操縦経験があるのか聞いてみたけど、無かった。

 なので、あとは彼等の運と実力に全てを任せることにした。

 一食分のご飯はさっき用意した。すぐに無くなっちゃったけどさ。


 空港の方で銃声が何発か響いて、次に乱射になって、弾切れになったんだろう。無音になった。

 人の悲鳴は銃声よりも小さくて、これだけ遠くなら聞こえないみたいだ。

 盗み働きするなら夜を待つ、そのくらいの時間の余裕はあったと思うんだけどな。


 自衛官の船頭を失った漁船は、チャプチャプと遠く小さく流れていった。

 東京湾にも潮の流れはある。東京湾にも風の流れはある。

 放っておけば、全てはどこかに流されていく。

 どんな顔をしたって、どんな声をあげたって、全てはどこかに流されていくんだよ。


 ……。

 ……。

 ……。

 白湯が、日本のお土産、空港土産のおかげで玉露になった。

 それもティーパックという実にありがたくもあり、ありがたみを感じさせない形状のジャパン製品。急須が要らなくて便利だけどさ、風情ってものが……。

「京也くん、お魚釣れたー?」

「うん、沢山釣れたよ」――――手榴弾で。

「でも、バケツの中にお魚が居ないよ?」

「あげちゃったんだ。おなかが空いてた人達に」

「そっか、優しいね。京也くん、偉い偉い」

 宮古ちゃんが頭を撫で撫でしてくれた。これはポッしろって合図なのかな?

 ホッとはするから、もっと撫でて?


 実際は縄で網を作った方が漁獲高はあるんだろうけど、そこまでボクらは飢えてない。

 馬場さんなんて、釣り竿一本で一年を生き延びたと笑ってたからね。

 ボクもそれにあやかって、ボウガン一丁で獲ったジョナサンを一羽、神奈姉に渡しておいた。

 今日の夕ご飯が楽しみだな。鳥五目飯ってあったけど、鳥しかない場合は鳥一目飯なんだろうか?


 しかし、なぜ皆が皆、燃料を欲しがるんだろう?

 オールと釣竿があれば、この母なる海の上で生きていけるのにさ。

 それを欲しがるなら、空港土産でちゃんと用意をしてあるのにな――――。


 ◆  ◆


「生存記録、三百九十七日目。五月二日、天候は晴れ。記録者名、田辺京也。

 夕食は、またお粥と缶詰だった。真っ白なご飯が恋しいです。

 滑走路の端っこに、カモメのジョナサンのお墓が立てられていた。

 ――――神奈姉、日本人は食べることが供養に繋がるんじゃなかったの?


 今日は、滑走路から最も近い建物から電気の配線を引っ張ってきた。

 行きがけの駄賃に、従業員用の小型冷蔵庫も失敬してきた。

 冷蔵庫は重たいイメージがあるけれど、実際はそれほど重いものじゃない。

 200リットル程度のものなら、たかだか50kg程度。建材Zと変わりない重さだ。まもり一匹より軽い。

 やっぱり、冷蔵庫の唸り声は文明開化の音がしてとても良いなぁ。


 社会人なら体調管理も仕事のうちだから、今日は休もうと思った。

 毎日終電までサービス残業させながら口にされそうな社訓だけれど、確かにそうだ。

 今日は終日休日だ。なにもしないぞと心に決めていたのに、それでも電気工事を終わらせてしまうボクは仕事病なんだろうか?


 ――――嘘です。最低でも氷嚢のための氷と冷水が欲しかったんです。


 宮古ちゃんが心配するからって、無理をおしてアザミさんと滑走路の自宅に帰ってきてしまった。

 ――――ウチは我侭なお姫様ばかりで大変だよ。


 たった一日、ボクが留守にしている間にも来客があったらしい。

 その恫喝は銃声まじりで、朱音にとってかなり恐ろしい夜だったそうだ。

 でも、耐え切った。――――悲鳴をあげることなく、宮古ちゃんを一晩ハムハムして耐え切った。

 おかげで、なんだか宮古ちゃんから逃げられている。よだれって結構臭いもんね。


 東京湾を西側沿いに南下してくると、自然の流れとして、この羽田空港に辿りつく。

 陸地から離れるのは怖いからと岸辺を移動してくると、この滑走路にぶつかる。

 そういう理由で、お客さんが多いようだ。


 まずは強請ねだり、断ると、次は銃口を向けての強請ゆすり。

 そこで危険な強盗さんには84mm無反動砲の砲口を向けることでお帰り願った。

 バズーカ砲って、その見た目が怖くて良いよね。

 あ、これは勝てないぞって一瞬で理解できちゃうイメージがあって助かる。

 ――――銃口を向けた時点で、話し合いなんて無い。話し合いの余地も無い。

 人質が居るからこそ、包囲されている~なんて口にするんだ。人質が居ないなら即射殺だよ?


 漁師――――だった人達は、わりと話が通じて助かる。


 余ってたら真水をくれん?

 釣り糸に使えそうなテグスとかない?

 網を直すのに使えそうな縄とかあると助かるんだけど?


 彼等は小さな離島を中心として、海の上での共同生活を送っているそうだ。

 Zちゃん。走るのは早くても、泳ぐのは苦手らしい。そのうちにふやけて魚の餌だそうだ。

 大人でも泳げない人って多いからね。数日も水に使っていれば肌もふやけちゃうよね。


 そんな平和の海に飛び出してきたのが自衛隊という名の海賊団。

『伊豆大島へ避難させてやる』を謳い文句にして漁船に乗り込んでくるそうだ。

 どうみても海の素人ばかり、誘いを断ると銃を突きつけられるため困ったものらしい。

 そこで、今日獲れた魚となけなしの燃料を手放して、お引取りを願っているそうな。


『――――ガソリンの船に、お望みどおり重油入れて海に流してやったわ。

 大島に行きたければ自分たちで勝手に行く。このアホどもが』

 だ、そうですよ?


 うん、海の男たちは怒らせると怖いね。

 陸の上ではプロフェッショナルな陸自の方々も、海ではアマチュアどころかズブの素人さまだ。

『銃を持ってるからって偉そうに。頭ごなしに命令しやがって、何様のつもりだあいつ等は――――俺達を見捨てたくせによ!!』と息巻いておりました。

 なるほど、馬場さんがWACのお嬢さんがたを見下していたわけだ。

 基本的に皆、プライドが高い人達ばかりで気が荒い。海の男って感じだね。

 まさしく海の男なんだけどね。


 そんな人達が数千から一万少々、ドッコイ東京湾内で生きておりました。

 Zが現れても、江戸っ子はそれなりに逞しく生きておりましたとさ、まる」


 ヘッドセットを外して記録終了。

 可能や不可能は別として、最後まで任務の遂行に従事したい気持ちは理解できる。

 でも達成不可能な任務を前にしたとき、心が溺れて藁を掴んだ。

 彼らに与えられた最後の任務が、心の最後の拠り所だったんだろう。

 たとえ、強盗に成り下がったとしても達成するべき任務、か――――それはボクもだよ?


 銃口を向ける前に御免なさいの一言が口にできたらなぁ。

 大島への逃亡を諦めて、皆で謝って、漁師になっちゃ駄目だったのかな?

 それじゃあ任務放棄だから駄目なんだろうなぁ。


 うちの神奈姉はジョナサンを放棄しちゃうくらいなのに――――命が勿体無い。

 まさか、お魚も目玉がついてたら調理できないってことないよね?


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