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少年Z  作者: 髙田田
五月・上
52/123

・五月一日、メーデー

「生存記録、三百九十六日目。五月一日、天候は晴れ。記録者名、田辺京也。

 アザミさんの容態は峠を越えた――――なんて、ホントはわかりません。

 でも、熱が下がり意識が回復して、少しだけど話をしてくれた。アザミさんらしくない嗄れ声。

 どうしてあんな三文芝居をしたのか? ――――我侭な小娘たちに出て行って欲しかったそうだ。

 それも、ボクを気遣ってだなんて。アザミさんは残酷で、優しいな。


 まもりと朱音わがままなこむすめの立場がまったく無いじゃないか。

 アザミさんも酷い人だね。まったく。――――心配掛けさせて。ホントに。良かった。ホントに。


 ――――あれだけZくん達の観光名所と化していた空港内が、随分とスッキリとした。

 人体の80%は水分だから燃えない――――と、思いきや、体液中の水分は下に、融けた油分は上に、十分な熱量さえあれば延焼し続けるという話は本当だったらしい。

 十分な脂身の持ち主たち。メタボZが社会現象で助かったよ。

 火祭りの夜に参加したZたちは、子供らしい胎児の姿で丸まっていた。――――ごめんね。


 ただ、何処にでも祭りに乗り遅れる能天気は居るものらしい。

 スッキリしたはずの空港内。ときおり空気を読めないZくんと出くわしそうになり心臓に悪い。

 空気を読みなよ、空気をさ。ここは空港なんだからさ。

 奴はZになる前もそうだったに違いない。このボッチZめ。


 今は、再びZたちが集ってこないように、羽田空港の明かりを消すため走り回っている。

 だけど、これがなかなかに見つからなくて困っている。

 電灯なんてスイッチ一つでポンのはずの電源スイッチが何処にも見つからない。

 部屋の電気程度は消せても、空港全体の電灯となると何処にスイッチがあるのやら?

 何処かに隠された、秘密の制御室なら一括で電灯を消せるんだろうか?

 だけど、そこまでのルートが案内図にもパンフレットに乗っていない。

 これは実に不親切な空港案内だと思う。

 せっかくの空港内パンフレットなんだからさぁ、

 一撃で空港の電源が落とせる弱点とか、そういう攻略情報を記載しておいてくれれば良いのにね?

 羽田空港を落とすためのポイントはココだ! って、攻略記事の一つも載せておいて欲しい。


 これは、諦めるしか無いなぁ。

 また、この空港は誘蛾灯としてZを呼び寄せ続けるんだろうな――――」


 これまで機械類にはそこそこ強いつもりだったけれど、これだけ大規模な施設となると勝手が違った。

 たかだか電子回路の設計や半田付けと、巨大施設の管理は次元が違うよね。

 ゲームみたいに都合よくIDカードとかも落ちてないし……。

 羽田空港だし、鷹のエンブレムとか探さないと駄目なのかなぁ?

 羽で田だから、スズメのエンブレム?


 ◆  ◆


 同日。新潟県、長岡市。

 日本国内でも随一を誇る原油の産地で吼える一人の男が居た。


「アメリカのクソ野郎が!! 最悪のタイミングで情報を出してきやがった!!」


 陸上自衛隊第十二旅団。輸送ヘリコプターを多用し、山間部が多い本州の国内事情に適応した旅団である。

 総員数は四千三百名。元は四千三百名。

 そのうちの一名。後藤弘信一尉が苦虫を噛み殺し八つ裂きにする勢いで、歯を食いしばっていた。

 海外の研究機関、医療機関、国家同士の連携のために保守されていたインターネット回線。

 それを通じて配信されたのは、Zが理性を回復させて会話をはじめるという希望と絶望の入り混じった映像だった。

 とっさに隊内にネット禁止令を出した所だが、ネットは今では数少ない娯楽の一つだ。

 我慢できるのはオッさん連中ばかりだろうさ。囲碁と将棋があればそれで良い世代だ。

 将官か佐官か、四十以上の、その辺の腹の出た連中にデジタル世代の欲求は解らんだろうさ。

 ネットを封鎖する若い連中どもが率先して、仲間のために裏口を作りやがるんだからな。

 ――――後藤一尉の、ファミコン世代な中途半端に若い頭は冴えていた。


 陸上自衛隊。東部方面隊、第十二旅団が総数四千三百を結集してZの襲撃から守りきった長岡の油田。

 次の目標となるのは比較的防衛が簡単である離島の佐渡島であった。

 目的は佐渡島の農地化であったのだが、この映像一つで出鼻を挫かれてしまった。

 丸一年間、回復の見込みの無い、不死身の病だと思われてきたZに治療の見込みが出現してしまった。

 その喜ぶべきはずの映像が、自衛官の引き金と心を随分と重くしてくれた。


 回復の見込みが無い相手なら、『これで楽にしてやれるんだ』とでも心の言い訳はついた。

 だけど、回復の見込みが出来てしまえば――――そいつはもう、ただの殺人行為でしかない。

 治療できるかもしれない、ただの病人に、銃口を向けて、頭を吹き飛ばしてぶち殺せ。

 ――――まっとうな日本人であれば従わないし、耐えられない命令だ。


 油はある。電気もある。予備の弾薬類は頼りないが、いざとなれば車両で轢き殺しちまえる。

 ただ、安全な土地だけが無かった。Zは内からも外からも沸いてくる。

 一瞬たりとも気の抜けない厄介な相手だと、後藤一尉はZを見くびっては居なかった。


 新潟沖、40kmに位置する佐渡島の現状。先遣隊の報告によれば既に壊滅状態であった。

 それが幸か不幸かはさておき、島内全てのZを駆逐し、農地を拝借すれば食うには困らないはずであった。

 本土内ではどうしたところで防衛線が延びきって、のんびり農業など出来るわけがない。

 しかし、佐渡島なら適切に防壁を築き、区分けして、巡回警備の隊員を配置すれば……クソがっ!!

 怒りの矛先はコンクリート製の壁に向かった。Zと違い、後藤一尉の拳の方が痛んだ。


 幸い、新潟自身が米どころである。懐に抱えた民間人の中にも稲作や農作の経験者が多かった。

 普通に農家のオッサンやオバサンばかりだ。農業を再開するための人手にも知識にも困らない。

 佐渡島に護送さえすれば、それなりに何とか苦労して、他人の土地でも農業を再開してくれるだろう。

 ただしそれには、佐渡島に存在するZの殲滅が絶対条件になる。

 つまりは――――あのアメリカのクソ野郎がやってくれたんだよ!!

 二度、三度と拳を叩きつけるが、コンクリートは冷たい表情を浮かべるばかりであった。


 農家が多い長岡一帯。その辺のお宅にお邪魔すれば未精米の米も、鶏だって転がっていた。

 今の人数を抱えたままでも、あと数年は軽く持つはずだ。この長岡の油田に限ればの話になるが。

 だが、原発や、ダム、その他の発電所や重要施設を守ってる自衛官も多数存在する。


 ……。

 ……。

 ……。

 ――――こっちはな! ソイツらも食わせていかなきゃなんねぇんだよ!!

 そいつらが懐に抱えちまった民間人も含めて、食わせていかなきゃなんねぇんだよ!!

 あぁ、アメリカ人ってのは、いっつも碌なことしてくれねぇなぁ!!


 関東じゃ環七で封じ込めてたZが軍隊蟻のように這い出してきたって話じゃねぇか。

 田舎だと思われてる新潟だってな、県庁だけで百万近い人間様が住んでたんだぞ?

 まさか、百万のZと正面切って戦えってか? まさか、百万の病人を殺せってか?


 その案件に対する上の上のお人、内閣総理大臣様の判断はノーコメント。

 アンタ自衛隊のトップだってことを忘れてないか!? 覚えてるから口にしないのか!?

 もう、Zが治療できるとは知りませんでした。仕方が無かったんです、は通用しねぇからなぁ!!

 自分は大量殺戮者の汚名を着たくないってか!?


 若い連中――――俺も若いけどよ――――は、Zが会話する動画を見てかなり動揺してる。

 Zは治らない。ゲームや映画の世界の化け物みたいに、もう殺すしかない死人なんだ。

 そうやって、思い込むのは勝手だけどよ――――。

 こうして状況が裏返った時には、どういう言い訳するつもりだったんだ?


『自分は、Zのことをゾンビだと思ってたんです!!

 自分は――――これからどうすれば良いのでしょうか!?』


「知、る、か、ボ、ケ!!

 金玉ついてるなら自分で判断しろ!! 今まで何を殺してきたつもりだったんだ!?

 人間だろ!! に、ん、げ、ん!! 民間人さまだ!! それも日本国民さまだぞ!!」


 長岡の油田を、日本そのものを守るために……俺は何人殺したっけかなぁ?

 若い俺は、若いお前らと違って、ちゃんと病気の人間だと認識しながら一発一発、心を込めて殺してきたんだよ。

 そうしなけりゃ、日本という国そのものが無くなって、より沢山の人間が死んじまうと思ってな。

 正々堂々と口に出来るぞ。頭の他は撃ってない。全員、ちゃんと苦しませずに即死させた自信がある。

 ――――あぁ、ただの言い訳だよ。悪いか?


 若い連中が自殺するのは止めねぇけど、ちゃんと自分の頭を吹き飛ばしておけよ?

 あ、やっぱり弾丸は貴重だから、お前に使わせるのは勿体無い。頭から油被って焼け死んどけ。

 まかり間違っても――――お前を誰かに殺させるとか、迷惑かけさせるんじゃねぇぞ?


 ◆  ◆


 右手にアザミさん、左手に神奈姉。両手に華の眠り姫と、頭上に目覚めし鬼。

 おや、まもり姫様、おはようございます。

「ねぇ、京也?」

「あ、ごめん。今、ボクは幸せで忙しいから後にしてくれるかな?」

「――――じゃあさ、私も何かしてあげようか?」

「うーん、じゃあさ、そこのロッカーの中に入って、それで姿を隠し、」

 うん、水月を的確に突けば、苦悶で悲鳴をあがることもないよね。

 Zに囲まれた空港内では最適の選択だ!! 呼吸が、呼吸が戻らない――――頑張れボクの横隔膜!!

 あぁ、ボクの悶え苦しむ姿を見て笑顔になりやがって、このドSの変態が!!

 いまどき暴力ヒロインは流行らないどころか、まもりはボクのヒロインじゃありませんからー。

 つまり、まもりはタダの暴力の塊? それは恐るべき存在だーね。


 ――――さてと、ごまかせた、かな?


 一年間、すでに四桁のスコアが五桁に増えただけなのにね。

 あの警察署で強盗団にけしかけたZの人数を合算すれば既に五桁だよ。もしかすると、六桁かもね?

 ――――ほんとうに、今更なんだよ。だけどね、心配してくれて、ありがとう。まもり。

 あ、もしかしてギネスに応募すれば、個人記録でギネスブックに載れたりするのかな?


「あの、さ。京也。――――ありがとう」

「――――うん、じゃあ御礼として、そこのロッカーに、」

 うん、水月を的確に突けば、苦悶で悲鳴があがることもないよね?

 Zに囲まれた空港内では最適の選択だ!! 呼吸が、呼吸が戻らない――――頑張れボクの横隔膜!!


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