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少年Z  作者: 髙田田
五月・上
51/123

・田辺京也 16歳、ボクの強敵(ともだち)――――。

『どうして、あんなことをしたんですか?』

 強い言葉。詰問の形にならないようにするだけで、心の歯止めは精一杯だった。

 アザミさんが重病でなければ、ここが空港でなければ、怒鳴り散らしていたはずだ。


『助けたかったんです』

 WACの彼女達を、ですか?

 アザミさんの首が力なく横に振られた。


 それじゃあ、避難民の人達?

 また、ゆらゆらと振られた。


 ――――じゃあ、一体、誰を助けたかったんですか?

 あんな無茶までして、誰を助けたかったんですか?


『もちろん、京也さんを、です。鏡、ちゃんと見てますか? とても酷い顔。

 そんなんじゃ、みんなに愛想を尽かされちゃいますよ? また、鼻毛が出てる』

 くすくすと笑われた。これは失礼をしました――――。

 ここ最近、身だしなみに気を使う暇なんて無かったからね。24時間労働でさぁ。


 CDCのエリカ=ハイデルマンからZの大行進を予告されて――――これで何日? たったのかな?

 荷物を運んで、川を下って、ロープを張って、荷物を引き上げて、滑走路にZが残ってないか探し回って、不審船を発見して、WACの彼女達を見張って、避難民の面倒を見て、Zを火達磨にして、アザミさんを診療所に運んで、インターネットの素人知識で治療して――――。


 鏡に自分を映さなくても十分に判断できる。

 きっと、今のボクよりもZくんの方が顔色良いんじゃないかな?

 うっかりすると、Zくんと間違われて撃たれちゃいそうだ。


『――――もう、どうでも良かったんです。彼女達のことなんて。

 ただ、知人だからと私が招き入れてしまって、それが京也さんの重荷になるなんて思わなくて。

 彼女たちは自衛官なんだから、必要なガソリンや食料くらい、自分たちで簡単に手に入れてくる。

 そう思ってたんです――――』

 アザミさん? それは無茶が過ぎま――――。

 あぁ、そうだった。アザミさんは自衛隊――――元自衛隊な強盗団の人達と一年間、一緒に暮らしてたんだ。

 アザミさんの認識なら、自衛官であれば燃料の一つや二つ、盗んでこれて当然なんだ。

 良いも悪いも含めて実力的には確かな、そんな人達と一年を共に過ごしてきたんだから。


『アレも欲しい。コレも欲しい。でも自分達が危険を冒すのは嫌だ。

 自分達は任務中の特別の身なんだから、京也さんの荷物を差し出せ――――。

 京也さんが、どんな気持ちで集めた荷物か、誰のために集めた荷物か、欠片も考えもせずに。

 わたしは、早く、あの我侭な人達にここから出て行って欲しかったんです。

 そうしないと、いつまでも京也さんが休めないから。

 ――――でも、こんな形になってしまって。また、京也くんを頑張らせちゃって、ごめんなさい』

 ……いいんですよ。今は、アザミさんが休んでください。

 アザミさんが元気になったら、ボクがいっぱい休ませてもらいますから。


『――――はい。

 あの――――手を、握ってて貰えませんか? 眠るまで』

 それくらい、お安い御用ですよ。いまは手のひらだけの浮気中~っと。

 クスクス笑う、アザミさんの声とは思えない、くぐもった鈍い音色。

 はやく、元の綺麗な声に戻って欲しい――――。

 はやく――――。お願いだから、はやく――――。


 ◆  ◆


 CDC局員、エリカ=ハイデルマンからの謝罪メールが一通。

 気が動転していたとはいえ、まもりにボクのメールを見せて何の意味があったんだろう?

 意味はあったか。――――まもりに気を使わせちゃったな。ごめんね?


 わざわざ削除されて、トラッシュボックスに入ってた動画メール。

 あのさ、まもりもデジタル世代だろ? 一回削除をしただけじゃ、ホントに削除されるわけじゃないって気付きなよ?

 トラッシュボックスに一件のメール。――――むしろ目立ってたよ?


 Zは罪無き人々――――か。

 うん、そんなことは最初の最初、一番初めの一矢。芝浦さんの脳天を撃った時から知ってたよ。

 今回だって、理解して、計算して、数万のZよりもアザミさんが大事と思ったから助けたんだ。

 覚悟して、自覚して、殺したんだ。覚悟も無く、遊びで殺したことなんて、一度も無い。

 罪があろうと無かろうと、生きるために邪魔なら潰すさ蹴散らすさ。


 ――――でもさ、心には罪悪感を感じるんだよね。

 ジクジクとした、膿み濡れた痛み。

 人間は不思議だね。身体に傷なんて無いのに、結構これが痛いんだ。


 まもりはさ、ボクのことを守ってくれようとしたんだよね?

 ありがとう、まもり姫様。今はお休みなさい、眠り姫。

 ――――ホッペにキスは、少しだけ照れる、かな。ボクの鼻毛成分でロマンスは差し引きマイナスだけどね?


 ゴム製品からのメール。

『To 天国の田辺さんへ』

 ――――ほほう、そんなにボクを殺したいか。お前のデパートが迫撃砲の射程外で助かったな、鳩王子。

 だがな、新しく手に入れたビル解体工具。155mmりゅう弾砲、FHは射程が24kmだ。十分に圏内だから覚悟しとけよ?

 あと、もう暫くは生存の返信をしてやらないことに決めました。

 この恥ずかしい、ポエム満載の日記メールが溜まりに溜まるまでは待っててやる。

 どうだい、ボクはとても優しいだろう? キミが傷つかないように待っててあげるよ。


 ことここに至って、羽田空港に辿り着き、この物騒な兵器集団が何のために展開されていたのかを理解した。


 爆発的な感染性を持つ病気が発生した。そしてその封じ込めに日本が手間取っている。

 ならそれは、日本の失脚を狙う国々にとって、絶好の機会だったんだよ。

 環七の封鎖線への機動隊や自衛隊の全力投入は、異常事態でもなんでもなかった。

 あの場は日本という国家存亡の危機をかけた、まさしく最前線の戦場だったんだ。

 鼠算は二十日鼠を元にしているけれど、ゾンビ算は三十秒で増える鼠の鼠算。


 日本は平和な国で、どこの国も襲ってくるはずがない?

 ま、さ、か。Zちゃんの方がまだ解りやすくて優しい方さ。

 何処の国だって、日本だって、ニコニコとした顔をしたまま隣国の失脚を狙ってるものだよ。


 だって、銃を持った隣国なんて怖いじゃない?

 だって、銃を持たない隣国なんて美味しいじゃない?

 隣国は、自国より弱ければ弱いほどに都合が良い。三国志以前から定められた国家の宿命だよね。


 張り詰めた毒ガス入りの風船。膨らみきった薄膜を、その針先で突付かせない為の重武装群。

 羽田は民間の空港だけど、石油コンビナート群が隣接しているから、軍事施設としての再利用も簡単なはずだ。

 民間人を送り出した後は、関東一円へ航空戦力を派遣するための中心基地にされただろう。

 だけど、その前段階である避難民の移送に失敗して、その計画は潰れてしまった。

 ――――もしかすると、誰かが、何処かが、わざと失敗させたとも考えられる。


 D滑走路への連絡通路が破壊されていたのは、きっと、わざとだ。

 いつの日か、羽田空港を取り戻す際の橋頭堡として安全地帯を確保しておいたんだ。

 プランAが失敗すればプランB、プランC、それからプランDがD滑走路の安全確保だったんだろう。

 だから、あんなに馬鹿みたいな数の、戦車みたいな車たちが乗り捨てられていたんだ。

 いつの日か、あれを使って羽田空港を取り戻すために。


 テロリストがZという兵器を手にしてしまった。

 対テロリストチームもZという兵器を手にしてしまった。

 今じゃ一発の銃弾が、街一つを、国一つを滅ぼしかねない大量殺戮兵器の時代なんだ。

 ――――敵は、Zの他にもある。だから、日本はZに負けてしまったんだ。その他大勢の国も。


 自分の気に入らない民族や、宗教や、イデオロギーの集団の集りに、一発の銃弾を打ち込めば良い。

 何処にでもテロリストは居て、何処ででもパンデミックを発生させられる。

 それが難民を抱えた軍隊の施設内でもだ。難民のふりをして潜り込めばいい。

 素手でも人は殺せるし、自殺なら、もっと簡単に出来る。

 ――――この羽田空港でも、そうだったんだ。


 人種のサラダボウルと呼ばれたかつてのアメリカは、今じゃ人種がより分けられたサラダスティックだ。

 Zの人権どころか、肌の色、故国の別、同じ宗教でもアレとコレの違いで分裂して住み分けしてる。

 それでもやっていけているのは、もともと、そうやって出来た国だからなんだろう。

 自主的なアパルトヘイト、人種隔離政策を行なって、なんとか国体を保っている。

 こんなので、よくやっていけるものだと素直に思う。

 これはちょっと日本人には解らない感覚なのかな? 


 もしかして、ンドゥバくんなら――――無理無理、あの残念外国人風味は完全に中身が日本人だもんな。

 肌の色と背丈以外にも特徴の一つくらい持っておいてくれよ。

 いろいろと期待して近づいたボクが馬鹿みたいだったじゃないか。

 アフリカ人ならではの特殊なサバイバル技能とか期待してたのにさ……。

 蟻煎餅くらいで吐くんじゃない!!

 これ酸っぱくて美味しいゴマ煎餅だねと喜んでたじゃないか!!


 しかし――――ここにいたって未だに協調出来ないなんて……人類は馬鹿なのかな?


 Zちゃんは素手だ。小さな銃はなかなか効かなくても、大きな銃なら倒すのも簡単だ。

 でも、Zちゃんがカクレンボを覚えちゃったらどうするんだろう?

 Zちゃんが道具の使い方を覚えちゃったらどうするんだろう?

 子供の成長は、かなり早いよ?

 Zちゃんを倒すのは簡単だよ、今のところはね?


 ――――ボクの強敵ともだち、あんまり舐めてると足元を掬われちゃうよ?


 ◆  ◆


 それはさておき――――眠たいんですけど? ボクも非常に眠たいんですけど?

 ねぇ、神奈姉? 冷たい床に大の字になって眠る姿はとっても雄々しく立派だけど、イビキはやめて?

 男の子の夢を壊さないで? あと、ここはまだZが残る空港の中ですから。度胸ありすぎだよ。

 お願い、起きて起きて。


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