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少年Z  作者: 髙田田
四月・下
49/123

・馬場直樹 42歳、アホと馬鹿――――。

 助けて貰った身で言うがも悪い話やけど――――あの坊主はアホやな。

 こんな世の中になって、まだ人助けのことなんか考えとる。真性のアホや。

 長生きは出来んアホや。


 ◆  ◆


 手漕ぎの小船でも釣竿一本あれば漁は出来る。魚がおれば、生きてはいける。

 ゾンビは海に出てこん。たとえ溺れて流れてきても、舷側はあがれん。

 そのうち海水でふやけて魚の餌や。


 港の近くで錨を下ろした大きな漁船を家代わりにして一年。

 東京湾の汚い水にも我慢しながら暮らしとった。物騒やけど、平和な毎日や。

 そこに銃をもった小娘どもがやってきて、貴方の力を貸してくださいと来たもんだ。

 俺が丁寧に断ると、銃を向けて、おいこら力を貸せ。

 嬢ちゃんら、最初の殊勝な態度はなんやったん?


 ここで男らしく断っても良かったんやけど、女を助けるのも悪くはない。一緒に俺の命も助かるからな?

 でも、この船。燃料入っとらんのやぞ? お宅らの仲間が盗んで行きよったんやぞ?


 仕方なしに乗せて、仕方なしに出発して、仕方なしに漂流した。

 ――――おのれら本物の馬鹿やろ? 先に人の話を聞いとけや。


 漂流中、ずっとビクビクもんやったわ。

 ヒステリー全開の女子供が自分の後ろで銃を構えとるんやぞ?

 この一年で一番恐ろしい二日間やったわ。陸のゾンビより女の癇癪の方がよっぽど怖かったわ。


 実際、このお嬢ちゃんらを見捨てる機会を待っとった。

 俺は手漕ぎのボートが一艘と、釣竿一本あれば生きていける。

 羽田空港が見えたときは丁度いい機会やと思っとったんやけどなぁ……。


 大砲を持った坊主に、嬢ちゃんが銃を撃った時には生きた心地せんだわ。

 次の瞬間、大砲が飛んでくる前に海の中に逃げることだけ考えとった。

 あとは泳いで逃げて、岸辺で小さな船を手に入れられれば万々歳。やりなおしは何とかきく。

 ま、杞憂やったけどな。


 羽田の中には嬢ちゃんらの知り合いがおって、中に入れて貰えた。

 米の飯は久しぶり。うっすいお粥でも、日本人の味がしたなぁ。

 そしたら嬢ちゃん、味を占めて大島までの燃料と食料までねだり始めよった。

 ――――おいおい嬢ちゃん正気なん? 気でも触れよったか?


 大島まで100キロ。やけど、乗り物は車やないんやぞ? こっちは船なんやぞ?

 車は道をタイヤで転がりながら進む。船は水を掻き分けながら強引に進む。

 陸の上を走るのと、水の中を走るのの違いやね。トラックで富士山登ったほうがまだ楽や。

 そんなことも知らんド素人の小娘が、大島までたった100キロと抜かしよった。

 笑いを堪えるのに必死やったぞ。――――侮蔑の苦い笑いやったけどな。

 今時のエコロジーな車みたいに、リッターで10キロほど進むとでも思っとったんやろね?


 水の抵抗は強い。遅く走らせたときと速く走らせたときじゃ燃費は10倍以上違うんよ?

 時速1キロ。ノットにしたら……微速前進?

 100リットルもあれば、100時間かけて大島まで辿りつけるかもな?

 でも、その前に皆、飢え死にか凍えて死んどるけどな。夜の海風の冷たさ、舐めとるやろ?

 ゾンビを乗せて船を走らせるなんて俺は簡便やぞ?


 嬢ちゃんらの脳天気ぶりを再確認して、やっぱり逃げようと決意したわ。

 坊主のあとを付け回して、小船の一つも手に入る場所、教えて貰おうと思った。

 やけど、この坊主は真性のアホやった。ドーンと1トンも燃料をタダでくれるちゅう太っ腹。

 こいつはドアホや。あんまりにもアホやったから、逃げそびれてしもた。


 絶食中の胃には厳しいからと、まずは薄いお粥から。

 嬢ちゃんらの脳天気とは別の、坊主の脳天気さにはなんかホッとしたわ。

 世の中が壊れる前の、脳天気な、ちょっと懐かしい空気。そうやな、日本人ってこんなんやったな。


 粥をちょっとずつ濃くして、体力戻して、それから晴れた日に出発――――の、予定やったんになぁ。


 俺にも解る三文芝居。女はホント何しでかすか解らんな。

 湾内は小雨やった。湾の外の天気は解らんけど、コレより良いとは思えんかった。

 坊主は、どうせ飲まんからと酒を寄越した。これで体温上げろっちゅうことやね?

 坊主は、どうせ吸わんからとタバコを寄越した。大島の連中に振舞えっちゅうことやね?

 ゴミ袋。チョッキにするだけでも完全な濡れ鼠よりは随分とマシやね。

 粉ミルク。こんな世の中で手に入るとは思わんかったわ。

 泣いとったね――――坊主が。手錠もしっかり預かった。

 誰かは死ぬとわかっとった。誰かはゾンビになるとわかっとった。

 でも、止められんかった。――――越えちゃならん一線、すっかり越えとったからな。


 坊主。女はホント何しでかすか解らんな、ホンマ。

 刃物も銃も人に向けたらもう洒落ではすまん。ゴメンですんだら警察はいらん。


 ――――俺に銃を向けたときからずっと、

 あの嬢ちゃんらをどうやって海に放り捨てるかばっかり考えとったよ。

 あの瞬間から力尽くで言うこと聞かせる、ただの強盗やからな?

 避難民を連れてようが上の命令やろうが、ただの強盗やからな?


 でも、坊主には男を見せられたからな~。

 しゃあないから大島まではつきあってやったわ。


 脳天気なお嬢ちゃんは、今でも自分の判断ミスで六人殺したと思っとる。


 なぁ、自分ら本物の馬鹿やろ?

 坊主が気をきかせんだら、五十人は逝っとったぞ?

 酒の中にしこたま砂糖ぶち込んで、体温あげとらんだら五十人逝っとったぞ?

 手錠渡して、海に放り出されんよう、ゾンビが暴れんようにしとらんだら五十人逝っとったぞ?

 粉ミルクと一緒に子供のための使い捨て懐炉渡されてたん、気付いてなかったやろ?

 坊主は見捨てた。けど、ホンマは最後まで見捨てて無かった。――――気忙しい坊主やね。


 銃で撃たれておきながら女のヒステリー扱い、アレは受けたわ。俺には真似できん。

 心の底から笑える坊主やったな。――――でも、長生きはできんタイプの坊主やね。

 嫌な世の中になったもんやね。ホンマに――――。


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