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少年Z  作者: 髙田田
四月・下
45/123

・大田美樹 23歳、英雄――――。

 撃つ気は無かった。あれは個人的にツッコミだと思いたい。

 ただし、人が死ねるだけのツッコミだった。

 瞬間、指先を掛けたままにしていた迂闊すぎる自分に絶望。

 次の瞬間、カールグスタフによる反撃による沈没を予感したが、それは無かった。


『京也くんは、人死にを出したがらない子なのよ。

 ――――あら? こう口にすると、まるで人死にを望む子が居るみたいね。あらやだ』


 戸部二尉の奥さん。戸部アザミさんは相変わらずのアザミさんだった。

 戸部二尉は自衛隊内部ではちょっとしたアイドルで、その心を射止めたアザミさんはWAC内で嫉妬と羨望の対象。

 お弁当にハートのマークはちょっとやりすぎだと思います。

 隠しながら小動物みたいに食べる戸部二尉の姿の可愛いこと。

 こうして皆のアイドルを卒業したかと思うと、こんどはシブカワ系のオジサマになるんだから、もう本当に罪作りな人だったそうです。


 Zの徘徊する街中で、ガソリンスタンドを回り、命懸けで集めた液体燃料。

 それをそう簡単に手放すはずがない。食料も、他の物資も、平等にそうだった。

 未だにZを病人扱いしている人間は少ない。そんな人間こそ今では病気扱いだ。

 田辺京也十六歳、彼は最初からずっと、そのなかの一人だった。

 なのに、ある種の人権団体に所属しているというわけでもないらしい。とても不思議な子だ。


 襲い掛かってくる邪悪なモンスターではなく、罪のない一般人と自覚しながら放つ矢。

 そうしながら日々蓄えた罪悪感の象徴が、彼の抱えた膨大な物資として表現されている。

 その品々の背景を省みることなく、軽々しく譲渡をねだった自分が恥ずかしく思えた。

 まだ十六歳の少年に、頼るしかない自分の無力さには歯噛みさえした。


 ドンと詰まれたポリタンクから燃料を盗み出そうにも、恥ずかしながら軽油とガソリンと灯油の区別が付かない。ハイオクとレギュラーの差も良く知らない。

 なんとか灯油とガソリンの違いは解るかもしれないが、ガソリンと軽油の違いとなるとさっぱりだった。

 灯油、軽油、ガソリン、ハイオク、サラダ油、並べられて当てられる人間がどれほど居るものだろう。


 私が燃料の入手に悩んでいると、アザミさんが羽田空港の地図をこっそりと見せてくれた。

 ちゃんと用意があったそうだ。念の入ったことに航空写真と平面図の二枚。

 空港内のガソリンスタンドまでの距離は1.6km、うち800mは陸路、800mは海路。

 川を挟んだ羽田空港に忍び込み、500リットルから1000リットルの燃料を運び出す。

 総重量は半トンから1トン? そんなの不可能だ――――。


 手にした武器は旧式の64式自動小銃。

 これはZを倒しているのか呼んでいるのかさっぱりと解らない銃だ。

 現に、男性隊員達が乱射しながら脇道の方向へ走り、囮になってくれていなければ今の私は無かっただろう。


 最後の最後まで、彼らは民間人の避難を優先した。

 最後の最後まで、彼らは自衛官のままに職務を全うした。

 それなのに――――辿り着いたのは燃料の入っていない漁船だなんて、神様はとんだ意地悪をしてくれるものだ。


「あら? ウチの京也くんは簡単に盗ってくるみたいだけど?」

 それは彼が異常なんです!!

 どういう人生を送っていれば、そんな特殊部隊みたいな真似ができるんですか!?


 その答え。

 一年の間、Zの溢れる街中で、ひたすらに隠れ、忍び歩き、物資をかき集める生活をしていたそうだ。

 ――――よくもまぁ、それで生き残れたものですねと口にしたところ、

『京也くんの後ろには三人の女の子が居たからかしら? 彼女達を守るのに京也くんは必死だったのよ。最近は私も守られる女の子の仲間入り。あ、これは拓海さんには内緒のお話にして頂戴ね? うちの拓海さん、アレでかなりの焼きモチ焼きだから――――』

 ――――それから三十分ほど惚気話を聞かされ続けた。

 コレさえなければ……コレがあるから憎めない奥さんなのよねぇ。


 燃料の盗み出しは不可能。物資の強奪も不可能。そもそも銃火器は取り上げられた状態だ。

 八方手詰まりになった中、頭を掻き毟りながら呻いていると、アザミさんが私を憐れんで一つの提案をしてくれた。

『――――じゃあ、強盗しちゃいましょ?』

 その提案には頭が真っ白になった。


 田辺京也は物資が減ることを望まない。自分になにかあった際、少女達に残せる物資が減ってしまうからだ。

 田辺京也は人死にの発生を望まない。元来、そういった気質だからだ。Zが相手ですらもだ。

 私達を助けても、助けなくても、どちらにせよ苦しんでしまう、とても面倒くさい人物らしい。


 誰かを助けるための大義名分が無ければ、悩み悶えてジレンマに苦しむ。

 男らしくない男らしい男の子、らしい。

 その複雑怪奇な人間性の表現に対しては、苦笑いを浮かべる他なかった。

 私が理解に苦しんでいると、簡単に言えば優しすぎるの、アザミさんが簡単にまとめてくれた。


 手渡されたのは一本の包丁。

 アザミさんを救うために仕方なく燃料を手放した。

 そういう言い訳を用意してあげないと、田辺京也は苦しんでしまうのだそうだ。


 男の癖に、本当に面倒くさい奴だな。

 切り捨てるなら切り捨てる。助けるなら助ける。ハッキリとしてほしい。

 ハッキリしろと選択を迫れば、自分達が切り捨てられるのは目に見えていたので口にはしなかったけど。


 一本の包丁をアザミさんの喉下に突きつけて、人質協力の下の強盗ごっこ。

 まさか、その報復として民間人が詰め込まれた護送車に向けてカールグスタフを構えられるとは予想もしていなかった。

 私の人質一人に対して、彼は五十人の民間人を人質にした。


 その行動にはアザミさんと二人で慌てふためいた。

 アザミさんの想像の、さらに斜め上を彼は行った。

『殺すなら殺せ。代わりにお前の存在理由もなくしてやるが?』

 テロリストを、さらに巨大なテロで脅迫する馬鹿が居るか!!

 どうしようかと二人で迷い震えているうちに、彼は残念そうな顔をして馬場さんに給油をお願いした。


 燃料は、最初から滑走路上にいくらでもあったんだ。

 ディーゼルエンジンの大型車両は大半の燃料が軽油であり、そして内容量はトン単位。

 あれだけ入手に頭を悩ませていた給油があっさりと終わってしまった。

 ――――そんなにあるなら、さっさと分けてくれたって良いじゃないか!!


 別れ際に、なぜか大量の手錠を渡された。

『きっと、必要になるでしょうから』

 馬場さんが頷き、受け取った。


 どうせ吸わないし飲まないからと、酒やタバコの類が束で投げて寄越された。

 これがあれば大島でもチヤホヤして貰えるでしょう。さっそく馬場さんが一本、口に咥えていた。

 ゴミ袋とハサミ。上手く切ればちょっとしたチョッキ、雨避け、風防にもなる。

 一度は武装解除の名目で取り上げられた64式自動小銃も返却された。

 それから粉ミルクの缶をいくつか。乳児を抱えた母親達が感謝していた。

 ――――誰かを助けるための大儀名分があれば、確かに優しい少年だった。


 無事に出航してから、約束どおりアザミさんを船外の海へと突き落とした。

 あっぷあっぷと溺れていたが、繋がれた長いロープを綱引きの要領で、引き摺られるようにして滑走路に帰っていく。

 燃料も十分。もうすぐ伊豆大島に辿りついて、安全な場所に皆を送り届けられるんだ!!

 と、そのときは思っていた……。


 ◆  ◆


『湾の外は揺れるからな、全員、手すりや何かに手錠で体を縛ってくれや』

 手錠と共に鍵も持たされていたので、誰もその言葉を疑わなかった。

 湾の外は、確かに荒れた海だった。

 湾内のように小雨ではなく大雨。降り注ぐ雨粒は容赦なく体温を奪った。

 皆が皆、寒さにうずくまり、必死に寒さを堪える中、動かなくなったものが動き出した。


 Zだ。手錠で自由を奪われながらも、

 必死に両隣の人間を襲おうとする彼女の頭部に銃口を突きつけて、

 撃った。撃った。撃った。撃った。撃った。撃った。


 湾内の天候は小雨、なら、湾外の天候は?

 燃料と距離しか見えていなかった私の判断は、完全に間違っていた。

 丸二日間、絶食状態だった彼女達に、その船旅は最悪の旅路であった。

 五十四名中、六名死亡。

 ――――用意された手錠が無ければ、何人が海に放り出されたことだろう?

 ――――用意された手錠が無ければ、何人がZに成り果てていたことだろう?


 もしも、晴れの日を待てば。

 もしも、もう少しだけ、あの滑走路で休息させて貰っていれば。

 もしも、――――。


 それでも私は英雄だった。

 民間の漁船を利用し、自衛官の妻子四十三名を無事に伊豆大島まで脱出させた英雄だった。


 伊豆大島で、再開した親子や夫妻――――。

 それから、頭に穴の開いた遺体と再開させた――――英雄だった。

 馬場さんは自衛隊への協力に対する叙勲式を面倒くさいと辞退した。

 理由は解る。私の暴走を止められなったからだ。

 それに、勲章よりも酒とタバコの方がよっぽど有難かったようだ。

 むしろ酒とタバコに飢えた男どもにたかられて困っていた。

 馬場さんがそれらを景気良く振舞ってくれたおかげで、島内でも早くに受け入れられた。

 余所から来た、ただ飯食らいというイメージが、むしろ逆転。

 余所者の持ってきた酒とタバコにハエのように集る男たちの笑顔。情けない――――私が。


『きっと、謝る相手が違いますから』

 謝る相手が違うどころか、私は謝罪することすら許されなかった。

 それでも、私は英雄だったからだ。謝罪は謙遜にしかならなかったんだ。

 例え遺体でも家族に再会できたと感謝されて、私は――――。


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