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少年Z  作者: 髙田田
四月・下
42/123

・四月二十七日、世界生命の日

 その日、CDCの一室から無断で発信された動画は世界中を震撼させた。

 Zに対し、多量のオキシトシンを投与した結果、Zがパニック状態から回復した映像。

 一人の人間としてキーボードを介した対話すら可能になった、という衝撃の記録である。


 Zは死者か生者か、怪物か病人か、その決定的な証明がなされてしまったのだ。

 世界各国の研究施設で追証試験が行われ、同様の回復状態を見せてしまった。

 相変わらず、飲まず食わず、そして話さずの状態であったが、Zの感染前に近い状態を見せ、そして、家族とのコミュニケーションすら可能な回復ぶりをみせた。


 Zは死者ではなく生者。

 Zは怪物ではなく病人。

 寄生された粘菌の作用によって心神喪失状態に陥っただけの、ただの人間。


 これの意味するところは大きい。

 Zに感染した家族や友人、知人を殺めてしまった者達は絶望した。

 Zに感染した民間人へ銃口を向けた軍人たちは苦悶の表情に歪む。

 Zに感染した人々への攻撃命令を許可した政治家たちは、逃げた。


 最初の認識は病気の人間だった。

 やがて手に負えなくなり、怪物だと思い込んだ。

 そして最後に、やはり病気の人間なのだと思い知らされた。

 今まで行ってきた怪物退治が、ただの殺戮行為に変わってしまった。

 あの日、銃弾で頭を吹き飛ばした少年は、変わった病を患っただけの、ただの少年だった。


 国家や軍隊が欲していたものは、Zは治療不可能な病であり、抹殺する他ないという研究結果。

 箱を開けて出てきたものは、治療の可能性を夢見させる、御伽噺に近い残酷な研究結果。

 研究員エリカ=ハイデルマンは真実を捻じ曲げなかった。

 CDCとはいえ、アメリカに属する一つの研究機関である。

 国家にとって不利益となる情報ならば、握り潰されることも想像に難くない。

 だから彼女は一人、無断で世界に情報を発信した。


 これでZの人権を訴える集団に、大義名分を与えてしまった。

 これからの軍事活動には足枷を嵌められ、ますますの混迷を極めることだろう。

 Zが怪物であるのなら、軍隊がコレを駆逐するのはそれほど難しいことでは無いと知っていた。

 映画なかの軍隊ほど、アメリカ軍は無能じゃない。

 素手の人間に負けられるほど弱くはない。


 ――――私は、真実のために、世界を滅ぼしてしまったのかもしれない。


 エリカ=ハイデルマンは、精神の不安定を理由に研究チームから一時的に外され、一人、自室のベッドで枕を濡らしていた。

 彼女の両親もまた、怪物として処理されたZのなかに含まれていた。

 ただ、両親は、最後まで人間だった。――――それを証明するためだけに、世界を……。


 ◆  ◆


「みんなに伝えておかなければいけないことがあります」

「京也さん……」

 ボクの真剣な言葉に、皆が固唾を飲んで聞き入ってくれた。

 お膝の上の宮古ちゃんもボクの顔を見つめている。照れるなぁ。

「このままでは、早晩。食料が無くなってしまいます」

 今日は、雨水を元にして炊いたお粥だった。

 神奈姉が目分量の調理技術の粋を尽くした結果だ。

 梅干を乗せてみた。焼け石に水ならぬ、お粥に梅干。わりと美味しかった。

 梅干は百年たっても大丈夫という保存食。さすがの保存力を見せてくれた。

「京ちゃん、早晩って……どれくらい?」

「今の計算では……たった三年しか持ちません」

「ねぇ、京也。殴って良い? 殴って欲しいのよね?」

 はい? 世の中のプレッパーズは最低で十年単位、多けりゃ百年単位で備えている人ばかりですよ?

 そんな中、たった三年分の食料しか無いなんて心細いでしょ? そうでしょ?

「あ、そうだ。ガリガリくんは早く食べないと溶けてしまいます。ハーゲンダッツも同様に。パピコは、もう一度凍らせれば結構パピコに戻るんじゃないかなぁ?」

「どこよ!?」

「ここです」

 小脇に抱えたクーラーボックス。

 新しい居住空間でも不安を覚えないよう皆の精神安定剤として用意した切り札。保冷剤がぎっしり詰まったアイスクリーム専用ボックス。

「ねぇ、田辺くん? 抹茶味しかないんだけど?」

「それは、どこかのハーゲンダッツァーが予想に反して、全て食べ切ってしまったからです。ちょっと、朱音のブヨ腹を舐めてました。ごめんね?」

「田辺くん? そこで謝るのは間違ってると思うんだけど?」

 ――――あぁ、これが男の八方美人は嫌われるって奴か。


 持ち出した食料は、元々が長期保存食であるものを冷凍状態で保存しておいたもの。

 計算上、消費期限は解凍された先日から始まることになる。だから三年。

 飲料水は大量のクーラーボックスの蓋を開けておくことで雨水を確保できた。

 ガソリン、軽油、灯油等の液体燃料は水に対して比重が0.8、ポリタンクは当たり前のように滑走路の下に流れ着いた。

 途中で緊急車両のウィンチを動かすことを思いつかなければ、きっと過労死していたことだろう。


 これらは元々、自衛隊との取引材料となる予定の燃料だった。

 奥多摩の地が安全になったからといって、余所者をこころよく迎え入れてくれるわけではない。

 暗号化されなくなった平文の無線では、水力発電により電気はあっても燃料が無いという話だった。

 ナイロンのゴミ袋でさえ貴重品の状態だ。

 電気はある。言い換えれば電気しかない。

『僕達は大量の燃料油を用意してきました。だから仲間に入れてください』

 そのための取引材料だったのだが、その前にタイムリミットがやってきてしまった。

 流れ着いたポリタンクの量はトン単位。持ち上げる重量もトン単位。死ぬかと思った。

 沖にこぼれた物資をボートで拾いに行くのも一苦労。

 ――――ここ三日ほど、ボクは働きすぎだと思う。中毒なカフェインだ。

 あ、泥のように眠っているアザミさんもご苦労様でした。

 今日の寝巻きは下着にワイシャツ姿じゃないんですね。残念。


 トンという単位。とても大きな重量に見えて、実はとても軽い。

 クロ二号には1500リットル。水ならば燃料タンクに1.5トンが入るのだ。

 そして、満タンでもたった500kmしか走れない。現代社会においてトンという単位は大した重量では無い。

 人間の腕力を基準にするから重く感じるだけなのだ。

 ちょっとした油圧リフトを使えば人間の手でも簡単に運べる。それが、トンという重量。


 ちなみに。戦車はリッター走行距離300mらしい。

 通勤用の自動車には絶対に向かない。戦車で通勤、男の浪漫なのになぁ。

 石油の輸入が止まったこの日本。そのへんで止まったままの砲台になっていることだろう。


 そんな液体燃料の大量輸送に比べれば、食料品の重量など大したものではなかった。

 お米の10kgは、大人が食べても一ヶ月以上もつほどの量だ。

 大人六人が三年、三十六ヶ月食べられる量だとしても、合計してたった2.2トン。

 クロ一号に積載できる重量と、油圧リフトの積載量を考えればどうということも無い量だった。

 レトルトのパックや缶詰、フリーズドライの食品関係も同じ扱いになる。食品は軽い。

 衣料品や医薬品などは、空気と一緒にゴミ袋に詰めて、適当に川原に並べておけばそれで事足りた。あとは勝手に流れ着く。


 カロリー源、ビタミン剤、タンパク質、ミネラルに燃料の用意はある。

 雨水の飲料水もあれば、塩分はすぐそこに海がある。お魚だって僕らの餌食にされるのを待っててくれる。

 運良く放置車両という安全な居住空間さえあった。足りないものは電力と通信設備くらいだ。

 羽田空港本体には煌々と明かりがともっており、wifiも動いていそうだった。

 職員が使っていた端末だって生きているだろう。……使えさえすれば。


 ――――だが、

 遠方に見える空港ターミナル内部には、ところ狭しとZ達がひしめき合っている様子が見える。

 とてもではないが、中に入って優雅にインターネットを楽しんでいる余裕はなさそうだった。

 滑走路といい、ターミナル内部のZといい、この空港で何があったのやら。


 空港と滑走路を繋ぐ、連絡誘導路には空港側に、爆弾か何かで幅30mほどの大穴が空けられていた。

 人類最速のジャンパーでも、この距離は飛べない。海に落下して溺れ死ぬだけだ。

 D滑走路。羽田空港からハブにされたこの子は、電線類も一緒に破壊されてしまったらしい。

 滑走路には必ず誘導灯がある。他にも機材を動かすための電源がある。そこから得られる筈の電源が死んでいた。

 おそらく、一緒に来ていたはずの水道管なども破断したのだろう。

 ライフラインを調査しながら橋を分解する予定が、先に破壊されていた。これは悪い方での計算外。

 自衛隊の連中は乱暴な工事をするものだ。ちゃんとライフラインは避けて破壊して欲しかった。

 ――――しかし、滑走路上にはこれだけ多種多様な車が並んでいるのに、肝心要の太陽光パネルを載せた車両が一台も無いのはエコロジー推進国家としてどんなものだろう?

 そういった車が一台あれば、今後、電源に困ることも無いのになぁ。


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