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少年Z  作者: 髙田田
四月・下
41/123

・四月二十七日、ロープの日

「生存記録、三百九十二日目。四月二十七日、天候は雨。記録者名、田辺京也。

 多摩川くだりの水遊びはこれといって障害も無く……あ、途中に堰が一つだけあって、その段差を落ちた際に朱音がボートから放り出された。あれは、かなり笑えた。

 服の中にペットボトルを仕込んであったので、それを浮き輪代わりにして必死の形相でボートに泳いで帰ってきたが、しこたま水を飲んだらしい。かなり笑えた。

 ちゃんと紐でボートに体を固定しとけと言っておいたのにね。

 結び目がリボン結びなのには驚いた。こんなときにまで女の子アピールしなくてもいいのにね。

 四月の川の水は冷たく、塗れたままの服じゃ風邪をひくと大胆にも自分の服をストリップ。

 あげく、ボクの服を奪いやがった。奴はいったいどういう神経を――――やめろ! 今は大事な夏休みの自由研究の時間なんだから邪魔をするんじゃない!!


 しかし、川辺に集まったZ達に向かって公然とストリップショーを見せるその神経と腹の太さは――――だ~か~ら~、ボクの記録活動の邪魔をするんじゃない!!

 宮古ちゃんが、ちっちゃな可愛い手でボクに目隠しをして、朱音のストリップショーを見せてくれませんでした。

 しかしこの女――――どこまで自意識過剰なんだろう?

 毎日毎日、ハーゲンダッツを食べた末に、腹部がブヨブヨになってることを気付かれてないとでも思っているのかな?

 ――――ええい、ボクの記録の邪魔をするな!! ブヨ肉!!

 宮古ちゃん、まもり、そこのブヨブヨの腹肉を押さえつけててくれ!!


『うわっ、ほんとにブヨブヨ!!』

『腹筋が割れてるアンタよりマシよ!!』

『お餅みたい。朱音おねえちゃん、ぺったんぺったんしても良い?』

『だめー!! やめてー!! お願いだから辱めないでー!!』


 よし、これでやっと普通に記録が続けられるね。

 えー、多摩川の最下流に存在する羽田空港D滑走路ですが……この現場では一体、何があったのでしょう?

 羽田空港本体と繋がる橋が入口側と出口側で破壊され、軍用車や機動隊の車、普通乗用車などが多量に放置された謎の現場滑走路。

 おかげさまで幸い住居にも困らず、96式装輪装甲車こと新生クロ二号とも感動の再開を果たしました。やっぱり慣れ親しんだ車内は快適です。

 なんとか、この子を羽田空港まで輸送して、またアザミさんと楽しいドライブを――――え? もう二度とこの子の運転はごめんですか?

 むむむ、なんだか皆が我侭です。

 やっぱりアイスがないと駄目っぽい。たった一日ですでに禁断症状が……。

 あと、お腹が空いてイライラしてるっぽいので、そろそろ御飯を取りに行きたいと思います。

 このままじゃ、ボクの肉が齧られかねません。こいつら揃って飢えた野獣です。

 この女の子たちは、Zよりもよっぽど飼育に手が掛かってほんと大変ですね、まる。

 はい? ボクは心の底から正直に語っただけで、他意は一切ありませんけど?

 やめてっ! この子は精密機器だから!! まもりよりもずっと精密だから乱暴はやめてっ!!」


 ヘッドセットを毟り取られて記録終了。

 みんなが『離れて眠るのは怖い』と口々に述べるものだから、D滑走路上に放置されていた96式装輪装甲車。クロ二号の中で仲良く眠ったわけなのだが――――流石に狭いし息苦しい。

 毎日の記録すら邪魔されて、なかなか自由に出来ない始末です。

 人間、プライベートな空間は大事なのですよ。とくに思春期の男子には。

 昨日のうちにD滑走路上にZが存在しないか軽く確かめたのだけれど、Z化したらしい人間は全て頭を撃ちぬかれていた。

 ――――この滑走路上ではいったい何があったんだ?


 現地調達する予定だった食料類が橋の崩落のために調達できず、皆がイライラしている。

 飽食に慣れすぎの現代っ子ばかりで困る。一日二日はプチ断食のダイエットだと思い込んで欲しい。

 さてと、仕方が無いので雨の中の食料確保と参りましょう。


 ◆  ◆


「京也さん、ホントに流れてきてるんですか?」

「えぇ、計算上は、そろそろ……あぁ、ちゃんと流れてきてますね」

 二子玉川の河川敷こと、多摩川の川岸に並べておいた荷物類。

 それが川の増水に従って、下流に流れてくるのは必然の出来事だ。

 D滑走路の金属支柱と浮島釣り園の間に繋ぎ浮かべておいた1km超のガイドロープ。

 川の流れとガイドロープの傾斜に沿ってD型滑走路の直下に荷物は無事に漂着していた。

 長さ1kmのロープは流石にホームセンター内にも売られていなかったが、100mのロープを10束繋げる分にはなんら問題はなかった。

 これを二重三重にしてガイドロープとして張るため荷物のなかで多くの容積を使い、食料品類の用意が後回しになったのだ。

 さらに言うなら、誰か一人くらい食料品を持ってきているだろうという予想だったのだけど、洋服と下着と生理用品と剃刀とエトセトラで彼女達の箱は一杯だったらしい。

 ゴミ袋とハサミが一本あれば完全にサバイバル生活できる男と違って、女の子は女の子であるための準備が大変なんだね。

 ――――まさか、アザミさんまでとはなぁ。箱の中身はスキンケア用品が一杯って……拓海さんと再開したときに肌がボロボロだと嫌ですか? そうですか。

 ねぇ、みんな? この先生きのこる気はあるの? 命より乙女心の方が大事なの?

 乙女心とは、醜く生き残るよりも、美しく死にたいというものらしいですけど――――はぁ。


 縄の在庫には困らないので編み上げた縄梯子を下り、荷物を背負い、滑走路上へ。

 縄の在庫には困らないので編み上げた縄梯子を下り、荷物を背負い、滑走路上へ。

 縄の在庫には困らないので編み上げた縄梯子を下り、荷物を背負い、滑走路上へ。

 縄の在庫には困らないので編み上げた縄梯子を下り、荷物を背負い、滑走路上へ。

 ――――死ねるわ!! この中には米とかも入ってるんだぞ!!


 考えた。

 ボク、下に降りる、荷物結ぶ。皆、引っ張り上げる、荷物ほどく。超、名案。

 女の子『お外はゾンビが怖いです。雨冷たいです。風寒いです。UNO楽しいです、あ、ドローフォーね。ドローフォー。ドローフォー。ドローフォー。え? 16枚返し? いやぁぁぁぁ!!』、まる。

 あぁ、さいですか。まぁ、良いんですけどね。Zが隠れてると危険なのは本当のことですし。

 宮古ちゃんだけだよ。手伝いを申し出てくれたのは、ありがとうね。

 でも、宮古ちゃん一人の力では足りないし、彼女の情操教育上も良くなかった。

 どうやら昨日、朱音の全裸ストリップ劇場を目にした川辺のおっかけZ達も若干数、ここに流れ着いてしまっている。

 趣味の悪い奴らだ。あの贅肉腹のどこが良いんだ?

 ――――いや、性の嗜好は人それぞれだった。ごめんねZくん。

 ボクは酷いことを考えちゃったよ。贅肉腹が好きな人が居たっていい、それが自由というものさ。


 岸辺でまごついているうちに雨による増水から逃げそびれたのだろう。

 鈍くさくて人間くさいZ達。荷物の引き寄せにも利用しているピッケルでついでに穿つ。

 満足に泳げない水面のZを叩くなんて、赤子の頭を貫通するようなものだよ。楽勝楽勝。


 縄の在庫には困らないので編み上げた縄梯子を下り、荷物を背負い、滑走路上へ。

 縄の在庫には困らないので編み上げた縄梯子を下り、荷物を背負い、滑走路上へ。

 縄の在庫には困らないので編み上げた縄梯子を下り、荷物を背負い、滑走路上へ。

 縄の在庫には困らないので編み上げた縄梯子を下り、荷物を背負い、滑走路上へ。

 ――――死ぬ。燃料用のポリタンクは20リットルじゃなくて、18リットルにしておけば……。


 網を作ろうと考えた。縄が水に浮く素材なので役に立たなかった。

 釣り縄。荷物に取っ手を付けるのを忘れてた。掴み所が無かった。

 投げ縄。投げても引っかからない。ボクはカウボーイじゃないし、荷物はカウじゃなかった。

 人間、最後は腕力だね。脚力だね。若さだね。気力だね。孤独だね――――。


 ◆  ◆


 屋上で鳩の捕獲をしていると、道の東側、環七の方角から数え切れないほどのZの群れが溢れ出してきた。

 そのとき、僕は世界の終わりの光景を見た。ゾンビ映画の絶望的シーンそのものの光景。

 田辺さんにもメールで知らせてみたけれど、返信は無し。

 デパート内部の全ての防火扉に防火シャッターを閉めて回り、皆で屋上へ避難した。

 どうか、このまま行き過ぎてくれますようにと祈り、Zに悟られないよう観察を続ける。

 よく見て、よく調べて、よく考えれば、きっと必ず道は開けるはずだから。

 だけど、Zの大行進は一つ一つの建物に押し入って、まるで強盗達が街を荒らすように一軒一軒を虱潰しに探し回って――――。


 最後まで戦うと誓ったけれど……これは無いよ。

 数の暴力。その言葉の本当の意味を噛み締めた。これは無い!!

 数万じゃ足りないZの大波が押し寄せてきて――――そして、僕の住むデパートの脇を通り過ぎていった。


 大音量。赤ちゃんの鳴き声。方角は田辺さんの家の方向。

 建物の中を一軒一軒探すことよりも、その泣き声に興味を引かれたZ達の大行進。

 デパートの横を、道という道を、全力疾走で駆け抜けて、走り去ってしまった。

 拍子抜け。一緒に腰も抜けた。七人の女の子も一緒にだ。とにかく、助かった、らしい……。


 ――――でも、もう大津波としか表現しようのないZの群れが田辺さんの家に向かって……。

 田辺さんの家の頑丈さは知っている。だけど、あんな馬鹿みたいな数は耐えられない……。

 でも、田辺さんのことだ、なにか対策があるんですよね?

 なにか用意があるんですよね?


 メール、返信無し。

 メール、返信無し。

 メール、返信無し。


 らしく、ないじゃないですか。

 最後まで、生き残るための努力をするって言ったじゃないですか……。

 僕達なんかのために自分達を犠牲にするなんて、らしくないですよ……。

 田辺さん――――どうか御無事で……。無理ですよ!! こんな数!!

 なんで最後にそんなカッコつけるんですか!! らしくないじゃないですか!!

 カッコ悪くても生き残るって約束したじゃないですか!! らしくないですよ田辺さん!!


 ◆  ◆


「――――あ、あのゴム製品にメールするの忘れてた」

「京ちゃん? ゴム製品って何?」

「葉山=ゴム製品=誠司。あのいけすかないハーレム野郎のことです」

「……いい、京ちゃん? 葉山先輩がハーレム状態で、京ちゃんがそうじゃないのは、京ちゃんが甲斐性なしだからなの。他人のことを羨む位なら、ちゃんと見習って、ちゃんと反省しなさい。わかった?」

 ――――え? なんでボクが叱られるの!?


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