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少年Z  作者: 髙田田
四月・下
40/123

・四月二十六日、よい風呂の日

「生存記録、三百九十一日目。四月二十六日、天候は曇り。記録者名、田辺京也。

 決壊した。終わり」


 ヘッドセットとポータブルHDD、ラップトップパソコンをクーラーボックスに詰めて記録終了。

 デスクトップPC、タイマーセット、時間は二時間後、確認。

 初期は警戒音、次いで胎動音、確認。エンター。


「出発だよ!! みんな起きて!!」

 みんなが眠るドアをたたいて回った。

 無線を前にしながら眠り、玩具のトランシーバーの叫び声を聞き続けていた。

 環七のバリケードから這い出してくるZの群れを見つけて狂乱状態になった無線が1。

 ありがとう。キミのその尊い犠牲はすぐに忘れる。


 まだ早朝。朱音の悲鳴が無くなって、昼に起きて夜に眠る自堕落な生活の皆にはつらい時間だろう。

 近接戦闘装備。まずはアザミさんを叩き起こす。

 朱音の抱き枕に宮古ちゃんを奪われて手持ち無沙汰な彼女の寝巻きは――――上下がともに黒の下着にブカブカのワイシャツでした。

 うん、ボクの目がスッカリと覚めちゃった。――――下着ワイシャツって、攻撃力高いわー。


「京也くん? ……きゃああああああああああ!! ちょ、ちょっと待って!!」

 あぁ、年上の女性がうろたえる姿ってどうしてこう可愛くて目が離せな、ドアが閉められました。

 急いで服を着替えている衣擦れの音が……あぁ、こういうのもドキドキして良いかも!!


 気が付くと、ネムネムの宮古ちゃんを抱いた朱音が階上から半眼で見下ろしていた。

 あのジト目の半眼は、眠いってわけじゃあないんだろうな。

「田辺くん? それとも変態さん? どっちで呼べば良いの?」

「ぜひ田辺くんでお願いします。今からアザミさんと車を家の前まで持ってくるよ。予定通り私物のクーラーボックスを持ってきて――――この家ともお別れだよ」

「それじゃあ待ってる。まもりちゃんと神奈さんも起こしておくね」

 ――――聞き分けの良い朱音というのも、なんだか違和感を感じてしまう。

 思えばちゃんと、Zの脅威を理解し続けていたのは彼女だけだったのかもしれない。

 この頑丈な家のなかにありながら、ずっと、恐怖し続けていたのは彼女だけ――――。


「うん、お願い……。朱音、ごめんね?」

「田辺くん、言葉を略すのは良くないよ?」

「守りきれなくて、ごめんね」

 ――――ボクじゃ、安心させられなくて、ごめんね。


「あのね、田辺くん? そういうのは恋人に言ってあげる言葉だよ? ただのクラスメイトの女の子に言っちゃ駄目な言葉なんだからね? 女の八方美人は好かれるけど、男の八方美人は嫌われるんだよ?」

 ――――そういう、ものだったのか!?


 そう言い残し、なんでもないかのように朱音は手の平を振って二階の皆を起こしに戻った。

 アザミさんがブカブカの迷彩服を着込んで、ようやく部屋から出てきた。

「ブカブカのワイシャツ姿でも……」

「京也さん、十年早いって言葉を知ってます?」

 ――――はーい。


 玄関。開放。左右、確認、Zの影なし。

 ガレージまで、経路、Zの影なし。

 この周囲のZは今のところは集団化は起こしていても、家捜しまでは始めていないようだ。

 たった一日二日の差だったけれど、不眠不休で脱出準備が出来る時間があったのは――――

「まもりちゃん!! トイレから早く出てきて!! ねぇ!? まもりちゃん!?」

 良かったんだろうか?


 皆には新鮮な外の空気。宮古ちゃんを除けばドライブなんて一年ぶりだ。

 環七、東側から押し寄せてくるZの群れを避けるためには、多摩川を下って逆に東に突っ切るしかない。

 揺れる車内で皆のクーラーボックスを繋ぎのロープで数珠繋ぎにして荷造りも完成。

 昔の人はこれで石油を抱えて太平洋を渡ったんだ、多摩川くらいどうってことは、

「アザミさん、そこは右折じゃなくて左折です」

 どうして毎回、道を間違えられるのだろう?

 女性の脳は、不思議で一杯です。


 多摩川は、今日も立派に川だった。

「京ちゃん。これでホントに大丈夫なの?」

「……神奈姉、ボクは思うんだ。彼らが全力で攻めてくるなら、僕らは全力で逃げるべきだって!!」

「……京也。カッコいいこと言ったつもりだろうけど、全然カッコよくないから」

「田辺くん、カッコいいよ!!」

「――――朱音ちゃんが裏切った!?」

「気付くの二年ほど遅いかな~?」

 何の話をしてるのかさっぱりだが、この緊急事態に緊張感が無いのも困りものだな。


 ――――ほんとに困るのかな?

 人間、リラックスしている状態が実は一番強いって言うからなぁ。

 手漕ぎのレジャーボートにモーターボートの小型エンジンを取り付けただけの、即席モーターボート。

 定員は六人乗りだけど、左右にポリタンクを括り付けて、なんとか浮力を高めてみたボクの力技作。

 ボク、神奈姉、まもり、朱音、アザミさん、宮古ちゃん、あとモーターちゃん。数の上では七人分の重量がかかる計算。

 モーターちゃんの正式名称は船外機と呼ばれ、ボクでも知っている有名なバイクメーカーの名前で売られていた。

 バイクばっかり作っているものだと思ったら、こういった海のものも作っている会社のようだ。

 モーターボートはバイクや自動車と違って、船とエンジンが別体として売られているものらしい。 大きな船に小さなモーターも、小さな船に大きなモーターも選び放題だ。

 だから、もしもクロが水に浮かべばクロ自身を船にして、一緒に優雅な船旅が出来たのにな……。

 別れは、いつだって寂しいよ……。開催されなかった中学校の卒業式……。


 あら、仰げば尊しを心の中で歌っているとZちゃん達に気付かれた。

 全速力でこちらに走ってきてる。ここは空気を読んで欲しかったな~。

「エンジン! エンジンよ掛かってくれ!! 畜生!! こんなときに限って一発で普通に掛かりやがる!! さすがはメイドインジャパンだなぁ……」

 ホラー映画の都合よく掛からないエンジンの再現は出来ませんでした。

 モーターちゃんも空気を読んでくれない。残念無念。


「京ちゃん! いまそれ、洒落になってないからぁ!!」

「京也!! あとでぶつよ!!」

「田辺くん、早く!! 早く出して!!」

「おかーさん。あの人、なんで走ってきてるの? 怒ってるの?」

「そうねぇ。この川、ほんとはボートで遊んじゃ駄目な川なのかもね~?」

 アザミさん、すっかりと肝が据わっちゃってまぁ。

 まずはゴムボートを先頭に、ロープで数珠繋ぎのクーラーボックスが入水。

 全力で走ってきているZちゃん達には悪いけど、優雅に川くだりを満喫させて貰おうじゃないか!!


「さよ~なら~!! クロ~!! 短い間だったけど、今までお世話になりましたー!!」

「……もう、車体を擦らなくて済むのね。良かった……。ホントに良かった……」

 アザミさんなんて、涙を流しながら別れを惜しんでいる。

 ただ乗ってたボクよりも、運転してたアザミさんの方が、別れの辛さもひとしおだよね……。


「じゃあ、アザミさん。後のことはよろしくお願いします」

「え? 京也さん、何を?」

「いえ、船の運転。アザミさんにお願いしようかと思いまして?」

 小型のモーターボートとは、船を漕ぐ船頭さんのように、モーター自身を左右に振って舵をとるものらしい。

 クルーザーのようにハンドルを握って操作するものでは無いそうだ。


「無理! 無理無理無理無理無理!! 無理です!! 船なんて触ったこともありません!!」

「誰にだって初めてはありますよ。たしかアザミさんの初体験は川辺の素敵なホテルでしたよね? ここは川辺どころか川の中、もっと素敵な初体験間違いなしです」

「京也くん! お母さんの初体験ってなに!?」

 あら、宮古ちゃんたら好奇心旺盛なんだから。


「……それはね、触れたことが無いものに初めて触れる体験のことだよ」

「京也さん、宮古に変なこと教えないでください」

「京ちゃん。駄目よ? 川に落とすよ?」

 ――――ごめんなさい。神奈姉はこういう冗談が嫌いでした。


 ほとんどは川自身が勝手に流してくれるので、舵の操作をする必要が無かった。

 これが土砂降りの雨の中というならともかく、笹船が上流から下流に流れるようなもので、岸に寄らなければ良いだけ。特別な技能も必要としなかった。

 山を候補に上げたとき、虫が美味しいと言っておいて良かった。

 もしも、川の流れに逆らって逆流するなら相当の技量と覚悟が必要だったはずだ。


 時折、こちらの姿に気付いたZちゃん達が川辺にまで近づいて、水際に立って見送ってくれる。

 火と同じように、流水にも危険を感じるだけの知性が残っているようだ。

 水際で進もうか戻ろうか、精神の葛藤に囚われたZちゃんの姿はなんだか可愛いです。

 三人娘はそんなZちゃん相手に恐々と、身を竦ませてボクにしがみ付いて来てるけど……。

 水を泳いできた相手なんて、怖くもなんともないと思うんだけどな。

 ボートに手が触れる前にピッケルで頭部を一撃だしなぁ……。

 あぁ、宮古ちゃんの情操教育上、それは良くない年齢規制のかかるシーンだ。

 宮古ちゃんは川辺のZちゃんを相手に大きく手を振ってる。ここはボクも一緒になって手を振っておこう。

 宮古ちゃんは将来、超大物になる予感。アザミさんも大物だし。胸周りとか、とくに。


 そしてちょうど、メガラパゴス携帯からアラーム音。

「京ちゃん。その音はなに?」

「えっとね、最後の仕掛け。男のロマン、自爆装置だよ」

「は? ――――ちょっと京也!? 聞いてないけど!? 自爆装置って何なのよ!?」

 ――――自爆装置が何なのかといわれましても、男の浪漫装置ですが?


 ◆  ◆


 パソコンにセットされたタイマーに従い、Zバリヤーこと大音量スピーカーが赤ん坊の泣き声をあげた。

 周囲に設置されたZバリヤーの解除装置も同時に泣き声を上げ、骨壷の隣ではフラワーロックのブラザー達がクネクネとダンスを踊り始める。


 京也が最後に残した自爆装置。

 周囲何十キロになるか解らないZを一箇所に集め、繋ぎとめ続けるための計画。

 おそらく京也の家は、Zの群れに囲いを破られ、侵入を許してしまうことだろう。

 だが、スピーカーの類が破壊されるまでは音が止むことは無い。


 自宅の周辺にZを集めた後は胎動音。赤ちゃんが泣き止むという噂の音。

 お母さんのお腹の中で、赤ちゃんが聞いているという音に切り替わる予定である。

 これで、玩具で救助を求めていた人たちの周囲からZが消えて、多少は自由に動けることだろう。

 これで、Zも少しは安心を感じて、多少は家捜しの手を緩めてくれると助かる。

 これで、葉山誠司とそのハーレムも、鳩たちと仲良く暮らしていければ万々歳だ。

 それから、音に合わせてフラワーロックのブラザー達がクネクネと――――これで、母さんも寂しくないはずだ。


 そう思い描きながら田辺京也が施した絵空事。自宅自身を贅沢に使った最後の悪戯であった。

 自宅の太陽光発電などの機材が生きている限り、Zの群れを引きとめ続けられるはずだ。

 一度発動したが最後、Zの群れに囲まれて身動き一つ取れなくなるため、今まで使うことの出来なかった自爆装置。

 計画通りに行けばいいけどね――――。

 風流な多摩川くだりを冷や汗まじりの船頭アザミに任せながら、京也は宮古とともに優雅な船旅と興じるのであった。


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