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少年Z  作者: 髙田田
四月・上
4/123

・四月二日、週刊誌の日

 コンビニエンスストアは名前のとおりに便利なお店だ。

 食料品から簡単な衣類に生活雑貨、それから、いやらし本まで揃っている完璧な品揃え。

 おかげでZが徘徊するこの世界でも、毎日絶賛大繁盛中である。

 腐敗した弁当の匂いに釣られて、店内、店外にZがミッチリと詰まった姿は一周して笑えた。

 雨が降るたびに匂いが薄れて解散するのだが、そのうちにまた集まってきてしまうので、人間が入店する隙が無い。

 Zお気に入りのホットスポットである。


 ――――食料品を扱う多くの店は大半がこの有様だ。

 食べるわけでもないのに腐った食品を前にして、Zたちが寝ずの番をしている。

 片側二車線、両側合わせて四車線。中央分離帯を挟むならそれ以上の距離を置いた屋根の上で、京也はロングレンジボウガンの用意を整えていた。

 軽く、速射性に優れたピストルボウガンに比べて、ロングレンジボウガンは大きく重い。

 Zは光と、音と、匂いに敏感である。

 日本人が農耕民族だったのは弥生時代から千年ちょっと、それ以前の狩猟採取民族だった記憶が蘇っているのかもしれない。なにせホモ・サピエンスの歴史は二百五十万年だ。

 Zが特に敏感なのは、人の姿、人の声、そして排泄物や腐敗物の匂いである。

 Zになる前と、さして変わらない。

 夜中、窓の外に猫の姿を見ても恐ろしくはないが、人の姿があれば怖くて仕方がない。

 機械の音は気にならなくても、人のヒソヒソ話は気になって眠れないものだ。

 自分の排泄物の匂いはあまり気にならないと言うのに、他人のそれは吐き気がするほど臭くて堪らないのは何故だろう?

 結局、人間を相手にするのとさして変わりないのだと京也は結論付けていた。

 屋根の瓦を投擲、アスファルトに叩きつけられた破砕音に何体かのZが興味を示して移動を開始した。

 何かが割れる高い音、それも人の注意を引き付ける音の一つだ。


 コッキング、装填、息を止めてよく狙い、狙撃、命中。

 コッキング、装填、息を止めてよく狙い、狙撃、命中。


 人間を相手にするのとさして変わりなく、太陽を背にし逆光のなかに隠れた京也の姿は、眩しくてZの目には人間として映らない。……ハズだ。

 人の気配を感じたなら、バリケードを破り、壁を登り、破壊的にアクロバティックに全速力で走りまわる彼等だが、気付かれなければその動きも緩慢なものだ。

 相手が人間ならば、矢玉の飛んできた場所から逆算して襲いかかってくるのだろう。だが、Zに関してその心配は無い。そこだけは人間を相手にするのと大きく違った。

 人間、最大の武器は知恵だ。Z、最大の武器は身体能力だ。


 コッキング、装填、息を止めてよく狙い、狙撃、命中。

 コッキング、装填、息を止めてよく狙い、狙撃、命中。


 すぐに餓死するだろう。期待は裏切られた。

 夏の暑さで腐るだろう。期待は裏切られた。

 冬の寒さで凍るだろう。期待は裏切られた。

 経年劣化でいずれはやがてどうにかなるのだろうが、そのいずれやがてが五年後になるか十年後になるかも解らない。

 警察と自衛隊が今でも電気、水道、通信のライフラインだけは死守してくれている。

 けれど、彼等の善意がいつまで続くか解らない。

 機械的な限界だってある。破裂した水道管を直してくれる人は、もう居ない。

 そもそも彼等に命令を出せる民主的な政府が存在しているのだろうか?

 次の選挙では、Zな国民にも投票権が与えられるのだろうか?


 コッキング、装填、息を止めてよく狙い、狙撃、命中。

 コッキング、装填、息を止めてよく狙い、狙撃、命中。


 もしかすると、明日、海の向こうで特効薬ゾンビナオールが開発されてZの治療に目処がたつかもしれない。

 その希望が引き金を重くしていた。だけど、もう、限界だ。

 夢見る乙女は居候の三人だけで十分だ。

 夢を見させておく乙女は、居候の三人だけで十分だ。

 男の夢は血生臭いものだ。天下布武の時代から、そうだったじゃないか。

 ビバ! 信長!! 手にした獲物は種子島じゃないけども!!


 コッキング、装填、息を止めてよく狙い、狙撃、命中。

 コッキング、装填、息を止めてよく狙い、狙撃、命中。


 朱音の悲鳴は深夜の町によく響く。

 その度に即席のバリケードは破られ、家は包囲され、壊滅の一歩手前にまで至った。

 神奈姉とまもりが力尽くで口を塞ぐが、それでは涙と一緒に流れる鼻水で窒息してしまう。

 出来るだけ音が漏れないように、押入れの中に押し込めても、家を叩くZ太鼓の響きが新しいZを呼んだ。

 言葉は話せない癖にリズム感はあるんだよな。ほんとに無駄に多芸な奴等だ。


 コッキング、装填、息を止めてよく狙い、狙撃、命中。

 コッキング、装填、息を止めてよく狙い、狙撃、命中。


 明日、薬が開発されるかもしれないと、期待していた。

 だから、正統な、必要最小限の、殺人行為に留めたつもりだった。

 Zのバリケードが無ければ、助からなかったんだよ。仕方がなかったんだよ。

 バリケードがあることで、こちらも、あちらも、双方が必要以上に傷つかずに済んだ。

 でも、限界だ。俺が限界なんだから、きっと他の皆も限界だろう。

 むしろ、我慢強い方だったよ君と褒めて欲しいくらいだよ!!


 コッキング、装填、息を止めてよく狙い、狙撃、命中。

 コッキング、装填、息を止めてよく狙い、狙撃、命中。


 資源、資源、資源。とにかく資源の回収だ。

 もう、他人の取り分なんて考えている状況じゃない。

 むしろ、遅すぎたくらいだ。こんなのアメリカじゃ日常さ、HAHAHA!!

 ――――まぁ、そうやって欲を張った人間は、まっさきにZの群れに飲み込まれて仲間入りしたわけだが。


 コッキング、装填、息を止めてよく狙い、狙撃、命中。

 コッキング、装填、息を止めてよく狙い、狙撃、命中。


 車でもバイクでも、エンジン音はZを引き寄せた。

 乗り物では電動アシストのママチャリが最強だった。いずれは電気自動車も手に入れたい。

 でも静穏性なら徒歩が一番だ。積載量ではママチャリに負けるが、カクレンボには最適だ。

 人間最大の武器は知恵なんだから、Zの観察日記から始めるべきだったね。

 去年の夏休みの自由研究はそれだったさ。


 コッキング、装填、息を止めてよく狙い、狙撃、命中。

 コッキング、装填、息を止めてよく狙い、狙撃、命中。


 皆はどこで手に入れたのやら、銃の発砲音は街中でよく響いた。そしてZをよく引き寄せた。

 静穏性なら弓が一番だ。コッキングのあるボウガンよりもアーチェリーの方が静かなのだろうが、あいにくと弓のスキルを習得するための道具も時間も師匠も無かった。

 そんな状況でヘッドショットを狙うのは夢のまた夢だ。夢は、もう見ない。


 コッキング、装填、息を止めてよく狙い、狙撃、命中。

 コッキング、装填、息を止めてよく狙い、狙撃、命中。


 戦うときにも逃げるときにも、声を出すのはいただけない。

 Zは人間の悲鳴には特に敏感なんだから……。

 泣き叫びながら逃げまわる人を見つけたときは、即座に助ける事を諦めた。

 叫び声のもたらす効果は、朱音の悲鳴で経験済みだ。むしろ巻き込まれることに恐怖したよ。

 まもりは幼馴染だけど、その友達の朱音は他人なのに、なんで俺が苦労しているのやら……。


 ――――気がつけば、四車線分になるZラインの葬列が完成していた。

 続けて屋根瓦を投げ、Zを誘導し、次は左側のラインの構築に移行する。

 積み重ねていない建材Zでも、よほどZの注意をひく真似をしなければラインを超えることは無い。

 ラインの手前で仲間を踏まないようにウロウロとするだけだ。優しいね、Zちゃんは。

 左右にラインを構築すれば、俺が安全に渡れるZ式横断歩道の出来上がりとなる。

 ――――たった四車線の道路だというのに、横断するのも命懸けとは、ほんとうに物騒な社会になったものだなぁ。

 交通法規は何処にいった? 人は車道を歩いちゃいけないんだぞ?


 左右のラインが完成したところで、フリーザーパックを中心部に投擲する。

 中身は具の無いカレーだ。とても香ばしい。とても喜ばしい日本人の思い出の香り。

 腐った弁当よりも、やっぱり魅惑的な香りだったのだろう。

 ワラワラとZ達が集まり、カレーの水溜りを中心にスクラムを形成した。

 火炎瓶――――は、危険なので、まず火種を投げ、次に燃料の入った瓶を投げつける。

 飛散したガソリンが火を吹き、次にZの衣服に燃え移る。

 ほんの僅か、じたばたと動いたが、すぐに動きは止まった。

 映画の中のゾンビはちょっと元気すぎだと思う。

 蛋白質は50℃前後で凝固するのだから、火達磨になりながら暢気に歩いてくる姿には常々違和感を感じていた。

 火達磨になっても蛋白質が固まらないなら、ゆで卵だって食べられない。

 蛋白質の焦げる匂いも魅力的に感じたのだろう。今の世の中じゃ焼肉は贅沢品だ。

 多数のZ達が近づいて集まる。だが、それでも火の中には入ろうとしない。――――危険物を避ける、これも本能か? あるいは理性か?

 新たな燃料瓶を投げる。飛散。炎上。

 新たな燃料瓶を投げる。飛散。炎上。

 新たな燃料瓶を投げる。飛散。炎上。

 人間の筋肉は外側よりも内側、背筋よりも腹筋が強いため、収縮する筋肉同士の争いの結果は胎児のようなポーズになると決まっている。

 内部の粘菌が生き残っていたとしても、動かす筋肉が凝固してしまえばどうしようもないだろう。

 熱しても胎児の形に丸まっていないZが居たなら要注意だ。


 ――――それから日没を待った。

 コンビニの明かりは一年が経過した今でも煌々と光っていた。これもZを引き付ける。

 24時間営業のコンビニ。それを支える万の時間を数えるLED蛍光灯の寿命は偉大だね。

 未だ生きていた街灯を撃ち抜くと、四車線の道路に暗闇の隙間が訪れた。街灯もLEDの時代だ。

 闇夜は化物のオンステージだが、Zは化物ではない。病人だ。

 都合よく猫のように夜目が利くわけでもない。

 こちらが静かにしている限り、向こうも反応はしない。

 左手のマグライトを肩に担ぎ、店内に未だ残ったZ達を暗闇の中から照らしだす。

 強い光に反応したZたちが店外に歩み出てくるが、彼等に俺の姿は見えてはいない。

 眩しすぎる光の向こうにあるものは見えないものだ。

 車のヘッドライトは自動車自身を照らしたりはしない。

 月明かりよりも眩しい光を目に受けてしまえば、視界はまっくらも同然になる。

 ヨロヨロと足元もおぼつかないまま近づいてきたZの頭部にピッケルで穴を開ける。

 開ける。開ける。開ける。開ける。開ける。開ける。開ける。開ける。開ける。開ける。開ける。


 コンビニ裏手、商品搬入口から進入を試みる。ノック、無音。クリア。店舗内に侵入成功。

 ドリンク補充路、ノック、ノットクリア。内部に逃げ込んで、そのまま凍死したZが存在する模様。

 店内、クリア。身を屈めた状態で全てのブラインドを降ろす。外部からの遮蔽完了。

 トイレ、ノック、無音。クリア。綺麗なものだ。店員の性格が良くわかる。贔屓にしたいコンビニだ。

 休憩室、ノック、ノットクリア。金属がぶつかる音。おそらくロッカーに閉じ篭もり、そのまま餓死を選んだZが存在する模様。

 左手のマグライトをさすまたに変え、休憩室の扉を開く。足音は無し、ロッカーの内部でなにかが動く音。

 休憩室のスイッチを操作。店内全ての明かりを消す。目が暗闇に慣れるのを待って、マグライトを再度点灯。

 物音を発てていたロッカーの扉を開放。

 マグライトの光で視界を殺し、人間と認識させず、ピッケルで頭部貫通。他のロッカーにZの姿は無し。休憩室、クリア。

 暗闇の中、ドリンク補充路の扉を開放。

 同じく光で視界を殺し、人間と認識させず、ピッケルで頭部貫通。ドリンク補充路、クリア。

 店舗の周囲に建材でZ式防御線の構築開始。

 続いて、四車線を跨いだ左右のZ式横断歩道も整える。

 店舗内部の安全確保を完了。だが、安全のため店内の明かりはつけないものとする。


「チョコレートは糖分たっぷりなのに賞味期限が意外に短いんだな。

 夏場の熱気で一度溶けてるし……食べるかどうかは神奈姉の度胸に任せよう。

 ガリガリくん……ここは嫌がらせに期間限定の味を持って帰ろう。

 確かこの味は、えげつなく不味かった。

 ハーゲンダッツ……抹茶発見。この世にも神は居た、ありがとう悪魔」

 コンビニはとっても便利なお店だ。辿り着けさえすればだが。


 ◆  ◆


「生存記録、三百六十七日目。四月二日、天候は曇り。記録者名、田辺京也。

 二日続けてのハーゲンダッツの登場に朱音が笑顔を見せた。

 目の前に抹茶味を四つ積み上げると、この世の終わりのような顔を見せた。

 この世の終わりどころが皆と一味違うな。抹茶味だ。


 三人にとっては遅めの朝ご飯、俺にとっては夕食を一緒にとって、今晩は安全確保したコンビニからの物資輸送に勤めた。

 自分が労力を――――手を汚して確保した物資を他人に分けてやるほど気前は良くない。

 日本政府も、国連も、CDCも、未だにZに対して生者とも死者とも決定的な見解を見せてはくれない。殺人は自己責任でどうぞ、とでも言うのだろうか?

 ネット上の噂では、Z化しても脳の一部では正常な活動が見られるという。

 つまり今日、俺がおこなったことは――――考えないようにしておこう。


 そんなことより、作業の合間に食べたハーゲンダッツのキャラメルマキアートは美味しかったなぁ。

 さすがはハーゲンダッツァー朱音が欲しがっただけのことはある。

 甘いものはそんなに好きなほうではないのだけれど、この世の終わりの顔をした朱音のビターな人生の味が加わることで飽きない味となった。

 これこそ天国の味と言うものだ。


 コンビニというのは小さい店舗でありながら、それなりに中身が詰まったもので、バックヤードも含めると荷運びも一苦労だった。

 今日は曇りということもあって夜も深く、野良Zの視界を避けての移動は楽だった。

 だがしかし、とにかく往復回数が多くて疲れた。

 キャリアーを使っても徒歩での荷物搬送は厳しい。

 あとで知ったが、平均的なコンビニの商品の種類は三千点にも上るらしい。

 ――――百円ショップからの物資輸送は考えたくもない。Zの物量も恐ろしいが、あの店の物量も恐ろしい。

 LEDの蛍光灯も魅力的であったが、なかなか手が届かないので諦めた。あの蛍光灯は酸っぱいに違いない。

 可能ならばアイスの詰まったフリーザーごと持ち帰りたかった。だが、輸送手段もなく、道も無かった。誰だ、車でバリケードを作った馬鹿は。

 せめて動かせるように考えて作っておけ。バリケードの意味が無くなるがな。

 何とかして冷蔵庫などの大型機械類を搬入する手段を見つけたいものだ。

 とにかく今日は疲れた。考えるのは明日にしたいと思う。お休みZ、明日は筋肉痛さ。


 ――――あ、いやらし本を大量に手に入れた。今日は大変に有意義な一日でした」


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