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少年Z  作者: 髙田田
四月・下
38/123

・田辺京司 43歳、アナログ世代――――。

『父さんは、アナログ脳だからなぁ』

 アナログの何が悪い、そう思っていた矢先にテレビがデジタル化した。

 VHSのテープは役立たずになって、京也の奴が全てをDVDに作り直した。


 8mmで撮られた俺と沙也香の結婚式のDVD。

 結婚記念日の度に流す、その嫌がらせはやめてくれ。

 仕事が忙しくてウッカリ結婚記念日を忘れた年など、『あの頃は愛があって良かったわよね~』『え? 父さんにもそんな時期が?』と、京也と二人で延々とリピート再生。どんな漫才コンビだ。

 謝っても何をしても、完全に無視してテレビに食い入りやがって、お前ら二人揃ってズルイぞ。


 とくに京也、息子なんだからお前は父さんの味方をしなさい。

『父さんの言いつけどおり、可愛い女の子には優しくしています』

『お母さんのことを可愛い女の子だなんて。口が上手ね~、お父さん似かしら?』

 絶対にお前似だよ。沙也香――――。


 市ヶ谷駐屯地から周囲の小学校だった避難所へ、そこから羽田まで護送されたまでは良かった。


 問題は、京也と一切連絡が取れないことだ。

 携帯などの民間の無線網は電力を消費するため意図的に止められたまま。

 ただ、空港内の施設を使ってインターネット経由でのメールを使った連絡は許された。

 近くの若者を頼り京也にメールを送ろうとしたが、『アドレスが解らないんじゃちょっと……力になれなくて、すみません』。

 俺の携帯には、京也の携帯のアドレスしか残っていなかった。

 京也と自分と沙耶香のパソコンのメールアドレスが、さっぱりと解らないときたものだ。

 市外局番を合わせても10桁の数字で済んだ時代は良かった。市外局番を抜かせば6桁だ。

 携帯になってからは11桁。頭の080や090を抜かしても8桁。なんとか頭で覚えられていた。

 メールアドレスはさっぱりだ。京也が機械に覚えさせて、ずっとそのまま。携帯の番号だって大体がそのままだ。

 機械が憶えていてくれるものを、わざわざ頭で記憶してこなかったツケが出た。

 連絡先をメモ帳に書いておく、それくらいはしておくべきだった。

 もうすっかり俺もアナログ世代じゃあねぇな。完全にデジタルな機械に依存してたよ。


『羽田空港ならD滑走路だよ、父さん』

 ――――前後のつながりの無い記憶だが、ふと頭に浮かんだ京也の言葉。

 D滑走路は後から増築された滑走路らしく、空港ターミナルから離れた浮島のような場所だった。

 手持ち無沙汰と連絡のとれない焦りの中で、ウロウロと空港敷地内を歩き回っていると、D滑走路に辿り着いていた。

 金属の支柱に支えられた2500mにも渡る巨大な一枚板の滑走路。

 羽田空港本体と繋がるのは飛行機を乗り入れるための通路と、車が通るだけの道。

 海風を遮るものの無い、あまりにも解りやすい飛行機が飛び立つためだけの場所だった。

『一応、関係者以外は立ち入り禁止なんですが――――まぁ、良いですよ。もう走る飛行機もありませんし』

 その場に居た空港職員にも見逃して貰えた。

 そもそも、飛び立つ飛行機も、着陸する飛行機も無い。

 羽田の飛行機は飛び立ったっきり、戻ってくることは無かった。

 空港職員として取り残された彼と、残り少ないタバコを分け合いながらあれこれと世間話をしていると、やがて遠くから悲鳴が聞こえた。

 あぁ、これはもう、聞き飽きた声だ――――。


 その内に自衛隊と警察の車両がこちら側にドンドンと押し寄せてきて、本来は飛行機が通るはずの道を渡ってきた。

 警察も自衛隊も関係なく、滑走路の出入り口に車両でバリケードを作り上げ、走って逃げてくる民間人を――――射殺した。

 なんでだ!!

『区別がつかないんだ!!』

 ――――その通りだった。

 映画のように、都合よく特殊メイクのゾンビ顔をしてくれてはいなかった。

 誰が逃げていて、誰が追いかけているのか、俺にもさっぱり解らなかった。

 そもそも、大口径の銃は、一人一人を避けて当てるなんて器用な真似が出来るものではなかったそうだ。


 車両に乗った人間、主に自衛隊や警察官たちだけが銃弾の狭間を通され、相乗り出来た運の良い民間人だけが、このD滑走路に入ることを許された。

 一時間ほど銃声が鳴り響き続け、そして、最後は豪快な爆発音。

 自衛隊がD滑走路と羽田空港を結ぶ橋を崩落させたのだ。

 これで対岸の火事ならぬ対岸のゾンビ。いまだ逃げ惑う人々が海に飛び込み、こちらの岸を目指して泳いだが、波と距離とが邪魔をした。

『海や川に飛び込むときは、絶対に服を脱がないで。空気を入れたペットボトルを服の中に仕込むんだよ?』

 ――――前後が定かではない、京也が口にした言葉。

 あとで知ったことだが、この連絡通路の長さは600m以上。

 まだ冷たい四月の海。そのなかを波を掻き分けながら泳いでこられるのは、警察官と自衛官くらいなものだった。

 彼らは空のペットボトル容器を服の中に仕込み、それをライフジャケットにして遠泳してきたらしい。

 その知恵が無かった民間人は九割以上が溺れ死に、泳ぎが達者な僅かなものだけが、なんとかD滑走路に辿りつけた。


 ここは陸の孤島か? 海の孤島か?

 とにかく、海上に立つ一枚板の滑走路。

 海風に吹きさらしの中では風邪をひくと、車両を家代わりにして時を過ごした。

 向こう岸の空港では、一昼夜に渡り悲鳴が鳴り響き続けていた。

 男四人が詰まった普通乗用車。窓を閉めると多少息苦しくはあったものの、空気も音も遮断されて助かった。


 どうして空港にゾンビが大量発生したのか? その答えは単純だった。

 羽田空港に避難した民間人に対して、自衛官や警察官の監視の目が圧倒的に足りなかったからだ。

 火事と同じだ。最初の火種なら即座に消せても、大火事になってしまえば手の付けようが無い。

 一日が過ぎ、二日が過ぎ、相互に銃を向け合って眠る姿は異様であったが、対策は万全だった。

 一人が眠る間、二人が見張る。もしもゾンビに変化したなら即射殺だ。

 海を渡るときに身体を濡らし、風邪を引いてしまった者には手錠すら掛けられた。

 銃を向けられ続けの身としては、恐怖に身を切る思いであったが、同時に安心でもあった。

 次の被害者が出なければ、ゾンビが増えることも無い。

 ことここに至って、人道的配慮がどうとか口にする奴も居なかった。

 みんなで多くを見捨てて助かった、罪深いお仲間同士だ。

 一人だけ良い子の顔なんて誰もさせなかった。お客様の顔ができる時間はもうおしまいだ。


『こんな状況になってしまいましたが、安心してください。みなさんのことは必ず助けます』

 その言葉はまったく信用出来なかったのだが、信用するほか無かった。

 誰も文句を言うだけの気力も体力も残っていなかった――――最初から滑走路に居た俺と空港職員の彼以外。

 もちろん、空気を読んで言わなかったけどな。

 不平不満を口にするのは簡単だが、それが大火事になっては大変だ。


 自衛隊の彼らが何を待っていたのか、それが判明したのは空腹に焦れた三日目の昼のこと。

 座礁ギリギリまで強引に横付けされた民間フェリーに、これもまた強引に投げて張られたロープ。

 これを伝って自衛官達が先に乗り込み、そんな猿みたいな芸当が出来ない警察官や民間人はロープを腰に巻いて海に向かってダイビング。

 顔と腹をしたたか水面に打ち付けた。昔は泳ぎが上手だったってのにな。

 そして、海中から綱引きの要領でフェリーまで一気に水揚げされた。

 一本釣りされるカツオやマグロの気持ちがわかったよ。こいつは最悪な気分だ。


 フェリーが目指す先は伊豆大島。

 本来なら旅客機で民間人を避難させる予定が、空港なのに飛行機不在という皮肉な現象のために起きた悲劇だった。

 まぁ、そのために助かったのだから文句も言えない。


 ◆  ◆


 目的地である伊豆大島で、俺達は大歓迎された。ゾンビ達にだ。

 すでに島内ではゾンビが発生し、島の全域が襲われたあとだった。

 ただ、フェリーに乗り合わせた数百名の自衛隊と警察官にとって、それを処理することは大して難しいことではなかったらしい。


 民間人とゾンビが交じり合った混戦状態になければ、大した相手でもないそうだ。

 考えてみれば、全力疾走してくるだけのただの人間。銃を手にした彼らの敵ではない。

 民間人という足手まといさえ居なければ、彼らは十分以上に強く、ちゃんと戦えたのだ。

 少数が相手なら、棒一本を木刀代わりにして銃弾すら必要としなかった。

 文字通りの袋叩きにして銃弾を節約した。

 叩かれるゾンビの方が哀れに感じたくらいだ。警察官には剣道の有段者が多いそうだ。


 伊豆大島にも発電所はあったが、燃料の備蓄が心もとないようだ。

 最小限の電力を残して、あとの全ては人力がものをいった。人間、最後は腕力だ。

 誰かの残してくれたクワを片手に、誰かの残してくれた畑を耕す毎日。

 東京の様子は、そのうち知己となった近所の自衛官が語ってくれた。

 ゾンビの数が軽く千万を超える人外魔境に成り果ててしまったらしい。

 すまん、京也。俺は、帰れなかった。俺は、お前を助けてやれなかった。

 情けない父さんを恨んでくれ。許してくれなんて、言えないさ。


 明日、隣家の住人がゾンビになっても大丈夫なように、竹槍を握ってのゾンビ対策訓練。

『えい! やあ! 鬼畜米兵!!』

 おい、どこのどいつだ、不謹慎な笑いを取ろうとするんじゃない!!

 まるで第二次世界大戦の有様だった。だけど仕方が無い。いまや銃弾も貴重品だ。

 ゾンビ対策は増える前に処理する。火種のうちに踏み消す。それしか方法は無い。

 一人一人の心がけが大事だと皆で約束しあった。ゾンビ一体、全滅のもと。

 もしも自分がゾンビになったときは、あとに続く犠牲者のため、絶対に躊躇うな。

 それが約束だった。


 自衛隊も警察も良くしてくれている。

 一応、その得手不得手で役職の区分はあるらしいが、今ではあってないようなものだ。

 なにしろ、両者がともにクワを手に、慣れない野良作業を俺の隣でしてるんだからな。

 さすがに速さと力強さは段違いだけどな。段違いで敗北中だ。基礎体力が違いすぎる。

 しかし、この島で一番偉い人間が、たまたま実家が農家だったまだ若い新米自衛官だというのだから笑えてしまう。

 農家を継ぐのが嫌で飛び出した先でまた農業。

 結局、彼はそういう星の下に生まれたのだろう。

 銃を握った時間の百倍はクワを握ってるといつも愚痴ってる。ありがたい話だ。


 ◆  ◆


 割れたガラスが修繕された、どなた様かの家のなか。目が覚めて朝一の日課を始める。

 うちの宗派は何だったかなと思い出しながら、見よう見まねの経を唱えた。

 元の家主は信心深く、ハンドブックサイズの御経を残してくれていたのだが、肝心のルビがふってなかった。

 読めない漢字は飛ばすしかない。

 宗派が違っても、仏様なんだ。融通の一つや二つくらい利かせてくれるだろう。

 まずは今、世話になっているこのお宅の元の持ち主に。

 そして沙也香、それから京也の冥福を祈って経を唱える――――。

 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。


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[一言] と…父さん生きてた! うれしい
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