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少年Z  作者: 髙田田
四月・下
37/123

・戸部アザミ 29歳、おとこのこ――――。

 このところ京也くんが、とっても苦しそう。でも、表情は何でもないように笑ってる。

 拓海さんと、ちょっとだけ似てるかも。宮古を置いて大阪へ向かった日の顔に似てる。

 あの人が甘やかしすぎるから宮古は我侭に……。

 でも、それを止めるのも拓海さんに悪くて……。

 自分のお小遣い、全部宮古に使っちゃうから私がお財布に戻したりして。

 ちょっと嫉妬。――――ねぇ、拓海さん? 私の分は? 苦笑いで誤魔化さないで?


 まだ高校生だった私と、拓海さんが出会ったのはただの偶然。

 最初は私が追いかけてたのに、全然相手にしてくれなくて、でも私が泣きだすと、今度は相手にしてくれて。……男の人って不思議でチョロイ。

 子供の遊びに付き合ってくれて、ありがとう。

 でも、子供に手を出しちゃった拓海さんは悪い大人の人ですよ?

 すっかり二人とも人生計画が狂っちゃって、お腹のなかの宮古に振り回されて、お腹のそとの宮古が一番になって、やっぱり嫉妬。

 ――――今年の結婚記念日こそは、一緒に過ごせると願ってた。縋ってた。


 大阪の人のことなんかどうでもいいから行かないで。

 口に出来たらよかったのに――――。

 でも、拓海さんを苦しめるだけだと解っていたから口に出来なかった。

 ――――宮古は、お父さん行っちゃヤダって、いつもみたいに我侭言って。だから私は言いそびれちゃった。


 年を取るって、嫌ね。

 我侭がどんどん言えなくなっちゃう。女の我侭は愛情表現の裏返し。ううん、そのもの。

 どんどん我侭を言って困らせてあげないと、男の人は自信を無くしちゃうんだもの。

 どんどん我侭を言って困らせてあげないと、女の人も自信を無くしちゃうんだもの。

 そうしないと、大事にしてるその実感。大事にされてるその実感を感じられなくなっちゃう。


 宮古が我侭を口にする歳になってからはバトンタッチ。

 それから私は我侭を言わせてもらえない。自分の娘なのに――――妬けちゃうなぁ。

 そりゃ大事にされてるって解りますけどぉ~、もっとこう具体的な形で、ね?


 お母さんなんだから我慢しなさい。

 お姉ちゃんなんだから我慢しなさい。

 神奈ちゃんとは、ちょっとだけ秘密の仲良し。二人揃って愚痴ってる。

 まもりちゃんと朱音ちゃん、それから宮古が先に我侭を言ってしまうから、自分まで我侭を言えなくなっちゃうその気持ち。とってもわかる。

 ホントは神奈ちゃんも京也くんに我侭言いたいのに、ずっと我慢してる。

 ――――青春って……良いなぁ~。良いなぁ~。良いなぁ~!


 大阪になんて行かないで。私達を置いて行かないで。

 そんな我侭を噤んでしまったのは、きっと歳のせい。

 ――――良いなぁ、若い娘たちは。何でも自分勝手に我侭を口にだせて。

 あの頃の拓海さんも、あんな感じで私の我侭に振り回されてたのかしら?

 なにか特別な訓練明け、目の下に隈を作って、待ち合わせの場所で堂々と熟睡してて、とっても恥ずかしい思いしたことあったっけ。

 ちゃんと振り回されてたんだ。普通のデートよりも、ずっと覚えてる。

 あの時は怒っちゃったけど、今は嬉しい――――。

 私の前ではずっとスーパーマンのふりをしてただけ。

 本当は、ちょっとだけ逞しい、普通の男の人だった。


 この家で、お父さんを待ってる。仏間のお母さんと一緒に待ってる。それが京也くんの夢。

 でも女の子のために我慢。――――思い出の家を捨てることに決めた。

 京也くんは男の子だなぁ。――――あ、駄目、涙腺緩んできちゃった。


 CDCってアメリカの研究所から警告を受けたんだと京也くんは語った。

 CISみたいなところなの? って尋ねたら、すっごく微妙な顔された。

 私、何か間違えたのかしら?


 難しいことはやっぱり苦手。車の運転も、車庫入れも。

 大学、行ってみたかったなぁ。でも、宮古を産んで育てたかった。

 ――――堕ろせ。言われると思ってた。けど、言われなかった。

 それを口にしたのは私の両親だけ。拓海さんは半日以上、土下座を続けてくれた。

 この子を産みたいの。私の最後の我侭に、拓海さんはちゃんと付き合ってくれた。

 それだけで十分――――じゃないわよ? いつか、ちゃんと帰ってきてね?


 大切な誰かの帰りを待ってる――――。

 それが、私と京也くんの仲良しな所。

 私は宮古のために、私を捨てた。――――拓海さんを裏切った。

 京也くんも、女の子を守るために、京也くんを捨てた。

 今度は、最後の夢まで捨てさせちゃった。


 京也くんは、たぶん女の子の中に私も含めちゃってる。

 ……あら、これって浮気なのかしら? 悪い気がしないのは、浮気、よねぇ?

 エッチなことに興味津々なのに、うぶな京也くんをからかうと……拓海さん、高校生の私にこんな気持ちを感じてたの?

 やっぱり悪い大人の人ね。これって、とっても楽しいことじゃない?


『本当は、行きたくないんだ。でも、これが俺の仕事だから』

 ――――言葉じゃなくて、心で解ったから、拓海さんにはなにも言えなかった。

 ――――京也くんも、同じことを目で語ってた。男の人の真っ直ぐな瞳。


「あ、今の道、直進じゃなくて左折です。一度バックしてください」

 そう、真っ直ぐじゃなくて――――ごめんなさい。また、道を間違えちゃった。

 この車が悪いのよ。全然前が見えなくて、カーナビが全然、役に立たなくて。

 横幅が太くて、ガリガリって削ってばっかり。その度に冷や汗がでちゃう。

 いつか京也くんに見捨てられるんじゃないかって――――。


 一度は京也くんを殺しかけた身。

 神奈ちゃん、まもりちゃん、朱音ちゃんを……奴隷にしかけた身。

 本当は、いつ宮古ともども放り出されても文句を言えない身。

 だけど、京也くんはなんにも無かった顔をしているし、他の皆にも何も言ってない。

 ただ、雨の中で濡れていた可哀想な私達親子を助けた。たったそれだけの事実に収めてくれた。


 ――――京也くんは怒らない。

 どれだけ間違っても、何度と無く間違えても、絶対に怒らない。

 あの年頃の男の子が癇癪の一つも起こさないなんて……絶対に、変だ。

 おかしい。異常と言ってもいいくらい。我慢強すぎる。

 きっと、心の内側には、沢山の黒いものを溜め込んでしまってる。

 ……何処かで、誰かが、吐き出させて、慰めてあげないと――――きっと壊れちゃう。

 神奈ちゃんが勇気を出してみたみたいだけど……やっぱり女の子ね。

 最後の一歩、踏み出せなかったみたい。京也くんが踏み出させなかったのかもしれないけど。


 薄い氷の上の、小さな幸せ。

 そのために支払った京也くんの心の痛みは――――絶望。

 顔見知り、近所の人達の遺体を積み上げて、その体で壁を作るなんて、誰が出来るの?

 最初から心が異常な人達なら出来るかもしれない。けど、京也くんはそんな子じゃない。

 それでも京也くんは必死になって積み上げ続ける。

 ――――おとこのこ、だから。


 私がクロのハンドルを握るようになってから、一度もZを轢いたことが無い。

 必ず、京也くんが石かなにかで道の脇に除けるか、

 どうしてもと言う時は、弓で殺してからになる。

 やっぱり、私も女の子扱いされてるんだろうなぁ。

 でも、そんなに背負ってばかりじゃ、いつか壊れちゃうわよ?


 宮古は可愛い私の娘だけど、同時に、とっても重たい荷物だから解ってしまう。

 私、宮古、神奈ちゃん、まもりちゃん、朱音ちゃん……葉山くんと、その仲間たち。

 京也くんはどれだけ背負うつもりなの?

 京也くんにどれだけ背負わせるつもりなの?


 多くを背負いすぎた優しい人達。

 背負いすぎたものを多く失って、心まで挫いてしまった人達。

 最後には、自分の心まで失ってしまった彼等を知っているから、怖い。

 どうか、京也くんが京也くんのままでいられますように――――。

 もう、これ以上、彼が苦しみませんように――――。


「あ、そこじゃなくて、もう一つ先の曲がり角です」

 ――――ごめんなさい。間違ってばかりでごめんなさい。

 私は大人なのに、頼ってばかりでごめんなさい。


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