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少年Z  作者: 髙田田
四月・下
36/123

・四月二十四日、日本ダービーの日

「生存記録、三百九十日目。四月二十四日、天候は晴れ。記録者名、田辺京也。

 CDCから返信のメールが届いた。

 アザミさんのTOEICスコア723は伊達じゃないらしい。

 自分は何もできないなんて嘘ばっかり。謙遜も過ぎれば悪徳ですよ?

 なにせ、辞書を片手に英文を読めてもサッパリ書けないこのボクだ。

 中学二年生で止まった英語力はBe動詞だけでも手一杯なのですよ。


 さてと、

『拝啓、ミスター田辺。貴方の調査資料、大変興味深く拝見させていただき――――』

 おい、CDC。日本語すらすらじゃねぇか!!

 考えてみれば、向こうは超エリート集団。日本語の一つも話せて当然でした。

 和英翻訳してくれたアザミさんの苦労は一体なんだったのでしょう?

 彼らはンドゥバくんのように、残念な外国人風日本製暗黒巨人ではなかったのです、まる。


 さて、肝心のメールの内容ですが……ボクの推論に肯定的でした。それは嬉しくも悲しい。

 去年から続く夏休みの自由研究、Zちゃんの観察日記と、それに対する意見文書と資料類。

 生の現場でしか得られないだろうことを、アザミさんの英文章と動画に纏めて送り出した。

 Zの群れが七階建てのビルを垂直登坂で踏破する記録動画は、そのままペンタゴンにも送られたようだ。事後承諾になって申し訳ない、とコメントが……これ中の人、絶対に日本人でしょ?


 ZがZを避ける習性を利用した建材Zの有効性については、柔らかな表現で創意工夫に対する絶賛と、倫理的嫌悪感が混じった感想文。

 死者の冒涜にたいして肯定的な文化はあんまり無いものなぁ。

 日本人が敵部族の髑髏を道端に突き立ててる、蛮族みたいなイメージを持たれたかもしれない。


 Zの行動原理についての報告には、肯定的な態度が示されてしまった。

 彼らは人間を悪意をもって襲っていない。

 彼らは人間を全力で抱きしめているだけだ。

 彼らは人間をおしゃぶりしてるだけなのだ。

 ただし、歯が生え揃っているために、おしゃぶりが噛みつきになってしまう。

 赤ちゃんZが全力で母親の元に歩み寄り、抱きしめ、そして授乳をねだっているだけ。

 その様を人間側から見ると、『食われる恐怖に見えるだけ』という何の科学的裏づけもない私見だった。

 完全に、現場の勘だ。

 抱きつきと噛み付き、それ以外の行動をZがした場面を見たことが無かった。

 あれだけ体を自由自在に操りながら、人間に対して殴りも蹴りもしなかった。

 彼らに襲われるたびに恐怖は感じたが、人が人を傷つけようとする悪意のようなものは感じなかった。

 彼らは人間を傷つけようとしていない。

 何度も対峙し、肌で体験した、それがボクなりの答えだった。


 赤ちゃんならば可愛く見える行動も、大人がやるとキモチ悪くて仕方がない。

 Zを怪物と見做していては永遠に辿り着かない素人の推論。当初は鼻で笑われたらしい。

 ただ、そこはそれ。一縷の望みをかけて一人の研究員が検証してくれた。

 愛されることを望んだ異形のモンスター。

 フランケンシュタイン博士の怪物を思い出したからだそうだ。


 授乳中の赤ん坊の脳と同じ状態になるように、Zに対して多量のオキシトシンを投与した結果、Zの活動に沈静化が見られた。

 これが即時、問題解決に繋がるわけではないが一縷の希望にはなったと感謝の言葉が一つ。

 そして、お礼代わりというわけではないのだが、秘蔵のお宝画像を送ってくれた。

 NY初の最新無修正動画だ。洋モノだ。日本では発禁ものだ。

 最初期に発生したNYのZたちが群れをなしたまま都市外部へ流出を始め、集団で家捜しを始めるテロ動画。

 知能の発達により、集団で行動することを覚え、次は見知らぬ家での母親探し。


 説明はつく。でも対策はない。万単位の民族大移動にどうやって対応しろと?

 どれだけ強固なバリケードも、満一歳になるZちゃんの、母親を探し求める子供心の前では無力すぎる。

 子供は飽きるとか諦めると言うことを知らないからなぁ……。

 この動画は最初期にZが発症した環七内部のZの現状であり、あと三週間もしないうちに近辺のZもこうなるという証明だった。

 息を潜めていればどうにかなる時期が、終わっちゃった。


 あ、そういえば一つだけ朗報がありました。

 ――――追伸、次回の連絡は日本語で構いません。

 だってさ、良かったねアザミさん。

 必死に学生時代の英文法の内容を思い出してる姿は可愛かったんだけどなぁ……」


 ヘッドセット、外す、記録、停止。

 結論。Zは悪意に満ちた化け物では無かった。

 親を求めて彷徨う生まれたての赤ん坊だった。

 人間側の恐怖と嫌悪感、それからゾンビ映画が、すべてに対して先入観を与えてしまった。


 なぜ、Zが人間だけを襲うのか、その研究は進まなかった。

 なぜ、Zが人間だけを求めるのか、その研究は一歩進んだ。

 これでゾンビナオールは開発されなくても、ゾンビトマールくらいは開発されるかもしれない。


 バタリアンは脳みそを食いたがっていた。つまり、代替物を用意できれば止められたんだ。

 Zは抱擁による愛情。オキシトシンを求めている。代替物を用意出来れば止められる。

 ――――ただし、その新薬開発までボク達が生き残っていられれば良いけどね?


 ◆  ◆


 我が家のリビングに皆様をお招きしての緊急会議。

「家族会議を開きたいと思います。議題は、海が良いか、山が良いかです」

「京ちゃん? 家族だとしたら先にその関係をハッキリさせましょう?」

「お母さんはお母さん? じゃあ、京也くんはお父さんだから――――うわき? うわきなの? 大人の文化なの?」

 宮古ちゃんはおしゃまさんだね。

 そして、うわきは日本文化じゃないよ? 日本文化は夜這いだよ?

「朱音ちゃんはニートの引き篭もりで良いんじゃない? 働かずに食べるハーゲンダッツは美味しいよねぇ?」

「良くないわよ!! じゃあ、まもりは不良のヤンキーで良い? 金髪に金属バットとか超似合いそう」

「その時はフルスイングしてあげる~、朱音ちゃんのド頭に~」

「その時は齧ってあげる~、まもりちゃんの脛をガジガジ~」

 うむうむ、この二匹はドングリのせいくらべだなぁ。

「京也さん、ごめんなさい。私、それでも拓海さんのことを待ちたいんです。京也さんの想いには応えられません……」

「京ちゃんはマザコンだから……可哀想。お姉ちゃんが慰めて、あーげない」

 船頭多くして、フラれた。

 あと、ちゃんと慰めて? そこで二人仲良く笑ってないで。


 ――――さて、そろそろ真面目に行こう。

「じゃあ山に賛成の人。山は良いぞ~。食べられる虫がいっぱいだよ!!」

 賛成1、反対5。

 はい、否決されました。

「じゃあ海に賛成の人。海は良いぞ~。食べられる魚がいっぱいだよ!!」

 賛成5、反対1。

 はい、可決されました。


 宮古ちゃんは魚より虫が好きみたいだね。

 イワシの缶詰とか嫌がってたっけ。小骨が邪魔できらーいって。

 ボクも子供の頃は箸使いが苦手で焼き魚とか嫌いだったな……。

 今じゃ、骨ごとムシャムシャいけば良いのだと気がついた。その方が栄養を逃がさないからね!


「それで京ちゃん。なんのために質問したの?」

 さすがは神奈姉、するどい質問だ。

「はい、ここからが重大発表です。近日中にZの群れが怒りに狂い、このお家を襲います。

 なので、海か山、どちらにバカンスに行きたいか多数決を取りました」

 宮古ちゃん以外が顔面蒼白になった。

 あれ? 宮古ちゃんはZを見たこと無かったっけ? ……見ても、ただの人間のお祭りだしな。

 こうなると解っちゃいたけれど、乙女の夢を壊すのは心苦しいもんだね。

「異常な世界で日常のフリを続ける。異常のなかの異常の日々は、今日で終わりを告げました。これからは異常事態にも皆で正常に対応していきましょう」


「き、京ちゃん? どうして?」

 ――――ボクが無力だからです。ごめんなさい。


「どうしても、です。山奥の洞穴に逃げ込むか、海の離島に逃げ込むかをしなければ、おしまいだからです」

「解った。――――田辺くんがそう言うなら、そうなんだと思う。私は着いてく」

 おや、ハーゲンダッツァーにしては物分りが良いなぁ。

「で、それまでに抹茶以外のハーゲンダッツを食べちゃっても良い?」

 まぁ、それが目的でも良いよ。

 さすがはハーゲンダッツァーだ。

「うん、お腹壊さないでね? あと、抹茶も食べなよ? 抹茶が泣くよ?」

 朱音が宮古ちゃんにアイコンタクト。宮古ちゃんが頷く。

 だが、アザミさんからのアイコンタクトはアイスは一日二つまで。宮古ちゃんが泣きそうだ。

 抹茶は十はあったはずだから大丈夫だね。ちゃんと食べなよ?

「じゃあ、私はガリガリくんを……じゃなくて絶対なの? 絶対に逃げなきゃ駄目なの!? 今までもこの家の中で大丈夫だったじゃない!! 京也がなんとかしてくれたじゃない!!」

 おや、ノリツッコミ。まもりも案外余裕あるじゃない。

「実は、逃げなくても良いです」

 事実だ。本当だ。

「――――じゃあ、なんで聞くのよ?」

「ただし、逃げなかった場合は99%以上の確率でZになります。それは、まもりの好きにしてください」

 事実だ。本当だ。

「そんなの――――選択の余地が無いじゃない!!」

「余地を与えてくれないのはZちゃん達の都合なので、ボクに文句を言われてもなぁ……。ボクはちゃんと海か山かを選んでもらったし。それに、大穴狙いで居残りでも助かる線も微かにはあるわけだし?」

 今、ボクは事実を述べている。

 今までみたいな薄っぺらい嘘の時間は終わりなんだよ。

「まもり、守られるだけのお姫様の時間は終わりになったんだよ。頼りない騎士様で、ごめんね?」

「…………わーかーりーまーしーたー。それで私は何をすれば良いの?」

「そうだなぁ……とりえず、ガリガリくんの供養をお願い。確か……在庫は150本ほど。あとは、持って行きたい自分の荷物を選んでね?」

「……ねぇ、それ無理があると思わないわけ?」

「まもりなら大丈夫だよ。神奈姉もそう思うよね?」

 さすがは神奈姉、ゆっくりと深く重厚な趣をもって頷いてくれた。

 あれは、まもりの小学五年生の誕生日。なにが欲しいと尋ねたらガリガリくんをお腹一杯なんて言うものだから、二人で椀子ガリガリさせたんだよね?

 たしかその後、三日くらいトイレから出てこなかったけど、今のまもりなら大丈夫だよ。

「京ちゃん、私は?」

「ボクを抱きしめて、そして慰めて?」

「はぁっ!?」「はーっ!?」

 なんだよ、これはボクの弟特権なんだぞ?


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