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少年Z  作者: 髙田田
四月・下
35/123

・四月二十三日、シジミの日

「生存記録、三百八十八日目。四月二十三日、天候は晴れ。記録者名、田辺京也。

 私は貝になりたい。

 中国の故事で引き立てられた隗。隗より始めよの隗。

 与える側より、与えられる側になりたい。

 ――――また、迂闊だったな。


 無線はそもそも、救難信号を出せれば良い。

 その程度のつもりの備えだったはずなのにな。

 巨大な電波信号を飛ばしたことが不味かった。

 それでこちらの力量を理解されてしまった。

 ひっきり無しに飛んでくる救援要請。

 どれだけ自分達が窮乏状態にあるのか、皆がせつせつと涙ながらに語ってくれる。

 ――――何処までが本当かは知らないけどね?


 うちには飢えた息子が十五人、娘が二十人、それから嫁が十人待っている。そんな手合いの話だろう。

 聞くに値しない。なんだそのハーレム構成は。


 彼等は勘違いしている。葉山誠司は神奈姉の知り合い……でもなかったな。

 神奈姉に話してしまったから、見捨てれば神奈姉が悲しむと思って救いの手を伸ばしただけだ。

 彼等の食糧事情については、『デパートには鳩がいっぱいだから大丈夫だよ』と安心させておいた。

 みんな、素適な笑顔で祝福してくれた。引きつってたけど。

 フレンチでも中華でも鳩は普通に食材なんだけど?

 今日はフランス料理だよって説明すれば喜んで食べるんじゃないか?


 火を通せば大丈夫。Zの胞子も胃酸で消化可能。よっぽど妙な食べ方をしなければ大丈夫だ。

 むしろ、重金属類の蓄積が危険なので内臓、特に腎臓肝臓は避けるように言っておいた。

 ――――どれが腎臓で、どれが肝臓か、俺にもよく解らないけどね?


 四十代の女の子。彼女だけはとっても優秀だったから、きっと大丈夫。

 ゾンビ映画を見せても、ちゃんと的確なツッコミ入れてた。超優等生。

 ……テレビにツッコミ入れる趣味って、オバさん共通のスキルなの? 俺の研究の意味は?


 そして勘違いした人たちが、非常にうるさい。

 黙れと返信するのは簡単だけど、割に合わないし、どうせ黙らない。

 あの一回の通信で、いくつのパーツを焦がしたことか。


 放棄された避難所には銃器類が沢山残されていた。

 俺が拾ってきた対戦車ミサイルもその一つだ。

 ただ、使い道がさっぱりなかった。戦車Zが現れなかったからだ。

 銃もミサイルも、人間と桐山さん家以外に向けるものではない。

 そして人間同士の殺し合いにみすみすと首を突っ込む気も無い。

 俺が持っているんだ、他人が銃を持っていないとは思えない。

 蜂の巣にするのは桐山さん家だけで十分だ。俺は人体を蜂の巣にはしたくない。


 防音が一番しっかりとした朱音の部屋で桐山さん家を蜂の巣に、もとい、狙撃の練習をしていて解った。

 この銃は消音器を付けても十分以上にうるさく、Z相手には使えたものじゃなかった。

 立体的には遠く、平面的には近い、警察署近辺のZを狙うために、あのスナイパーは屋上で構えていたんだ。

 腐っても自衛官。考えられた配置だった。お陰様で命拾いしたわけだが。

 Zバリヤの犠牲となった彼等の銃にも消音器は付いていた。付いていて、さらに土砂降りの中でもあの銃声だったんだ。

 スパイ映画だと、プシュッ! プシュッ! としか音が鳴らないのに残念だよ。

 亜音速弾。サブソニック弾と呼ばれる弾速を落とした特殊な弾なら、映画みたいな音になるようだ。

 理論上では装薬量を減らせば亜音速弾になるらしいけど、毎回『ファック! ジャムッちまったぜ!!』と叫ばなければならなくなるようなので、使えない。

 帯に短し、たすきに流し、そいつは粋なよそおいだねぇ。


 で、勘違いした人たちが超絶うるさい。

 89式5.56mm小銃よりも、よっぽどうるさい。

 俺はお前らのママじゃねぇんだよ!! いつまでも勘違いしてんじゃねぇよ!!

 救援を求める!? 知るか!! 世界をもう一度見てから口にしろよ!!」


 ヘッドセットを置いて、記録終了した。

 深呼吸を、一つ、二つ、三つ、二十で終了。

 彼等の中の何割が強盗で、何割が要救助者か? 10対0で要救助者だろう。

 多くの人が口にした住所の多くは、デパートの類。

 ある集団は上階でバリケードを作り、多くの仲間を犠牲にしながら一階層づつ降りていった。

 スポーツ用品店では伝説の聖剣ミズノ、金属バットを手に入れたそうだ。……だから、登山用のピッケルの立場は?

 デパートの地下では伝説の財宝、ご飯を手に入れたそうだ。

 そしてゲームクリアー。あなたの冒険はそこで終わってしまった。

 第二部、お外の国の大冒険は敵の数が無限に見えたので諦めたみたいだ。


 伝説のアイテム、玩具のトランシーバーは同じ機種なら周波数も同じだ。

 受信も送信も同じ周波数だから玩具でもトランシーバーとして機能するんだ。

 そうでなければ玩具として成立しない。違う機種でも周波数は同じだったりもする。

 葉山誠司のトランシーバーと他のトランシーバーの間では電波が届かず通信できないけど、ウチのアンテナはそれを拾えてしまう。

 ウチのアンテナの最大出力なら、彼等のレシーバーまで届かせることが可能だ。

 だから、俺と葉山誠司が会話している最中にも、割り込んできた鬱陶しい連中が一杯だった。

 自分に話しかけているものだと勝手に勘違いしてたんだ。


 大丈夫だよ、防衛省にはメールで皆の生存を伝えたから。相変わらず返事ないけどね。

 きっとヘリコプターが飛んできて、それを屋上で迎えてのハッピーエンドさ。

 その為に税金払ってきたんだから大丈夫。俺は一銭も払ったことが無いから期待してないけどさ。

 ――――消費税?

 お子様から税金を毟り取るなんて、リアル鬼畜な社会だなぁ。


 ……人数、住所、食料の在庫、武装の強度、Zの有無を自ら口にするなんて、それを耳にした強盗団にとってはどうぞ奪ってくださいと言わんばかりなのだが、それについては彼らの健闘を祈ろう。


 ◆  ◆


 飛行ドローンの太郎とポチ、朱音1号、朱音2号、朱音3号、朱音4号、以下略の働きにより、周辺の正確な地図が完成した。

 太郎とポチは大事な誕生日プレゼントのドローン。

 他多数はデパートで手に入れた雑多なドローン。落ちても気にしなくてすむ名前にしておいた。

 実際に何個か撮影途中で落ちた。名前が悪かったか……。

 空撮画像を目視で観察。これが地味に面倒くさい作業。

 路地。幹線道路。放置車両やバリケード跡などで壁が作られた立体迷路を平面の地図に書き直す。


 そして出来上がった地図を前にしてアザミさんが、

「京也さん……ねぇ、お願い……。こんなに小さなところに、あんなに太いクロを入れないで?」

 アザミさん。最近、俺の扱い方を覚えましたね?

 どうして、息を耳に吹きかける必要が――――ひあああ。

「でも、ここを通らないと距離が二倍近く伸びて――――」

 そんな色っぽい流し目をされると……あっ、駄目です! 踊り子さんには手を触れないで!

 思春期の男の子は、手の甲と海綿体の神経が繋がってるんですよ!?

「ねぇ? まもりちゃんは、この地図を見てどう思う?」

 手を、手をお離しください、お武家様!!

 のの字を書くのは畳の上と決まっておりますのよ!!

「京也、なに固くなってんの?」

「……ナニも? 固くなってなどはおりませぬぞ? 拙者は武士で御座るからな」

「ガリガリくん……箱で。それでお姉ちゃんに黙っててあげる」

「承ったで候」

 芝浦さん家はエアコンと冷凍ショーケースにより、無事に一階部分が南極化。

 高気密高断熱住宅って凄い。凄すぎて怖い。ウチもだけど。

 こんど、このトリックを使った殺人事件の小説を書いてみよう。真夏に凍死、赤川次郎賞だ。

 問題は、どうやって家人に気付かれることなく冷凍ショーケースを屋根の上にあげるか、だ。

 扉が凍り付いて開かなかったのは想定外だったな。

 エアコンは除湿モードで動かすべきだった。

 これで、ネズミの心配もない。流石に南極ではネズミの奴も……南極基地にもネズミは出るって話だっけ。


 生命は偉大だなぁ。

 そんな偉大な生命には、偉大なるバルサンをプレゼントしておこう。


 我が家・・・のガレージからクロで発進。

 引き続き、コンビニ、酒店、ガソリンスタンド巡りを続ける。

 手持ちの車両は三台あるが、安全性でクロに勝る車両は無い。

 特型警備車のPV2型。元は機動隊の持ち物で、2トントラックを改造したものらしい。なんだか犯罪者の護送車っぽい作り。

 もう一台は大型特型警備車のPV1型。元は機動隊の持ち物で、大型トラックを改造したものらしい。

 放水車とも呼ぶものらしい。これの放水は、下手なバリケードなら壊せるそうだ。

 なんでこんなものがあるかと言えば、我が家を襲った強盗団が乗って来た二台の車だからだ。

 二台とも平面上ではクロよりも小さく、装甲も薄く、フロントガラスが剥き出しでZから丸見えな危険な車。

 アザミさんが乗り換えたがっているけど、そんな危険な真似はさせられない。

 クロが横腹をブロック塀にガリガリ擦りながら走るさまは、とっても元気で今日もよろしい。

 そして毎回、泣きそうな顔になるアザミさんがとっても可愛い。

 年上の女性の泣きそうな顔にゾクゾクとしてしまう俺は、新しい扉を開いてしまったのかもしれない――――。


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