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少年Z  作者: 髙田田
四月・下
34/123

・四月二十二日、アースデイ

「生存記録、二十二日目。四月二十二日、天候は小雨。記録者名、田辺京也。

 神奈姉、服の端をちょこんと摘んだ指先が可愛かった。震えてた。

 まもり、普段は強気で凶暴なのに、やっぱり女の子なんだな。

 氷川朱音、まもりの友達ってことは知ってたけど、あんまり知らない子。

 ……木崎のおじさん、おばさん。

 ……一晩、眠らずに待ってたけど、やっぱり来なかった。

 三人とも耳栓、イヤーマフを付けるの嫌がって、ずっと外の声に耳を澄ませてた。

 もしかしたらって……。でも、聞こえるのは悲鳴ばかり。

 氷川さんのお母さんはこの家を知らないんだから絶対来ないと思ったけど、言わなかった。

 昼になって、ようやく三人とも、落ちるようにして眠ってくれた。

 結局、神奈姉が最後まで頑張ってた。

 寝ても良いよって言ったら、

『京ちゃん、お願いね?』

 だってさ……。相変わらず弟使いが荒いお姉さんだよ、まったく。

 ボクだって眠っていないのにな……。カフェイン齧ると胃がもたれる、うげっ。


 ――――ご近所でも有名な、世界終末馬鹿の子。

 怪しい宗教に嵌まってるから付き合っちゃ駄目よと言われてる子。

 それは根も葉もあるけど、微妙に違いますから訂正してください。

 家の窓に鉄板を嵌めて、カーポートを壊して、サンルームも壊して、壁の補強材に使っちゃった子。

 あんなに弱いゾンビ騒動に怯えてた、お馬鹿な子供のお馬鹿なお家。

 一目で解る頑丈なシェルター。


 ――――声で解った。

 あれは芝浦さん。斉藤さん。鈴木さん。本宮さん。多嶋さん。小山さん。鈴木さん。

 ……皆、ご近所さんだ。ゾンビが窓を破って入ってくることくらいネットで知ってたんだろうな。

 相手がゾンビじゃなくても、ただの窓ガラスなんて簡単に割れちゃうか。

 投げられた石でウチの二階の窓が割れたんだからさ。

 残念でした。一階の窓と共通の仕様なので、ガラスの換えは利くのですよ。

 自分の家じゃ駄目だと解ってて……それでシェルターが目の前にあったから、

『なかに居るのは解ってるんだぞ! この扉を開けろ!!』

 ……いや、借金取りじゃないんですから。夜中にドアを叩かないでください。

 ウチはお宅の所でお金を借りてませんよ? お家のローンは銀行です。

『ウチの子だけでも入れてくれ!! 俺達を見捨てるのか!? 自分だけ助かればそれで良いのか!?』

 入れません。見捨てます。どうか、御自分のお家のなかで静かにしててください。

 それから、自分だけじゃなくて神奈姉とまもりも助かれば良いと思ってますから大ハズレです。

 真夜中なのに大声を出されると、ご近所さまに大迷惑なんです。

 ――――とっても迷惑なんです。まもりも神奈姉も気付いちゃうんですよ。

 同じご近所さんだから、アンタ達のその大声が誰のものなのか。

 だから、どこか、聞こえないところで悲鳴をあげてください。おねがいします。


 あれだけ沢山の人達が無事だったのに……木崎のおじさんとおばさんは一晩待っても来なかった。

 自分の家の方に向かった――――だったら良いな。安全になったら見に行こう。

 氷川さんのお母さんは――――この家を知らないんだから来なくても当たり前だよね。無事だと良いね。


 父さんと、母さんと、ボク。

 三人分の予定で組み上げた長期生存計画。氷川朱音、彼女一人くらいは許容範囲内だ。

 家のドアを叩いた六家族を迎え入れるのは許容範囲外。合計して二十人以上――――絶対無理だ。

 Q:見捨てるのか? 良心は無いのか?

 A:はい、見捨てます。片親です。だから、絶対に見捨てます。


 三人の足の傷、化膿しなければ良いけど。

 消毒用エタノールに敗血症対策として抗生物質のクラリスロマイシン。

 破傷風のワクチンは小学校で摂取してるはずだから、問題は無いと思う。思いたい。

 とにかく、栄養価の高い――――案外、悲鳴でも誰かって解るものなんだな。

 とにかく、栄養価の高い食べ物を皆に食べさせて――――料理、したことないぞ?

 三人とも足の裏を怪我してるし……台所に立てないよね?

 ……。

 ……。

 ……。

 カップラーメンに粉ミルクなんてどうだろう?

 牛乳のラーメンがトンコツ風味で超美味しいってネットで噂になったことあったし。

 いけるいける、大丈夫大丈夫」


 ヘッドセットを外して、記録終了。

 殆どすべてが想定道理に事態悪化。

 ――――素人の予想なんて外れるに決まってる。ハズだったのになぁ。


 石油輸入の停止情報と共にオイルショックが始まり、民間人による買い占めの嵐の発生。

 政府が民間商店に商品販売の自粛要請。物資を配給制へ切り替えるために国へ任意の供出が求められた。

 さすがに強制徴収とまでは行かなかったようだ。

 おかげで燃料と食料品の便乗値上げ幅が凄い凄い。ここはジンバブエですか?

 田舎へ逃げれば助かると思った民間人が高速道を封鎖。なお、永遠に渋滞は解消されない模様。

 同じ理由で国道などの幹線道も民間人が自主的に封鎖。なお、永遠に渋滞は解消されない模様。

 全てがシナリオの想定道理だった。タクシーのおじさん、買い占め間に合ったかな?


 ここからは想定外。

 渋滞中の長蛇の列の最中さなかからゾンビパンデミックが発生。

 発生原因の想像は付いた。ゾンビ化の原因を抱えたキャリアーの一人がエコノミー症候群を起こしたんだ。心臓発作かもしれない。

 幹線道を中心にして直線的に広がるパンデミック。ついでに左右にも広がった。

 ゾンビの波が見えるまで、車の中から逃げられなかったんだろうな。

 そして、見えてからじゃ遅いんだ。前も後ろも車だらけだし徒歩で走るしかない。


 これで、むしろ東京がゾンビに完全包囲された形になってしまった。

 関東の外側から、数を増やしつつジワジワとこちら側に迫ってきている。

 それとは別な理由でパンデミックが各所で発生中……。こっちは酷い。

 配給の滞りによる食料の奪い合いの殺し合い。暴動、そののちゾンビが発生することでしょう。

 国外でも大都市圏では似たようなものらしい。暴動が死者を出してパンデミックに一躍貢献している。

 子供に食わせるものがない。飢えてもゾンビ、奪ってもゾンビだ。


 ――――自衛隊も警察もこれでは手のうちようがない。

 手の数が足りなさ過ぎる。銃弾じゃ腹は膨れない。

 民間人を一時避難させてそこから輸送ヘリで遠方に運ぶ予定らしいけど、包囲網の圏内には千万単位の人間が居る。

 挙句、避難所内での生活のためパンデミックが発生する始末だ。

 ――――頑張ってる。それは解る。解るんだけどさぁ。


 代替案は、無い。無いから、ボクも文句は言えない。あったら防衛省にメールしてるさ。

 父さんの所在は不明。生死も不明。ゾンビか人間かも不明。

 一民間人の居場所を調べる余力が無いと、返事をしてくれただけでも感謝しなきゃいけないところなんだろうな。感謝はする――――けど、文句も言いたくなる。

 でもさ、ゾンビ災害対策に前もって予算を投入しとけとか……野党も無茶を言うもんだね?


 ◆  ◆


 ……おかしい。ネット情報では豚骨っぽくって美味しいって噂だったのに。

「京ちゃん……。これ無理」

「京也、味覚大丈夫? 頭大丈夫? な、わけないか」

「田辺くん、せっかくだけど――――。ごめんなさい」

 ま、まぁ、神奈姉と間接キスできると思えば食べられなくも……すごい乳臭い匂いが。


 赤ちゃんは、どうしてこんなものを飲めるのですか?

 あぁ、なるほど、人肌だからか。蒸気が立ち昇るほどの乳臭さじゃないからか。


「みんなはカレーで良い? これは……もったいないから、ボクが食べちゃっても良い?」

 頷いてくれた。――――とにかく、この粉ミルクのカップ麺を……吐きそう。


 三人とも足の裏の出血は止まってる。

 今のところ発熱も無く、膿んだ様子も無いし、敗血症の徴候も見られない。

 念のために他にも傷が無いか、まもりと氷川さんのペアで裸になって確認しあってもらった。

 だからボクは神奈姉とペアになってお風呂場で。

 まもり、腰の捻りを利かせた尻キックはやめて?

 ほら、足の裏の傷口が開いちゃって、また消毒しなきゃ。

 ……エタノールが痛くて泣いちゃってるけど、まもりの自業自得だよ?

 ほら、神奈姉もお腹痛そうにして笑ってるじゃない。


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