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少年Z  作者: 髙田田
四月・下
32/123

・四月二十一日、ローマの創建記念日

「生存記録、三百八十六日目。四月二十一日、天候は雨。記録者名、田辺京也

 葉山誠司、彼をデパートに送り返して最後に言ってやったった。

『ねぇ、なんで鳩を食わなかったの?』

 口をアングリとあけた彼の姿は無様の一言だったなぁ。

 目の前で食料がクルッポーしてたのに飢死できるなんて、彼等は凄い器用だと思う。

 ビルの屋上なんて鳩の楽園じゃない。馬鹿なの? 馬鹿だよね? キミ達、本物の馬鹿でしょ?

 残念なことにステンレスものさしの持ち合わせが無かった。


 都会にはZが増えた。人間が居なくなった。

 結果として増えるのは野生の王国に決まってるでしょ?

 本来、生き残った三十余名はデパ地下の食料で一年を過ごせたはずだった。

 買占めが流行ったといっても、途中で現金が紙くずに変わり、店員が食料品をバックヤードに隠して眠っていたからだ。


 でも、それを全部駄目にしたのは天然生物兵器N。

 Zに勝るとも劣らないあの生物兵器N。ネズミだ。

 奴等は人の世界の何処にでも潜りこみ、何でも食い荒らす。

 Zの世界に慣れた俺でさえ、うぞうぞしたネズミの群れに出会って、きゃーこわーいって地下から逃げだしたくらいだ。

 気がついたときには穀物類。炭水化物のカロリー源を根こそぎにされていたようだ。

 米などは腐る前に空気穴から虫に侵入された。これじゃもう食えない。

 自然として残るのは匂いを発さないレトルトや缶詰の食品類だけ。

 コンビニはZちゃん達が詰まってて、寝ずの番で見張っててくれるから助かるよ。

 普通のご家庭なんかだと食料が当たり前のように食い荒らされてたり、天井裏をトタトタ走り回ったりと元気にしてる。

 やっぱり生命って偉大だね。


 排気ガスの嵐から一年経って、カラス、鳩、猫、虫からも、そろそろ良い具合に毒抜きされたんじゃないだろうか?

 宮子ちゃんも朱音ちゃんも『好き嫌いはないよ』って言うし、言わせたし、そろそろ食卓に並べても――――良いよね?

 うちの太陽光パネルに糞をする奴等、駆除して焼いても良いよね?

『なんのお肉ー?』

『鳥さんのお肉だよー』

『わーい、てりやき大好きー』

 こんな感じで良いんじゃないかな?

 自然の鴨肉は高級品なのに、自然のカラスや鳩は食えないって、皆、ちょっと舌が肥えすぎてるんじゃない?

 自然の鴨の方が、猟銃の鉛玉の成分で鉛に汚染されてるくらいだよ?

 ……食い物なんてそこら中に転がっているのに、なんで皆は簡単に餓死できるんだろう?

 蟻なんて砂糖少しで一升瓶に一杯溜まるでしょ? 行きは良い良い帰りは無い方式で。

 アフリカの地方じゃ羽虫のハンバーグなんて日常食だというのに。

 不思議だ……。とても不思議だ不可解だ……。


 料理番の神奈姉に猫料理を相談してみたところ、

『時間をください。おねがいします』

 と、珍しく弱気発言。

 神奈姉は料理上手ってわけでもないからなぁ。

 鳩や猫を切り身にするの、それなりに難しいだろうから頑張ってほしい。

 夏には蝉が旬だから、それまでには覚えてて欲しいな。油で揚げると美味しいそうだよ?」


 ヘッドセットを外して記録を終了。重荷が八つも減って、気が楽になった。

 ついでに食料の備蓄が一ヶ月を八人分、計八ヶ月分減って、気が重くなった。

 ……まぁ、鳩やカラスの養殖業。自然繁殖業に着手してみるというのだから、先行投資だと思おう。

 さようなら45倍。買占めの中でも放置され続けたお前が一等賞だ。

 しかし、ドッグフードにも手を出した彼等のメンタルは強いな。

 地下のネズミも食えそうな勢いだったが、それは止めておいた。

 人が居なくなって一年でも、下水周りの汚染は未だに浄化されていないだろう。

 何しろ、混ぜてはいけない洗剤類をマンホールから注ぎ込んで、殺鼠剤代わりに使用している危険な人間も居るんだから。


 中央アジア、インド北部の当たりじゃネズミも普通に食い物だ。

 向こうは重金属類の汚染が酷くないからって前提もあるけどね。

 ネズミが汚いんじゃない、都会が汚いんだ。

 あと二、三年もすればコンクリートジャングルもジャングルに還って自然の恵みに満ち溢れる事だろうさ。

 それまでの我慢我慢。


 ◆  ◆


 夜。

「動くな!! 金を出せ!!」

 右手に銃を、左手にも銃を、背中に盾を、心には鬼の字を刻んで乗り込んだ。

「た、田辺さん!? いきなりなんですか!? 昼間に、さよならを言ったばかりじゃないですか!?」

「あぁ、人生にさよならだ。俺はコレから鬼になる。そう決めたんだ」

「あのね、京也さん。いまちょっとイラだってるから、強盗ゴッコに付き合ってあげて?」

 ゴム製品が頷いた。

 まさか、あんな酷い仕打ちが待っているとはな。このZの世界も侮れんな。


『現金かカードをお入れください』

 セルフのガソリンスタンド。奴が悪い。

 液体燃料が酸化しきる前にタンクで保存しておこうと思った。なのに断りやがった。

 今まで散々、物は盗んできた。だけど現金にだけは手をつけてこなかった。

 それをしてしまえば、何かが終わってしまいそうな気がしたからだ。

 使えない現金を集めてまわるとか、それは完全に死亡フラグでしょ? 命が終わる。


 なのに奴ときたら、

『現金かカードをお入れください』

 ときたもんだ。


 それも繰り返し繰り返し、機械というやつは本当に融通がきかんな。

 この貨幣経済崩壊後の社会でありながら、金銭に執着する馬鹿が居るか?

 馬鹿はアイツと自動販売機だけだ。自動販売機は壊せば良いが、奴は壊してもどうにもならん。


「つまり現金が必要なんですね? わかりました、デパート中から集めてきますよ。もともと僕達のものじゃありませんけどね?」

「解ってるじゃねぇか小僧。怪我したくなきゃ、さっさと寄越しな!!」

「京也さん。銃を持つと、どうしてそんな、べらんめぇ口調になるの?」

 アザミさん、これが男の美学と言うやつです。銃とセットなものなんですよ。


 しばらくして、デパートのテナント中から現金を集めたダンボール箱が寄越された。

 厳重にガムテープで縛り上げられて、『貴重品、開封厳禁』の文字が……。

 そっか、デパートの中には本屋さんだってあるんだよね!


 ボクが見上げた葉山誠司さんのイケメン顔が、ニッコリと微笑んでいた。

 ボクが頷くと、葉山先輩も頷いてくれた。心と心で会話した。お友達になった瞬間。

 男同士の友情を確認して、握手をして別れた。

 それは昼間の別れよりも、ずっとずっと固い握手だった。


 ◆  ◆


「京也さん? さっきから、ずいぶんと嬉しそうですけど。なにかあったんですか?」

「ふん、女子供には解らん話よ」

 アザミさんは子供の遊びとでも思ってくれたのだろう。

 くすりと笑って流してくれた。中身を知られるのは流石に恥ずかしいのです。照れちゃいます。


『現金かカードをお入れください』

 解ってるよ。焦るな。ちゃんと用意してきたぞ、このダンボール箱の中にな?


 ――――お帰り、45倍。


 確か、建築物解体工具81mm迫撃砲 L16は射程が5.5kmだったはずだ。

 ゴム製品の鳩デパートまでは直線距離3km。

 ははっ、楽勝楽勝。――――上等だよ、戦争売ってんのか? お望み通り、吹き飛ばしてやる。


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