・葉山誠司 17歳、カッコつけ――――。
「女の子達と一緒に心中するつもりだったの?」
図星を指されて胸がズキリと痛んだ。
とても頑丈そうな車でデパートの中にまで乗りつけられ、そこから出てきた重武装の男に捕らえられた。
そして窮屈そうな運転席に座った綺麗な女性に、胸の内側を見透かされてしまった。
だとしたら、どうするんですか?
「失望するわね。せっかく命懸けで助けにきたのに、そんな意気地無しの男の子だったなんて」
……助けに来た? 銃を突きつけて? 手錠で縛り付けて?
ふざける――――、
「京也くん、朝からかなりの無理をして来たのよ? あなたが寄越した遺書の束を見て」
……京也? ……田辺、京也?
あの小さなヘリコプターで乾パンを送ってくれた?
「あなた、免許証や学生証に保険証。京也さんに渡したでしょ? ……その中に、どうしてアナタ自身の学生証が含まれてたの?」
それは……死ぬ気、だったから。
ゾンビになるのは嫌だったから。
屋上から飛び降りてしまった女の子の気持ちが解った。
自分が死んだあと、醜いゾンビになりたくない。
これだけの高さがあればゾンビにもならずに済む。
七人の女の子達は眠っている間に僕が。
それから僕自身は屋上から飛び降りて――――。
「なら、最初から救助要請なんて出さなきゃ良いじゃない。声が聞こえちゃったら助けに来なくちゃいけないじゃない。お願いだから、死ぬなら一人でヒッソリと死んでちょうだい。京也くんを苦しめないであげて?」
――――救援要請を受け取って、それで苦しむ人が出るなんて、思ってもいなかった。
もしも、自分が耳にしたら?
もしも、助ける手段を持っていなかったら?
もしも、助ける手段を手にしてしまっていたら?
胸が――――息苦しい。
本当に、僕達を助けに来てくれたんですか?
「本当に、貴方達を助けに来たのよ。私が、どれだけ車体を擦って……ごめんなさい、これは関係ない話だったわ」
――――救助ヘリが屋上にやってきて、それで安全に空の旅を……そんな夢みたいな救出劇を期待していた。
海外からの石油燃料の供給が停止し、自衛隊が救出活動を断念した事なんてずっと前に知ってたくせに……。
でもまさか、ゾンビの中を掻き分けて車で助けに来てくれる人が居るなんて想像もしていなかった。
このゾンビの群れのなか、まだ戦っている人間が居るなんて思ってもいなかった。
田辺さんは……自衛隊の方なんですか?
「十六歳の自衛官なんて私は知らないわよ? この間、誕生日を迎えたばかりだから高校一年生。それでも女の子を三人も守って、必死に頑張ってるだけの男の子よ」
俺より年下……学年なら二つも。
何故だか無性にムカついた――――。
それから、田辺の用意した豪華な家に連れて来られた。
暖かいご飯があって、お風呂があって、お菓子や、ゲームや映画にネットまで……一年前なら普通としか呼べない生活があった。
ムカついた――――。俺が与えられなかった、女の子達の安心に満ちた笑顔に。
映画を見せられた。こんなゾンビが溢れた世界でゾンビ映画? 趣味が悪すぎるだろ?
そして想像力の欠如をコレでもかと指摘された。金属の定規で頭を叩きやがった。
ムカついた――――。ついでに胃も。あのカレーだけは無い。
車に乗ってコンビニ。俺が一生懸命、弓で戦ってるのに、隣で欠伸してやがった。
その後、外しまくった俺を馬鹿にするみたいに、動いてるゾンビを簡単に撃ち殺しやがった。
ムカついた――――。アイツは俺のことなんか、足手まといにしか感じてない。
左手にさすまた、右手に登山用のピッケル。
そんな馬鹿みたいな格好なのに簡単にゾンビを倒しやがった。
俺達は命懸けで何十人も仲間を犠牲にして、仲間の頭にもバットを振り下ろして……なのに、田辺は簡単に倒しやがった。
ムカついた――――。俺も、簡単に倒せてしまったから、二重にムカついた――――。
女物の手鏡を使って曲がり角を確認して、ゾンビを避けて道を歩いた。ありえないだろ?
石を投げてその音で注意をひきつけ、その背後をこっそり通りぬけるとか、ありえないだろ?
家の上にアイスクリームの冷凍庫を乗せて、家を丸ごと冷凍庫に変えようとか、ありえないだろ?
一番ありえないのは――――ゾンビにゾンビを重ねて壁にするとか、本気でありえないだろ?
何もかもがありえなさすぎて、心の底からムカついて、一周したら笑ってた。
ゾンビはゾンビ、それ以上を調べてこなかった。
田辺さんは、毎日毎日ネットや無線、実地で情報を集め続けて、この一年間、ゾンビの習性やゾンビの弱点を調べあげていた。
なんでも元々がプレッパーという趣味の人で、小学生の頃からずっとゾンビ対策をしてたらしい。
さすがにそれはちょっと引いた。だけど、ゾンビ歴で語るなら大先輩だ。ゾンビ部の大先輩だ。
完敗、認めた。僕は今まで、生き残るための努力なんて何一つしてこなかった。
災害に巻き込まれて、悲劇ヒロイン気取りでカッコつけていただけだった。
田辺さんの家には四人の女の子が居る。
木崎神奈さん。学年は僕の一つ下で、僕と同じ高校に通っていたらしい。
そして僕の恋人だったらしい。知らないうちに。惜しい事をしたな、本当に付き合いたかった。
そんなことを口にすると、田辺さんに撃ち殺されるから気をつけて、だってさ。――――マジ?
木崎まもりさん。田辺さんの同級生。昔から彼の暴走を止める係の女の子。
今の、Zが溢れる前の世界じゃ、田辺さんはただの奇人変人だからね。なんとなく解った。
よくもまぁ、ずっと見捨てないで友達を――――片想い、し続けられたもんだ。我慢強い女の子だね。
氷川朱音さん。田辺さんのクラスメイト。
ハーゲンダッツァーという不思議な仕事についてるらしい。
――――あの冷凍庫の家、ハーゲンダッツをしまう為だけに作られたことは内緒にしておいた。
田辺さんは何だかんだ言いながら、彼女に困らせられることを、必要とされることを喜んでいた。
あのハーゲンダッツァーは、と、いっつも苦笑いで愚痴をこぼすんだから。
戸部宮子ちゃん。おませな女の子。
初めて会った男の人に、お気に入りのブラをペロリと見せちゃだめだよ?
本当に駄目だよ? ちゃんとみんなで止めてあげて? 正直、一番心臓に悪い子だった。
妙な疑惑がかけられそうになり、必死で首を横に振った。この一年で一番焦った。
それから、戸部アザミさん。宮子ちゃんのお母さん。
車の運転が大の苦手だって言うけど、あんなに大きな車を器用に運転してるんだから正直に凄いと思います。
大人として、僕を叱ってくれた人。本当に、ありがとうございました。
皆、笑ってた。少し疲れてたけど、それでもちゃんと笑顔だった。
田辺さんはこれを守ってたんだな。だから、僕達を守る余裕なんて無いんだ。
――――ゾンビを怖がって、皆と一緒に死のうとしてた僕とは違った。生きようとしていた。
死ぬことはいつでも出来る。生きてれば、薬が開発されるかもしれない。
少しだけ、希望が出来た。生きるための理由が出来た。
結局、最後まで自宅には入れて貰えなかったな。
だけど、世の中にはインターネットがあって、それを通じてテレビ電話は出来るんだよね?
冷凍庫の工事中、目を盗んで二階の窓からテレビ電話用のアドレスを放り込んでおいたんだよ。
――――ざまぁみろ。一つは出し抜いてやった。
ゾンビはゾンビじゃなくてZ。
薬が開発されれば、もしかすると元に戻れるかもしれない病気の人達。
でも――――躊躇わない。覚悟は決まった。そのときが来たなら、苦しむのは僕だけで良い。
それに、正直言って皆は邪魔になる。Zとの戦いは、一人が見つかれば芋づる式に全滅なんだ。
同じくらい手慣れた人じゃないと足手まとい。
同じくらい手慣れた人なら二手に別れた方が良い。
それなら二人揃って全滅する事も無い。お互いが保険になる。
――――僕は田辺さんの保険、なのかな? だと、良いけど。
田辺さんが口にした、
「日本の人口は一億ちょっと、二人がかりなら一人頭五千万くらいじゃないですか?」
確かにその通り。二人で頑張ればなんだか出来そうな気がした。
ただ、一日百体としても一年で三万六千五百体。千四百年ほどかかりますけどね?
――――あとそれから、ゴム製品ありがとうございました。これは確かに必要です。
Zと戦った後は、男じゃなくて雄になる。――――人間って、やっぱり動物なんですね。
それについては田辺さんのこと、年齢に関係なく尊敬しますよ。




