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少年Z  作者: 髙田田
四月・上
3/123

・四月二日、歯列矯正の日

 人間相手のバリケードを作るのは簡単な作業だった。

 放置車両を動かし、タイヤをパンクさせ、鍵を抜き取る。これで簡単には動かせなくなる。

 ガソリンが切れた車両も、バッテリーが上がった車両も、ギアをニュートラルに入れれば人力で動かせるものだ。

 時間や安全に余裕があれば、ジャッキで持ち上げ、タイヤを外し、車体と地面を一体化させられたなら、さらに完璧なバリケードとなる。

 たとえブルドーザーが相手でも取り除くことは中々に難しいことだろう。

 進入するために掛かる労力と、得られるものの収支が合わなければ、標的にされることも無い。

 車の排除に手をこまねいているうちに周囲のZ達が集まってきてしまうはずだ。


 Zを相手にしたバリケードを作るのは大変な作業であった。

 なにしろ建材Zの原料は人間。軽いものでも50kgを超える。

 人の身体は土嚢のように持ち上げやすい形をしてくれてはいない。

 それを一箇所に集めて、自分の身長より高く山積みにするのだ。それは大変に重い苦労である。

 もちろん、居候三人娘は決して手伝ってはくれなかった。


 その発見は偶然だった。

 自宅の窓越しに手製ボウガンの試射で倒した一体のZ。

 その倒れた死骸を、他のZ達は踏まないように避けて通る優しさを持ち合わせていた。

 これはと思い、倒したZ達を道幅一杯に並べて、最初期のバリケードZが完成された。

 ただし人間の気配を感じたり、大きな物音を耳にすると、Zの意識はそちらを優先してしまうようで、駆け寄ってきた勢いのままに躓き転び、横転しつつ乗り越えてしまうのだった。

 そこで、例えぶつかっても超えられない高さが求められ、視界も遮られる高さを求めだすと、建材Zもそれなりの量が必要になった。

 それは更なる重い苦労を京也に課すこととなる。

 もちろん、居候三人娘は決して手伝ってはくれなかった。


 いい加減、新しい世界に馴染めよと思う気持ちが半分。

 やっぱり、平和な世界の時のままで居て欲しい気持ちが半分。

 いつまでも優柔不断のままに、京也はZの日々を過ごしていたのである。


 時折、フラッシュバックが引き起こされて悲鳴をあげる氷川朱音。

 その叫び声が完全に無害となるよう、徐々にバリケードの輪は広がっていった。

 早く夏が来れば良い。暑いのは苦手だけど。

 そうすれば夏のセミ、秋の虫が様々な音を掻き消してくれる。

 ただ、今日はまだ四月の二日だ。それは新学期も始まらないうちから夏休みを待ち望むようなもので、随分と遠い未来の事に感じられた。


 ◆  ◆


「生存記録、二日目。四月二日、天候は小雨。記録者名、田辺京也。

 父さんは今日もまだ帰って来ない。帰って来れない。

 渋谷で発生したゾンビパンデミックの封じ込めに巻き込まれ、未だに封鎖地域から出てこられないようだ。

 携帯の回線はパンクしていたが、会社のインターネット回線を使って無事であることだけは伝えてくれた。

 これを思いつくまでに丸一日かかったらしい。

 正確には、会社の部下に教えて貰ったらしい。

 アナログ世代はコレだから困る。こっちがどれだけ心配したことか。

 しかし、現実でゾンビが発生するなんて思いもよらなかったよ。

 だけど、そのゾンビが機動隊の手でアッサリと捕獲されるのはもっと思いもよらなかったよ。

 ノロノロゾンビに人類が敗北するなんて笑い話だと昔は思っていたけれど、全力ダッシュのゾンビにも人類は敗北できないようだ。

 次回作のゾンビ映画では、空を飛んで火を吐くくらいの芸当が必要なんじゃないだろうか?


 機動隊の皆さん、ありがとう。

 アクリルの盾でゾンビの波を圧し留め、さすまたと持ち前の格闘術でうつ伏せに引き倒し、右手と左足、あるいは左手と右足を手錠で繋いで簡単に捕縛していく様は、まさしく匠の技だった。

 映画ではやられ放題の警察だったけれど、現実の機動隊の皆さんは非常に優秀な方々でした。

 理性を無くし、掴みかかってくるだけの素人ゾンビなどでは相手になりませんな。

 災害派遣で出動した自衛隊が東は荒川と隅田川、西は環七沿いを基点にバリケードを張って即日のうちに封じ込めも完了。

 逃げ遅れた人々も、建物のなかの防火扉を閉じてしまえばそうそう侵入されることもなく安全なようだ。人の力で鋼鉄の扉を壊す? 無理だよ無理。

 『日本終了のお知らせ』だった掲示板のスレッドが、即日で『日本終了終了のお知らせ』に早代わりしたのには不謹慎にも笑ってしまった。

 どちらにせよ不謹慎だとは思うが、明るい話題の不謹慎なら少しばかりは良いよね?

 インターネットや世間では彼等をゾンビと呼んでしまっているけど、国や報道ではその呼称について悩んでいるようだ。

 ゾンビそのもののように見えるが、彼等は本当にゾンビなわけではないからなぁ。

 真面目に考えれば、凶暴化してしまう未知の奇病に侵された病人であって、暴徒でもなければ怪物でもない。治療の対象であって、駆除の対象ではない。

 もちろん人権は残っているし、ゾンビだ、さぁ射殺しろという具合にもいかないようだった。

 ゾンビ撃つべし即殺だ!! 昨日は感情に任せて発言してしまったが、もしも父さんがゾンビになり、そして治療可能だったらと思うと――――あまりに考えの足りない発言だった。

 昨日の記録については訂正が必要だ。

 明日には全国から集められた機動隊が投入され、ゾンビの捕縛を続けながら安全圏を拡大。

 徐々に封鎖線も縮めていくそうで、安心。

 ゾンビ発生! 神の怒りだ! 世界の終わりだ!! と、昨日叫んでいた人達は、今頃どんな顔をしているんだろうね?

 いや、ボクもだな。生存記録だとか雰囲気で始めてしまった自分が恥ずかしい。

 たぶん、検疫などの関係ですぐには帰って来られないだろうけど、父さんが無事で良かった。

 本当に良かった……。

 ……。

 ……。

 ……。

 あ、やっぱりこの恥ずかしいファイルは後で絶対消そう。絶対にだ」


 ◆  ◆


『欲しいものリスト

 田辺京也 :みんなの温もり(本気) ←セクハラ? 死ねば?

 木崎かんな:チョコレート(ごめんね?)

 木崎まもり:ガリガリくん

 氷川あかね:ハーゲンダッツ・キャラメルマキアート』


 ……こいつら、甘味を占めやがった。

 だから、不味いくらいがちょうどいいと言っただろ?

 俺が死ぬぞ? ほんとだぞ?


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