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少年Z  作者: 髙田田
四月・下
29/123

・四月十九日、飼育の日

 ――――96式装輪装甲車。

 彼の愛称はクロに決まった。なぜならば、黒色の緩衝材で全面を覆ったからだ。

 映画のなかのゾンビ対策車は、なぜあんなにも硬い金属を使いたがるのだろう?

 叩かれればへこむ金属板よりも、弾力性のあるゴムの方が遙かに効果は高いだろうに。


 格好の良さばかりを重視してはいけないよ。もっと実用性を重視しなさい。

 鋼鉄の板よりも、ふかふかの布団の方が苦手とは、Zくんも不思議な子達だ。

 叩いても埃が飛ぶだけだよ。自動布団叩きZ、これは新しいZの活用法かもしれない。


 クロの名称はイヌでもネコでも使われる。そこで問題が発生した。

 まもり、朱音、宮子ちゃんはネコだと主張した。

 俺と神奈姉はイヌだと主張した。愛の力だ。

 アザミさんは、ますます手のかかる子になったと溜息をついた。

 ますますカーブやバックが難しくなったと嘆いていた。

 横幅がたった20cmほど増えただけなのですが?

 2.5mと2.7mの間に何か違いがあるのでしょうか?


 最終的に民主主義的な多数決でネコに決まってしまった。何故か?

 本来、独裁者であったはずの神奈姉が失脚してしまったからだ。恋話という強みと信用を失ったからだ。

 そして、哀しい事に俺の一票は票のなかに入っていない。……これが一票の格差、だっけ?


 トラック、黒、そしてネコの組み合わせでは宅配便になってしまうんだけどなぁ。

 物資を回収したいわけで、物資を送り届けたいわけじゃないんだけどなぁ。

 ブラックドッグの方がカッコよくない? 女はいつも男の浪漫を解ってくれない。神奈姉は除く。

 夜の街に繰り出したクロは、闇の中にその姿を溶け込ませる。

 そして時折、横腹をコンクリートの壁に擦っては激しく自己主張する。

 アザミさんは、『内輪差が大きくて……ごめんなさい』と謝っていた。

 目立ちたいのか目立ちたくないのか、クロの心は斜に構えた思春期の少年のようでしたとさ。


 コッキング、狙いを定めて、狙撃、ミス。

 コッキング、狙いを定めて、狙撃、ミス。

 コッキング、狙いを定めて、狙撃、命中。


 しかしこの、銃眼というものは良いものだ。流石は古代人の叡智。

 クロの荷台に我が家・・・のガレージが許す高さの金属箱を取り付けた。

 その安全安心快適空間からの一方的な狙撃。これぞ卑怯の極み。

 背丈が高くなる分にはアザミさんも気にしないらしい。

 安全空間の中から葉山誠司がロングレンジボウガンを使い、Zの頭部を狙撃していた。

 なかなか頭部に命中せず、矢玉の無駄がかなり多い。

 けれど、返しをつけて無い矢玉は再利用可能なことも多いので構わない。


 コッキング、狙いを定めて、狙撃、ミス。

 コッキング、狙いを定めて、狙撃、ミス。

 コッキング、狙いを定めて、狙撃、ミス。


 火種、次に燃料瓶を投げつける。

 火炎瓶というものは、投げる前に爆発して自分自身を傷つけかねないものだと教えた。

 その炎を中心にしてマイムマイムを踊り始めた陽気なZたちを外側から順に狙い撃つ。

 Zたちは夜の闇には華やかな、火祭りの宴に近寄りはするが決して火に触れようとはしない。

 やはり、何らかの形で知性を残しているのだろう。――――粘菌自身が知能を持つとは思えない。

 アザミさんにはZの実態を正直に話した。ゾンビナオールが開発される可能性についてもだ。

「宮子のためですから」

 それ以上は語らなかった。……そうだ、その通りだ。俺だって、そうなんだ。

 誰かのために手を汚すことも厭わない。だけど、その誰かには内緒にしたい。

 知られたくない……そういうものだよね。家族に職業を隠すヤクザな親の気分。

 葉山誠司は、黙っていた。あるいは、狙撃に集中していたのか。


 コッキング、狙いを定めて、狙撃、命中。

 コッキング、狙いを定めて、狙撃、ミス。

 コッキング、狙いを定めて、狙撃、命中。


 燃料の再追加を三回、計……百発以上は撃ったんじゃないだろうか?

 彼は全身から爽やかな汗を流し――――すんごい汗臭い。

 乙女はここでキュンときたりするの? しんじらんない。

 ドッグフードはイヌの身体を支えるほど栄養価が高いはずなんだが、運動不足じゃないか?

 一回のコッキングにかかる運動量は……スクワットと腕立て一回分くらいだろうか?


 店内に残ったZ達はクロのヘッドライトで誘い出し、俺が射手を代わった。

 動目標の頭部を狙撃するにはまだ早いし、当てられないうちにクロに取り付かれては敵わない。


 コッキング、狙いを定めて、狙撃、命中。

 コッキング、狙いを定めて、狙撃、命中。


 一人ではあれだけ大変だったコンビニの制圧が、クロと一緒ならあっさりと終わってしまった。

 ……アザミさん、モヒカンにする気は無いですか?

 断られた。その艶やかな長い黒髪は、拓海さんが好きと言ってくれたから黒髪記念日なのだそうだ。

 アザミさんは惚気だすと止まらない。

 偽の恋話よりも、本物の生々しい恋話にウチの女子どもは夢中だ。あの神奈姉でさえ。

 しかし、女性同士の恋話は生々しすぎて――――普通に引くわぁ。


 コッキング、狙いを定めて、狙撃、命中。

 コッキング、狙いを定めて、狙撃、命中。


 そのあいだ、ピュアなボクは宮子ちゃんとゲームをしてあそんでいました。

 いつまでも、じゅんしんむくな宮子ちゃんで、

『京也くん、高校生なのに出来ちゃったってなに? なにが出来たの? 宮子もつくりたい!』

 いてください。


 コッキング、狙いを定めて、狙撃、命中。

 コッキング、狙いを定めて、狙撃、命中。


 店外の制圧完了。続いて店内の制圧戦に移る。

 まずは商品搬入口にクロをバックで横付けしてもらう。

「昔から、バックで入れるのは苦手なんです。上手く動かせなくって」

「え? すいません、もう一度お願いします」

「昔から、バックで入れるのは苦手なんです。上手く動かせなくって」

「え? すいません、もう一度お願いします」

「……神奈ちゃんに言いつけますよ? それとも実地で優しく教えましょうか?」

「ごめんなさい。許してください。なんでもしますから」

 搬入口にクロを横付けした状態、後部ハッチを開く。

 ……周囲にZの影は確認できず。ボウガンから近接戦闘用装備に換装。

 葉山誠司には後方から動きを真似てついてくるように指示を出した。


 商品搬入口、ノック、クリア。

 ドリンク補充路、ノック、クリア。

 店内、身を屈めながら移動、クリア。ブラインドを閉めて遮蔽完了。

 トイレ、ノック、クリア。あまり綺麗ではない、従業員の質が……いや、店長が悪い。

 休憩室、ノック、クリア。ロッカーを確認、トイレの質は、店内全ての質を表わすな。

 休憩室のスイッチを操作、全ての明かりを落とす。

 次いでZ式防衛線の構築開始。

 相変わらず、Zの肉体は重い……つまり、一年経ってもまったく痩せていないんだ。

 これでは経年劣化による事態の収束も怪しいものに感じられる。

「これを治療にかけられる時間が延びたと喜ぶべきか、問題解決が遅れると悲しむべきか……」

 父さんは今、どうなっているんだろうか?

 俺の父さんだ、しぶとく生き残ってるに決まってるか。

 ――――俺はかなりの割合で母さん似だけどね?


 アザミさんが荷物搬出の手伝いを申し出るが、これをやんわりと拒否。

 そのまま運転席内部での周辺警戒をお願いする。

 搬出速度よりも安全確保が第一に決まっている。

 まずは、ダンボールの箱にいやらし本を詰める。しっかりとガムテープで閉じ、『貴重品、開封厳禁』の文字をマジックで記入。

 これはさすがに手伝ってもらうわけにはいかないよ。安全確保が第一だ。

「あの、田辺さん? たしか年齢は……」

「黙れ! 二等兵!! いずれはキサマも世話に……くそっ! やはりコイツは見捨てるべきだったか!!」

 このクソ虫にはゴム製品の箱を束で投げつけてやった。何度も――――何度もだ!!

 それをキチンと拾い集めるんだから、ちゃっかりしてやがるぜ……。

 実はこの男、かなり図太い神経をしてるんじゃないか?


 しかし、同じ時期に入荷が停止しちゃったから、いやらし本の全てが同じ月号でダブっちゃってるんだよねぇ……哀しい。

 やはり、個人宅の方がお宝探し感が一杯でドキドキだなと結論付ける。

 もちろん、Z遭遇の危険と言う意味合いも含めてのドキドキだ。


 ある種の商品は袋に入っていても食用に適さないものだと前回の荷運びの際に判明した。

 まもりと朱音の尊い犠牲のお陰だ。好きなだけトイレットペーパーを使って良いぞ。

 朱音、まもり、の順に食べさせ、それでもOKならば皆で食べるのが暗黙の了解であった。

 もちろん、お腹の頑丈さの順番だ。食い意地の悪さの順でもある。

 当たり前のことだが、二人に了解などとってない。それゆえの暗黙である。


 レトルト食品は、穴さえ開いていなければ内部に腐敗菌が存在しないため軒並みOK。

 缶詰も、缶を密閉した後に加熱殺菌処理されているため軒並みOK。

 スナック菓子系もわりとOK。調味料の類もOKだった。

 残念なのは穀物類だ。袋の中に入っているからと安心していたら、品質保持のために空気穴が開けられておりますときたものだ。カビ放題。

 45倍……またキサマか。だが、今回は許そう。使い道が沢山だ。

 とくにゴム製品を必要とする男にな。朝昼晩夜、四回出せるだけの量があるって素晴らしい。

 こうして普通の食事をしてると、ドッグフードの味が懐かしいです……まだ、二日しか経っていないはずなのにゴム製品がそう口にした記憶がある。

 なので、懐かしの味も持って帰ってあげよう。

 カリカリが好みだそうだ。ほら、たーんとお食べ。


 今回は手動の油圧リフトを車載してきているのでアイスクリームも箱買いだ。

 この場合の箱とはフリーザー、冷凍ショーケースのことである。

 この冷凍ショーケース、実は二十万ほどする代物。その辺の500リットルの冷蔵庫並のお手ごろ価格。

 コンセントは単相100V、家庭用電源、普通のコンセントで利用できることを確認してから超大人買い。

 デパ地下のものは流石に高級品。専用の電源となる三相200Vばかりで家庭用電源では使えなかったんだよね。

 これで明日が楽しみだ。


 持って帰ってきたハーゲンダッツが抹茶味しかないことにハーゲンダッツァーがキレた。

 心の目を開いてよくお探しなさい。鍵の掛かった食品保管庫の中にはちゃんと他の味も保存されているぞ?

『京也くん、大人気ないよ』

 宮子ちゃんに諭された。……良い子だね。

『そんなに意地悪して、もしかして京也くんは朱音ちゃんのこと好きなの?』

 ……おませさんだね。


 ハーゲンダッツァーの顔面にハーゲンバニラを投げつけてやったわ!!

 文句を言いながら、それでも嬉しそうに食べるのだからハーゲンダッツの魔力は凄い。

 なにか怪しい成分が入っている疑惑がある。……Zが溢れる以前の世界からそうだったしな。

 キサマの代わりに抹茶味を食べてくれた宮子ちゃんにはお礼を言うんだぞ?

 おねーちゃんなのに、好き嫌いがあるなんて駄目だよねー?

 宮子ちゃんにもう一つハーゲンダッツを渡したら、ちゃんとコクコクと頷いてくれた。これでキサマは孤立無援だ。


『寝る前にアイスを二つもなんて……』

 ……それは気付きませんでした。アザミさん、ごめんなさい。

 ちなみにアザミさんは人が殺せそうなモース硬度のアズキバーが好みらしい。

 ちょっと照れながら答える姿が可愛かった。

 なんだろう、あの色っぽい年上の可愛さって不思議な感覚。

『昭和の味ですね?』思わず口にしかけ、飲み込んで置いてよかった。


 葉山誠司? あぁ、雪見大福だってよ。どこまでもオッパイ好きな奴だよ、まったく。


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