・四月十九日、みんなの保育の日
「はい、ここのシーンですが解りますか? ゾンビはゾンビを襲わないんです! これは非常に重要なポイントです!!」
「――――えっと、田辺さん? それって普通の事じゃないんですか?」
「えぇ、普通のことですよ? 例えばコンクリートの壁が存在して、そこに10万体のゾンビが押し寄せてきたとしましょう。
――――その結果はどうなりますか?」
イケメン、葉山誠司がイメージをしてから答えた。
「コンクリートの壁が壊されちゃうんじゃないでしょうか?」
ん? イケメンの下にはブサ脳でもしまわれているのかな?
こいつは馬鹿だ。神奈姉と同じ学校に通う資格は無い。同じ空間で息をする資格すら無い!!
ゲラウト!! キミはバケツを被って立ってなさい!!
「0点。違います。まず破壊されるのは最前列のゾンビです。
ゾンビ仲間に後ろから追突されればされるほど、前方のゾンビは圧迫されて潰されてしまいます。
将棋倒しの事故と一緒ですね。最初のゾンビ肉が上下に圧力を逃がし、コンクリートを保護してくれるくらいです。
コンクリートの壁とゾンビ、どちらが頑丈だと思っているんですか?
あ、な、た、の、身、体、は、コンクリートの壁よりも硬いのですか~?」
ステンレスのものさしでペシペシとイケメン頭を叩いてやった。
頭が固い割には、ステンレスよりもずっと柔らかそうだなぁ。
二歳年上? プレッパー歴では俺の方がずっと先輩だぞ?
この業界は先に入った方が偉いんだよ!! ウチの業界は体育会系の社会だぞ!?
頭の悪いゾンビ対策は、ただ厚めの高いコンクリート壁を作ればそれで終わりだ。
傾斜をつけてオーバーハングにすればなおよしである。
その上でダンスでも踊ってゾンビを集めるだけ集めれば、仲良くおしくら饅頭をして勝手に挽き肉に変化してくれる。
あとは残った後ろの方のゾンビを駆除するだけ。
実に簡単だ。簡単すぎて負けようが無くて困るくらいだ。
ゾンビはゾンビを傷つけない、だからこそ建材Zが成立する。
だがしかし、我が強敵Zはそれなりに頭が良かった。
ただの壁程度なら垂直登坂で踏破するだけの能力も持ち合わせていた。
防火扉を破るだけの怪力も持つ。どう考えても拳の方が壊れそうなものだが、そんな気配も無い。
……一体どんな身体構造になっているんだ?
もしかして、人体の秘められたパワーを使いこなせば俺にも可能な芸当なのか?
強敵として喜べば良いのか、強敵として悲しめば良いのか難問だ。Zちゃん、少しは手加減してくれても良いのよ?
「はい、次はこのシーンですね。主人公たちが廊下を歩いていると~、突然!! 壁が破られてゾンビに掴まれるシーン。これ、なにかおかしいと思いませんか?」
「えっと……壁がこんなに簡単に壊れるとは思いません!」
女子高生の女の子1が解答した。
他人のハーレムメンバーの名前など覚えるに価しない。
死んだときに、あ、そんな人も居たね。あれ? ホントにいたっけ? 程度の付き合いが好ましい。
「10点。あ、満点は10000点ね。
キミねぇ、真面目に考えているのかい? その頭には脳が詰まってるのかい?
な、ん、で、壁の向こうのゾンビが人間の存在を感知出来るんですか?
気功を使える中国拳法の達人ゾンビか何かですか? それはキョンシーでしょう?
あ、な、た、は、壁の向こうの人間を正確に捉えられるんですか?」
ステンレスのものさしでペシペシとスカスカ頭を叩いてやった。
詰まっていない頭はポクポクチーンと良い音がした。女子高生の頭の中身はスカスカだなぁ。
ただし、神奈姉は除く。まもりと朱音は含む。
映画と現実の区別もつかないとは、これがゲーム脳という奴ですか?
実に残念な若者揃いです。唯一、的確な解答を出せるのが40代の彼女だけとは嘆かわしい。
若者は創作物に毒されすぎです。創作と現実の違いが理解できていない。
だから、ゲーム感覚で人を殺しちゃえる人間が出てくるのです。
あぁ、嘆かわしいったりゃありゃしない。
「次は、このシーンですね。主人公の女性が散弾銃をカッコつけながら構えて、走ってくるゾンビをバッタバッタとやっつけていますが~、これを見て、みなさんは何かを感じませんか?」
……ステンレスのものさしに恐怖し、答える者が居ない。
これは、全員45倍コースか? それだけの余りは、ある!!
バックヤードにゴッソリあったからな。
早く消費しないと、これが全て俺の口に入ることになるんだよ……。
辛いんじゃなくて味がしないんだよコイツ。
あと、後日、お尻のほうでもコンニチハって過激に挨拶してくるんだよ。
「散弾銃なら銃の扱いが苦手な人間でも頭に当てられる。でしょうか? 私たちみたいな素人でも」
――――これでも頭を使った結果の回答らしい。その首の上にあるのは帽子置き場か?
女子大生の女の子2には失望だ。超失望だ。
大学生とはこの程度の惨めな生き物なのか?
俺は神に祈る気持ちで両手をかかげ天を仰いだ。おぉ。神よ。偉大なるスパゲティーよ……。
「マイナス10000点。キミの夕食は45倍に決定です。
葉山くん、罰を代わってあげるのは優しさではありませんよ?
付き合ってキミも45倍を食べてあげることこそ優しさと言うものです。
よし、連帯責任としてキミも食べましょう。お揃いならばきっと二倍辛い」
葉山誠司が何かを言いたげだが、ステンレスものさしの一指しで口を閉じさせた。
女の子一人だけにつらい思いをさせる気か?
一緒に苦しめばキミが大好きな仲良しの思い出になるだろう?
「――――みなさん、良いですか?
ゾンビは皆さんと同じように、目や耳や鼻を頼りにして人間を見つけるんです。
そんな中でショットガンを撃ってごらんなさい。
彼女はゾンビを倒しているのではなく、ゾンビを呼びこんでいるのです!!
この後、弾が足りなくなり、数の暴力に押し潰されてゾンビへの仲間入りが確定しました!!
最後の一発を自分のヘッドに使うなら、世界からゾンビの総数が減って良いのかもしれませんけどね?
散弾銃は棍棒です。ライフル銃も棍棒です。撃ってはいけません。
それでも使うと言うのなら、最後の一発は自分のヘッドに使いなさい!!
銃弾を発射するくらいなら、最初の一体をフルスイングで殴り倒すべきです!!
つまり、ここで感じるべきなのは、あ、コイツ馬鹿だ。本物の馬鹿だ。真正の馬鹿だ。
ものすごいレベルの馬鹿だ。仲間を危険に晒す馬鹿だ。死ねば良い馬鹿だという侮蔑です!!
今、先生が、ア、ナ、タ、に、感じている感情のことですよ?」
ステンレスのものさしでペシペシと女子大生の合コン頭を叩いてやった。
叩くたびにコンコン合コンと良い音がするな。
いい歳をした女性が涙ぐんでいる。そんなに45倍が嬉しいのか? 俺は二つ減って嬉しいぞ?
「先生は、好きでキミたちをこの家に閉じ込めているわけではありません。
外に出すと危険だから閉じ込めているのです。望むのなら、いつでも鍵を開けましょう。
そして、勝手に外に出て死になさい。先生の家に助けを求めても、きっちりと見殺しにしますからね?」
――――本気だぞ?
葉山誠司を始めとして俺一流のジョークだと思い笑っているが、本気だぞ?
むしろ、その方が好ましいくらいだ。勝手に馬鹿をやって勝手に馬鹿が死にました。
それなら責任を感じる必要など欠片も無い。貴重な食料も無駄に減らさずに済んで助かる。
あと、みんなにも言い訳がたつしね?
哀しい出来事がありました、馬鹿が外を出歩いて死にました。みんな大納得の理由だ。
「見つかるな、見つけろ、一方的に殺せ。
これが理解出来るまでは、お外での行動を禁止します。では次回の講義の資料として、バタリアンシリーズを渡しておきます。各自、10回は見ること。全五作ですから計50回ですね。どうせ、どのテレビ局もやってないんですから楽勝でしょう?」
彼女達の目から光が失われた。
三食ドッグフードの生活から、三昧映画の見られる生活にグレードアップを果したと言うのに我侭がすぎるぞ?
だが、彼女達は未だ本当の絶望を知らないのだから、その程度の我侭は許そう。
本当の絶望はこの先にあるんだ。
このシリーズ、四作目と五作目がとんでもないC級作品であるという絶望を――――サイボーグゾンビはないわぁ。
それだけではあまりに可哀想なので『火垂るの墓』も置いていってやろう。
食の大切さ、飼育の難しさ、生きるためなら盗みもする人間の浅ましさ、様々なことを教えてくれる良い教材だ。
……娘っ子二人は学ばなかったけどな。
主人公が何処で選択を誤ったのか、そこを学んで欲しかった。
自分一人で妹を背負って生きられると実力を過大評価した。そこが間違いの原点だったんだよ。
◆ ◆
「生存記録、三百八十四日目。四月十九日、天候は晴れ。記録者名、田辺京也。
葉山誠司の愛の巣で、二年ぶりとなるゾンビパンデミック対策講座を開いた。
一年を経過した今でもZに向き合わず、ゾンビとZを勘違いしている彼等には良い薬だ。
教師役として嫌われ者に徹するのは疲れるなぁ。非常に心苦しいなぁ。45倍が消えてとても嬉しいなぁ。
ステンレスものさしの使い方が一日で上手になった。これは楽しい工具だ。
まもりに見せると危険なので秘匿事項ランクAの危険物として認定しておこう。
ペシペシする分には楽しいが、される分には腹が立つことこの上ない。
居心地の良い環境。衣食住と安全が無償で無限に提供される場所。
――――そう勘違いされては敵わないんだ。俺はアンタ達の保護者じゃない。
なんなら明日、デパートに送り返し、みんなにはやっぱり帰ったと説明しても構わないくらいだ。
そして、もとよりその予定だが、どれくらい日数がかかるのやら。
葉山誠司次第だ――――気合を入れて貰わないとな。
生存者、葉山誠司。
救助者、葉山誠司。
軟弱者、葉山誠司。
俺は彼に尋ねた。この先、どうやって生き残るつもりなのか。
答えは沈黙。思いつかない。そして俺に頼りきるとも口に出来ない。当然だ。
食べ物を手に入れる厳しさ、難しさ、そんなものは仲間を失ったことで十分に理解しているはずだ。
まさか、年下の俺に養ってくださいとは口が裂けても言えないだろう。
俺の思いつく限りで、二つの道を提示した。
一つは、一人で戦い生き延びる道。
もう一つは、みんなで力をあわせて生き延びる道。
そして彼は、一人で戦うことを選んだ。
――――軟弱者だ。彼は俺と同じ軟弱者だ。
腰抜けのチキンだ。チキンの方が美味しい分まだマシだ。
理由。もしも仲間の誰かがZになったとき……その頭にバットを振り下ろす覚悟が出来ないそうだ。
俺も、出来ない。出来るわけがない。
神奈姉、まもり、朱音、宮古ちゃん、アザミさんの頭にピッケルの先端を――――?
だから、彼には覚えてもらうしかない。
死なない生き方を、覚えてもらうしかない。
その手伝いくらいはしてやるさ。デパートでしこたま物資も戴いたことだしね。
それでも駄目だったときには……仕方ないよね?
残った女の子たちだけで頑張って生きてもらって、そして死んでもらおう。
そこが、最終ラインだ。……絶対にそこが最終ラインだ。解ってるね?」
ヘッドセットを外して溜息を、一つ、二つ、三つ。十を数えて瞼を開く。
余計なしがらみばかりが増えて嫌になる。なんで俺は無線連絡なんてしていたんだろう。
家の中には三人の娘さんが居て、俺のなかに孤独な感傷なんて一欠片も無かったはずなのに。
ご近所ラジオの敏腕DJ、彼の面白MCが悪いんだよ。京也はそう結論付けて服を着替えた。
――――今夜は忙しくなる予定だ。




