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少年Z  作者: 髙田田
四月・下
27/123

・ンドゥバ=カヒム 15歳、天災少年――――。

 うちの親父とお袋は、俺に友達が居ないと決め付けてた。実際、居ないんだけどよ。

 人種差別、とは、ちょっと違うな。なんていうか、馴染めなかった。

 なにもしてないのに向こうが怖がって引くんだよ。逃げ腰なんだよ。

 だから、ちょっとだけ荒れてただけだって。


『ンドゥバ、あなた悪い友達とか作ってないわよね?』

 悪い友達すらいねぇって、だから大丈夫だよ。――――そこで安心するなよお袋!!


 友達じゃないけど、話相手くらいはいた。

 ……一人だけ、俺を見ても逃げなかった奴。


 日本人ってのは、どうして外国人に弱いんだ?

『いや、キミも日本人だろ?』……そうだけどよ、それは何か違わねぇ?


 日本人ってのは、どうして英語が苦手なんだ?

『いや、キミの方がボクより成績は悪いだろ?』……そうだけどよ、それに俺も日本人なんだろ?


 日本人ってのは、どうして危機意識に欠けてるんだ?

『いや、キミの方がボクより平和ボケしてると思うけど?』……この野郎、調子乗ってんな?


 はぁ!? じゃあ、証拠見せろてみろよ!?

『そうか!! じゃあ、ボクの家に集合ね!! 週末の土曜朝五時でどう!? 決定!!』

 それからは酷かった。悪夢の始まりだった。俺の危機意識は確かに欠けていた。


 朝四時半、

『お早う御座います!! ンドゥバくんを誘いに来ました!!』

 なんで来た?

『自転車だけど?』

 そうじゃねぇよ!!


『どうせスッポかすだろうと思ってさ。まさか呼びに来るとは思わなかったでしょ?

 ンドゥバくん――――キミさぁ、危機意識に欠けてるんじゃない?』

 心底ムカッと来て思わず殴ってしまった。

 最悪な事に、寝起きのパジャマ姿な親父とお袋の前でな。

『うちのンドゥバが失礼を……』『どうぞどうぞ、連れてやってください』

 そりゃあ、そうなるよ。自分の家の息子が、他所様の息子をぶん殴ったんだからさ。

 両親揃って平謝りだよ。


 ――――結局、外国人だって引け目、親父もお袋も持ってたんだよな。

 アイツはそこに付け込んできやがった。鬼だ。悪魔だ。鬼畜で外道だ。


『殴られたボクも痛いけど、ンドゥバくんの方が百万倍痛いよね。社会的に。

 ――――ンドゥバくん、危機意識に欠けるんじゃない?』

 アイツを殴ったとき、アイツはすげぇ派手に吹っ飛んだ。

 それはもう、自分から吹っ飛んだみたいに――――実際に自分から吹っ飛んだんだろ!?

 俺はヘビィ級のボクサーでも何でもねぇぞ!?

 ――――以来、頭があがらねぇ。アイツは地獄の使者か何かなのか?


 災害の映画とか、戦争の映画とか、監獄の映画とか、ゾンビの映画とか、毎週のように見させられたよ。

 映画自身は嫌いじゃねぇよ?

 だけど、アイツと見ても全然、全くこれっぽっちも楽しくねぇんだよ……。


 いちいち、

『今のシーン! ほら、おかしいでしょ!? 銃を撃つからゾンビが寄ってくるんだよ!? なら、あの銃は棍棒として使った方が正しいはずでしょ!? ンドゥバくんもそう思うよね!?』

 なんて一時停止ばっかりするんだぜ?


 ――――おめぇの脳が一番おかしいよ。それだけは確実だよ。


 ……まぁ、おかしいとは思うけどよ。映画なんだから銃を撃たなきゃカッコつかねぇだろ?

『はぁっ!? カッコよさより実用性でしょ!? カッコつけて仲間を危険に晒す奴は、もう殺す他ないんだよ!?』

 ……もう、黙ってる事に決めた。

 娯楽映画がこんなに苦々しいものだとは知らなかった。


 それから、ゲームをしてても一々うるさい奴だった。

 ……装備にさすまたなんてねぇんだよ!! ゲームの舞台は洋館で江戸時代じゃねぇんだよ!!

 設定はエリート部隊なのに、この距離で頭も狙えないとか素人以下のカスだって……うん、俺もそう思うわ。こいつに毒されたかな?


 ときおり、同級生の木崎まもりがやってきて助けてくれた。俺の天使だ。俺の女神様だ。

 救済方法は実力行使、目立たないけど地味に痛い部位を狙う。加減も量って痣も作らねぇ。

 アイツも毎回派手に吹っ飛ぶが、もう誰も騙されねぇ。日常の光景らしい。

 ――――木崎も怖い鬼の一人だった。日本は平和って、嘘だろ?


 吹っ飛んだアイツを見ても田辺んとこの母さんは、

『あら、まもりちゃん。いつもいつも、ありがとうね。京也のこと社会復帰させてあげてちょうだいね?』

 なんて……たぶん、あの中で一番の常識人は間違いなく俺だ。

 美人なのに残念な人だった。……いや? アイツは確かに確実に絶対に社会復帰した方がいい。

 とぼけた顔をしてても、息子の将来をホントは心配してたんだな。

 いい母さんじゃねぇか……。

 田辺の母さん、ホントに美人だったよなぁ――――。


 大阪でゾンビが発生した日、『逃げろ』とだけメールが来た。

 何処に? と、聞き返す必要は無かった。

 わざわざこの時代に紙で危機意識の塊がプリントアウトしてあったからな。

 一応、親父にも埃を被ったマニュアルの束を見せたけど、さすがに即答はしてくれなかった。

 大人だし、会社を休めねぇからな。……仕事、ストップしちまってるのによ。でも、即座に逃げられる用意はしてくれた。

 自転車とか荷物とか色々、その日のうちに買っておいて助かったよ。

 そもそも親父もお袋も自転車に乗れなかったから、結局、その練習に一番時間が掛かったんだけどな。


 次に町田、埼玉、日本のそこら中でゾンビ騒動が起き始めた時、やっと親父は動いてくれた。

 ……遅すぎたくらいだ。元アフリカ人、危機意識に欠けてねぇ?

 自転車に乗って、奥多摩まで。

 途中、事故車や放置車両が売れるほど転がってて、完全に車道が塞がっていた。

 歩きか自転車じゃなけりゃ、移動は絶対に無理だった。

 途中、ゾンビに出くわした。――――自転車じゃなきゃ逃げられなかった。

 アイツ等はえーの何の。お袋が泣きそうになって……無かった。

『ライオンよりは遅い』

 あぁ、そうですか。動物園でしか見たことねぇよ。お袋、ライオンに出会ってよく生きてたな。


 奥多摩へ続く道の終点には、銃を構えた兵隊さんの検問があった。自衛隊と警察が通してくれなかったんだよ。

 未知のウィルスに感染している恐れがあるから通せない、だってよ。

 ……まぁ、そういうゲームやってりゃ解る。ここで封じ込めないと、奥多摩まで汚染されちまう。

 ここで終わりか、って思ったら、マニュアルにはそんな時の対処法が書かれていた。

『検問突破法:アメリカ人のフリをしろ。英語で偉そうに怒鳴り散らせ』

 ……は? なに言ってんだコイツ。

 俺は英語がさっぱりだったけど、親父は話せた。英語は南アフリカの公用語の一つだ。

 生まれは南アフリカ共和国、今は日本に帰化した日本人。

 ……マニュアル通り、英語で怒鳴りながら嘘八百を早口で捲くし立てた。


 ――――通れた。


 マジか!? 日本人、危機意識に欠けてねぇ!?

 こんな状況でも、アメリカ人が犠牲になることだけは避けたかったんだとよ。

 一度通ってしまえば、嘘だとバレても追い出されなかった。

 検問してたお偉いさんには滅茶苦茶睨まれたけどな。

 でも、一度通してしまったものは仕方がないってさ。

 いまさら戻すわけにも殺すわけにもいかねぇんだってよ。

 ……そりゃそうだ。しばらく監禁されてたけど、その内に出してくれたよ。


 親父が機械技師だってことが解ると、専門外のダムの設備やら自衛隊の車やらの機械整備に走り回らされた。

 一番の下っ端からやり直しだ。でも昔取った杵柄、親父はわりとすぐに馴染んだ。

 だから、俺とお袋は無事だった。すげぇ助かった。たぶん、一生で一番、親父に感謝した日だ。


『給料は出せないが、食料品などの配給は優先的にできる』


 それが誘い文句。親父は一も二も無く飛びついた。そもそも、もう給料に意味ねぇよ。

 親父の後を付いて回って、俺は整備士見習いの雑用係になった。――――そうマニュアルには書いてあるんだから仕方ねぇだろ?

 そうこうしているうちに、いつの間にか俺も機械整備士ということになっていた。

 習うより慣れろの世界。適当な仕事をして何度スパナで頭を叩かれた事か。

 で、ムカッときて殴りかかって、一本背負い。もちろん床はコンクリート。

 ――――日本人、危機意識に欠けてるんじゃなかったっけ?

 三日くらい咳をするのも痛くて辛かった。

 見た目は整備のおっさんでも、これで現役の自衛官なんだよな。

 あれでも怪我をしないようにかなり優しくしてくれたらしい。

 本気なら? 脳天からコンクリートにぶつかって死んでるところだよ。


 年齢がバレた。みんな、俺のことを背丈から二十歳過ぎだと思ってたらしい。

 十五歳だとバレて、臨時で与えられてた階級が取り上げられた。

 さすがに少年兵は不味いだろって話だ。

 一番の下っ端とはいえ、ちょっとは気に入ってたのによ。ひでぇ話だ。

 ついでに配給のビールも取り上げられた。すげぇひでぇ話だ。


 自衛隊ってのは、皆が皆、銃を持って戦うもんだと思ってた。

 でも、その背後には、その倍くらいは支援する人間が居るんだってさ。

 そうじゃなきゃ、今時の戦争は出来ないんだってよ。

 ――――イザと言うときは銃を手に取る。

 でも、イザじゃないときは誰かを支える。そういうもんらしい。

 だから、イザの日のために、誰かを支えるため、しっかりと気合を入れて整備しなきゃいけないんだとスパナで叩かれて教わった。

 そんな俺の姿を見て、親父が『俺の若い頃にそっくりだな』なんて言いやがる。

 やめろよ――――照れるから。


 状況は、どんどんと悪化していった。外から入ってくるニュースは暗いものばかりだ。

 どんなに高い壁を作っても、その中でゾンビが生まれちまうんじゃ、それは檻の中と同じだった。


 でも、明るいニュースもあったんだ。死ななきゃゾンビにならないんだぜ?

 当たり前のことだと思うだろ? でもな、これがちょっとばかし違うんだわ。

 ゾンビになるのは死ぬか、噛まれるか、そのどっちかだ。

 その内の一つが消えたんだ。これは明るいニュースだろ?


 ――――結局、検問に意味は無かった。奥多摩のなかでもゾンビは発生したんだよ。


 奥多摩の人口は五千とちょっと。中心部に限ればもっと少ない。

 ゾンビの騒ぎでかなり人数がへっちまったけど、今、この土地にゾンビは居ない。

 ……俺達家族を中に入れてくれたお偉いさん。今じゃ自衛隊を首になっちまったってさ。


『火器使用の許可がおりた。総員、各自の自由判断による発砲を許可する』


 嘘だった。みーんな、わざと騙されたふりをして銃をぶっ放した。

 そうしなきゃ、みんな終わってたからだ。泣きながらぶっ放してた人も居たな。

 各自の自由判断・・・・……撃ちたくなけりゃ撃たなくても良いってよ。


『敵を撃つ訓練なら嫌になるほどやってきた。でもな、病人を撃つ訓練なんかやってないんだわ。ましてや同じ日本人を撃つ訓練なんてのはなぁ……あぁ、外国人の坊主にはわかんねぇか』

 ……おい、俺は日本人だっての!!


 軍人なんて、みんな人を殺したくて仕方が無いアホばかりだと思ってた。でも、違った。

 騒動の最中、銃弾入ったケースを運びながら、みんなに何でか頭を叩かれた。頭を鷲づかみにされて揺すられた。――――やめろよ!! ったく!!


 みんな、殺したいんじゃない。守りたいんだよな。

 みんな、誰かを守るために殺すんだよな。……俺はガキ扱いされて守られてた。

 結局、最後まで銃弾は一発も撃たせてもらえなかったよ。

 ――――素人が撃っても弾の無駄だってさ!! そりゃそうだわ!!


 結局、そのお偉いさんは勝手な命令を出した罪で裁判に掛けられることになって、今は謹慎処分中。

 ダムの隅っこの方で毎日釣り糸を垂れてる。とりあえずゾンビの話が済むまでは、迎えのヘリを飛ばす燃料すら惜しいそうだ。

 あと、現場の皆がダムからの電力供給を止めるぞって脅しかけたんだとよ。

 最後に――――いまは使える裁判所がねぇんだってさ。笑えるだろ?


 で、釣りをしてないで働け、いやだ俺は謹慎中だ、と押し問答してやがる。

 アイツら本当にいい度胸だわ。


 いろいろあったけど、奥多摩は平和になった。他所に比べて、だけどな?

 ――――なのに、未だに田辺の奴の顔を見てない。

 まだ生きてるネットを使って連絡しようとしても無理だった。あいつの携帯の番号しかわかんねぇ。

 まぁ、『逃げろ』ってアイツからメールして来たんだ。みすみすアイツがゾンビになったとも思えねぇ。

 けど、だとしたら何やってんだよアイツは?

 こんな世界になっても、まだアイツは他人に迷惑かけてるんじゃねぇだろうな?


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― 新着の感想 ―
[良い点] 少しずつ丁寧に過去が語られて序盤の謎が解けていくの好きです [一言] 「ライオンよりは遅い」 ンドゥバ君のお母様www強いwwww
[良い点] 期待のンドゥバくんキタあああああああああああああ!!
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