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少年Z  作者: 髙田田
四月・上
25/123

・田辺京也 16歳、進路志望は引き篭もり――――。

 銃声、飛び起きた。時計を見ると真夜中だった。

 母さんが……死んだ日から、あまりよく眠れない。


『母さんちょっと頭が痛いんだけど、京也なにか薬もってる? 明日の朝になっても頭が痛かったら病院に行くから』

 こんな時に息子を頼る母というのもどうかと思うけど、頭痛に効く薬を得意げな顔で渡した。

 鎮痛薬は良く効いたようで、母さんが凄いわねって褒めてくれた。

 普段役に立たない自分の趣味が役に立つと、嬉しい。

 でも、明日は無かった。


 朝、父さんの怒鳴り声で目が覚めた。春休みのボクは、うるさいなぁと毛布を被りなおした。

 父さんの怒鳴り声が止む事はなく、そのうち救急車の音が聞こえた。

 それはドンドンと近づいてきて、止まった。野次馬根性で窓から外を見ると、救急車が止まっていた。ボクの家の前で。

 急いで階段を落ちたものだから、あやうくボクも救急車の厄介になるところだった。

 母さんは担架に乗せられ、揺らさないように、ゆっくりと運ばれた。その動きには腹が立った。さっさと救急車まで運べよ!!

 頭痛の原因は硬膜下出血。頭のなかに血が溜まり、脳を圧迫。

 本来なら、あまりの痛さに救急車で搬送されるところが、強力な鎮痛薬の作用で気付くのに遅れた。

 父さんが怒鳴っていたのは、母さんの意識を繋ぎとめるためだった。

 その時にはまだ、母さんの意識が残っていたらしい。

 そのときボクは、布団の中で、父さんの怒鳴り声に文句を言っていた。


『京也。お前のせいじゃない』

 父さんは、慰めてくれた。――――けど。


 火葬場、母さんは持ち前の反骨精神を発揮して、なかなか骨壷に入ろうとしてくれなかった。

 若いから骨密度が高すぎるんだよ。形を残した白骨美人の骨を砕くのは骨の折れる作業だった。

 誰かに代わって欲しかった。でも、誰にも代わらせたくなかった。

 おかげで母さんの骨壷にはボクの鼻水が混ざっている。人間は、器用に涙だけを流せる生き物じゃないからね。――――母さん、ごめーん。


 四月一日。まだ春休み。

 二人家族の不味い朝食。忌引きの開けた父さんを見送って、何をするでもなく、テレビを見ていた。

 ゾンビが、渋谷のスクランブル交差点でスクランブルエッグになっていた。

『だから?』

 動く心の持ち合わせがなかったボクは暫くの間眺め続けて、それからやっと気が付いた。

 父さんは? ――――携帯、繋がらない。有線、繋がらない。会社のメールアドレス、わからない。

 どんな表情をしていたのか、どんな行動をとっていたのか、自分でも覚えてない。

 気が付けば荒れたリビング。……母さんが飾ったままの、枯れた花が挿してあった花瓶が割れていた。

 テレビの中では機動隊が展開し、ゾンビの波を食い止めていた。

「なんで自衛隊じゃないんだよ!! 撃ち殺せよ!! 全部なぎはらっちまえよ!!」

 怒鳴り散らしながら見守っていると、ゾンビが一匹一匹と捕縛されていった。

 拍子抜け、した。……映画と違って、機動隊の人達は優秀だった。


 父さんから自宅にメールがあって安心した。

『件名:一人で大丈夫か?』

『件名:re一人で大丈夫か? 本文:大丈夫だよ』

 件名に本文を書くのは父さんの悪い癖だ。


 母さんを喪っ……殺してから、止まって居た心がようやくになって動き出した。

 父さんまでは死なせない。絶対に、死なせない。

 ネットに咬みつき続けた。個人がアップしたゾンビ情報のサイトを見たり、世界中のニュースを見たりし続けた。

 渋谷で封じ込められたはずのゾンビがヨーロッパに飛び火した。アメリカ、ロシア、インド、中国にもだ。

 日本でも大阪でパンデミックが発生したその日、日本向けの石油タンカーが停止したことを知った。

 考え、調べ、動き、多少以上に法に触れ、家を要塞に作り変え、父さんを待った。

 自分ひとりなら、二十年は持つ予定。父さんが帰ってきたなら十年だ。

 アダムとアダムじゃ子供作れないな、どうしたものだろう?


 銃声、飛び起きた。時計を見ると真夜中だった。

 母さんが……死んだ日から、あまりよく眠れない。

 木崎の小父さん、小母さん、神奈姉、まもり、一瞬で頭に浮かび、外に飛び出していた。思えば手ぶらだった。武器の一つも持って出るべきだった。


 神奈姉、まもり、それからクラスメイトの氷川朱音。

 さすがに出てけとも言えず、治療して、なしくずしのうちに同居人になってしまった。


 悲鳴を上げて、ゾンビを呼ぶ朱音。その顔を前にするときは事前に十分以上の深呼吸が必要だった。

 怒鳴っても仕方がない。仕方がないどころか、状況を悪化させる。害意は伝播する。

 叫び声に反応して集まったのだから、声で追い散らせるだろうと考えて実行した。

 居なくなった隙にバリケードを張り、なんとか防ごうと頑張った。

 だけど夜毎に叫ぶ声がゾンビを呼び寄せて……まさか、人の力で鋼鉄製の板が歪むなんて思わなかった。

 ただの家壁なんてもっと脆い。

 家屋がボロボロになっていく中、氷川朱音が家を飛び出そうとしたとき、ホッとした。

 だけど、まもりがそれを止めた。そして、泣きながらお願いされた。

「京ちゃん!! 助けて!! お願い!!」

 いつのにやらぶっきらぼうに『京也』と呼ぶようになっていたまもりが、ボクに抱きついて、お願いした。お願い、されてしまった。

 用意はあった。クロスボウ。ボウガン。ゾンビを倒すための……Zに感染した人を殺すための武器。

 俺は手に取り、向けて、撃った。何発も、何発も。

 ゾンビの群れだって、無限のように見えても有限だ。殺し尽くせば良い話だ。

 なんなら一億とちょっと、全て殺してしまえ!! と、その当時は思っていた。

 ただ、その必要はぜんぜん無かった。ゾンビはゾンビを避ける性質があり、それを利用することで壁を作ることが出来たのだ。

 悲鳴を上げても聞こえない距離までゾンビを近寄らせなければ良いだけ。答えは簡単だった。


 一人で作業を続けた。危ないし、汚れるから。魂が。

 CDCの発表。ゾンビはゾンビではなくZ。太古の菌に寄生された病気の人間。

 積み重ねた壁の高さは罪を重ねた高さの証。


 ……色々あった。色々やった。物資の帳尻を合わせるために空き巣に入った。

 Zから逃げた人の家だ。だから、盗んでも良い? まさか、他人の家のものは他人のものだよ。俺は何処かの勇者じゃないぞ?

 だけど盗んだ。女性用の生理用品とか用意無かったしね。なんで腋の毛を剃りたがるんだろう?

 剃って欲しいけど。でも最近は、それもアリかなと思う。ドイツ女性は自然のままらしいよ?

 まもりが色気を出して脛毛が……なんて言うものだから、手伝ってやった。ダクトテープ。銀色のガムテープで、非常に強力な粘着性。

 綺麗に毛が抜けてまもりは喜びに咽び泣いた。蹴られた。だから股間はやめて。

 朱音がハーゲンダッツをご所望と言い出した。アレは年収二千万以上のブルジョワ層の食べ物だぞ?

 キャビア、フォアグラ、ハーゲンダッツって言葉を知らないのか?

 ……手に入れられない状況であることが、心理的なストレスに繋がると知っていた。だから、無理をしてでも手に入れてきた。


 世界はまだ安全だ、そう、演出した。


 人はパンのみに生きるにあらず。……生き残る事だけを考えていた俺の計画はガバガバだった。

 ワインは未成年だから飲めない。不味かったし。なんでアレをガバガバ飲めるのよ?


 神奈姉が増えた。まもりが増えた。朱音が増えた。宮子ちゃん、アザミさんも増えた。――――葉山誠司は判断保留。

 強盗が現われた。それを自衛隊がバカスカと攻撃した。Zは日々賢くなっていく。

 これから、どうなっていくんだろう?

 目立たず、騒がず、ジッとして全てが過ぎ去るのを待つ予定だったのに、大きく狂った。

 俺はいつになったら引き篭もれるのやら――――。


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