・四月十七日、少年保護デー
「生存記録、三百八十二日目。四月十七日、天候は晴れ。記録者名、田辺京也。
先日捕獲してきた人的物資は、それなりに快適に生きているようだ。
神奈姉の恋人ではないが、知り合いだ。
そのまま見捨てたなら悲しむに決まってる。それはちょっと嫌だな。
なので、物資運搬要員として連れて来た。あるいは奴隷だ。
食事が与えられるだけありがたく思え!!
そう宣言すると、
『ありがとうございます』
こう返されるのだからやりきれないし締まらない。
アザミさんに極悪な司令官の演技指導を受けたのだが、付け焼刃ではこんなものか。情けない。
あるいはカレーライスが良くなかったか。賞味期限切れのレトルトだと言うのに美味しそうに……あぁ、一人だけ辛そうに食べてたな。
どうだ? 通常よりも45倍美味いカレーの味は? 味覚がしなかっただろう?
誠司君に酷い事をするな! と、女の子たちが……約一名、四十代が混じっていたな。すこしだけ奴を見直した。
七人全てを女の子扱い、自分より年上も女の子扱い、四十代も女の子扱い、心もイケメンだなぁ。
……アザミさんも女の子扱いされると喜ぶのだろうか?
今度試して……みる度胸は無いな。逆に嫌われそうだ。
逆にオバさん扱いしてみたらどうだろう? ――――考えるまでも無い。鳥肌が立ったわ。
デパート内部における資材の搬入、途中からは葉山誠司も混ぜて行った。
……日が昇るまでが勝負だったからなぁ。
威厳と資源、重要なのはやはり後者だ。仕方が無い。
Zに対する基本的な姿勢は理解しているようだが、さすがに外での単独行が出来る錬度ではなかった。
そもそも、外に出ていないんだ仕方が無い。
今日は奴等の愛の巣の補強に勤めた。
指を引っ掛けられそうな部分はパテで平らに、鉄格子は内外に設けることにした。
一室をセーフルームに決定し、重点的に補強。高級金属板で内外を囲った。なにせ桐山さんちの高級車を解体したんだ、高級金属板に決まってる。
応接間に後部座席の特製ソファーを運び込んでやったときにはスッキリした。
家壁の強化には残り少ない発泡性素材を用いた。瞬間的に硬化し、ゴキブリの動きを止めるスプレー剤。分類は殺虫剤だが、個人的には壁材だ。……人体への影響は知らない。
Zが殴打する際の衝撃を分散させる効果がある。最後にシリコンコートを噴霧すれば完成である。
最近は自宅の強化が完了してしまったので、新しい家の強化もなかなかに良いものだ。
それぞれにコンセプトを変えて強化試験を行って見るのも良い。
デパートから持ち帰った資材で、ようやくZの操作網も完成した。
これでポチに苦労をかけることも無くなった。ご苦労だったな、ポチ……いや、引退はまだだよ?
赤外線受信装置……レーザー銃の玩具の的とスピーカー、太陽光パネルによる逐電装置のセットだ。
これを周囲の建物の上に太郎を操作して設置した。
その気になればZのマラソン大会だって行える。……今度、試してみようかな? 試さないけど。
人間に対する備えとしてのZバリアの集合装置。そして解散装置。
これで大半の有事に備えることができた。戦車と爆撃は、むーりー。
――――葉山誠司。人垂らしの好青年。たぶん善人。普通の世の中なら。
百人近い人間の中で、最後まで生き残った男。……なのに一欠けらも信用できない。
救援を屋上で待ち続けたと彼は手紙に書いたが、それは美談ではない。
彼を慕う女性達のために残ったと口にするが、女性達のために冒険を行う気はないらしい。
勇気ある者は外に出て死んだ。彼はそのお零れを待ち続けたのだ。繰り返すが美談ではない。
無自覚に自らを演出することが上手な男。これが彼に対する評価である。
なんでこんな男に女は引っ掛かるのやら――――やはり顔か?
……鼻毛、やっぱり出ていなかったな。
自然に生きていればどうしても出てしまうもので、身だしなみに気を使わなければ手が回らないところだ。
毎日、鏡を見てセットしていたのか? 女性受けを考えて? 大したものだ。
……強襲し、確認して正解だった。迎えにいくと伝えたなら合否が解らなくなる。
彼は、不合格だ。こちらの家に招き入れて良い人間ではない。
でもそれを四人娘に説明し、理解して貰えるだろうか?
神奈姉は、かなりシビアだ、解ってもらえるだろう。
まもりは、心配だ。上手く言葉で丸め込まれかねない。
朱音は、どうなんだろう? ……カッコイイ彼が欲しいとか書いてたしなぁ。
宮子ちゃん。うん、あっさりと騙されそうだ。あのおにいちゃんに近づいちゃ駄目だよ?
アザミさん。流石に男には懲りたようで、葉山誠司に対して不信感を募らせていた。口にするまでも無いようだ。むしろ、嫌ってる?
俺は、彼を、信用しない。信頼しない。背中は預けない。それだけは伝えておこう。
理想のパートナー、モヒカンくんはいずこに……」
◆ ◆
「田辺くん。判断の基準が鼻毛って、おかしくない?」
「おかしくない。ドッグフードを食べる生活をしながら身だしなみには気をつかってるんだぞ? それこそ異常だと思わないか?」
俺が熟考した結果なのに、女性的にはおかしくないことだったらしい。
武士は喰わねど高楊枝。女は喰わねど無駄毛処理。
いつ死ぬか解らないからこそ、常に美しくありたいのだそうだ……生意気な。
むしろ、衣食住に満たされながら、たまに飛び出す俺の鼻毛に批難の声があがった。
お前等も油断してるとき飛び出してるぞと口にすると、四方から侮蔑の言葉が投げかけられた。
……モヒカンくん。どこぉ?
「とにかくだ、俺は、女のためと言いながら玩具のトランシーバーで救援要請してただけの奴を信用しない。たとえ危険でも外に飛び出し、米の一粒でも持ち帰ろうとするのが女のためだろ?」
「京ちゃんは飛び出しすぎ。少しは残される人のことを考えて?」
神奈姉、それは酷いよ……。
「私は解らないでもないかな……。悪い人だとは思わないけど、信用もできない……かな? 要するに、他人の力をあてにしてばかりの人なんでしょ?」
「まもり……熱でもあるのか? 急に頭の良いことを言って」
「ねぇ京也、信じて欲しいの? 欲しくないの? 殴って欲しいの?」
アザミさんは色々と悩ましげに考え込んでいる。……色っぽい。
……女のために食料を取ってくる男というものに、良いイメージが無いんだっけな。
失言だったかもなぁ……食料と、生活の、等価交換は奇麗事じゃ無かった。
「田辺くん、もっと他に何かないの? 決定的に信じられそうな言葉」
「黙って俺について来い」
「解った、そうするね。ちゃんと責任とってね? 不束者ですが、末永くよろしくお願いします。子供は二人? 三人?」
「朱音ちゃん? 氷川朱音さん? ちょっと、調子にのってないかな~?」
駄目だ、男女比が偏った弊害だ。助けてモヒカンくん!!
なにか、なにか……。
「あぁ、そうだ。道具だ」
「京也さん、何か思いついたんですか?」
「食料が底を尽きたら皆で移動するって手紙には書いてあった。でも、何の武器も用意してなかったんだよ。デパートにはあれだけの資材がありながら、何一つZの対策をしてこなかったんだ。インターネットはあった、なら、Z対策の一つもしてて当然なんだ」
「バリケードも無かった、ですね」
アザミさんが補足してくれた。
ただ、デパートという良い立地に恵まれ、ただ、資源を浪費し続け、確定された終わりを想定しながら足掻かなかった。
既に終末の世界でありながら、終末に備えなかった。
危機の最中にありながら、玩具を片手に平常のふりをし続けてた。
正常性バイアス、だったっけ。脅威がそこにあるのに、ないふりを続けて心の安定をはかる心理学の用語。
……テスト前には掃除をしたくなる、あれか?
そういう、ことだったんだな。
平和な世界で危機のフリを続けるプレッパーズとは正反対の人。
どうりで爽やかな好少年風味なのに嫌悪感を感じるわけだ。……決してイケメンハーレムに嫉妬したわけじゃない。
「簡単に纏めよう。自力でハーゲンダッツをとって来れない奴だ。大した奴じゃない。だから信用するな」
「……田辺くん、基準おかしい」
「じゃあガリガリくんとパピコも追加で」
まもりと神奈姉が頷いてくれた。しぶしぶながら朱音も。
女の信用を得るには花より団子なんだなぁ……。
そういえば、アザミさんの好きなアイスって何なんだろう?