・木崎まもり 15歳、誰のせい?――――。
京也が変わっちゃった。誰のせい? ――――全部、私のせいだ。
私が朱音ちゃんの手を掴んだとき、全てが変わっちゃったんだ。
あの時はとっさのことで、助けようとか、そんなことを考えてなかった。
朱音ちゃんにはお礼を言われたけど、ちょっと気まずい。
逃げ出して、京也が待っててくれて、抱きついたら放り投げられた。酷い! 殴るぞ!
でも怒る前にビックリした。京也の目が、とっても真剣だったから。
後になって謝ってくれたから許そう。ガリガリくんもくれたしね。しかも二本。
……こんなことしてる場合じゃない。口で言ってる時間も惜しい。だから玄関に放り込んでくれたんだってさ。ちょっと乱暴だよね~?
私だって、お姉ちゃんほどじゃないけど女の子なんだからさ~。
ちょっとは気を使ってくれても良いんじゃないかなぁ? 京也のバカ。
お風呂場で、足の裏を消毒してくれたのに、蹴っちゃったのはゴメン。
蹴った私が自分で泣いて、驚かせてゴメン。消毒も痛かったけど、蹴った足の裏も痛かった。
それからガーゼをしてくれて、包帯を撒いてくれて、抱っこしてくれて、ソファーまでお姫様。嬉しかったよ~。
――――夜中、朱音ちゃんが急に大声で謝り出した。ごめんなさい、ごめんなさいって。
ビックリして、部屋に入って慰めた。でも、止まらなくて、そしたら……京也の家がゾンビに囲まれてた。
家中がドンドン、バンバンって叩かれて、怖かった、泣きたかった。
なのに京也はすまし顔で、頭を撫で撫で……嬉しいけど意味不明。もしかして、私を落ち着かせようとしてくれてたり?
意味不明すぎて落ち着いたけど。
次の日、ポチって名前のラジコンを飛ばしてゾンビを追い払ってくれた。
でも、次の日もゾンビはやってきた。――――朱音ちゃんがまた叫びだしたから。
京也はゾンビを追い払って、それから家の周りにバリケードを作り始めた。
でもその途中、ゾンビに襲われた。
京也は予想してたのか網を投げてゾンビから逃げた。昔っからズルイ手ばっかり使うよね? 見ててハラハラしちゃった。
バリケードは作るたびに壊された。作ってる途中、京也が何回も襲われた。
京也が実はとっても危ないことをしてるって解った。
朱音ちゃんが毎日のようにゾンビを呼んで、その度に京也が追い払った。
京也は平気そうな顔してた。簡単に追い払えるんだから大丈夫だよって笑ってくれた。
でも、ほんとに大丈夫なら京也はバリケードなんて作らない。
外に出してくれないから良く見えなかったけど、二階の窓から見える家の壁や金属の板がボロボロになってるのに気付いちゃった。
朱音ちゃんも気付いた。
押入れに入れたり、口を塞いだりしたけど、朱音ちゃんは暴れてどうしようもなかった。
一体でもゾンビが気付くと、それが京也の家を叩いて仲間を呼んだ。
その度に家は壊れて、どんどんボロボロになって……朱音ちゃんは自分から家を出て行こうとした。
私は必死になって止めて、京也にお願いした。
朱音ちゃんのことを助けてってお願いしちゃったんだ……。
その日から、家の状況はどんどん良くなっていった。
その日から、京也の顔から笑顔が消えた。
ご飯になっても出てこないから京也の部屋まで呼びにいくと、京也が変な形の弓を見てた。真面目な顔でじーっと見つめてた。
後になって知ったけど、ボウガンって名前の弓らしい。
京也がそれでゾンビをバッタバッタと撃って倒して、めでたしめでたし――――とはいかなかったんだよね。
私はゾンビって呼んでた。京也はZって呼んでた。一緒だと思ってた。
お姉ちゃんから聞いた。ゾンビの正体はゾンビじゃなくて、病気にかかった人間だって。
……私はゾンビ映画を知ってたから、すぐにゾンビだ悪者だ……って、簡単に考えてた。
京也は違った。だから、悩んで、悩んで、それから弓を使った。
――――私が朱音ちゃんを助けてって言っちゃったから。
ゾンビたちの姿をよく見てみたら、近所の人たちばかりだった……。
それを京也は弓で撃って、山積みにして、バリケードを作って……朱音ちゃんを助けてくれた。
でも、あの日から、一度も笑ってくれなくなった。
笑顔は見せてくれる。私たちを安心させようとして作り笑いを見せてくれる。
朱音ちゃんは気付いてない。でも、付き合いの長い私達にはわかっちゃう。
京也の笑顔って、もっとホントはだらしがないんだよ?
なんていうんだろう、舌を出した犬っぽい? 口をあけて、舌を出して、犬みたいに笑う。
今は、歯を食いしばるような顔で頬だけ上げて笑ってる。
もしも、あの日、朱音ちゃんの手を掴まなければ、京也は今でも笑ってた。
ゾンビは怖いけど、静かにしていれば大丈夫だったから。
京也は外に出してくれない。お手伝いもさせてくれない。ゾンビはゾンビじゃなくて、Zだから。
あの弓は撃ちやすくて、きっと私でも当てられる。だから、持たせてくれない。
さすまたとピッケルを持った京也の姿は笑えるけど、あれが強いんだってことは解った。
正拳突きじゃ倒せない……殺せない。さすまたで動きを止めて、ピッケルで……。
二人なら簡単。一人じゃ危険。でも、手伝わせてくれない。……Zだから。
アザミさんと宮子ちゃんがやってきた日から、何日か京也が帰ってこなかった。
京也の誕生日だったから、お祝いして、喜ばせようと頑張ってたのに。
ケーキも作って……ほかに、なにかしたっけ?
宮子ちゃんと一緒に折り紙で飾りつけした! あの折り紙、どこからでてきたんだろ?
それから凄く心配して、心配して、帰ってきた京也の顔は、とっても酷かった。
いつもの通りに接してあげてって、お姉ちゃんが言ってなかったら、私、きっと泣いてた。
でも、いつも通りにやりすぎた。
いつの間にか正座させて、説教モードに入って、京也がとぼけて……お姉ちゃんが部屋の隅で笑ってた。
お姉ちゃん? ちょっとは頑張ろうよ?
それから、お姉ちゃんが……その、アレで……エッチなことで、京也を慰めようとした。
なのに、お姉ちゃんが爆笑しちゃって台無し。ねぇ、お姉ちゃんホントに何したかったの!?
もしもゾンビが居なくなったら、また、京也は笑ってくれるのかな?
犬みたいに、舌を出して、だらしなく笑ってくれるのかな?
……お願い笑ってって言ったら、笑ってくれないかな?
ごめん、京也。ぜんぶ、私のせいだから。京也、お願いだから犬みたいに笑って?