・四月十六日、ボーイズビーアンビシャスデー
「生存記録、三百八十一日目。四月十六日、天候は晴れ。記録者名、田辺京也。
博士は言った、ボーイズビーアンビシャス。少年よ、大志を抱け……。
あれって、外国だと『まぁ、がんばれよ』くらいの意味しか無いんだってね。
北海道の時計台、あそこほど残念な観光名所はないよねー。
母さんをガッカリさせたお前こそ大志を抱けよ。目指すは札幌一の高さ。
どうせなら、ビルを建てて、その上に移設しちゃえば良いんじゃないかな?
新しい札幌の新名所が二重になってカッコいいじゃない?
久しぶりの晴れだ、ようやくお日様の下に出られる。
感覚、忘れてなければ良いけど。――――Zは二階の窓からでも襲ってくるからなぁ。
元気すぎるよ。それが寝たきりっぽい、おじいちゃんだったときにはビックリしたわ。
なんとかZの有効利用が出来ないものか考える。やはり発電機か?
ゾンビ馬車は失敗したみたいだね。御者の方に襲いかかってたわ。
それは乗る前に解れよ」
ヘッドセットを置き、目を閉じて、深呼吸、一つ、二つ、三つ。
五十を数える頃、自分のイビキで目が覚めた。やりすぎはいけない。
◆ ◆
久々の晴れなので、ようやく通常の業務に戻れる。
壁にかけたホワイトボードも賑やかになったものだ。
『欲しいものリスト
田辺京也 :優しい妹 ←キモイ! ←みやこは? ←おにーさまって呼んで? ←やだっ!!
木崎かんな:優しい妹 ←許しません ←私も ←みやこも!
木崎まもり:正直な姉 ←ごめんってば。でも楽しかったでしょ? ←許しません
氷川あかね:カッコイイ彼氏 ←ガンバ♪ ←その言い方、神奈さん反省してませよね?
戸部みやこ:かわいいおようふく ぬいぐるみ くまさんの ぺんぎんさんも ぶらじゃー
戸部あざみ:(ブラジャー)』
賑やかだ。どこで手に入れてくれば良いのか解らないものばかりだ。
アザミさん、恥ずかしそうに小さな字で書いてあるけど、それが余計に生々しいことに気が付いてますか?
いやらし本は堂々と買えばいやらしくないんですよ?
下手に隠すから、むしろそれがドキドキして良いですよね。それが男の醍醐味と言うものですよ?
しかし、96式装輪装甲車は便利だ。
多少、横腹を擦るくらいで道を曲がれる。
空撮した写真を並べた地図に従えば放置車両も避けられるので、今まで辿り着けなかった遠方にも安全に足を伸ばせる。
問題は、片付けられない男と地図が読めない女だ。
「今の道、左で良かったんでしょうか?」
「ええ、良くないのでバックしましょう。曲がるのは次の道になります」
バックして戻り、左折して再出発。
「それでは逆走なのでUターンしてください」
「……ごめんなさい」
男と女の脳の作り、そして、車体の長さと幅、便利な車は実に不便だった。
Uターンまでに五分を要した。
登場口が後ろと上というトリッキーな組み合わせも良い。
サンルーフが一杯だ。そして何より、上部が平面に近いところが素晴らしい。荷物が乗せ放題である。装甲車というより、もう背の低いトラックだなこれ。
そして今日はさらにもう一つ、素晴らしい工具を用意しておいた。
工具、81mm迫撃砲 L16。
有効射程、100mから5.5km先までを狙える建築物の解体にはピッタリの工具だ。
「ポチッとな」
自宅の二階にドンと設置かれた81mm迫撃砲は窓から夜空を眺めていた。
手製の自動装填装置から砲筒内に砲弾挿入。底面に用意された激針に砲弾が触れると発射薬が起爆。爆風に押し上げられてラグビーボール様の砲弾が空を舞った。
狙い通り直撃。どこかその辺に。
大きな爆発音に全力ダッシュを始めるZを尻目に、装甲車はデパートの玄関口からガラスを突き破ってダイレクトな入店。さすがは八階建ての総合デパート。玄関口もバリアフリーで広かった。
ガラスの割れる音、装甲車のエンジン音に反応するZも居たが、二度三度と続く爆発音がそれを無視させた。
大は小を隠す。音に関しては特に。
無事に入店完了。噂によればこのデパート。すでにZは駆逐されているらしい。
つまり、物資の山だ。宝庫だ。京也は身支度を整え、後部ハッチを開いた。
その出で立ちは完全戦闘形態。迷彩服。ヘルメット。防弾チョッキに篭手。そしてアクリルのシールド。消音装置付きの89式5.56mm小銃。89式多用途銃剣。肩部には左右にマグライト装備。さらに背中にもシールドを改造した亀甲羅。
……救助に来たわけではない。京也は彼を捕らえに来たのだった。
◆ ◆
葉山誠司は無謀にも金属バットを片手に重武装の不審者の前に立ち塞がった。
「……ど、どなたでしょうか?」
突然の来訪者に不信を感じながらも、救援者ではないかという都合の良い夢をみてコンタクトを図り、そして希望を失うこととなる。
彼は救援者などではなかった。
「うるさい。質問するのはこちらだ。キサマの官と姓名を名乗れ!!」
京也がドスの効いた声を出そうとして失敗した。そしてノリがおかしい。
16歳である京也の声は太くない。貫禄がつくにはまだまだ時間が必要だった。
「名前は、葉山誠司です。官? ……職業は学生です。」
確かにイケメンであった。そして、デパートには七人の女性。
なにがどういう関係であったかなど、手に取るように京也には解った。
さらに付け加えるならば、一瞬たりとも神奈姉の心を惑わせたこの男が許せなかった。
「よし!! キサマは手錠を嵌めてついてこい!!」
放り出された手錠を素直に嵌める誠司。銃の先でつつきながら装甲車へと連行する。
そして足にも手錠を嵌め、イモムシ。完全に無力化。京也はその無様に頷いた。
「おい! 女ども! 降りてこい!! 居るのはわかっているんだぞ!! この雌ブタどもが!! 降りてこなければコイツを撃つ!! お前等の大好きな股間をだ!!」
その凶悪無比な脅しに屈した女性達が姿をあらわした。
誠司が隠れてと指示を出した女性達であったが、誠司の危機とあっては姿を現さざるを得ない。
「では、黙って俺に着いて来い。俺が指示したものを車まで運ぶんだ。お前達がな!」
首を振ってアザミの姿を確認させる。反抗は、誠司の死に繋がるぞと伝えた。
運搬は楽だった。誠司を人質に取られた女性達が健気にも従う。
玩具、ぬいぐるみ、生活雑貨、家電商品、洋服や下着まで、96式装甲車の上部物置に収納された。
七人の女性、下は十代前半から上は四十代までに手錠をかけて後部ハッチから放り込む。
そして装甲車によるダイレクトな出店。来た道を迷子になりながら、自宅への帰路へとつくのであった。
流石は八階建ての総合デパート。その物資は一晩かけて運び出してもなお余る勢いであったし、実際に余った。
捕縛した彼等の住まいは三軒隣、元は杉下さんのお宅である。
朝から一階の窓に鉄材の補強を入れ、二階へ届きそうな軒などは軒並み破壊した。
もともとが立方体に近い、今時の高気密高断熱住宅であり、作業は順調に進んだ。
二階の窓にも即席の鉄格子が仕込まれ、勝手に出ることは許されない。もちろん、勝手に入ることも許されない。
玄関の扉には鍵が外から掛けられ、内側から出ることは敵わない。
……つまりは、家と言う名の監獄であった。