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少年Z  作者: 髙田田
四月・上
20/123

・四月十五日、遺言の日

「生存記録、三百八十日目。四月十五日、天候は曇り。記録者名、田辺京也。

 宇宙生物ひまわりの観測では、ようやくこの雨雲は去るようだ。

 SOS信号に関して、救援の会議は開かなかった。

 救いを待つ人間が居ると知ること、それを知りながら見捨てること、どちらも後をひく問題だからだ。

 恋人である神奈姉には知る権利があると思った……ら、無かったよ!!

 どこまでも俺をおちょくるのが好きな人だな全く!! 大好きだよ!!


 つい先日、五人の女性達を見捨てた。

 そんな俺が、こんどは八人を助けに行く?

 ……ありえない。らしくない。

 防衛省には住所と人数をメールして、とっくの昔に知らせた。半年前に送ってある。

 それでも自衛隊に動きが無いということは、そういうことなんだろう。

 工作機械を失い、燃料を失い、新しい生産設備が完成するまでは無駄な動きはとらない。

 そもそも、新しい生産設備を建造できるのだろうか?

 東北の方では石油の掘り出し、北海道では石炭採掘が始まっているそうだ。

 ダムと原発のある地域は強く、自ら水素燃料を作り出しているらしい。

 日本の未来は明るい――――という、政府広報を鵜呑みにして良いものか悩ましいね。

 実験室の規模ならともかく、プラントとなるとそう簡単には出来やしない。

 機械を造る機械が無い。

 機械整備と機械製造の間にはとんでもなく深い溝が横たわっている。

 ネジを締められる事とネジを作れる事は次元が違う。

 アザミさんに聞いてみた。うちにもボイラー作れますか? 答えは作れません。そんなものだ。


 下手に通信もしなかった。

 下手な希望をもたせることは、罪悪だ。

 自分達の窮地を知りながら助けに来ない奴は悪人だ。なんて、感情の波に飲み込まれてしまった人のことを覚えている。

 毎日続く罵詈雑言に、俺は無線のチャンネルを切り変えた。

 その人の安否は知らない。二ヶ月ほどしてからチャンネルを戻すと無音だった。

 きっと、喚き散らすとカロリーが無駄に消費されてしまう事に気が付いたんだろう。

 カラオケダイエットなんてものも昔々にはあったらしいしね。


 たった1kmが遠い。こっちはたった100mの陣地で手一杯なんだよ。

 俺は超人じゃないんだよね。Zくん、強すぎ、多すぎ、哀しすぎ」


 ◆  ◆


 いつもの、何の期待もしていなかった玩具のトランシーバーの通信に返信が入った。

『聞こえますか? あなたがたの救援要請を捉えました。ボクには貴方達を救う手段はありません。失望しないように先に申し上げて起きます。それでも構わなければ通信を続けます。この通信はそちらのレシーバーにも届くよう、かなりの電力を消費するため、長時間の通信が出来ない事も先に申し上げて起きます』

 喜びの声が上がる前に、希望が打ち砕かれた。

 正直すぎる。馬鹿正直すぎる通信相手の声は若い。たぶん、同世代だ。

 通信しても、こちらに失うものは無い。向こうは貴重な電力を消費して通信してくれているんだろう。

 玩具のトランシーバーに届くだけの大きな電波なんだから、きっと本当のことだ。

 ――――よし、話そう。

「はい、こちらは葉山誠司と申します。返信、ありがとうございます」

『こちらは田辺京也です。安全のため所在は明かせませんが、貴方がたの所在からそれほど離れてはいない距離に住んでいます。消費電力の関係上、ボクにできることを手短に伝えます。飛行ドローンを利用し、貴方がたの遺……手紙を拾うことが可能です。近隣であれば、それを届ける事も可能でしょう。多くのものは運べませんが八人分の手紙程度なら十分に搭載できます。この支援を望みますか? チャンネルを開いた状態で返答をお待ちします』

 残酷だね。……だけど優しい人だ。

 自殺しちゃった人が遺書を残した気持ちは解らなかったけど、こんな時に書きたくなるんだろう。

 なにか、一つだけでも、この世界に残したい。誰かに自分の思いを知っておいて欲しい。そんな気持ち。

「……ありがとう御座います田辺さん。その支援、お受けします」

『解りました。では、しばらく待ってください。三十分も掛かりません』


 返信の通り、十分もしないうちにそのヘリコプターはやってきた。

 人は乗れそうにないが、巨大な六枚羽のラジコンが屋上に降りる。

 吊り下げられた箱には八個の缶詰と、手紙が一通。

『頑張って、生きてください。缶詰と同等程度の重さまでなら耐えられます。手紙を乗せたなら連絡をしてください。お待ちしてます』

 これが最後の贅沢になるんだろうな。

 乾パンの缶詰の中には飴も入っていて、女の子達は久しぶりの甘いものに喜んだ。

 顔も知らない相手だけれど、感謝していただいた。

 心の底からいただきますをしたのは、人生で初めてだ。

 手紙……遺書、皆がこぞって思い悩み、文字を書き連ねて箱に戻した。

 手紙と言うよりも紙の束になってしまったけれど許して欲しい。缶詰よりは軽いだろうから大丈夫だと思いたい。

「田辺さん、聞こえますか? 乾パンの缶詰、ありがとうございます。大事に食べさせてもらいます。手紙は載せました、いつでも発進OKです」

 丸一日、こちらの連絡を待っていてくれたのだろう。

 無線での返事はないままに六枚羽のヘリコプターが上昇し、もときた方角へと飛び去っていった。

 空を飛べばたった十分の距離しか離れていないのに、とてもとても遠く感じる。

 人も空を飛べたなら良かったのに……。


 ◆  ◆


 虎の子の大型ドローン、太郎が持ち帰った包みを開ける。

 容赦の無い手紙の束。たった八人分のはずなのに百通はあるんじゃないだろうか?

 送り先が不明なものも多く、手紙の内容を読んでようやく理解した。

 免許証。学生証。保険証。デパートの中でZと戦った、戦士達のドッグタグだ。

 遺族が居たなら、渡してやって欲しいとのこと。このイケメンさま、無茶を仰る。


 百人近い人々が最初は居た。そしてZと戦った。

 デパート内のスポーツ用品店から金属バットを持ちだし、侵入してきたZの頭を砕いて倒した。

 噛まれた仲間がZになる前に、その頭にバットを振り下ろした。

 バットだけじゃない。ゴルフのアイアン、ドライバー。金属パイプの椅子まで使って応戦した。

 最終的には勝利し、残った人々は三十強。……善戦だ。一人一殺の戦士達に敬礼。

 Zは人に噛み付くと動きが止まる。だから、それを他の誰かが殴った。そして、噛まれた仲間もZになる前に誰かが殴った。

 デパートの一階は死骸の山となり、彼等は上層で息を潜めて生活を続けた。

 デパートというところは面白いもので、地下に食品売り場が集中している。

 最初のうちはそれを食いつないで生きていた。

 だけど、一年という期間は長い。

 ものは足りず、食品は腐る。缶詰や保存食も無くなって犬の餌や猫の餌にも手をだした。

 耐えられず、闇夜に紛れ、近くの店に食料を求めて出た人間も多かった。戻らなかった。……腐敗臭に近寄るZの習性だろう。

 精神を病んで、屋上から身を投げた女の人も出た。……デパートの屋上は高かっただろうな。

 葉山誠司は玩具のトランシーバーを片手に毎日、屋上で救援を求め続けた。

 いつ返答があっても良いように、雨の日も風の日も屋上で待ち続けていたらしい。

 インターネットを家電製品を扱うテナントのなかで見つけ、警察や自衛隊にも助けを求めた。

 返答のメールは無かった。……そうだよ、都市部はもう見捨てられているんだよ。

 そのうち、色んなサイトを見て、自分達は見捨てられたのだと理解した。それでも救援を求めることしか出来なかった。

 本当に助けが来るとは思ってない。

 ただ、残った七人の女の子達に希望を与えるために通信を続けた。玩具のトランシーバーでだ。

 本当に返信が入ったときには驚いたらしい。

 嬉しかったけど、助かったと思う前に釘を刺されたのは参ったそうだ。……期待、させちゃ悪いからね。

 乾パンは美味しかった。中の飴は久しぶりに自分達が人間だということを思い出させてくれた。

 これを食いつなぎ、次の雨と夜を待って、どこか近くの店に移動しようと思う。……か。


 ――――生き残れたのは、知らぬ間にZの防御線を構築していたから。

 ――――外に出たものが戻らなかったのは、腐敗臭にZが引き寄せられていたから。

 ――――夜と雨を待って、近くの食料品店に近づけば……全滅だよ?

 ドッグタグ、これは数が多すぎだよ。

 届け先が多すぎる。面倒くさいしドローンが消耗する。それは困るんだよなぁ……燃やすか?


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