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少年Z  作者: 髙田田
四月・上
19/123

・四月十四日、SOSの日

「生存記録、三百七十九日目。四月十四日、天候は雨。記録者名、田辺京也。

 朱音が周辺Z達の苦情がうるさいと文句を言ってきた。

 ヌイグルミのように抱きしめられ続けの宮子ちゃんが、トイレまで付いてきて限界と弱音を吐いた。

 クァッドコプターのポチを飛ばせと言うのだが、ポチは体の弱い子なんだよ?

 こんな雨の中を飛行すれば風邪をひいてしまうかもしれない。

 それでもお願いだと宮子ちゃんに懇願された。いい加減、朱音が鬱陶しいようだ。

 どこまでも迷惑をかけるハーゲンダッツ娘である。

 その点、神奈姉とまもりとアザミさんは静かなものだった。

 神奈姉は趣味の読書に耽っているし、まもりはヘッドホンをしてゲームの中でゾンビを殺している。……いや、すぐ外に居るんだけど?

 この一年で随分と神経が太くなったものだ。

 Zが包囲するたびに、俺にしがみ付いてきた乙女達が懐かしい。

 神奈姉がそっと、服の裾を握ってくるのには萌えた。

 抱きつかれるよりも、奥ゆかしくて、萌えた。

 アザミさんは、自室でなにかをしている。宮子ちゃんの話では布団のなかに包まっているらしい。

 こんな状況でもお昼寝がとれるなんて、母は強しだなぁ。

 うちの母さんならどうしただろう? ……工具のキャリバー50でZ達の抗議に抗議を返したはずだ。桐山さん家にも萎れた野菜を手に怒鳴り込んだしね。


 宮子ちゃんが泣きそうなので、ヘリウムガスの風船を飛ばした。その下には使い捨てスマホ。

 着信音は宮子ちゃんの心からの叫び、『助けてー!!』である。単四電池の付属アンプがスピーカーへの信号を増強してくれる。

 風船の浮力とスマホの重量をピッタリ同じにするのは地味に神経を使う作業なのだが、女はそれを解ってくれない。

 浮力が勝りすぎれば際限なく上昇して音が届かなくなるし、重量が勝りすぎれば地面に落ちてしまう。

 クリップを一本一本足し算引き算を重ねて、わずかに浮力優勢の状態で飛ばしたSOS信号はZ達を遠くに連れ去った。

 うちへの抗議よりも子供を助けることを優先したらしい。Z達にも優しさはあった。

 方向を選ばないのなら、風さえあれば、Zを遠ざけることは簡単だ。

『どうして、今まで使ってくれなかったの!? 酷いよ田辺くん!!』

 期待道理に周辺Zにお引取りを願ったと言うのに、何故か怒られた。

 ヘリウムガスは有限だ。

 風船だって有限だ。

 そして朱音の悲鳴は無制限。使えなかった。……スマホが今みたいに使い捨てじゃなかったからね。

 物資残量を無限で計算する朱音には理解できないだろうから、貴重なハーゲンダッツで誤魔化しておいた。

 ……宮子ちゃんも怒っていたらしい、二つ目を奪われた。

 まもりも怒っていたらしい、ガリガリされた。

 さすがに神奈姉は怒ってないだろうと思ったら、パピコを要求された。

 でも、仲良く俺と半分こしてくれたので、やっぱり他の女とは一桁違う。

 昔から半分こしてくれる優しい乙女だったなぁ……。二人で食べるパピコは愛の味がした。具体的にはコーヒー牛乳っぽい味……パピコって何味なんだろ? パピコ味?


 ――――やはり、Zの行動パターンはおかしい。

 周囲にいくらでも家はあるのに、必ずこの家を包囲する。

 発射位置を特定するための光も音も匂いも無いはずなのに。

 なんど遠方に追いやっても、必ず周囲に戻ってくる。

 映画のなか、ショッピングモールに習慣で集まるんだなんて馬鹿げた推理が存在したが、習慣で動くならZは自宅に帰るはずだ。

 人が居そうな場所をかぎつける何かを持っているのは確かだ。それが今回の実験で証明された。

 五感に強い刺激を与えたならば、それが優先されるけれども、刺激の少ない状態では……まさか理性が働いているのか?

 ショッピングモールに集まるのは、そこに人が居そうだから、なのかもしれない。

 彼等は人に何を求めて近づくのだろう?

 ……救い、なんだろうか?

 Zに肉体を支配され、それでも意識が残っていたなら、それは生き地獄に違いない。

 ――――完全に希望的観測だ。――――自分が犯した行為を正当化する詭弁だ。

 そもそも、殺して欲しいなら襲ってくるなよ。……襲ってこないなら殺しもしないけどね。

 Zに関する経過観察を引き続き行う。

 ただ、人の心でさえ解らないのだ、Zの心が解る日が来ることもないだろう」


 ◆  ◆


『誰か、聞こえますか? 聞こえていたなら返事をください。救援を求めます。誰か、返事をしてください。もう、食料も底を尽き、救援が必要なんです。どうか、返事を……誰か……お願いです……』

 常に周波数は同じだった。

 アナログ、それもかなり弱弱しい電波。こちらのアンテナが高感度でなければ拾えないほどの微弱な信号だった。

 それをアンプにかけ、ノイズを取り除いて、やっと言葉として認識できるレベル。

 おそらくは、玩具のトランシーバーか何かだ。さすがはメイドインジャパン。玩具でも気合が入っている。……もしかするとメイドインチャイナ。


 彼等の存在はずっと前から知っていた。

 ただ、近づく手段も、助ける手段も持ち合わせが無かった。

 まさか、徒歩で命を懸けて食料を届けにいくわけにもいかない。自宅に招くわけにもいかない。

 人数は八名。うちはそんなに広くない。そして何より、それをする意味が存在しない。

 距離にして南東に3km。それほど遠くは無い。

 東京の秘境、奥多摩と渋谷ですら直線距離なら55kmほど。実は徒歩の移動でも13時間しかかからない。かなり健脚でペースが落ちなければの話だが。

 Zが徘徊する現在、徒歩での移動は夜間でも時速1km。直線で三時間、道のりなら四時間。荷物を持てばさらに遅れる。

 Zに慣れた、いや、慣れては居ないが、世界に馴染んだこの俺での計算だ。

 それも、確実に安全な移動とは言えない。二体以上のZに同時に発見されたなら、八割がた俺の敗北。

 八人を連れ、ぞろぞろと移動したなら八十割の確率で必ず発見される。

 救出方法が無い、輸送手段が無い、それが強みだった。先日までは。

 だから、言わなければならないんだろう。

 ……言わないと、男らしく、無いよな。


「神奈姉、ちょっと二人だけで話があるんだ」

「襲わない?」

 それはこっちの台詞だよ。

 ごちゃごちゃとした俺の部屋を見て、男の子の部屋ねぇと母さんみたいなことを口にした。これでもどこに何があるのかちゃんと解ってる。いやらし本は天井裏だよ? 果たして見つけられるかな?

 ……それすら母さんは見つけるのだから困ったものだ。

 どこまで息子を辱めれば気が済むのですか?

 なので、堂々と机に飾ったら、ちゃんと隠しなさいって怒られた。女は理不尽だ。


「あのね、神奈姉の……恋人の……葉山誠司さんね。生きてる。3キロほど南の大型デパートの中で救助を待ってる。食料、尽きたんだって。ドッグフードも食べ飽きたそうだよ」

 言っても仕方が無い。助けに行ってと言われ、心中するのはゴメンだった。

 だから、今まで伝えられなかった。

 今は、口に出来る理由が出来てしまった。……もしも神奈姉が望むなら、動かなければならない。

「……そっか、先輩生きてたんだ。良かった」

 予想外に淡白な反応。

 丸一年越しになる恋人の生存報告に喜んで泣くか、黙ってたことを怒るか、二つを想像して身構えてたのに。

 前者は心が痛くなる。後者は頬と心が痛くなる。

「京ちゃん? 私も話があるの……。実は――――先輩は恋人じゃないんだよねぇ~。ごめんね?」

 ペロっと舌を出す仕草がとっても可愛い。

 男なら、誰でもこの仕草でコロッと、意味不明だよ!!

「なにそれ!? どういうこと!?」

「先輩は学校のアイドルみたいな人で、財布のなかの写真は捨てるの忘れてただけなんだー」

「……じゃあ、いっつもしてたデートの話は?」

「う~そ~で~し~た~。考えるの大変だったよ? 毎日毎日、小説のなかからネタを拾って、私、頑張った。偉い偉い。褒めて良いよ?」

 神奈姉なの? 目の前のこの人、神奈姉なの?

 ……間違いなく神奈姉だ。昔からそういう人だったよ!! 男心を弄んでからかう魔性の乙女だったよ!!

「神奈姉……ちょっと付いてきて」

 一人では危険なので、リビングでジェンガという名のビル解体を楽しむ三人娘に協力の打診。

 神奈姉の詫び正座なんて初体験だ。

 まもり、朱音、宮子ちゃんが冷たい目で神奈姉を見つめている。

 なぜだか宮子ちゃんが一番怒っている。一番容赦が無い。子供ゆえの残酷さと言う奴か。

『神奈おねーさま、大人だ! デートかっこいい! 大人のデートの話もっとして!!』

 宮子ちゃん、神奈姉の恋話を聞くたびに瞳をキラキラさせてたからなぁ……。

 それを横で聞く俺の瞳はどんよりと曇って……いいぞ! もっと言ってやれ!!


「妹を相手に、ついつい見栄を張ってしまいました。ごめんなさい」

「姉を相手に、ついつい怒りを感じてしまいました。ゆるしません」


 今日を境にして、家のなかでの女の序列が変わるんじゃないだろうか?

 丸一年。恋話という娯楽を提供し続けていたはずの神奈姉が、泣いた。

 女同士って、本当に容赦ないんだなぁ。言葉の棘が聞いてて痛い。そして逆ギレ。乱闘。

 神奈姉は合気道を習っている。まもりは空手を習ってる。朱音は知らないが、数の暴力は技に勝る。宮子ちゃんはトリックスター、背後からカンチョーを……それはやめてあげて?

 アザミさんは、なんだか眩しいものを見る目をしてた。

「若いって良いなぁ……」

「その発言、おばさん臭いですよ? アザミさん、まだ二十代じゃないですか。あと何ヶ月かは」

 あと何ヶ月が余計だった。睨まれた。怖い。


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