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少年Z  作者: 髙田田
四月・上
18/123

・四月十三日、決闘の日

「生存記録、三百七十八日目。四月十三日、天候は大雨。記録者名、田辺京也。

 乾パンの缶詰。

 開けずに残しておきたかったのだけど、なぜだか宮子ちゃんが食べたがった。

 宮子ちゃんは慣れた手つきで乾パンの缶詰を開き、なかの氷砂糖だけを取り出した。

『あとは京也くんにあげるね!!』

 宮子ちゃんはフリーダムだ。ありがたく甘味を失った缶をいただいた。敗北者の味がした。

 アザミさんが俺に遠慮してオロオロしていたので、『普通に叱ってもらっても良いんですよ』と助勢しておいた。

 叱られるのは随分と久しぶりだったのだろう。

 叱れる状況も随分と久しぶりだったのだろう。

 大声を出せる環境は都内に数少ない。俺の知る限りでは、この自宅だけだ。

 お尻を叩かれて宮子ちゃんが泣いていた。その姿は、なんだか久しぶりの感覚がした。

 家族って、こんな感じだったっけ……だったっけ?

 昔からあまり叱られた経験が無いので、わからない。

 うちではむしろ、母さんが叱られるほうだったからなぁ。

 人生がフリーダムだったからね。凝り性、飽き性、丼勘定。父さん……ほんとうに頑張ったね。

 そうか、宮子ちゃんが誰に似ているのかと思ったら母さんに似てるんだ。

 うちの母さん、十歳児だったのか……父さんはロリコンだったんだな。お巡りさんに掴まえてもらおう。


 神奈姉がバスタオル一枚で俺の部屋にやってきて、大笑いして出て行った。

 だ~か~ら~、思春期の男子をからかうのはよして欲しい。神奈姉は相変わらず不思議な乙女だ。

 あの艶姿を思い出すと……えーっと、ンドゥバくんの尻穴!! 尻穴!! 尻穴!!

 これは繰り返しすぎると新しい扉が開かれてしまいそうだ。この技の利用はほどほどにしなければ。

 ンドゥバくんを汚すようで悪いしね。今度からはまだ見ぬ憧れのモヒカンくんにしよう。

 ――――彼はいい体してるから、ことさらに不味い気もする。


 新しく手に入れた96式装輪装甲車、運転手はアザミさんだ。

 いつか、この家が危険になったときには逃亡手段が必要になる。

 その為の保険として彼女にはこの家に居てもらおう。

 ……欺瞞。解ってる。

 安全管理を怠った。博打に出た。アザミさんが、出て行かないように。

 もし、アザミさんが一人姿を消したなら、宮子ちゃんを育てないわけには行かなくなる。

 それを阻止するために急いで行動を――――。

 ……欺瞞。解ってる。

 父さんが帰ってくるまでこの家を守ると誓った。

 神奈姉とまもりの二人をこの家で守ると誓った。

 ――――でも、

 ……氷川朱音も、助けたい。

 ……宮子ちゃん、アザミさんも助けたい。

 ……置いてきた五人、助けたかった。それは無理だと解ってた。だから、名前も聞かなかった。

 無断でカンパンを食べた、お腹が空いてたから、それくらい良いじゃないか。

 でも、それを理由にした。食料を残した。身を守るための武器も残した。

 でも、彼女達が助からないことは解ってる。彼女達には身を守る知識が無いから。

 でもさ、どうすれば良いんだよ……。


 百人とは言わないからさ、一人で良いからさ、モヒカンくん、ボクの友達になってよ――――」


 ヘッドセットを叩きつけるようにして外した。

 ――――即座に反省。機械は人間と違って自然治癒はしないんだから。


 ◆  ◆


 装甲車と言う名称はトラックのような巨体を想像させるが実態は違う。

 96式装輪装甲車は全長約7m、全幅約2.5m、高さは1.85mしかない。

 普通乗用車が全長約4m、全幅約1.8m、高さ約1.5mであることを考えると、長さはあるが、それほど大きくはないことが解る。

 実はちょっと高級なミニバンよりも背の低い乗り物なのである。

 背が高いほど、砲弾が命中しやすくなることを想像すればおのずと理由が解るだろう。

 巨大に見える戦車でさえ、砲塔を含めて実は2.5m未満の高さしかないのだ。

 自衛隊の主力戦車である10式戦車の高さは2.3mしかない。意外に背は低い。

 ――――そんな付け焼刃のインターネット情報を京也はアザミに説明していた。


 今、アザミが挑戦しているのは、誰もが通る自動車免許の最難関、バックでの車庫入れであった。

 ご近所の桐山さん家。いけすかないお金持ちで、車庫に5台の高級外車を並べていた彼の自慢の車庫に、96式装輪装甲車を駐車すべくアザミが冷や汗を流していた。

『車の運転できるんですか。それは凄いですね』

 普通の自動車を運転した経験が無い京也には、車による運転感覚の違いというものが理解出来ていなかった。

 オートマ車である。ハンドルが付いている。アクセルが右で、ブレーキが左。

 その程度しか普通乗用車と装甲車に共通点は無い。

 長さが3mも違えば、ちょっとしたリムジンを運転しているようなものだ。

 幅の2.5mも大きい。日本の道路は一車線が2.7mから3.5m。ちょっと狭い道幅一杯の大きさである。

 そして極めつけは運転席。

 極端に狭い。そして、極端に右に寄っている。雨の中ハッチを閉めると、幅30cmほどの視界のなかで運転しなければならない。

 潜望鏡を覗きながら、バックミラーのみでリムジンをバックで車庫入れしろと言われているようなものなのだが、言っている当人は自動車運転の経験が無いために無責任なものであった。

 もしも失敗したら――――その恐怖感がさらにアザミを焦らせる。車庫入れ開始からすでに二時間、ぶつける事数え切れず。その度に焦りは増した。

 最終的に泣きが入り、前向きに駐車して終わった。


 この96式装輪装甲車、見た目は良いが日本の道路事情に合わせるために色々と無理をした結果、色々と無理がでた装甲車なのである。

 普通乗用車しか運転経験のない人間が即座に乗りこなせるような代物ではない。

 京也は装甲車という名称から、硬くて丈夫な車というイメージしか持っていなかった。

 あとは、インターネットで調べた知識のみである。

 インターネットで調べた知識と映画や漫画で見た知識、それだけを頼りに元自衛隊の強盗達に挑んだのだ。無謀だった。

 プレッパーズとは、基本的にシェルターなどに閉じこもり、人類の終焉となる大災害をやり過ごす逃避型の人々である。

 本来、戦いには向いていない平和な人種なのだった。

 氷川朱音が現われなければ、叫ばなければ、Zの一体も倒すことなく、京也は十年間を家に閉じ篭り過ごしたことだろう。

 人類の終末という物騒なことを思い描きながら、穏やかで平和な暮らしを望む、それがプレッパーズであり、田辺京也であった。


 車庫、というよりもガレージという洋風の呼び名が似合う桐山家の大きな車庫。

 一階部分のほぼ全体がガレージとなっている成金……好事家の豪邸。

 そのガレージに穴を開けて、自宅前までの搬入路を作ることが今回の目的だった。

 一階部分が車庫になっている桐山家のガレージ。壁に大穴を開ければバリケードZ内部との通路が完成する計算だった。

 桐山家のガレージを選んだ理由はシャッターがリモコンの電動式だったからである。

 けっして、桐山家の人々に恨みがあるわけでは無い。

 車を後方から入れる必要は全く無かったのだが、餅は餅屋で自動車の事は経験者に任せようとした京也と、車庫入れの言葉から後ろ向きと理解したアザミの哀しい言葉のすれ違いであった。

 その犠牲となったのは十五体のZ達。

 死因は全てガレージ内に隠れた京也の狙撃である。

 96式装輪装甲車、Zに対する唯一の利点といえたのは、ハッチの透き間が狭いために搭乗者の存在が気付かれなかった事であった。短所が長所になることもある。


 なんとか車庫入れが終了した後は工事作業が始まった。

 ここからがプレッパーズの本領発揮である。

 まずは打診検査。玩具の聴診器をコンクリートの壁面に触れさせながらコンコンと、叩く。叩く。叩く。

 鉄骨部分にマーク、大型電動丸ノコのダイヤモンドソーを使い鉄骨部分を避けて切れ目を入れる。

 上左右、綺麗な四角の溝が掘れたところで、新たな工具キャリバー50を用意。

 一分当たり最大で1200回、マッハ2.6の速度で壁面を殴りつけられる便利なハンマーだ。遠くのものも叩ける性能が素晴らしい。ネット情報では2km先まで叩けるそうだ。

 なぜ今までこんなに素適な工具に出会えなかったのだろう? 銃刀法のせいだ、おのれ官憲め。

 工事開始。自宅、二階の窓から発射。


「あんたのウチが出来たせいで――――

 母さんのお気に入りだったサンルームの日照が悪くなったんだよ!!

 洗濯物と家庭菜園が一緒になった不思議空間だったのに!!

 洗濯物は生乾きになるし!! 野菜は育たないし!!

 日照権には問題ないと法律が許してもボクが許さん!!

 あんたのとこが後から家建てたんだろ!! この成金野郎が!!」


 一打ごとにコンクリートの壁に皹が入り、それはどんどんと広がる。

 およそ5x5mの正方形の穴が開いたところで工事は完了。

 解体工事現場には是非一丁欲しい工具だ。

 この程度の工事、日曜大工が月月火水木金金のプレッパーズには朝飯前のお仕事である。


 四人娘から、うるさい、臭い、煙いとの苦情があった。

 近隣のZ達もこれには不満があったらしく、抗議の窓叩きを始めたのだった。

 工事に騒音はつきものだろうに、女はいつも男の浪漫を解ってくれない。


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― 新着の感想 ―
[一言] あら、意外な結末。放り出すかと思った。 人間味溢れる描写。 これまで、主人公の性格の描写がしっかりなされていたからこそ、 とっても好感が持てる。
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