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少年Z  作者: 髙田田
四月・上
17/123

・四月十二日、パンの記念日

「アザミさん。2級ボイラー技師って、どんな資格なんですか?」

「銭湯のボイラーを扱ったりできる免許です」

「なぜに? 女性が? 珍しい」

「……お恥ずかしながら、見栄で。高校生のときにうちの拓海さんとの間に宮子が出来ちゃって。高校生からすぐに母親。大学も就職も知らず、世間知らずで……それで、色々勉強してみようかなと思って頑張ってみたんです」

「それで、今までに役にたったことは?」

「まったくといって……」

 アザミはうなだれた。わざわざ文字に直した履歴書に免許や資格の類は多い。

 中型自動車運転免許。フォークリフト免許。二級ボイラー技師。食品衛生責任者。色彩検定二級。漢字検定準一級。TOEICスコア723。

 なんとも言えない微妙な空気。面接官16歳、応募者29歳の面接会場。

 なにもしなくとも圧迫面接になりそうな雰囲気だった。

 京也にその気は無かったが、アザミは自分の履歴書を前にして、自分が今の世界に役立たない事を再度自覚してしまっていた。

 そんなアザミを前に漢検準一級って凄いなーという感想を抱く京也は16歳の学生だった。

 出既婚じゃなければ、今頃キャリアウーマンとして……結婚に焦ってるとこか? なにが幸いか解らないのが人生だなと得心し、京也は深く頷く。


「帰ってこられるかなぁ……。ゲームでは操作したことあるけどなぁ……」

 自分の世界に入り呟く京也の言葉、それはアザミに理解できないものであった。

 そして理解した日、彼女は泣く事となるのであった。


 ◆  ◆


「生存記録、三百七十七日目。四月十二日、天候は小雨。記録者名、田辺京也。

 時刻。まるまる、まるまる。ユニットBの起動を確認。

 作戦は第二段階に移行。

 未だ警察署内に立て篭もるZを誘いだすための誘導装置だ。

 ユニットAは警察署から約2km、ユニットBは警察署から約1km地点に設置された。

 ユニットBが一時間音声による誘導を続け、その後、ユニットAが電源の続く限りZを引き付け続ける予定である。

 上手くいけば、二時間も経つ頃には警察署周辺のZは無人になる予定。

 我ながら杜撰な計画だ。……らしくない。

 急がなくても、あれだけZが居れば誰も物資に手は出せないだろ? ……らしくないな。

 暗いアパートの一室に身を隠して、ただ時間を待つ。

 Zの群れが動き出すのを感じる。全力疾走で道を駆け、時には塀を乗り越えて彼等は走る。

 銃で破壊できるなら、物理学に従った存在だ。

 無限に走れるわけではないのだろうが、ただの人間よりも遙かに長い時間を全力で駆ける事が可能である。

 それが、ゾンビパニックを拡大させる一因だった。

 基本的に徒歩では逃げる事ができない。自転車でも難しい。人の全力疾走は早い。それをZは制限なしに行える。

 高いところに登っても、力尽くで這い上がってくる。人の先祖は樹上で暮らしていた。

 実際に警察署の壁面を屋上まで登っていく姿を見たときは、恐怖するよりも興奮した。ビックリ人間を見た気分である。

 だが、どんな握力も掴みどころが無ければ意味を成さない。

 動画で見ておいて正解だった。帰ったなら、壁面をもう一度平面に磨きなおしたいと思う。

 壁にはくっつくが、触れるとヌルヌルという都合の良い壁材は無いものだろうか?

 まもりの部屋一面にくっつけて驚かせて見たい。


 一時間後ユニットBが停止する。そして、さらに遠方のユニットAが起動。

 これで現在地より2km先まで全てのZを誘導できるだろう。――――そうあって欲しい。

 今日は、フライングスパゲティーモンスターに作戦の成功を祈る。ラーメン」


 スマホに記録を残し、京也は時間とZの波が過ぎるのを待つ。

 ちなみに、ユニットBはベイビーのB。ユニットAはエンジェルのAである。

 Zを相手にするには最適の名称だった。


 ◆  ◆


 警察署。……警察署跡地の有様は、無残の一言であった。

 ここだけを切り取って、日本だと気付ける人間は居ないだろう。

 どこかの紛争地域にしか見えない。あるいは大量虐殺の跡地だ。

 Zも人間も見た目は変わらない。少しばかり髪と肌と服装が汚れている程度だ。

 だから、バラバラにされた姿も人間と変わらない。

 署内に足を踏み入れ、肉の山に眉を顰めた。腐臭はしないが血臭はした。

 上半身と下半身が生き別れになりながらも、粘菌の作用で未だに動く、超人Z。

 悩み、考え、決断し、ピッケルを振り下ろす。超人は脳の機能を停止した。

 動ける者は、もう居なかった。

 動けない者は、残っていた。

 見つけ、穿つ。見つけ、穿つ。見つけ、穿つ。

 らしくない、無駄な危険を冒している。自覚しながらも京也の作業は続いた。

 署内は暗く、少しばかり差し込む月明かりでは人もZも判断がつかなかった。元々、光が漏れないように対策がされていたのだろう。

 うちと同じだと京也は少しだけ微笑んだ。


 ノック、静寂。扉を開けて物資を確認。銃弾類を発見、これを運び出す。

 ノック、静寂。扉を開けて物資を確認。飲食類を発見、これを運び出す。


 相当量の物資が存在し、相当量の物資が積載できた。

 本来ならアザミを連れてくるべきだったのだが、それは難しいと考え断念した。

 大人のアザミが当たり前のように持ち、子供の京也が当たり前のように持たない技能。

 自動車運転免許。あまりに当たり前すぎて、アザミ自身が自分の売りを理解していなかった。

 警察署を根城としていた強盗団が主力としていた車体。96式装輪装甲車。

 自衛隊が正式採用した装甲戦闘車両であり、Zの世界でも十分に心強い戦闘車両だ。

 タイヤは八つ。最高速度は時速100km。燃料満タン時の最大走行距離は500km。

 なんでも一人で出来るようなすまし顔をしている京也であったが、自動車の運転は当たり前のように出来なかった。

 Zの居ない世界、無免許で車道を走り回るほど悪い子では無かったのだ。

 Zが発生してからは、自動車教習所が営業していなかった。

 そもそも年齢が足りなかった。自動車運転免許は18歳から。――――おのれ、官憲め。

 映画や漫画の主人公のようにバイクや車を走らせてゾンビを蹴散らしたなら、どこかで事故ってお陀仏が確定。それは締まらない人生の終わり方だなぁと自覚していた。

 装甲車の鍵は車内にあった。

 いざというときに担当者の下に走らなければならないのでは、即応性が落ちる。

 万が一、紛失したなら二度と動かなくなる。

 もっとも安全な置き場所は、やはり車内だった。

 動けないZに止めを刺しながら、銃火器、弾薬、食料、衣類、目につくものは何でも搭載していった。

 96式装輪装甲車の上面は比較的平らだ。しっかりとバンドで荷物を固定すれば軽トラ代わりにもなる。

 階段が破壊されていたため上層の物資は諦めた。

 たとえ自分が登れても、物資を下ろす手段がない。


 そして――――ついに厄介なものを発見してしまった。

 檻の中、正確には拘留所の中の女性達。もっとも厄介なもの、生存者である。

 入り口の鉄格子と、個室の鉄格子の二つに守られて、あの戦闘のなかでも生き残っていたのだ。

 京也の中の鉄格子のイメージは黒だったが、実物は白だった。

 放り込まれた人の心に配慮してるのかな?

 そう京也が考えていると、

「あの……終わった、の、ですか? 今日は、誰と、遊びます?」

 遠慮がちに声を掛けられた。

 自分の風体を思いだしてシールドの下で苦笑い。

 自衛隊の迷彩服に、機動隊のヘルメットと篭手、さらに防弾チョッキのチグハグな格好でも、彼女達にとっては警察署を根城にしていた強盗団との違いがわからなかったのだろう。


「えっと……署内の人達は全滅しました。

 Z……ゾンビの襲撃です。最後は爆弾を使って自爆して終わりました。

 ボクは外からやってきた余所者です。いまの貴女達は自由の身です。

 檻から出ますか?」

 言葉を選び伝えると彼女達は喜色一面の声をあげた。

 戦闘開始から48時間以上、京也が家に戻って、再度やってくるまで七十時間以上を暗闇の中、怯えながらに過ごしていたのだろう。

 助けが来たと大喜びで声をあげるものだから、それを沈めるのに苦労した。音は危険だ。

 壁に無造作に掛けられていた鍵束を使い、入り口の鍵を開け、それぞれの個室も開けて回った。

 個室の中は意外にも清潔で、男性からの贈り物が飾られ、お菓子なども転がっていた。これを食いつないで飢えをしのいだのだろう。

 トイレも水道もちゃんとある。わりと快適そうだった。化粧品や雑誌なんかもあって……自由以外は揃っていた。


 車までの安全確認をしてくると口にして、そのままで待ってもらい、96式装輪装甲車まで戻った。

 考えた。悩んだ。苦しんだ。

 また、厄介者……それも五人もだ。

 ……らしくない。らしくないことばかり続く。


「こんな格好していますけど、ボク、自衛隊でも警察官でも無いんですよ」

 口にすると女性達は驚いた。

 シールドの下の顔が、まだ少年であったことに二度驚いた。

「ボクはまだ署内から物資を探してきますので、ちょっと手狭ですけどこの車の中で待っていてください。危険ですので、積んであるボクの荷物には決して手を触れないでくださいね?」

 五人の女性を後部搭乗口から案内した。

 中には既に銃器などの先客が待っており、確かにすこしばかり手狭であった。

 宣言通りに残った部屋を探り、動けなくなったZを発見するたびに穿ち、目に付いた物資を装甲車の上に積み上げた。

 荷物を縛り上げて固定し、一通り作業が終わったところで、ようやく気が付いた。

 Zの死骸とバリケードの残骸のため、安全に装甲車が発進出来ない状況だったのだ。

 右四本、左四本、計八本のコンバットタイヤを装着する96式装輪装甲車であったが、不整地走行性はあまり高くない。

 キャタピラと違い、タイヤの車は障害物に乗り上げると弱いのだ。

 これの排除はさすがに一人では手が折れるなと、後部ハッチを開けて救援を求める。

 女性達は狭い空間のなかでもカンパンを齧って寛いでいた。

 カンパンの缶詰を開けたのは、個室に残されたお菓子だけでは流石に足りなかったからだろう。

「すぐに車を動かしたいのですが、バリケードや死体が邪魔をしてて発進できないんです……どうか手を貸していただけませんか?」

 一瞬、躊躇いが広がり、それから女性達は渋々動き出した。

 助けられ、人心地ついて、それからの作業だ。嫌気もさすだろう。

 一度下ろした腰は持ち上げるのが大変だ。京也にもその気持ちは解った。

 戦争し、帰宅、説教、そしてまた戦場に戻ってきた京也の気分そのものだったからだ。

 五人の女性達が綺麗な手を汚して、ゾンビの死骸や瓦礫、詰まれた土嚢などを除けていく。

 そういった形の肉体労働は久しぶりだったのだろう。

 へとへとになって、服が汚れるのも構わず地べたにへたり込む。

 装甲車に備え付けの運転席の視界は悪く、バリケードが取り除かれてもなお道に出るのは難しかった。

 京也が無免許だった、ということもある。

 女性達との共同作業でようやく道に出られたのはおよそ二時間後、かなりの運動量と時間だった。

 ねぎらいの意味を込めて京也が飲み物や食べ物を配って回ると、皆がそれに貪りついた。

 そして、京也は装甲車の運転席に乗り込む。


「こんな格好していますけど、ボク、自衛隊でも警察官でも無いんですよ。

 危険なので、積んであるボクの荷物には決して手を触れないでくださいね?」

 繰り返し口にする。確かに口にした。確実に伝えた。

 瞼を閉じて、深呼吸を一つ、二つ、三つ、十を数えて瞳を開ける。

 車外に彼女達が持ち込んだ私物を放り出し、アクセルを踏み、装甲車を夜明け前の道路に走らせた。

 ATである装甲車は、無免許の京也の運転にもこころよく付き合ってくれる。直線限定で。

 普段、強盗団が使っていた道だけあって、放置車両は道端に片付けられており、京也の初ドライブでも何とか走ることが可能だった。

 ノロノロの安全運転を心がけたが、それでも人の足などよりはよっぽどに早く、肉体労働に疲れきった女性達が走っても追いつける速度ではなかった。


『ボクには貴女達を助ける義務はありません。

 物資は全て、ボクのものです。触れないでください』

 京也はちゃんと口にだした。けれども彼女達は勝手に荷物を漁り、当然の権利のように食料を口にした。

 ごめんなさい、謝罪の言葉は大事だ。

 お願いします、懇願の言葉も大事だ。

 たった一言があれば、京也の心は大きく揺らいだだろう。心は鋼で出来ていない。心臓は生肉だ。

 彼女達の私物に加えて一週間は生きられるだけの食料品。そして護身用にSAKURAを五丁置いてきた。二時間の労働には十分すぎる対価だと試算した。

 署内の二階より上部にも物資は残っている。

 二重の檻はZ相手にも有効なバリケード。生存は十分に可能だ。

 自分らしい。そう、これこそが自分らしい行動だ。京也は装甲車を走らせる。

 自宅の周囲まで5kmの行程、幾度となくぶつけたが、流石は装甲車。止まりはしなかった。

 単純に、96式装輪装甲車の運転席は見通しが悪く、京也が無免許だったためである。


 十代前半から二十半ばまでの彼女達は、自分達が見捨てられたことを認めるまでに一時間ほどの時間を要した。幸い、その間にZは現れなかった。


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