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少年Z  作者: 髙田田
四月・上
15/123

・四月十一日、メートル法公布記念日

「京也くん、どこ行ってたのー?」

「ボクはね、山に柴狩りに行ってたんだよ」

「山で草を刈ってたの? なんでー?」

 これはボケなのか天然なのか、実に悩ましい問、

「京也! 馬鹿言ってないで白状しなさい!!」

「黙秘権を行使します。弁護士を呼んでください」

 おんなのなかにおとこがひとり~♪

 ……あの悪口は、こういうことにならない為の戒めだったに違いない。

 男女比の極端な偏りは、男子に不幸をもたらす。

「田辺くん? まもりちゃんね、昨日はケーキを作って待ってたんだよ?」

「美味しかったー! まもりおねーちゃん、また作ってー?」

「うん、良いよ。だから、そこのオジちゃんを一緒に虐めようね?」

「わかった! 京也くん、どこ行ってたのっ!! こたえなさい!!」

 モヒカンくん……。モヒカンくんは何処ですか?

 リビングで正座した京也は遠い目をして天井を仰ぎ……朱音とまもりの手で正面に戻された。

 神奈は部屋の隅で蹲っている。お腹が痛いのだろう。

 アザミはどこまで解っているのか、悩ましげな表情をしていた。

「夜遊びまでは良いけど、二日も戻ってこないのは許せない。心配したんだからね?」

「私も……行って来ますの一言で外泊してくるなんて思わなかった」

「実は俺も思わなかった。外で色々あったんだよ……」

 色々という言葉に空気が冷える。

 日常を再現しながらも、ここはZの世界のまっただなかだった。

「え~っと、ごめんね京ちゃん。暫く外泊するって聞いてたの、内緒にしちゃった」

「え? お姉ちゃん聞いてたの?」「神奈さん!? ……どうして内緒にしたんですか?」

「ほら、だって。京ちゃんが居なくて寂しいよ~って二人が泣きそうになるの、可愛いじゃない?」

 ペロっと舌を出す仕草がとっても可愛い。

 男なら、誰でもこの仕草でコロッと、

「お姉ちゃん!! ちょっと話あるから、二階行こう!?」

「私も!! 私も一緒に!! ちょっとそれは許せません」

 女なら、誰でもこの仕草でイラッとくるものだ。

「宮子ちゃん助けて! 私のパピコ、半分あげるから!!」

「宮子、そんなに子供じゃないよ? パピコを二つともくれなきゃやだ」

「じゃあ、契約成立ね。これで二対二ね」

「おねぇちゃ~ん?」「神奈さ~ん?」

 女三人で姦しく、四人なら手の付けようがなく、神奈が引きずられて二階の部屋に……。

 助けられた。京也が安堵する。

 まもりと朱音の二人も、聞いてはいけない話だと察して……察したのか? それは難しい問題だと思い悩んだ。

 リビングに残ったのは京也と、宮子の母の戸部アザミ。今回の騒動の元凶……ではない。

 子供を守ろうとした、ただそれだけの……京也の語彙には無い女性だった。

 無力で、健気で、哀しくて、残酷で、罪深く、愛が深い、ただの……ただの母親だ。

「あの……京也さんは、どちらに……。いえ、どうなったんでしょうか? 話し合いが、付いた……とか? ――――私を返せって、言われたんじゃ?」

 年下の人間に見下されるとイラッとくるものだが、明らかに年上の相手に下手に出られるというのは、それはそれで気持ちが落ち着かないものだ。

 京也はむず痒さを感じながら、言葉を選んでいた。

 ――――大丈夫ですよ。皆殺しにしてきましたから。……それは物騒すぎて人格を疑われる。

 問題は解決しました。アザミさんは、もう自由です。――――だから、出て行け。

 生唾と一緒に言葉を飲んだ。


 一宿一飯の恩義という言葉はあっても、泊まっていただいた御恩なんて言葉は無い。

 そして、恩義を返す手段をアザミは持たない。京也は受け取らない。


 京也は思い悩む。

 両親の残してくれた米粒を、無関係な相手に一粒たりともくれてやりたくはない。

 自分の心の狭さに――――狭いんだろうか? 親の遺産をホイホイと気前良く人に分けてやる人間が居るのだろうか?

 血の繋がりのある親兄弟、幼馴染とか、初恋の人とか……少なくとも自分にとって見ず知らずの、役立たずにくれてやるものではない。

 気が付けば百面相。それにアザミが怯えていた。

 どうでもいい、どうでも良くない。

 感情が鬩ぎあい、葛藤を続け、

「警察署は、自衛隊のヘリの襲撃を受けて破壊されました。生き残りは居ないでしょう」

 結果だけを伝えた。

 なぜ、自衛隊が彼等を攻撃したのか、なぜ、あのタイミングだったのか、京也には知りようのないことで、謎は深まるばかりであった。


 目にした京也が理解出来ないのだから、アザミもまた理解出来てはいない。

 そもそも唐突すぎて、警察署が破壊されたと言うこと自身に理解が及んでいなかった。

「アザミさんはもう自由です。追ってくる人は居ません」……Zは追ってきますけど。

 副音声で語る。

『もう、アナタがここに居座るための言い訳はありません』

 そもそも押し込み強盗の手引きをした身だ。

 それはアザミも重々承知はしていた。

 ただ、この数日があまりにも眩しくて、普通に感じられる暮らしが眩しくて……。

「宮子だけでも、お願い出来ませんか? 厚かましいお願いだと言うことは重々承知しています。お願いできる身でないことも重々承知しています。それでも、なんとか……お願いします」

 深々と頭を下げられた。

 その身体は恐怖でガタガタと震えている。

「……お母さんを追い出した。そんな人達と、宮子ちゃんが仲良く暮らせるとは思えません」

 オール、オア、ナッシング。

 二人受け入れるか、二人追い出すか、二択の問題だった。


 京也の心は鋼で出来ていない。

 二人のためならば、百でも二百でも殺せるだろう。ただ、苦しまない事とは別だった。

 幼馴染の神奈とまもり。その二人しか守らないと心に誓っていた。

 氷川朱音はまもりの連れてきたオマケ。宮子はオマケが気に入ったオマケのオマケ。アザミはオマケの付属物。

 ……なんども言葉にして繰り返した。守るものを増やし続ければ、必ず破綻する。

 守るものが少ないほど、安全なんだ。

 ――――守られることしか能の無い奴なんか抱えている余裕はねぇんだよ!!


 守る物、父さんが帰ってくる場所。

 守る物、母さんと過ごした家。

 守る者、幼馴染で初恋の女の子。

 守る者、幼馴染で初恋された女の子。

 先日、16歳になったばかりのただの一人の少年に、これ以上の重りを乗せるつもりか?


 氷川朱音。まもりの親友。京也の他人。

 Zに襲われた夜以来、精神が不安定。彼女を追い出すと口にすれば、まもりが大反対するだろう。人間関係が決定的なまでに破壊されてしまう。

 ――――自責の念に駆られて、勝手に居なくなってくれれば良かった。


 戸部宮子。三人娘の妹分。京也の他人。

 なにも知らされず、押し込み強盗の片棒を担がされそうになった女の子。

 朱音のお気に入りで、一緒に居ると、叫ぶことが無くなった。朱音の精神安定剤。

 ――――母親に連れられて、勝手に居なくなってくれれば良かった。


 戸部アザミ。宮子の母親。京也の他人。

 自覚的に押し込み強盗の片棒を担ぎ、家と神奈とまもりを危険に晒した女。

 情状酌量の余地はあっても、それは許すということであって、助ける義理には繋がらない。

 ――――自責の念に駆られて、娘と一緒に居なくなってくれれば良かった。


 誰にせよ、出て行けと京也が口にすれば、まもりとの人間関係に修復不能な亀裂が走る。神奈もだ。

 命を守る。身体を守る。心を守る。……生き物を飼うって難しいんだよ。


 出ない答えに京也は苦しみ続ける。

 三人なら、十年暮らせる用意がある。

 六人なら、五年暮らせる用意がある。

 ケチ臭いか? なら、そのへんの奴に聞いてみろよ。

 貯金が千万あるんだから、五百万を恵まれない人達に与えるのは当然だよねって。それが出来ない奴は意地汚い守銭奴のクズ野郎だよねって。

 お姫様はもういらない。即戦力のモヒカンくんが欲しい。

 即戦力じゃなきゃ駄目なんだ。……安全に育てるなんて出来ないんだから。


 気が付けば百面相。

 アザミもまた、同じように顔を歪ませて苦しんでいた。

 宮子と二人、この家を離れれば、死ぬ。

 自分だけではなく、娘を巻き込んでしまう。

 かつての……守られていた場所は、無くなってしまった。

 善悪の道理で語るのなら出て行きますと潔く口にすべきなんだろう。けれど、それを口に出来るほど人間は強くない。娘が犠牲になると理解しながら、それを口に出来る母親は居ない。

 あるいは包丁で四人を刺し殺し――――京也はそれも警戒していた。

 決して、刃物には近づかせては貰えない。神奈が収納の鍵を首から掛けていた。

 家から出ることすら難しい。一階の窓は全て内外から塞がれ、玄関は鍵が無ければ内側からも開けられないようになっている。二階の窓から出たが最後、入れない。


 異常。その一言で表わされるセキュリティ。

 鍵の付いていない部屋は無く、京也にしか入れない部屋ばかり。

 これじゃあカクレンボが出来ないと宮子が文句を言っていた。

 アザミは気が付いていなかったが、全てのドアは内開きだった。蝶番が部屋の内部にくるように、ドライバーで扉ごと外す事が出来ないよう付け替えられていた。

 ただ、自分の部屋、お風呂、トイレ、リビングを兼ねたダイニングキッチンを行き来できれば不自由は感じないもので、閉じ込められている感覚はない。

 他の部屋には用も無いのだから、京也しか入れない部屋があっても誰も文句は言わなかった。


 一年ほど昔、朱音に言われた。

「田辺くんのお家って、とっても鍵が多いんですね?」

「あぁ、ボク、プレッパーだから」

 それはどんなものにでも通用する、便利なフレーズだった。


 そんなプレッパーズでも解決できない問題があって、家と幼馴染を抱えた少年と、娘を抱えた母親が、リビングの空気をとても重いものに変えていたのであった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ここまで読んだけど、人間関係・京也の悩み・三人娘、そして何より現実感が読んでてすっごく引き込まれました。めっちゃ面白い。
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