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少年Z  作者: 髙田田
IFストーリーライン・エリカとボクと苦悩の日々
121/123

・田辺京也 36歳、エリカとボクと苦悩の日々、その戮

 娘の沙也香が十五、エリカが……歳を言うと怒るんだよな。

 ボクより四つ歳上のエリカが倒れた。


 ストンと、身体に力が入らなくなったらしい。

 それは全国規模で、全世界規模で同時に発生した虚脱減少だった。

 物凄く久しぶりになる注射だったけれど、エリカの細腕から静脈を見つけ出し、アンプルを注射することは簡単だった。

 アンプルの中身はZ粘菌の分解酵素。Zくんにわざと作らせた弱点だ。

 ボクは嘘を吐いていない。彼は乗り物が増える事を望み、ボクはその望みを叶えた。

 そこにボクの望みも相乗りさせたのは、ボクのアドバイザー料金だと思って欲しい。


 今は陸将まで上り詰めた後藤さんからの秘匿回線からの連絡。

 エリカのことは心配だけど、そちらの介抱は娘に任せ、連絡に応じることにした。

 向こうは向こうで、かなり大変な状態だろうからね。


「――――後藤さん、随分と顔色が悪いようですが大丈夫ですか?」

「……お前の方は、随分と顔色が良いようだが?

 今、世界に何が起こっているのか、どうせ知っているんだろう?」

 カマ掛けなのか本気なのか、解り辛いのが後藤さんのやり難い所だ。


「はい、解ってます。餓死です。

 人類六十億に寄生した粘菌が、エネルギーを人類に吸い尽くされて死に絶えようとしています。

 そのため、人体に供給されていたエネルギーも欠乏状態に近づいているだけなんですよ。

 安心してください。寄生した粘菌が死滅すれば、人類は元の人類に戻るだけですから」


「……言ってる意味は解らんが、この激しい虚脱症状は治るのか?」


「はい、治ります。おそらく、あと一両日中だと見込んでいます。

 ただし、普通の人間にまで戻ってしまいますし――――大問題も残ってますけどね?」


「――――どんな問題だ? どうせお前の事だ。耳にもしたくない大問題だろうよ」

 あいかわらず、定評のあるボクの悪評だこと。

 二十年経っても変わらないな、後藤さんは。


「現在、人類の食料自給率はカロリーベースで10%です。

 これは酪農、酒類、菓子類を含めた総合の数字ですよ?

 Zを基盤とした社会で、普通の農業は産業として成立していなかったんです。

 需要と供給。嗜好品と、子供が食べる分の食料しか作られなかったんですよ。

 お腹が減らないと人間、どうしても食べる気が起こらなかったんでしょうね?」

「おい、待て。――――その先は口にするな!!」


「解りました言いません。どうします? うちのシェルターにでも入りますか?」

「――――俺は、いい。仕事が先決だ。……ただ、子供と日名子を頼む」

「ご随意に」

 後藤さんはそのまま通信を切った。最後だからって愛想の無いこと。

 これから、日本の自衛隊の陸将として成すべき事を成しに行くのだろう。さよなら、後藤さん。


 ◆  ◆


 二十年前のあの日に尋ねた一つの質問。

 そのエネルギー源はどこから? 答え、その辺。

 これが、ボクが、田辺京也が探し求めていた回答の全てだった。


 Zくんは他者というものを持たず、自己を成立させている根源すら理解していなかった。

 人間が空気中の酸素に気を配らないように、彼は自己を成立させる何かに対して無頓着だった。

 資源の奪い合いという概念を知らなかった。これが、回答の全てだった。


 人類六十億の乗り物。それはZくんにとって夢のような映画館だったんだろう?

 それじゃあそろそろ観覧料金を支払って貰おうか? ――――Zくん、キミの命そのものだ。


 太平洋にポッカリと浮かぶメガフロントのモニュメント。

 Zの災害によって脳を破壊されてしまった人々を納めた、慰霊碑にしてコールドカプセル。

 いつの日か、脳の損傷を治せる日が来るかもしれないと、ボクが掻き集めた建材Zの山だ。


 Zに感染した肉体は太らないし細らない。つまり、体液量も一定のままに固定されているんだ。

 傷であれば修復されるけど、献血のチューブが刺さりっぱなしであれば修復されることもない。

 だから、一人一人から、僅かずつの献血を募って海に垂れ流し続けた。


 その理由は、アインシュタインが残した数式。

 EイコールM掛けることのC二乗。献血は、相当なエネルギーの消耗に繋がったことだろう。

 六十億の人間の活動を支えるエネルギー。これもZくんのエネルギーを奪い続けていたはずだ。


 ――――時間との勝負だった。今日のZくんは思考をボクに丸投げしてくれている。

 じゃあ、明日のZくんは? 明後日のZくんは? ――――信じるほうがどうかしているよ。

 彼が自主的に快楽の探求を始め、好奇心の赴くままに人間を操り始めたならお終いだったんだ。

 いずれ人類は本当に、彼に操られるだけのゾンビに成り果てるところだったんだよ。


 今日のZくんは、人間の脳から送られてくる信号を楽しんでいた。

 でも、知的生命体は今日よりも明日、明日より明後日を目指す宿命なんだよね。

 より明るく。より楽しく。より希望の光に満ちた明日へ!! 夏の虫か貴様等は、燃えて散れ。


 ただのパニックムービーよりも、多種多様な人生劇場の方が楽しかっただろう?

 退屈なムービーよりも、刺激に満ち溢れたアクションな映画の方が面白かっただろう?

 キミはより多くの乗り物、ムービーシアターをボクに求めた。

 だから、人類全体にZが行き渡るよう工夫を凝らしてあげただろう?


 全て、キミが望んだ通りに、ボクは手配してあげたんだよ?

 キミに教えていなかったことはただ一つだけ。欲望を暴走させた果てにあるのは常に破滅だ。

 窒息なのか飢餓なのか解らないけれど、キミは存在を始めてから初めての状況にあるんだろうね?

 キミは、人類の驚異じゃなかった。ただし、『今日はまだ』が付くんだけれど。

 サヨナラだ、Zくん。人類六十億を弾頭に使用した人間の勝利だよ。さようなら。


 ……。

 ……。

 ……。

 もしかしての道。Zと人が共存して生きる道、か――――。

 ごめんね、Zくん。それ、人間の側が持ってないんだよね。

 なにせ、人間同士で殺しあう種族なんだからさ。HAHAHAHAHA!! はぁ……。


 ◆  ◆


 問題。百人の人間が居て、十人分の食料がある。生き残るのは何人?


 百人で平等に分け合えば全滅。

 十人が独占して食べれば十人。

 でも、そんな事は許せないから大戦争。

 回答は、一人残れば幸いだ。そして、戦争の爪痕のため再来年にはゼロ人なのかな?

 譲り合い、十人を生き残らせる種族なら、Zくんとも共存できたのかもしれないね?


「お父さん、なんで泣いてるの? お母さんが心配?」

「――――ん、そうだな。お母さんが心配なんだ。お母さんのことが心配なんだ」

「大丈夫だよ。お父さんがついてるんだから! でしょう?」

 うん、そうだ。大丈夫だよ。――――全ての罪はボクが墓まで持っていくからね?


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