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少年Z  作者: 髙田田
IFストーリーライン・エリカとボクと苦悩の日々
120/123

・田辺京也 20歳、エリカとボクと苦悩の日々、その後

 エリカは、あんなに憎んでいたZを受け入れた。

 女性にとって、美しさを失う事と愛を失う事は等号で結ばれる死活問題らしい。

『口では何とでも言いながら、いざとなれば若い方を選ぶんでしょ?』

 ――――まぁ、男性の真理だ。反論の余地が無くて困るくらいの男性の真理だ。


 エリカ=ハイデルマンが、エリカ=タナベになった。

「もう日本人の成分しか残ってないけど良かったの?」

 そう尋ねたら、お父さんは泣かせておけば良いそうだ。

 父親と言うのはつくづく報われないものらしいね。


 家族が出来た。家族が増えた。

 同情でも義務でも罪悪感でもない、対等なパートナーとしてエリカとボクは結ばれた。

 愛は永遠じゃない。だって永遠なら、出会う前から存在していないといけないものね?

 愛は作るもの。育てるもの。育むもの。暖め続け、腐らせないように努力し続けるもの。

 エリカにそう教わった。エリカはママに教わった。時間があればボクも母さんに教わったのかもしれない。


 ――――そろそろ、父さんを許してやっても……あ、駄目ですか、解りました母さん。

 心の母さんは、再婚相手の年齢が気に入らないらしい。若い女に鼻の下を伸ばしてと怒ってます。


 日本の大崩壊と大復興は、あっという間に進んでしまった。

 北海道の暴動、その影で暗躍したのはCIA。同盟国その人だった。

 ゆっくりと腐り行くままに任せて他国に付け入らせる隙を作るくらいなら、いっそバッサリと外科手術を行なうべきだ。


 ――――理屈では解るけれど、心は最後まで納得できなかったな。


 復興資金は超々大国となったアメリカの5%から捻出された。

 ボクのポケットは、ボクのものでは無かったらしい。前々からそう感じては居ましたけどね?

 なにせ、消費しないと怒られる。消費社会において、停滞した金銭とは心臓に溜まる血栓のようなものだ。

 5%も血流が停滞していては大変だ。


 いつ、ボクはアメリカ南部のハリケーン災害に寄付したんだろう?

 いつ、ボクはメキシコからの難民流入対策に予算を捻出したんだろう?

 いつ、ボクは同盟国である日本の経済復興支援に巨額の投資をしたんだろう?


 リチャードさん、その他の人々がボクという表の顔を使って暗躍した。

 アメリカという国が立ち直り、他の追随を許さないアドバンテージを得た今、さっさと世界市場には安定して欲しいそうだ。

 日本はその第一歩だった。日米がしっかりと結びついてしまえば、他の大国も地に足を着けざるを得なくなる。

 日本という名の米国の軍事基地が完成するんだ。

 だから、周辺諸国は一枚岩に纏まらざるを得ないわけだ。


 ――――四十七都道府県が懐かしいな。

 今では四十七都府県だ。道が何処かに迷子になった。

 そのうち、豆腐県でも出来ないかな?


 結局、東京は復興されなかった。むしろ、放置された古い建物が邪魔になったんだ。

 放置された間に火事があったり、台風があったり、Zに破壊されてたり、新しく作ったほうが安くつく具合だ。

 とある警察署なんて、七階建てが五階建てになっていた。酷い話だよ。


 そんなコンクリートジャングルの片隅、羽田空港跡地のシェルターハウス。

 ボクとエリカは男と女としての一大事業に取り組んでいた。

 あの、エリカさん。Z化してても陣痛って痛いんですね? 掴まれた腕が折れそうです。


 産まれた第一子に沙也香と名付けると、姦し三人娘が揃って顔を背けた。

 ――――なにか、文句でも?


 ジュニアと名付けるくらいだから、親から子へ、祖母から孫へ、名前を引き継ぐことにエリカは反対しなかった。

 第二子はエリカの母さんの名になる予定だ。――――父さんは?


 こうして、ボクは父親になった瞬間に解った。解ってしまった。

 親とは全員がプレッパーズだ。世界の終末でなくとも、子供の未来の為に備えるプレッパーズ。

 備える人々。だから母さんは生命保険に入っていて、そして、ボクを生かしてくれたんだ。

 都合の良い解釈だと自分でも思うよ。ボクは、拙い知識のために母さんを殺してしまった。

 だけど、母さんの備えはボクを生かした。それが全てだ。誰にも文句は言わせない。

 ――――だから、次はボクの番になるんだね?


「キョウヤ、見て見て!! 妊娠線が……」

 Zくんに惹かれる女性の気持ちが、よ~く解った。

 お腹の子が居なくなるとすぐに萎み、綺麗でツルツルのお肌に……。

 サービスが過剰すぎるというか、趣きが無いというか……。

 趣きの為に妊娠線を残せと口にすれば、世の女性全てを敵に回すから言わないけどさぁ。


 二人の愛の結晶は頼りなく、今はまだクォーターらしさの欠片も見せないお猿さんだった。

 授乳をしてもZ化することはない。Zくんと相談し、その乗り物の数が最大になるよう調整した結果だ。

 しがみつき、コクコクと一生懸命にむしゃぶりつくその様は、かつて見たZそのものだ。

 ただ、愛らしさは段違いだけどね?


「もしも、私が母親だったら――――キョウヤよりも早くZの正体に気付いたかもね~?」

「その場合はボク達は出会えてないんだけど、良いの?」

「――――ヤダ!! 私より早く気付いて!!」

 天才少女は無茶を仰るね。ボクはただひたすらにZに怯え続けた一凡人ですよ?


 観察者としての位置が違った。だから、出てきた答えが違った。

 エリカは研究所の中で、脳死したZを相手にし続けたから、答えが出なかった。

 自衛隊は戦場の中で、敵対勢力としてZと戦い続けたから、答えが出なかった。

 ボクは生活の中で、生存者としてZを相手に生き残り続けたから、答えにまで手が届いた。

 優秀だったから気付いたんじゃない。生のZの一番近くに居続けたから気付いたんだ。

 才能の差じゃない。経験の差。実際は、それだけだったんだよね。


 ◆  ◆


 姦し三人娘も年頃を向かえ、エリカにボクのことを託し、それぞれの道を歩み始めた。

 やっぱりボクという存在は、彼女達が幸せを迎え入れる上でのささくれになっていたらしい。

 自分達の代わりに手を汚させ続けた。その罪悪感。そんなもの感じなくても良かったのにさ。

 でも、感じてしまうくらいには、みんな優しい子達だったからなぁ。


 そんなにボクは危うかったのかな?

 危うかったんだろうな。そして、今も危ういんだろうな。きっと……。


 後藤さんは驚く事に、沙耶ちゃんのお母さん、日名子さんと結婚した。

『大久保さんに上手く押し付けられた!!』

 などとのたまっていたので、そっくりそのまま沙耶ちゃんにメールしておいた。

 感想は針のムシロの方がまだ天国だってさ。今回はどんなゲームが待っていたんだろう?


 そんな沙耶ちゃんは――――なんか、まぁ、吉村さんと良い感じらしい、よ?

 たまに恵一ちゃんが、新しい遊びの詳細を歓喜に涙しながら伝えてくれるんだ。

 神奈姉も、沙耶ちゃんにアドバイザーとして協力しているらしい。

 決して身体を傷つけない、でも、他の何かは存分に傷つける新しい遊びに夢中らしい。

 二人も女の子が、可愛い女の子が相手をしてくれてるんだよ? 良かったね? 恵一ちゃん。

 ごめん。ボクには止められない。無力なボクを許して欲しい。


 保科さんは――――ゴム製品を師匠と呼んでいるらしい。

 良いのか、それで?


 川上さんは軍医の一人を捕まえて、手堅く結婚。ソツが無いですね。

 山本さんは――――そっとしておこう。世の中には触れてはいけないものもある。


 皆が皆、幸せに向かって歩き始めた。

 四年前のあの日には、三年前のあの日には、考えられなかった幸せの道を歩き始めている。

 だけど、いずれは別れ別れに道は離れていって、そして、またいずれ交差したりもするんだ。

 その交差が、幸せになるのか不幸になるのか解らない。だから人は、人生は、恐ろしいよね?


『解っているくせに、よく言うよ』

 ――――あぁ、お久しぶりです。田辺京也さん。


 ◆  ◆


 旧羽田空港。

 公共事業の一環として造られた、一万人が千年は暮らせそうなシェルターハウスの中。

 お猿のような一人娘を抱きしめていると、久しぶりに田辺京也さんの声が耳に響いた。


 貧弱で臆病で誰も傷つけられないボクに代わって、働き続けてくれた英雄の彼だ。

 ボクは、英雄の彼の姿をトレースし続けた。すると、目の前のZは死に絶えていた。

 彼がコンマゼロ何秒か早く動き、ボクはそれを追いかけた。すると、目の前のZは死に絶えていた。

 ずっと、そうだった。


 これは、二重人格というわけでも無いんだろうな。

 理想とする動きが先行し、それにボクの身体が追随した。ただそれだけの現象だ。

 そんな英雄である彼が、こんなにも安全極まりないシェルターの中で囁いてきた。

 つまりまだ、何も終わっていないんだね?


『あぁ、そうだ。ちゃんと殺れよ?』

 うん、解ってる。ちゃんとやるよ。

 これは、遣り遂げなければいけないことなんだから。

 ――――より明るい未来を目指す、ボク達がいずれ向き合わなければならないことなんだから。


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