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少年Z  作者: 髙田田
四月・上
12/123

・四月八日、忠犬ハチ公の日

「生存記録、三百七十三日目。四月八日、天候は晴れ。記録者名、田辺京也。

 現場の田辺さん、そちらの状況はいかがですか?

 はい、署内では銃撃戦が未だに、あっ、今、手榴弾の爆発音が聞こえました!!

 田辺さん、田辺さんの居る場所は大丈夫なんですか?

 はい、警察署から300m離れたアパートの天井裏に潜んでいますから大丈夫です。

 さすがに屋根の上に丸一日というのは辛いので、屋根に穴を開けて入り込みました。

 自衛隊の皆さんがZと戦っている間、私も屋根の板と戦っていたんですよ。

 あ、その情報はどうでも良いです。

 ――――そうですか、そうですよね~。

 おっと、新たな火器、これは84mm無反動砲、カール君の登場です。いったい、何を撃つ予定で配備されていたのでしょうか?

 しかし、昨夜から始まってもう半日以上。五十人と聞きましたが、しぶといです。

 もしかして、救援ヘリの到着を待っているのかもしれません。

 腐っても自衛隊、そういうコネクションが残っている可能性も捨て切れませんからね。

 田辺さん、対策の方は?

 はい、これもまた何に使うのかさっぱり解らず、何故放置されていたのかも解らない87式対戦車誘導弾、通称タンクバスターが待ち受けていますから……多分、大丈夫?

 田辺さんにしては珍しく、随分と弱気ですね?

 えぇ、試射も何もしていない機材ですから。そもそも名前が悪い。それから……ヘリで救出に来る自衛隊の人は、強盗仲間でも奴隷商人でもないでしょうからねぇ。

 それでも撃つ、と?

 はい、行き掛けの駄賃に我が家が空爆されては困りますので。

 あと、折角持ってきたので一発は撃ちたいです。これ、物凄く重かったんですから。

 やはりそちらの方ですか?

 はい、そちらの方です。戦争は数、そして火力です。ヘリポートへの着陸時を狙えば一撃でしょう。一撃で沈められなかった場合は、こちらが一撃でお陀仏でしょう。

 映画ブラックホークダウンのRPGロケット砲よりは当たる、と、信じたいところです。

 自衛隊のヘリコプターだとイロコイですから、イロコイダウンですか。なんだか恋愛映画っぽい題名ですね。

 確かにブラックホークダウンに比べると、何かが違う感が漂います。

 では、現場の田辺さん、引き続きの監視をお願いします。

 アイサー!!」


 本日の記録は、スマホの録音機能に頼った。

 Z一体当たり1スマホはもはや常識であり、使い捨てスマホの時代である。

 絶対に、一人も、逃がさない。報復は敗北。二階の窓は防弾じゃ無いし耐爆でも無い。

 田辺京也はあらゆる覚悟を決めて、300m先の戦場を、小さな覗き穴から眺め続けた。

 どうか、他の部隊に見放されていますように。田辺京也は悪魔に祈った。

 たぶん、その方がこの世界らしいからだ。


 ◆  ◆


 89式自動小銃、5.56mm弾仕様の陸自の正式装備が避難所の傍に投棄されていた。

 64式自動小銃、7.62mm弾仕様の陸自の旧式装備が避難所の傍に投棄されていた。

 無反動砲やら、対戦車砲やら、迫撃砲やら、実に様々なものが投棄されていた。

 Zの群れに対抗するため、掻き集められるものを掻き集めたという色合いである。

 避難所は一時的な避難場所であり、最終的には自衛隊の駐屯地に生存者が護送される予定だった。

 だが、予定は大幅に狂った。生存者自身の手によってだ。

 幹線道路から路地に至るまで、放置車両の山が護送の妨げとなった。

 橋の上に放置された車両は戦車の通行すら妨げた。輸送トラック程度では動けない。

 線路上にすら放置車両の山が転がると言うのだから、もはや笑い話の領域だ。もちろん、放置電車も邪魔をした。

 展開した部隊が帰還することすら難しく、さらにはヘリの飛行音がZ達を呼び寄せる。着陸時にはかなりの轟音が広範囲に響き渡って周囲一帯のZを呼び寄せてしまう。

 空路も陸路も塞がれて、残された移動経路は海路と川だけという皮肉。

 特殊部隊のようにはいかないとはいえ、闇夜に紛れて少数で動き、Zの集団を避けながら移動することは簡単なことだった。

 無線通信で仲間と連絡を取り、重武装となる装備をその場で投棄。最低限の装備のみを抱えて川辺で落ち合った。闇夜に紛れることのできる自衛官のみが。


 ある朝、目が覚めると自分達を守っていたはずの自衛隊が居なくなっていた。

 避難所で眠っていた人達にとっては、そんな馬鹿なと思うことが現実に発生した。

 都市部を捨てて、穀倉地帯の守備に回るように、適切すぎる判断が下されたのだ。

 大の虫のために、小の虫を殺す。救える者のために、救えない者を斬り捨てる。

 その冷たい判断に憤慨し、命令に従わなかった。

 それが今、警察署内で絶望的な数のZと戦っている彼等の一年前の姿である。

 彼等の志は高く、多くの人々を救い続けた。人の数だけ感謝された。

 だが、零れ続けた。食べ物は腐る。配給はこない。彼等は多くの人を助けすぎた。

 あっという間に食料の備蓄は底を見せ、空輸による支援は拒否された。

 元々が、命令に背いたハグレ者の寄せ集めである。そんな彼等に回される物資は無いらしい。

 結局、彼等も政府と同じように切り捨てた。使える者は生かし、使えない者は放り出す。

 選別を続けた結果、残ったのは彼等自身だけという皮肉な現状。

 何のために自分達は残ったのか、今の自分達を一年前の自分達が見たならどう思っただろう。

 良くやった、頑張ったな、そんな言葉は返ってこないはずだ。

 輸送ヘリを用いた撤退支援要請。返答は――――貴方はすでに退役されたはずですが?

 とっくの昔に自衛隊の籍から自分達は抹消されていたらしい。


 自分達は悪い夢を見ていたようだ――――飯塚正哉二尉は鳴り止まぬ銃声の中で目を覚ました。

 食料品を持ち帰るたび、喜ぶ人々の笑顔に笑顔で返していたはずだ。……見返りに女の身体を求めたりなどしなかった。

 多くの子供達、老人が居て……。

 食べるものが足りないからと老人達が自ら、そのゆっくりとした足取りで出て行くのを止められなかった。その背中を敬礼で見送った。

 子供に食べさせるものが無いと、その親達が子供を連れて、無謀な旅路に出るのを止められなかった。自分達の無力に歯噛みした。

 残ったものは若さだけが取り得の男女ばかり。

 何の訓練も受けていない、無能な男女ばかり。

 雨に紛れて車を出し、銃を扱える自分達は安全な車の中で待機。粗末な槍を手にした男達が食料品を持ち帰るのをただ待った。

 武器を携えた自分達。貧相な槍を手に資源を取りに走る男達。……完全に役にたたない女達。

 気がつけば恐怖政治の完成だ。いや、気がついたのは今さっきか。

 鍋の中に居ると、なかなか気付けないものなんだな。その扱いが当然だとさっきまで思っていた。

 そんな恐怖政治も徐々に物資探索に使っていた男達が磨り減っていき、崩壊した。

 そんな中でもただの一般市民が、したたかに生き残っていた。

 そして、ネグラを見つけ出し……奇襲、殺害、備蓄されていた食料を奪いとった。

 だが、それでも足りなかった。食い物や宝石やドレスじゃ女は満足しないらしい。

 プライドを踏み躙られ続けた彼女達は、示し合わせたように……実際に示し合わせたのだろうが、逃亡した。その果てに死ぬことは解ってたんだろう。

 それでも逃げた。――――人間だから。踏み躙られ続けた尊厳を取り戻すために。

 彼女達が消えると隊内からは不満の声があがり、食料だけじゃなく新しい女まで求め始めやがった。

 贅沢を覚えると後が辛いな。生活レベルはなかなか下げられないもんだ。

 一年前は、みんな正義の味方……だったのにな。

 戸部の奥さんには悪いことをしてしまった。……俺に見捨てられる恐怖から、彼女の方から服を。

 宮子ちゃんにブラを贈るなんて、我ながらたいしたセクハラ親父だよ。

 宮子ちゃんは喜んでたけどね、『これで大人!』……俺も、一度くらい結婚しておけば良かったよ。

 でもな、大人の女はブラだけの姿を軽々しく男に見せるもんじゃないぞ? 宮子ちゃん。


 正義の味方……で、居たかったよ。ずっと……。

 ――――畜生。


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