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少年Z  作者: 髙田田
IFストーリーライン・エリカとボクと苦悩の日々
118/123

・田辺京也 17歳、エリカとボクと苦悩の日々、その惨

『私は、こんなことの為に薬を開発しんたんじゃないのに!!』

 彼女がいつもの台詞で切り出した。それも既に涙を流しながら。

 もう、ボクが口にする資格は永遠にこないのだろう。


 彼女は打ち勝った。ついに粘菌Zくんに打ち勝ったんだ。

 Zくんのプロテイン構造に着目し、固有の分解酵素を注射する事によってZの根治に成功した。

 人類はZに勝利したとCDCが祝いの声を上げていた。その日のエリカは、満面の笑みだった。


 でも、その日、ボクはZくんにも相談を受けていた。

『ねぇ、乗り物が壊されちゃったんけど、大丈夫なの?』

 Zくんは記憶力が良い。だけど、思考力はとても低い。

 意思そのものが一つとも複数とも呼べない状況が、この状況を生み出しているのだろう。

 困った時は、この固体に尋ねれば良い。これだけを記憶し、思考はボクに丸投げだった。


 Zくん? キミは朱音か? まもりか? あ、駄目だ、また涙が出ちゃう。

 ボクは男の子だから。男の子だから歯を食いしばって涙を流さなきゃいけないんだ。

 男の子はつらいね?


 滑走路のシェルターの建造は大事なことだ。

 アメリカを通した世界平和の維持は更に大事なことだ。

 だけど、Zくんと人類の調停役は、もっと大事な役割なんだ。

 佐渡島なんて行ってる暇なんて、ボクには最初から無かったんだよね。


 この場に居なければ、キミ達を守れなかった。

 そして、この場にはキミ達の未来は存在しないんだ。皮肉な話だよね?


 ボクが居なくなった。

 一年間、依存し続けていたボクが居なくなった。あるいは、幼稚園の時からなのかな?

 失恋したての女の子ほど、落としやすい女は居ない……って、昔から言われてたよね?

 山本さんと川上さんにお願いはしておいたけど……山本さんにお願いすべきではなかったかもしれないな。まず、本人の幸せを探してください。


 川上さんは大人の女性だった。

 簡単に、簡潔に、簡素に、ボクの男性としての魅力の無さを語ってくれた。

『京也君、重すぎ』

 ――――まったくもって、その通りで御座いました。


 男女を逆にして、ボクのために朱音あたりがウン十万の人々を殺してきて、ニッコリと笑顔で愛してるなんて言われたら……引くよ? 完全に引くよ?

 それはヤンデレという奴でしょう?


『キョウヤ!? 話を聞いてるの!?』

「――――アイキャント……聞こえないって英語でどう言うの?」

『ヒァリング?』

「アンキャントヒァリングイングリッシュ、トゥデイ」

『日本語で話してるわよ!! ……キョウヤ、何かあったの?』

「エリカが泣いてるんだ。だから、悲しいんだよ」

 日米を跨いだマジックハンドで頬の涙を拭っても拭っても、毀れる涙が止まる気配を見せない。

 片手分しか用意してなかったことが悔やまれる。


 Zくんに対する回答は、放っておけば良いよ。そのうち、また乗り物に戻るから、だった。

 ――――そして、その通りになってしまった。


 今までは不治の病であったZ。それが治療可能になった。

 それは、Zの利点だけを得られるということを意味していたんだよ。

 飢える事も、疲れる事も、病める事も、老いる事も無い、完全な人間。

 脳がときおり睡眠を欲する事と、脳の寿命まではいつまでも若く活動的で居られる。


 普通の生活を送りたくなったのなら、注射一本で一時的にZを止めれば良いんだ。

 理性の回復、犯罪の抑止、Zと人の双方向の変異。計画に必要な全てのパーツが揃ってしまった。


 いま流行のアンチエイジング、ニアスーサイドのご紹介。

 まず、ゾンビオサエールを皮膚の薄い部分にパッチします。

 専用のカプセルに入り、低酸素、高二酸化炭素の呼吸をすること一回。

 即座に失神。目覚めた時にはZが全身に寄生し、噛み傷一つ無いパーフェクトボディに大変身。


 つまり、Z化そのものが流行になってしまった。治療可能になったという理由のためにね?

 男性は良いさ。十代には十代の、二十代には二十代の、三十代には三十代の良さがある。

 女性はどうか? 四十代には四十代の? 五十代には五十代の? 六十代には六十代の?

 セックスアピールがあると言う奴は偽善者か、特殊な性癖の持ち主だろうさ。


 治療可能であり、通常と同じ生活が送れるのであれば、Z化は利点しか残さない。

 発見からたった二年で、Zを治療するための薬品を開発したエリカはまさしく天才だ。

 ボクが、Zくんにちょっと頼んで作ってもらった弱点を発見できた。まさしく天才だ。

 そんな彼女が零す涙を、零させたボクが拭う。――――偽善者も板についたものだね?


 それでもZ化を恐ろしがり、拒む人は大勢居た。

 だけど、目尻の小皺の方が女性にとっては倫理よりも大問題だったようだ。

 まずは女性から。次に安全である事が確認されると男性に広がっていった。

『目や肘や肩が悪くなる前にZ化しておきたかったよ』とは、リチャードさんの発言だ。

 Zと人の間を行き来できるなら、これほど素晴らしいことは無い。

 人類は喜んでZくんの乗り物となり、そしてアメリカの経済を潤し続けた。

 全人類に恐怖を与えた筈の粘菌Zが、全人類に至福の時間を与えた。皮肉もすぎて冗談の域だよ。


『キョウヤ……私は、Zが憎いの!! Zを打ち倒したかったの!!

 なのに世界はZを新しい友人として受け入れた!! アイツ等はパパとママを殺したのよ!?

 ねぇ、キョウヤ? 私は一体、何をしてきたのかな? 何のために頑張ってきたのかな!?

 良いことをしたの? 悪いことをしたの? 教えてキョウヤ? 私は一体、何をしたの!?

 憎いのよ!! Zに自ら喜び感染して、ドラッグに嵌ってる人間達が憎く感じてしまうの!!


 ……。

 ……。

 ……。

 私、もう、どんな顔をすれば良いのか解らない。

 Zは他の病気を退けちゃう。だから、CDCのお仕事は今日でお終い。

 世界の誰も病気にならないなら、お医者さんの仕事なんて無いんだもの。

 私は、私の、首を絞めていただけなの? ――――キョウヤ? 教えて? 私は何をしたの?』


 ――――彼女はただ、ひたむきだった。

 真っ直ぐに、生き。真っ直ぐに、戦い。真っ直ぐに、打ち倒した。

 その背後から、横から、這い寄るような黒い影が彼女をドロ沼に突き落とした。

 人の欲望。それは彼女のひたむきな夢を否定し踏み躙り、そして嘲笑うように咲き誇った。


 人類がZを克服し、その利点だけを得られたなら、もう彼女に居場所は無い。

 あるいは、よりZ感染者達を楽しませる娯楽薬品の提供者にならなれるかもしれない。

 Zになるには相応しくない、幼い子供達の相手にならなれるかもしれない。

 でも、そこが彼女の終着駅だった。ずっと前からボクは知っていた。


 彼女の両親の命を奪ったのはZではなく、正確には人間の放った弾丸だ。

 だけれども、彼女にとってはZこそが、憎むべき両親の仇だったのだろう。

 そして、アメリカの全ての国民が、その仇達と踊り狂う様を見て、どう思っているのだろう?


 痛い――――心臓が、痛い。

 本来存在しなかった、Zくんの弱点。

 それを生み出す結末を知りながら、Zくんに吹き込んだボクの悪意。


 いまボクは、どんな顔でエリカの涙を拭っているのだろうか?

 心の中身は違っても、同じ泣き顔なら、それで良かった。

 エリカは、何でも好意的に解釈してくれる女の子だから。


「キミは、世界を救ったんだよ。エリカ――――」


 次の日の朝、エリカ=ハイデルマンは辞表を提出してCDCを去った。

 休職届けとして受理しておくと局長は語ったが、戻ってくるあては無さそうに感じられた――――。


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