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少年Z  作者: 髙田田
IFストーリーライン・エリカとボクと苦悩の日々
116/123

・田辺京也 16歳、エリカとボクと苦悩の日々、その位置

 IFストーリー。

 どれが正史という訳でもありません。

『私は、こんなことの為に薬を開発しんたんじゃないのに!!』

 ――――いきなりだけど、ボクの心の名台詞を奪われた。

 もちろん、彼女の憤りが理解できないでもない。


 Zに理性を取り戻させたオキシトシンという物質だが、これは脳関門を通過しない物質だ。

 脳関門とはその名前の通り、脳へ至る血流の関所のこと。

 ここを通過できない物質は脳内に侵入することが出来ないんだ。

 つまり、オキシトシンを使ったZ治療は、脳に注射針を直接差し込むような危険な代物でもあった。


 そこで考え出されたのはオキシトシン誘導体による理性化の促進。

 脳内物質であるオキシトシンの放出を促す誘導体なのだけど――――普通に麻薬でした。

 Zの感染者には飲むと言う行為が難しいため、皮膚の薄い部分に貼り付けるパッチ式、シール状の理性化薬剤が開発された。


 ――――だが、アメリカ人の闇は、日本人のボクが思うよりも深かった。

 一枚貼れば一週間は理性が保てる。二枚貼れば一週間ハッピーで居られる。三枚貼ればハレルーヤが待ってるぞ!!


 アメリカのドラッグ産業に突如として出現した、新しい素敵な合法お薬。

 ゾンビオサエールは、アメリカ国内のドラッグ産業に革命をもたらした。


 そもそも、アメリカ国内で向精神薬の需要は元々高かった。

 Zの問題が発生する以前から存在した問題。うつ病対策だ。

 これを、ゾンビオサエールと併用しても、効果は現われた。

 半分はゾンビオサエール、そしてもう半分は向精神薬という使い方をすれば、一週間に半分は余る計算だ。

 つまり、四週間もすればハレルーヤが待っているんだぜ!?

 そして、うつ病のための向精神薬は、ボク鬱なんですと申告すれば誰でも簡単に貰えた。


 ドラッグ市場。アメリカの暗黒面に旋風を巻き起こしたゾンビオサエール。

 CDCの局内、エリカ=ハイデルマンの自室においても旋風を巻き起こした。

 酒を飲み、荒れ狂うエリカ。そのタイトスカートから毀れる脚線美を追う鷹の目。

『今のは惜しかったね?』――――ええい、邪魔をするなリチャード!!


 エリカ=ハイデルマンは天才だ。紛れも無い天才であり、紛れも無い善意の人だ。

 オキシトシンによる理性化の発見以来、二十歳の若さでありながらチームを率いてきた。

 アメリカの全国民、Zに感染した全ての人々に尽くしてきた結果が――――これなんだ。

 そりゃ荒れるよ。そりゃ飲むよ。そりゃ暴れるよ。


『キョウヤ? ……私ね? 頑張ったのよ?』

 画面越しの彼女が頭をツイっと近づけた。

 撫でろ、の合図だ。アメリカ人はジェスチャーがわかり易くて助かる。

 画面の向こうには人の手を精巧に模したマジックハンドが用意されており、モーションキャプチャーの要領で動かせるようになっている。

 NSAの目の前で撫でるのもいささか気恥ずかしいけれど、エリカが求めるなら仕方無い。


 よしよし、エリカは良い子だ。よく頑張ったよ。

 悪いのはエリカじゃない。それを悪用する人達なんだ。エリカは頑張ったよ。


『そうよ!! そうよね!? なのにね……聞いて、キョウヤ?

 なぜか、私の名義で五千万ドル分のパッチシートが購入されたって言うのよ!!

 末端価格にすると、五十億ドル――――そんなお金あったら、CDCなんて辞めてやるわよ!!

 誰がドラッグディーラーの元締めよ!! 誰が暗黒街の帝王よ!! 誰がドラッグクイーンよ!!

 FBIやDEAの連中が押し掛けてきて、CDCと大戦争よ!? 何が一体どうなってるの!?』


 ――――うん、その黒幕なら知っている。それは、ボクだ。

 NSA。彼等に五千万ドル分のゾンビオサエールの発注をした際、エリカさん名義で製薬会社に発注が飛んだ。それは、不幸な事故だったよ。


 それから、ドラッグクイーンは意味が違うからね?

 あとでその点だけはFBIとDEAに抗議しておこう。


 エリカは悪くない。FBIとDEAの勘違いさ。

 大体、CDC局員の年収で払える額なわけ無いのにね? そんなことも気付かないなんてね?

『キョウヤ……解ってくれるのはアナタだけよ。

 他の連中ときたら……今日はエリィの儲けで奢りだとか! エリィ、僕にも一枚咬ませてくれとか!

 エリィ結婚してくれ!! ……え? お金が無い? じゃあいいやだとか……。

 CDCを何だと思ってるの!! それ以前に、この私を何だと思ってるのよ!?

 もうやだ!! こんな研究所なんか辞めてやる!! 辞めてやるんだから!!

 私、CDCを辞めて……辞めて……? 明日から……何になれば良いの? キョウヤ?』

 エリカ? 人には天職ってモノがあってね?

 ――――残念だけど、エリカは逃げられないんだよ? 頑張れ。


『やだあああああああああああああああああああああああああああ!!

 私、もう、やだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!

 パパァ!! ママァ!! 私もう、お家に帰りたいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』

 もっと撫でろ。髪が、顔が、グシャグシャになるまで撫で続けろ。涙はその合図だ。

 彼女には既に帰るべき家族が無い。祖父母、両親、共に銃弾で処理されてしまった孤独な身だ。

 母さんを失い、父さんを浮気性により失ったボクに通じるところがある。


 いや、父に関しては大違いだな――――。

 いずれ、母さんの喜びそうな報復攻撃を考えておいてやらなければならない。

 とりあえず来年の結婚記念日には、二人の結婚祝いに太陽光発電機を贈りつけてやろう。

 名前は『沙也香と京司』、二人の愛の発電所だ。それが正式名称に今、決まった。

 燦々と輝く太陽の愛の力で、伊豆大島の皆を明るく照らしてやるが良いわ。


 エリカのお酒は一人酒の涙酒の絡み酒だ。複雑だね。心も飲み方も、絡み方も色々と。

 CDCの自室から局外の自宅に戻らないのは、ただいまと言う声の響きが嫌いだから。

 うん、それはボクも嫌いなんだ。返事が無いって、寂しいよね。


 親しい人はエリィ。親しくない人はハイデルマン博士と彼女を呼ぶ。

 ボクもキューヤと言う呼び名を改めてキョウヤと呼ばれることになった時、エリィと呼ぶことを許されたのだけど……ボクはエリカの名の響きの方が好きだった。

 母さんの名前に僅かに似てるから、なんて言ったら大罵倒は間違いなしなんだけどね?


 エリカはエリカと呼ぶことを許してくれた。なんだかとてもニコニコとした顔で。

 何がそんなに嬉しいのか尋ねると、半分の日本人の血が騒いだらしい。

 彼女をエリカと呼んだのは、亡くなった彼女の母親だけだったそうだ。


 もう半分のアメリカの血が泣くよ? その答えは、父さんは存分に泣かしておけば良いそうだ。

 娘さんは父親に対して残酷だよね? 息子さんも父親に対しては残虐だけどね?

 結局、父親って報われない生き物なんだね?


 ◆  ◆


 ――――Zくんに感染している限り、その命が保証されてしまう。

 空腹感が無い。疲労感が無い。変化しない。それは人から様々なものまでを奪ってしまった。


 空腹感が無いから、食べ物を美味しく感じられない。

 疲労感が無いから、苦労の成果に達成感を感じられない。

 身体能力はZ化した時点で固定されてしまい、鍛える努力という意味も無くなった。

 高尾山を登るのも、富士山を登るのも、エベレストを踏破することも、さして変わりがない。

 北極点でも南極点でも、時間さえあれば到達できる程度の場所でしかなくなってしまったんだ。


 病気や怪我も恐れる心配が無い。

 四肢切断までいけば話は別だが、ちょっとした怪我はZくんが即座に修復してしまう。

 骨折すら元通りだ。治らないのは欠損が無いから正常のうちと判断される脱臼だけ。

 何も欠けていない以上、治すところもないからだ。恐れるべきは大事故と火と水くらいだった。


 食べても太らず、食わずとも痩せず。

 餓死によってZ化した人、肥満のままにZ化した人にとってそれは災難だったらしい。

 女性にとってはちょっとした福音らしいが、健康食の市場にとっては大打撃だったらしいね?


 ――――生の苦しみを失った結果、生の喜びを共に失ってしまった。

 そして死に至る事はないと言う安心感が、薬物乱用に繋がってしまったんだ。

 ゾンビオサエールだけではなく、クリスタルメス、コカイン、ヘロイン、マリファナ。

 どれをとっても安全で、そして依存症も後遺症も残さない安全な薬になってしまった。

 逆に、薬物の過剰摂取の末に身体を壊してZになってしまうほどだ。


 Zの理性化、世界を平和にするための薬の開発が、アメリカの闇を更に深みへと突き落とした。

 薬事法すら改正されようとしていた。Zのための娯楽は、最終的に麻薬の他に無かったからだ。

 身体は無敵、でも精神は無敵じゃなかった。生きるためには喜びを必要としていた。


 空腹感も無ければ満腹感も無い。疲労感も無ければ達成感も無い。

 どれだけジョギングをしても、ペースは変わらず、地球を一周できそうだ。

 脳が眠りを必要とすることを除けば、全力疾走二十四時間ですら可能なんだから。


 Zくんの前に、麻薬に依存性や毒性があるという建前が通用しなくなった。

 だから、Z感染者向けのビジネスとして麻薬も合法化されるべきだと何処かの黒幕が口にした。

 南米で作られ持ち込まれるくらいなら、自国で生産してゾンビオサエールと共に売りつけるべきだ。

 

『キューヤくんは、そう思わないかな?』

 ――――リチャードさんはブレないね?


 ゾンビオサエール。彼女達が開発した善意の種は、やっぱり悪の花を咲かせてしまった。

 どんな素晴らしいものでも悪用してしまう、人間の欲求の奥深さには呆れ返るまでだよ。

 でも、ボクには、目の前の二十歳には見えない少女を慰めることしか出来なかったんだ。

 例え誰かが悪の花を咲かせても、彼女の善意が本当に無駄になった訳じゃないんだから――――。

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