・五月三十一日、世界禁煙デー
「へぇ~、あのご立派な太陽の発電機を贈って来たの、お宅の息子さん何ですか~」
伊豆大島に足りない電力を少しでも安定供給させるために並べられた太陽光パネル。
その送り主はアメリカ軍の善意ということになっている。
だが、自衛官はその背後の人物を知っており、自衛官と島民は筒抜けの間柄であった。
一緒にクワを並べる間柄なのだから、それも当然である。
「はい、今では父親面も出来ない私ですが、息子が生きてたことには……感謝しても感謝しきれません」
「え~っと、なんに感謝するんですか? 世の中をこんなにした神様ですか? 仏様ですか?
子供を立派に育てたのは父親のアンタさんですがな。自分は自分に感謝するん?」
ツッコミを入れられて、はたと田辺京司は考えた。
誰が息子を生かしたのか、それは……。
「ますます、父親面できませんね。息子を生かしたのは、妻です。そして息子自身です。
タイミングだったんでしょうね。妻が亡くなり、保険金が降り、そして息子は実力で生き延びた。
昔から、そう言う事、ゾンビみたいなのを相手にすることが大好きな子でしたから」
「……なんで、ご自身は父親面できないと?」
「そんな息子のことを放って置きながら、私は再婚したんですよ。
こちらに来て出会った女性。自衛官の大田美樹さんって人なんですけどね。
なんだか、とても大きなショックを受けてて。慰めているうちに、こう、男女の関係に……」
馬場直樹はズッコケた。ボケではなく、現実にコケるということもあるらしい。
足腰に力が入らなくなって、ストンと砂浜に腰から落ちた。
「馬場さん!? 大丈夫ですか?」
伸ばされた手に掴まって立ち上がった。
都会者には珍しいガッシリとした硬い手が、どれだけこの島の農作業に馴染んでいるのかを教えてくれた。
コイツ、真面目なアホや。完全に血筋やな。
「大丈夫やないけど大丈夫や。こんなことも世の中にはあるんやね?
大田のお嬢ちゃんなら良く知っとるわ。アンタさんの息子さんに鉄砲撃ったドアホやぞ?
おっと、口が滑ってもうたわ。人様の奥さんをあんま悪く言うのもなんやな」
ウチの愚妻と言うのは世の常だが、他人に言われてこれ以上に腹の立つ言葉もない。
「……えっと、馬場さんは妻のお知り合いで、息子とも知り合いなのですか?」
「知り合い言えるほど、深いもんやないけどね?
お宅の奥さんとは羽田の空港に漁船で向かった呉越同舟の間柄や。
そこで、お宅の息子さんに船の燃料を分けて貰って、伊豆大島までやってきたんよ。
羽田は空港。漁船は漁港。そんなことすら解らんで、良くもまぁ生きて辿り着けたもんや。
お宅の息子さんには助けられた、哀れな仲間同士の間柄やな」
田辺京司は話を聞きながらも、いまいちピンと来なかった。
漁船が空港に向かって行く? そこに息子が居た? それで燃料を貰って……。
やがて考えることを止めて、納得だけしておいた。
また、人助けをしたんだろう。どうせ、あの子のことだ。
言葉にすれば簡単な、一言で終わる回答だった。昔からそういう子だった。
それだけだ。
二年前の世界では、禁煙運動がどうとか小うるさかったものだが、今では貴重品の希少品。
なかなかお目にかかれないという理由で、強制的に誰も彼もが禁煙させられていた。
アメリカ軍が援助物資という名目で置いていった貴重な一本を、共に吹かし続ける。
――――美味しくは感じ無い。もともと、随分前にタバコは止めていたし銘柄も違う。
ただ、昔の雰囲気を楽しみたかった。それだけだった。
二人が共に不味そうな顔をしながら、ちゃんと根元まで……結えた指先が熱く感じるまで。
「詳しい話が聞きたければ、お宅の嫁さんに聞くとええよ?
どれだけ自分が何をしでかしたか、何処まで気付いてよるか解らんけどな?
――――まぁ、坊主のオトンや。女のヒステリーの十や二十くらい簡単に受け止めるやろ?」
タバコを吹かしきった馬場直樹は、未だにホタル族の残る海岸に背を向けて去っていった。
海岸には花火の明かりが相応しいのだろうけど、花火はタバコより、もっと希少な贅沢だった。
それに花火は、いい歳をした男よりも、若い女子供にこそ持たせたい花だった――――。




