表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少年Z  作者: 髙田田
五月・下
113/123

・田辺京也 17歳、終末に会いましょう――――。

 川上さんから見当違いの謝罪メールを受け取った。

 私達が来なければ、京也君は女の子達と一緒に暮らし、その心の傷を癒やせたはずなのにって。


 返信。

『ボクの心の傷のために、女の子達の人生を無駄にする方が間違いです。

 来てくださってありがとうございます。彼女達に未来をあげられたのは貴方達のお陰です』

 返信終了。


 五つの心を、一人の修復に使うのはおかしい。

 一つの心を、五人の修復に使うのは正しい。数学上。

 モラルはともかくとして、冷たい計算式はそう弾きだしていた。


 ほら、一年前、吉村さんが身を張って女の子のリハビリに協力したことが在ったじゃない?

 吉村さん、あのあと三ヶ月ほどおかしかったそうだけど、今はピンピンしてるらしい。

 カレー以外は。


 同じことだよ。三人の少女のために、一人の男性を生贄にした。

 でも、ポカポカさんだけは止めてあげてください。同じ男性として見ていられませんでした。

 後藤の人の精神を破壊するための計画だったのに、まさか吉村さんが犠牲になるなんてね……。


 千人の秩序のために、十数人の少女を生贄にしたシェルター。

 それを正しいと思ってしまうボクは、やっぱり、もうおかしいんだろうな。

 彼女達なりのつたない幼稚なやり方で、なんとか自治を保とうとした結果なんだ。

 誰も犠牲にならない道があるなら良い。でも、そんな道は殆どの場合、存在しないんだよ。

 正義を守って皆で死ぬか、悪を咲かせて大多数で生き残るか。


 多くの場合、道は二つに一つなのさ。

 そして、より沢山が助かったのだから、この道こそが正義だったんだと後付けするんだ。


 ――――それが、この一年の連続だった。力はアメリカが、さらに強い力はZくんがくれた。

 そんなボクの顔を見て、大久保さんもリチャードさんも、傷ついた顔をするのは止して欲しい。

 アナタ方も通ってきた道でしょう? アナタ方から学んだ道なんだから。


 ……。

 ……。

 ……。

 おや、お久しぶりです田辺京也さん。いつの間にかうたた寝を?

『青い鳥は何処に居る?』

 そんなの自宅に決まってるじゃないですか。

『窓を開けたら何処に行く?』

 籠の中の鳥は自由な空に飛んでいきますよ。

『もう二度と?』

 戻ってこない。それが鳥ですからね。――――なにか御用ですか?


『佐渡島が忙しくなったってな?』

 えぇ、戦争状態じゃないですけど学徒動員。

 部活で看護部や盾部をやってた子は、予備役に含まれたそうです。

 北海道も、あと三年くらいは持つと思ったんですけどね。まさかここまで無能だとは。

 あの少年の絶望には予想を引っ繰り返されました。同じ少年Zとして、上を行かれた気分です。


『同じ、ね? 嘘つくなよ』

 ははは、バレましたか。流石は田辺京也さんだ。隠し事が出来ないな。

 絶望を前にして逃げ出した彼。絶望を前にして戦ったボク。彼とボクでは正反対の生き物ですよ?

 彼は絶望少年。ボクは少年絶望。そもそも少年って、絶望を乗り越える上位の生き物でしょ?


『違いない。それで今度の絶望は乗り越えられそうかい?』

 ちょっと、キツイかなぁ。三人共に異性から言い寄られないほどの顔なら良かったのに。

 言い寄る男の数は星の数。まもりですら、向こうじゃ都会から来たちょっとしたアイドルだ。

 学徒動員。言葉にはしなくても、そうやって同級生として、同僚として過ごして行けば……いずれは花の一つも、ね?


『娘を嫁にやる気分?』

 その前に、娘を作る行為がしたいです。

『あ、俺も俺も』

 でしょう? そうでしょう? そうなんですよ!!


『三人共に、佐渡島で必要とされる人材になった。そして、こちらでは不要な存在だ。

 一年前を覚えているなら、物資を食い荒らすだけの愛玩動物でしかなかったことに気付くことだろうな?』

 だよねぇ? ボクの心の安定のためだけに、生きてて貰ってたなんて失礼にも程があるよ。

 彼女達が居なければ、ボクは絶望を乗り越えられなかった。

 だから、一応はギブアンドテイク、なのかな?


『母さん一人で足りるのか?』

 白骨美人だから、なんとかね?

 この家は空っぽじゃない。母さんが居るんだ。

 あと、フラワーロックのブラザー達も。こいつら、わりとうるさいよ?


『父さんはどうするんだ?』

 伊豆大島で職を見つけたらしいし、忙しいみたいだし、再婚したみたいだし?

 ――――母さん、奴はたった二年で母さんを忘れる下劣で軽薄な男でしたよ。


『いや、物凄く気の多い、お前に文句を言う資格は無いと思うんだけど?』

 宮古ちゃんには手を出していません!! アザミさんとも大人のキスまでです!!

 父さんの浮気性とは一緒にしないでください!! 失礼極まりない!!


『本気性、ね? ――――全ては母さんの代替品のくせに』

 マザコン道とはそういうものです。

『おい!! 急に開き直るなよ!? 責めようがないだろ!?』

 マザコン道とはそういうものなのです!! キミに何の文句がありますかっ!!


『くそっ、この一年で、完全に壊れちまったんだな……』

 はい、その通りですよ?

 右の皿に人の命を、左の皿に人の命を乗せて、秤に掛け続けるだけの簡単な仕事。

 でも、そのうちに支柱がポッキリと……右の人の命も、左の人の命も深い深い穴のなか。

 一年前の純真無垢なボクは、人間は石油を食べて暮らしているものだと思っていました……。


『今は?』

 人間の主食は人間でした。噛み付くだけのZくんより性質の悪い。生殺しのゾンビ達です。

 右の人間が左の人間を食い物にするか、左の人間が右の人間を食い物にするか、それだけです。

 今はアメリカ合衆国が世界を食い荒らしてますね。二年前は日本も食い荒らす側だったのにね?


『あぁ、こりゃ駄目だ。ホントに壊れちまった。曇りガラスの色眼鏡がな。

 直せそうか? 薄っぺらいモラルとか道徳とか良識とか、そういうのを掻き集めて』

 無理っぽいかなぁ? 人間に、裏切られて、裏切られて、裏切られて。

 最後は、他の男の子供を連れた姦し三人娘に頼られて。たぶん、そこが限界点だよ……。

 なんとかシェルターの扉を笑顔で開けるところまでが限界、かな?


『そこまで愛されることを求めるくせに、全く愛を信用していないんだな?』

 愛が絶対なら離婚なんてないさ。それどころか結婚もないよね。誓う必要すらないんだから。

 誓って縛ってようやく成り立つ、その程度のフラフラしたものだと歴史が証明してる。

 結婚っていう儀式を必要とするほど、信用できないものが愛なんでしょ?

 ――――アザミさんとキスをした時、思い知らされましたよ。永遠も真実も無いんだって。


『でも、欲しいんだろ? とても欲しいんだろ?』

 うん、欲しい。とっても欲しい。すんごく欲しいよ。

 だって、ボクは思春期の男の子なんだもん。第二次性徴真っ盛りなんだよ?


『じゃあ、今すぐにでも手に入れたらどうだ?

 第七艦隊を佐渡島に入港させれば、三人娘を連れ戻すくらい簡単だろう?』

 ――――あのねぇ、ボクは彼女達を愛してるんだよ?

 どうしてそんな酷い真似が出来るのさ。第七艦隊を寄越してやるから代わりにボクを愛せって?

 命を助けられたお姫様は、王子様に永遠で絶対な愛を誓わくちゃならないのかい?

 キミは、今を一体いつの時代と勘違いしてるんだよ?


『いや、あの、今は世紀末の時代だろ?』

 ――――田辺京也くんは、本当に心の狭い男ですね。

 助けたければ、ボクは勝手に助けますよ。そんな打算は無しにしてね?

 まさか、暴力を用いて愛を取り戻せとでも言うのですか? 私はショックです。


『もう、お前って滅茶苦茶だな?』

 つまり、いつも通りってことですか?

『――――まぁ、そうだ』

 だよね……。そうなんだよね。

 いっつも通りに、滅茶苦茶の無茶苦茶の平常運行。


 まもりの拳が懐かしい。マゾじゃないけど懐かしいよ。

 神奈姉の踵が懐かしい。マゾじゃないけど懐かしいよ。

 朱音の悲鳴が懐かしい。マゾじゃないけど懐かしいよ。


 Zと対峙する時、常に死の影を感じていた。だけど、隣り合わせの生を実感した。

 世田谷の自宅で囲まれた時は死を想像した。だけど、隣り合わせの生を実感した。

 人間の暴力と出会った時、常に死を考えた。だけど、隣り合わせの生を実感した。

 これが、人の本能なんだろうね? 道理でジェットコースターが流行るわけだ。


 ――――今じゃ、まともに敵として扱える相手がいない。手加減は失礼だ。

 せいぜいがZくんだけれど、彼自身は好奇心の塊で、そういう行為には興味が無い。

 人間の平和な営み、人間の非道な営み、人間の喜び、人間の悲しみ、人間の人生の全て。

 そういったものをシアター感覚で眺める観察者だ。人間は映画館じゃないんですけどね?


 全ての刺激的な絶望を乗り越えた先には、退屈という絶望が待っていましたとさ。お終い。

 あとは、このシェルターのなかで、のんびりと、のんびりと暮らして過ごします……。

 ボクと母さんだけの、小さな世界だ。あと、フラワーロックのブラザー達。


 世界の終末にしか必要とされない、ボクは無用な男の子なんだよね。

 そんな無用な男の子に、平和な世界で必要とされる女の子達は勿体無いね。

 ボクは一人のプレッパー。複数形じゃないからプレッパーズにもなれないなぁ。


 そろそろ閉じようか、この扉。時間よ進め、お前はいつだって美しいさ。じゃあね、世界。

 ――――さよなら、バイバイ、また終末に会いましょう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ