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少年Z  作者: 髙田田
五月・下
112/123

・五月三十日、消費者の日

 みんなが去って、一年かぁ――――長いようで、短いようだったな。

『今日の夕食にはブ厚いステーキを頼む。付け合せのポテトも山盛りでな!!』

 ねぇ、そこの米軍の貴方がた? それは監視役としてどうなのさ?

 一応、ドローンを使って運ぶけどさ。あとよく、ゲームと宴会に夢中で監視してないよね?


 シェルターは十万割がたが完成した。

 主に、アメリカが儲けすぎたせいだよ……。

 たった5%が使い切れない。減る端から増えていく。

 そして使われないお金というのは、消費社会において害悪だ。

 どんどん使って回してくださいと、大統領の勅命が降されるってどうなのよ?


 アメリカさんは世界各国に、かなり足元を見ての交渉を持ちかけ続けた。

 鉱山の採掘権、油田、レアアース、諸々の資源とアンダーザドーム製の対症療法の商取引。

 どうやらボクへの監視は、敵対的なものではなく守られているものらしい。

 事実上、世界一の大富豪なんだ。何かことがあれば大変だものね?

 日本国民、田辺京也。アメリカの大富豪、キューヤ=タナベ。――――あの国、滅ぼしていいかな?


 そんなボクにステーキを焼かせる彼等は一体、何者なんだろう?

 この力関係が解らない。あと、ときおり新作のゲームを寄越せとか、ハーゲンダッツを寄越せとか……お前らは朱音か?


 ――――あ、懐かしい名前だね。


 駄目だな。まだ涙がポロポロと毀れてくるよ……。

 朱音は佐渡島の高校に通いながら、部活の代わりに医療看護の勉強中。

 主に川上さん達の下で実地研修と、軍医の人からも色々と習っているらしい。

 そういう女子学生さんも多いそうだ。楽しくキャピキャピと部活感覚で注射の練習だってさ。ボクも混ぜて?


 朱音は採血の練習の際、まもりがペアになるのが心底嫌らしいね。

 ……まぁ、十回に一回は成功するらしい。常に十回目ほどになるけど。

 擬音が皆はプスッなのに対して、まもりの場合はザクリなのだそうだ。

 もう、朱音以外ペアになってくれる相手が居ないと泣いていた。いや、泣きたいのは朱音だからね?

 ――――離れてわかる朱音の優しさ、か。……近くに居ると腹が立つばかりだったのにな。

 結構、気を使われてたよね? やり方はアレだったけどさ。


 男子高校生には、柔道でも剣道でもなく、機動隊の盾道が人気らしい。

 盾道部の試合もあるそうだが……どうやって決着つけるんだろうね?


 神奈姉も今では立派な高校二年生。

 あぁ、無情も極まりない告白の振り方に、定評がある佐渡島のお姫様。

 ――――基本も応用もサドだからね。それはそれは、佐渡島のプリンセスに相応しいお姫様でしょう。


 宮古ちゃんは普通の小学生ライフ。お姫様じゃないことにブーたれながらも、仲良くやってる。

 アザミさんは……トラックの運ちゃんだってさ。クロに比べれば、随分と運転しやすいそうだ。

 泣くなよクロ二号。いつか、お前にも運命の相手が現れるさ。

 いっぱいいっぱい、横腹でブロック塀を削ってくれる運命の相手が現れるさ。


 ……。

 ……。

 ……。

 今日、北海道で崩壊が起きた。たった二年しか持たなかったのか。

 今日、佐渡島の独立が起きた。大久保さんが初代大統領なのかな?

 陸海空、全てが示し合わせたような動きだった。自衛隊に正式編入された機動隊も含めてね。


 米国政府の姿勢は傍観。

 暴動側と日本政府、どちらが正当な政府か決めかねているフリのままだ。

 結局、最後までZとの矢面に立たなかった日本政府は、国民の暴動という形で矢面に立たされた。


 内乱罪で、国民の半数以上を捕らえろだって? 無茶を仰る政府だね。

 文民統制、シビリアンコントロールが基本である自衛隊は、総理の決定に従わなかった。

 なにしろ、暴動に参加している国民の数のほうが圧倒的に多いんだから。

 なら、民主主義的には暴動している側に加担するほうが筋というものでしょう?

『我々は総理の私兵ではありません。国民のための自衛隊です。以上』

 これは誰かの通信記録。後藤の人に似てた気もするけど、気のせいだろう。


 格差の是正を強制的に行なわなかった。強権的にでも行なわなかった。その代償。

 マネーイズパワー。袖の下の力持ちに支え続けられていた。その代償。

 誰にも選ばれていないアナタ方が議席にしがみ続けていた。その代償なんだよ。

 ――――大人達の選択の代償なんだ。巻き込まれる子供達にとっては堪ったものじゃないよね?


 渋谷のパンデミックから二年。矢面に立たされた自衛隊や警察官達は現実を知った。

 渋谷のパンデミックから二年。矢面に立たなかった官僚や国会議員は現実を知らなかった。

 ナイフ一本Zのもと。火事より怖いパンデミック。火事より早いZの侵食。

 ――――暴動の発端が、一人の男子高校生だったっていうのは皮肉だね。


 彼は自分の親の仕事を見た。その扱いを見た。

 彼は自分の頭の偏差値を見た。その未来を見た。

 絶望した彼は、富豪様の御子息が通う私立学校の片隅で、自らZになることを選んだ。


 教育は平等だ。私立や塾や家庭教師を除けばね?

 就職も平等だ。親が資産家かどうかを除けばね?

 全てが平等だ。資本主義の唱えた平等な社会だ!

 共産主義が正しいとは言わないけど、歯止めのない市場主義もどうなのかな?


 政府だって、格差について考えてなかったわけじゃないんだ。

 ただし、五年後か、十年後か、二十年後の話としてだけどね?

 ――――じゃあ、その間に育つ子供達はどうなるんだろうね?


 子供が未来に夢を見られない社会。つまり、子供が未来に絶望した社会。

 子供は想像力が逞しいからなぁ。ボク自身、想像力が逞しすぎてこの有様なんだしね。

 だから、彼はその想像力をフル活用して、暗い未来に絶望しちゃったんだ。

 ――――富豪様にアゴで使われる、そんな暗い未来に絶望の牙を剥いた。


 キミの心の声、ちゃんと聞こえるよ?

『俺の未来が地獄なら、お前ら腐った豚共も道連れにしてやるよ!!』

 命を代償にした社会への反抗期。彼の名前は少年法に守られて実名報道はされなかった。

 だから、彼の愛称は少年Zだ。赤平翔太くん。


 少年Zは企み通り、多くの学生をZの道連れにした。

 でもね、資産家たちはオキシトシンを継続購入出来るんだよ。

 Zになった子供達には合衆国、アンダーザドームの産物である治療が施された。

 未だに完治は無理だけど、日常生活を取り戻させるくらいの薬は完成の粋に達している。

 一年前はゾンビだったものが、今では糖尿病のようなレベルにまで成り下がっちゃった。


 薬の継続投与さえ欠かさなければ、もう普通の生活が可能なんだよね。

 粘膜や肺に霧状の薬液でコーティングを施せば、通常の会話や食事すら可能になった。性交渉すらもね?


 ――――ただしこれ、お高いんですよ。

 あと、継続的な対症療法でしかないんですよ。根源治療はまだまだ遠い。

 流石はZくんだ、しぶといね。なにせ、実は耐性を変えられるんだから。ずるい――――。


 ……。

 ……。

 ……。

 こうして親の資産に応じて、資本主義的に平等な治療が子供達には施された。

 政府側の対応も解らないでもない。Zの治療は長く続くんだ。国費で全額負担は出来ないよ。

 人間の脳が限界を迎える日まで、自然死を迎えるその日まで治療は続くんだ。

 だから、だいたい治療期間は百二十歳くらいまでかな?


 その上で、少年Zの両親に対して民事訴訟が起こされた。払えないと解っていながらだ。

 彼等にとって法の上に則った、当然の権利の上の報復的訴訟だったのにね?

 けれど、それを理不尽だと思う人達も居たんだよ。無法者だね、モヒカンくんだね?

 持つ者の子供は高度な医療を施され、持たざる者の子供は――――関節を外され檻の中。

 実に平等だ――――。


 暴動が起きれば怪我人も出る。怪我人も出れば、死者も出る。

 Zくんが頑張って乗り物を修理して、北海道でも大規模なパンデミックが発生した。

 そして日本政府は佐渡島に臨時政府を、移せなかった。佐渡島側が拒絶したからだ。


 二度に渡って日本を破壊した政府は、国民の信頼を得ていなかった。

 文民統制の基本を守り、佐渡島の住人の総意で持ってこれを拒絶した。

 革命でもない。クーデターですらない。ただ、政府の意向に五千の自衛隊員が逆らった。

 主権が正しく国民の手に戻った、それだけのことだ。


 他の陸海空も、コレに同調した。

 法律がどうであろうとも、既に彼等に統帥権を持つ資格が無いと判断したためだ。

 どこの土地の国民も彼等を支持していない。なら、彼等に統帥権を渡すことは出来ない。


 もちろん、それに至るまでの根回しはあったのだろうけどね?

 一年間、十分に時間を掛けて。大久保さん達が頑張っていたんだ。

 ――――むしろ、政府が無能すぎて根回しのための時間が足りなかったんじゃないかな?


 こうして全ては予測された流れのままに、北海道では怒りの日を迎えた。

 どこで火が付くのかは解らなかったけど、いずれ炎上することは解っていたし、備えていた。

 面白いことに、このD滑走路を臨時政府の土地として徴収しようという案もあったらしいね?

 おいおい、うちはアメリカ様の領土だぞ? 総理大臣だろうが何だろうが、迎撃対象だぞ?


 寄る辺無き彼等が何処の空港に着陸したのかは知らない。

 少なくとも、人の住む土地では歓迎されなかっただろう。

 そんな彼等でもZくんは平等に歓迎してくれる。その優しさ、心の広さには感嘆を覚えるよ。


 佐渡島、対馬、伊豆諸島、沖縄諸島。

 小さな島と山の奥地に身を寄せ合って、新しい日本政府が誕生した。

 冷たい計算式では、ロシアの南下を待って北海道の住人の掃除を任せる。その後に日米安保の再宣言。

 北方四島ごと、北海道をアメリカ軍の威圧のみで取り戻す予定だろう。

 掃除の経費はロシア持ち。あるいはさらに国家賠償すら得る算段かもね?


 こうなって欲しくは無かったと、大久保さんは口にしていた。が、順当にこうなった。

 結局最後まで、日本という国はZには負けなかった。自分自身で勝手に滅んだんだよ。

 世界が大きく変わりながら、自らは大きく変わろうとしなかった国から滅んでいった。

 何処もかしこもそうだった。これも、適者生存則の一つになるのかな?


 Zを相手に弾薬で解決を図ったロシアや中国の方が、日本よりも長生きしてしまったくらいだ。

 でも、超の上に超が付いたアメリカ合衆国の敵では無い。もはや彼等は搾取の対象でしかない。

 案外しぶといね、人類も。ゾンビ映画のように、やすやすと滅ぼされてやる気は無いらしい。


 そんな平和な佐渡島に、北海道の選民様が押し寄せようとして、誤射されたそうな。

 次は自分達が差別される側となり、被害者面してパンデミックを引き起こすのだから。

 ――――そんなことくらい、大久保さんはお見通しなんだよ。悲しそうな笑顔をしながらね。


 ◆  ◆


 馬場さんを伊豆大島に見送ったのは一年ほど前、だったかな?

 無事に辿り着けたんだろうか? 知りたくないから調べていない。


 半年前、ゴム山さんがついに行き詰った。

 そこでロクマルではなくブラックホークのチームが突入し、捕獲、佐渡島に放り込んでおいた。

 行き詰った理由? ついにゴム製品が品切れになったそうだ。

 奴はゴム製品が無いと生きていけない身体だから仕方が無いね。


 五ヶ月前、プリン王の島本さんがついに行き詰った。

 何かの疫病らしい。ブラックホークのチームが突入し、捕獲、佐渡島に放り込んでおいた。

 米軍の医療チームがことにあたり、問題は収束を迎えた。ビタミン不足の壊血病って……。

 お前ら、いつの時代の漁師だよ。野菜食えよ、野菜。


 大久保さんはこころよく、佐渡島に受け入れてくれた。

 ただし、ブラックホークやチヌークの等の共用部品をくださいなと……。

 なぜボクがそこまでしなきゃならないんだ? まったく手のかかる無力なモヒカンどもだ。

 まぁ、本場の漁師に港では鼻で笑われてるそうですから? おあいこというものですねぇ?

 今日の釣果は如何なものですか? あぁ、バケツの底しか見えないくらいに大漁ですねぇ?

 衛星画像というのは便利なものだね。滑走路に居ながらにして、彼の釣果が確かめられる。


 そうだ、ンドゥバ君。結婚おめでとう。

 本場から取り寄せたペニスケースは喜んで、割ってもらえたらしい。

 叩きつけて、踏み潰して、お父さんから三日三晩の説教を受けたらしいね?

 日本人が日本刀を踏み躙るようなものだものね。仕方が無いよ。

 ――――相変わらず、危機意識がまるで足りないな。


 シェルターの中に建てられた、シェルターなボクの家。

 外のシェルターは身体のシェルター、中のシェルターは心のシェルターだ。

 仏間には母さんの遺骨が眠っている。睡眠中のZくんがバケツリレーで届けてくれた、ボクへのプレゼントだ。

 いい加減、墓地に埋葬した方が良いのかな?

 でも、寂しいから、もうちょっとだけ待っててね? ごめんなさい。


 電話一本、メール一つで誰でも助けられる。

 世紀末覇王を目指したボクが、いつの間にやら世界の黒幕になっていた。

 だからこそ、良く解った。誰でも助けられる。だけど、全員は助けられない。

 誰かを助けるための力は、誰かを踏み躙った上で作られていたんだよ。常にね。


 取捨選択は今日も迫り続ける。

『今日は、誰を助けるのかな? 誰かを犠牲にしたその力で』

 助けない。そのためのシェルターだ。中と外を切り離すためのシェルターだ。

 これで、お終い。終末に扉を叩かれるその日までね……。

 あ、そうだステーキは送っておかないと、あいつ等、文句を言うんだよな。


 ――――世界の黒幕をアゴで使う奴等こそ、世界最強の存在なんじゃないだろうか?


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