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少年Z  作者: 髙田田
四月・上
11/123

・木崎神奈 16歳、みんな嘘つき――――。

 突然、壁ドンされて、京ちゃんにキスされた。いつのまにか少女漫画の世界?

 ビックリした。まもりが拳で殴りかかるんだもの。京ちゃん大丈夫?

『俺が正気を失ったときはキッチリと殴り倒してね? 合気道で投げ飛ばして、肋骨くらいはOK。股間はNG』と、お願いされていた。

 でも、まもりが先に叩いちゃって、私の手はどうすれば良いのか……思わず笑っちゃった。


 あの日の体育館。お父さんとお母さんが、私達の身代わりになってくれた。

 普段はメタボで、ズボラで、情けなくって、私達に嫌われ放題のお父さんが、男の人も女の人も構わずに、近づくゾンビを殴って倒してた。

 お父さんが空手を習ってたなんて話は聞いたことが無い。

 お父さん、私も!! 合気道を習ってた。調子に乗ってた。

『馬鹿言うな!! さっさとまもり連れて行け!!』

 叱られたのは……小学生のとき以来で、あの日が最後。――――になるのかもしれない。

 怯えてガタガタ震えてたまもりの手を握って、走り出した。

 もう片方の手はお母さんが握って、まもりを引き摺るように三人で……逃げられなかった。


 追いつかれた。


 お母さんが昔、空手を習ってた話は聞いてた。

 でも、一度足を止めたお母さんは、それで逃げられなくなった。

 まもりの開いた手が掴んだのは、通りがかりに見つけた、まもりのお友達の氷川朱音ちゃん。

 開いた手が、冷たくて、哀しかったんだって。

 私も、開いた片手に誰かを掴めば良かったのかな?


 体育館を出てからは早かった。

 京ちゃん。一つ年下の、弟みたいな、子犬みたいな男の子。

『何かあったらウチに来て!! 家の外で待ってるから!! 必ず、ちゃんと待ってるから!!』

 京ちゃんが最後に口にした言葉を信じた。


 ウチのお父さんとお母さんへ噛み付くように、避難所には行っちゃ駄目だってキャンキャン吼えてた。

 でも、お父さんもお母さんも困った子を前にした顔をして、私も一緒になって京ちゃんを優しく諭して、あの日に別れたっきりだった。

 三月の中頃に京ちゃんのお母さんが亡くなったのは知ってた。お葬式にも出た。京ちゃんは泣かなかった。人前では。

 京ちゃんのお父さんが渋谷の騒動に巻き込まれて帰れなくなってたのも知っていた。

 京ちゃんは、お家で一人ぼっちだった。

 だから一緒に避難所に行こうって家族揃って誘いに行ったのに、逆に行くなって説得されて、三人で困った顔をするしかなかった。

 一時間に渡る押し問答。

『お家でお父さんを待ちたい気持ちは解るけど……。諦めがついたら京也君も来るんだよ?』

 結局、うちのお父さんが折れた。京ちゃんは、『違う! そうじゃない!!』って泣いていた。

 15歳の子供の言うことだからって、誰も本気で相手にしなかった――――罰だ。


 京ちゃんは待ってた。約束どおりに待っててくれた。

 私は京ちゃんに駆け寄ろうと、

 まもりが京ちゃんに抱きついた。……そう言えば、待ってるって約束したのは私だけじゃなかったんだっけ。

 そしたら、京ちゃんがポーイって玄関に放り投げて。まもりは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてた。本当に、そういう顔ってあるんだね。あんな状況なのに笑っちゃった。

 私は冷え性で靴下を履いたままだったからまだマシな方だったけど、それでも足の治療は痛かった。

 ほんとうに、待っててくれたんだ。私が口にすると、

『え? 待ってるって言ったでしょ?』

 京ちゃん、あんまりにも当たり前の顔をして言うものだから、また笑っちゃった。

『もしかして、足の裏、くすぐったい? ごめん、我慢して』

 勘違いが面白くて、もっと笑っちゃった。足の裏は涙が出るほど痛かったよ?


 京ちゃんは、秘密基地ごっこが好きな、まだ子供なんだと思ってた。

 京ちゃんは、秘密基地が好きだった。

 男の子のごっこ遊びじゃない事に気付くまで、そんなに時間はかからなかった。

 朱音ちゃんが真夜中に叫び声をあげて、ゾンビに家が囲まれた日。扉や窓が叩かれて、生きた心地がしなかった。

 ……だんだん、朱音ちゃんが、邪魔に、感じて……こいつ窓から放り捨てようか……なんて。

 でも、京ちゃんは飄々とした顔をして『え? べつに良いよ』って簡単に口にして、ゾンビ達を簡単に追い払ってしまった。

 子犬みたいな男の子は、いつの間にか、大きな子犬みたいな男の子に成長してた。


 それから――――京ちゃんがゾンビの死体を積み上げ始めて。ゾンビの死体って、言葉おかしいのかな?

 私も手伝おうか? って、触るのも嫌だったけど、頑張って口にしてみた。

『じゃあ、俺を倒せたら神奈姉にも手伝ってもらう』

 その言い方には少しばかりムッとした。

 だって、京ちゃんが格闘技を習ってたなんて聞いたことが無かったんだもん。

 布団をマット代わりに敷き詰めた仏間で無制限一本勝負の乱捕り開始。……さやかさん、ごめんなさい。

 京ちゃんのお母さんが見てる前で、勝負して開始十秒くらい。

 私は京ちゃんの関節を固めて抑えつけてた。

 嘘っ!? 弱っ!? 思わず口に出そうになった。言ってたら京ちゃんちょっとは傷ついたかな?

『どう? 参った? 私の勝ち~♪ 京ちゃんが私に刃向うなんて十年――――ッッ!?』

 勝ち誇る私の足に電気が走った。比喩表現じゃなくて、ほんとの電気。

 京ちゃんはスタンガンを隠し持ってた。ビシビシ~って、ほんとに痛かった。

 ズルイ!! それズルイよ京ちゃん!!

 もう一回!! って私が再戦を挑むと、京ちゃんが真面目な顔をした。とっても真面目な顔。今までに見せたことのない真面目な表情。

『それ、ゾンビにも言うの?』

 何にも言い返せなかった。


 ゾンビじゃなくて、Z。京ちゃんは何度も何度も繰り返した。

『ゾンビで良いじゃん』『田辺くん、ゾンビじゃ駄目なの?』

 真面目な顔をして、何か考えて、『べつにゾンビでも良いか……』って残念そうな顔をした。

 あの時と同じ真面目な顔をしてたから、私だけは京ちゃんに話を詳しく聞いてみた。

 ゾンビじゃなかった。身体も脳も生きてるかもしれなくて、Zって菌を取り除ければ、みんな元に戻るかもしれない。――――それは宝くじの一等が当たるくらいの確率だけど。

 京ちゃんだけが知っていた。

 アメリカの海外ドラマに出てくるCDCって所が発表したんだって。

 ゾンビはゾンビじゃなかった。知ったその日からZって京ちゃんは呼び始めて……知っちゃったら皆も苦しむと思って黙ってた。

 でも、誰か一人には知ってて欲しかった。それが、一番年上の私の役割だった。

 なにか、外で失敗をして、京ちゃんが帰って来れなくなる可能性があるから――――。


 とっても悩んで、とっても苦しんでて……だから私も勇気を出して京ちゃんの部屋に向かった。

 お風呂に入って、身体を綺麗にして、バスタオル一枚で……。

 京ちゃんが私のことを好きだってことは……もう、幼稚園の時からずっと。

 でも、弟みたいな~って、ドラマの台詞で大人ぶって、ずっと相手にしてこなかった。

 だって、つれなくすると構って構ってって、子犬みたいに尻尾を振って可愛かったんだもん。

 それと、まもりが京ちゃんのことを大好きで、奪っちゃうのは悪いかな~とも思ってた。

 それでも、男の人の慰め方とか癒し方なんて知らなかったから、ドラマとか、映画とか、真似てみて……二人とも真っ赤になってうつむき加減。

 でも、京ちゃんが口にした言葉、

『……神奈姉の彼氏に悪いよ』

 一瞬、頭が空白になって、それから、お腹を抱えて笑っちゃった。

 京ちゃんが、どうしたら良いのか解らなくなってオロオロしてたから、息が出来ないほど笑っちゃった。


 そう言えば、そんなこともあったね。

 お財布の中に入れてた、憧れの先輩の隠し撮りの一枚。

 先輩は学校のアイドルみたいな人で、みんなでキャーキャー言いながらミーハーにも追い掛け回してた時期がありました。

 そんな熱が冷めても写真そのままにしちゃってたんだよね。

 京ちゃんの家に来て、手持ちの道具を確認しあったとき、

『お姉ちゃん、この写真のカッコいい人、誰?』

 ――――バレないと思って、わたくし、妹に見栄を張っちゃいました!!

『嘘っ!? 凄い!! ありえない!!』『カッコイイ!! 神奈さん、羨ましい!!』

 京ちゃん、この世の終わりみたいな顔してた。その顔を思い出して、あの時は笑いすぎで死んじゃうかと思った。あと妹よ、ありえないってどういうことよ?

 以来、私は架空の恋愛話を二人から根掘り葉掘りと……お前等も恋話の一つも聞かせろよぉ!! 女子高生だって恋話に飢えてるんだよぉ!!


 ――――こほん。

 京ちゃんは優しい。とっても優しい。残酷なくらいに優しい。

 アザミさんと宮子ちゃんも助けたがってた。でも、私達が居るから……京ちゃんに何かあったとき、生き残ることのできる日数が減っちゃうから嫌がってた。

 私にはどうすれば良いのか解らなかったから……ズルイ言い方をしちゃった。

 私達は外に出られない。きっとZを相手にしたら一日も持たない。囲まれて、すぐに仲間入り。

 一度だけ、京ちゃんと一緒に家の外に出た。

 近くの家。玄関のドアには二箇所、目立たない位置にテープが張られていた。

 もしも、誰かが侵入したらすぐに解るようにって用心のためのテープ。

 窓ガラスの割れた部分にもテープが張られていて、新しい割れ跡があったら絶対に近づくなって教えてくれた。

 Zで作ったバリケードの中なのに、息を潜めて、曲がり角のたびに鏡で確認して、映画の中の警察の人みたいな動き。

 私自身、合気道を習っていたからすぐに解った。

 合気道を昨日今日習ったからってすぐには役立にたたない。京ちゃんの動きも一緒だった。物凄く長い時間を、こういうことに費やしてきたんだって。

 ……京ちゃん、そんなに暇だったの?


 家に入る前に私の口が、京ちゃんの手で塞がれた。……ゴツゴツした男の子の手。

 その手に驚いたけど、そのあとでもっと驚いた。他所のお宅のなかに、お父さんとお母さんが、居た。

 顔は袋で隠れてたけど一目で解った。だって、家族だもん。

 声が出そうになって、京ちゃんにとても強く口を塞がれた。

 すぐに家を出て、京ちゃんの家に戻って、ようやく京ちゃんが口から手を離してくれた。それから、京ちゃんにすがりついて思い切り泣いた。

『京也!! なにしたのよ!! お姉ちゃん泣いてるじゃない!!』

『ごめん……ちょっとパンツが見たくなって、覗いちゃった。気付かれないと思ったと容疑者は自供を――――痛い!! マジ痛い!!』

 まもりが京ちゃんをバシバシと叩いてたけど、止められなかった。涙。


 そんな京ちゃんが、私にキスをした。京ちゃんが持ってた沢山の鍵も渡された。

 怖いよ。とっても怖いよ。きっと、とても危険なことをしに出かけたんだ。

 きっと、アザミさんと宮子ちゃんが原因。……昨日、真夜中に大きな声が流れたのも。銃の音がしたのも。

 ――――帰ってきたら……帰ってくるから、もう一度、バスタオル一枚で迫ってみようかな?

 ……また、同じ事を言われても今度は笑わない――――自信ないなぁ。京ちゃん、私の笑いのツボを押さえすぎだもん。

 ご褒美あげる。だから早く帰ってきて。早く笑顔にさせてね? お願い……。


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