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少年Z  作者: 髙田田
五月・下
109/123

・五月二十八日、花火の日

 一番早くに答えを決めたのは、アザミさんだった。

 北海道ではなく佐渡島。宮古ちゃんに同い年の友達を持たせてあげたいのだそうだ。

 宮古ちゃんは不満たらたらだったけれど、お母さんが言うなら仕方が無いんだってさ。

 江戸前シーランド公国の夢は潰えたよ。既に実行に移していたんだけど、キャンセルだ。


 次に答えを決めたのは、まもりだった。

 看護婦、看護の技術を学びたいのだそうだ。理由は、エロイボディを手に入れるため。

 川上さんに縦で叩かれていた。気持ちは解る。川上さんのボディが羨ましい気持ちはよく解る。


 その次に答えを決めたのは、朱音。

 何をどう勘違いしたのか、看護婦になるらしい。――――患者が泣くぞ?

 何だかんだで、まもりと朱音は二人で一人な所がある。支えあってる。

『きっと、まもりちゃん一人じゃ田辺くんの居ない暮らしに耐えられないだろうから』だってさ。

 もう、まもりと結婚しちゃいなよ。縦で叩かれた。それも三度だ。

 くそう、正当な使い方だから文句が言えない。


 その次に決めたのは大久保さん。――――え?

 沙耶ちゃんを連れ帰るよう、全隊員に命令を飛ばしました。

 退職願の枚数をゼロにしてやるという一言で後藤さんが動いた。まだ続いてたんだ、あの攻防。


 民間人に関しては、そもそも引き取る気も無かったので、ついでに持って帰ってもらうことにした。

 防衛省から滑走路、次は佐渡島、大変だろうけど、頑張ってください。――――お父さんでしょ?


 最後になったのは、神奈姉。

 自衛隊に入隊。正確には大久保さんの口利きで、自衛隊の訓練を受けてくるそうだ。

 ボクが倒れた時、結局は自衛隊の人達に頼るほか無かった自分が悔しいんだってさ。

 銃を向けられれば無力だった。自分の無力が悔しかった。もっと、強くなりたい。

 もしもタレットの使い方を知っていたなら、みんなを挽き肉に変えていたそうだ。

 ――――後藤さんが冷や汗を掻いていたよ。自衛隊の皆もね。……ボクも、これ以上、強くなられても困ります。


 それからボクだ。

 決まってる。最初から決まってる。ここを守り続けるだけに決まってる。

 佐渡島に誘われた。アメリカに誘われた。――――だから、英語は話せないんだってば。

 でも、ボクはここに居る。寂しくないよ? Zくんが傍に居てくれるんだから。

 しかも、万単位だ。そんなに羽田空港の二次レーダーの波は楽しいものなんだろうか?


 皆は佐渡島に、ボクはここに。

 そう、決まった。そう、決めた。インターネットがあるんだ、連絡だって取れるさ。

 北海道はいずれ火の海。佐渡島だって解らない。なにせ、油田が傍にあるんだからね?

 ここには何も無い。襲ったところで得られるものは何も無い。襲うだけ無駄なのさ。


 世界で一番安全な場所。それは何も無い荒野。

 誰も欲しがらない。誰も近寄らない。誰も訪れない。

 ――――人間という世界で一番危険な生き物が寄ってこない。

 だからボクは、この荒野に残って、ただ安全な場所を確保し続けるんだ。

 それが、プレッパーズって生き方なんだよ。勉強だって通信制があるさ。……あるよね?


 外国が攻めてきたら? もちろんZくんと相談だ。

 Zくんが全身の神経に寄生する際、人間の脳には耐えられないだけの過負荷が掛かるようだ。

 歯医者で神経に直接触れられるどころじゃない。

 本来ならショック死するはずが、Zくんのお陰でそれも出来ない。

 そりゃ、パニック状態にもなるさ。まさか、復活の儀式が死ぬより酷い目にあうことだなんてね?


 ここは、世界一安全な羽田空港D滑走路という名の荒野。

 だから、ボクはここでずっと皆を待ってるよ。危なくなったらいつでも待ってるからね?

 そんな日が来ないことを祈ってるけど。


 ◆  ◆


 ――――鳩王子こと、ゴム製品。

 彼の日記メールが届き続けるけど、ボクは何もしないとずっと前から決めていた。

 助ける手段が無いんだよ。世田谷の自宅からなら、クロ一号で助けにも行けたさ。

 でも、このD滑走路から多摩川を逆流して、王子様のように颯爽と現れる手段は無い。

 ブラックホークの一台も飛ばせれば良いんだけど、自動車の運転も出来ないボクに無理を言うな。

 だから返事をしない。だから返事をしてはいけない。ボクは、もう、死んだんだよ。

 頼ってはいけない人間なんだ。彼は自力で衣食住に医療まで、全部、自前で揃えた。

 Zくんに頼んで、あまり近寄らないようにお願いだけはしておいた。手助けはそれだけだ。

 鳩王子。ゴム製品。……あれ? 本名が思い出せない。

 確か……なんとか山。――――ゴム山さん、頑張れ! ボクはこのD滑走路から応援してるよ!!


 ――――二つの海堡を纏めあげたプリン頭の網元。

 滑走路から、海堡まではおよそ30kmの距離がある。

 水平線は10km先までしか見えない。

 ところがどっこい、こちらの高度を上げれば、ちゃんと遠くまで見えるんだよ。

 元は天体望遠鏡、たかだか30kmの距離なんて、手が届きそうな距離でしかない。

 海堡より北に船を出した不良漁師はちゃんと捕捉してるんだよ?

 バレ無いだろうと高を括った人達には、朱音号が直上から迫撃砲の砲弾をプレゼントだ。

 一発目は威嚇。でも、八割方、船が転覆するか炎上する。……砲弾、強すぎだよ。

 砲弾が爆発するたびに、プリン王がこちらに向けて土下座しているのを確認している。

 ボクという脅威がある限り、彼の地位は安泰だろう。攻め入ろうとするなら、ドンと来い。

 むしろ、造反勢力が間引き出来て助かるくらいだろうね?

 確か彼の名前は、島……そう、島本さんだ。頑張れ! ボクはこのD滑走路から応援してるよ!!


 実は言うほど孤独にもなれない。

 なにしろ米軍さんが二十四時間体制で監視中なんだから。

 むしろ、孤独になれないんだ。――――佐渡島についてなんか行けないんだよね。

 この歩く国家機密がさ。


 ◆  ◆


 花火の中で何が好きかと聞かれれば、線香花火だ。

 これを束にして、巨大な火炎玉を形成することが何よりの――――まもり、邪魔をしないでくれよ。

「京也は相変わらず風情が無いよね」

「ネズミ花火が好きな人間には言われたくないです」

「だから、好きじゃないってば!!」

「ボクと神奈姉で椀子ネズミ花火した時には、キャーキャー喜んでたじゃないか」

「怖がってたの!! アレのおかげで動じなくなったわよ。まったく……」

 桟橋要塞の縁に腰掛けて、一人で花火を楽しんでいたのに、まもりが来て台無しだよ。

 一人酒、一人花火、一人遊び、男の子の嗜みを邪魔しちゃ駄目じゃないか。


「あのさぁ、京也。私ね、京也のこと好きなんだよ?」

「殴り心地が?」

 殴られた。

「あのさぁ、京也。私ね、京也のこと、男の子として好きなんだよ?」

「男の子として俺を好き……つまりボーイズラブ?」

 殴られた。

「あのさぁ、京也! 私ね、京也のことを男の子として、異性として好きなんだよ!?」

「……逃げ場、無くすなよ。酷いじゃないか。あと、女の子の告白としてムードが台無しだと思う」

「それは、京也のせいでしょ!? ……いっつもいっつも逃げ回って!!

 私じゃ駄目なのかな? そんなに、お姉ちゃんのことだけしか考えられないのかな?」

 ……正直に、不誠実に、答えるべきなんだろうな。

 逃げ場、無くすなよ。もう……。


「実は――――そうでもない。

 ただ、まもりを振ると傷ついちゃうから、その顔が見たくないから逃げ回ってた。

 まもりが悲しかったり、苦しかったり、辛かったりするのは、嫌なんだよ」

「ねぇ、京也? それって、私の事が好きってことじゃないの?」

「うん、そうだけど?」

 まもりが頭を抱えてジタバタと、ここは滑走路の縁だから危ないんだけどな。


「な、ん、で、好きなのに振っちゃうの!? おかしいでしょ!?」

「うん、おかしいんだよ。ボクにはね、まもりを幸せにする自信が無いんだ。

 神奈姉も、朱音も、宮古ちゃんも、アザミさんも、みんなね」

「まさか、皆も好きって言わないでしょうね?」

「ははは、まっさか~。皆のこと大好きだよ。愛してる」

 アスファルトさんが殴られて……駄目だよ。そんなに強く叩いちゃ、手から血が出てる。

 まもりの手をとって、消毒。エタノール、痛いかな? ごめんね?

 ガーゼを包帯で巻いてハイお終い。これは殴るための包帯じゃないからね?


「神奈姉が教えてくれたんだ。男の子は誰か一人の女の子に優しくしないと駄目なんだってさ。

 だけど、ボクにはそれが出来なかったんだ。なら、京ちゃんは私だけに優しくしなさいって。

 でも、無理だったけどね。誰かが悲しかったり、苦しかったり、辛かったりするのは、嫌なんだ。

 優しくしたい、抱きしめたい、頭を撫でて、キスをして、その先まで……浮気性なのかな?」

「……へぇ、宮古ちゃん相手にそんな厭らしいこと考えてたんだ?」

 ――――はっ!? あらぬ疑いが!? 宮古ちゃん相手にその先は求めてません!!


「浮気性……。本気性? 女の子にだって独占欲があるもんね。だから幸せに出来ないんだ?」

「――――うん」

 男の八方美人は嫌われる。朱音に言われるまでもなく、ずっと前から知ってたよ。

 でもボクは、一度、心に受け入れてしまった相手は、どうしても優しくしたくなるんだよ。


「じゃあ、今も抱きしめたいんだ? 頭を撫でたいんだ? キスしたいんだ? その先も?」

「――――うん」

 ううう、恥ずかしい。顔が、赤くなって、まもりに……ニヤニヤと笑われてる。


「じゃあ、抱きしめて?」

 求められるままに、抱きしめた。

 鍛えているのに、まもりの身体はしっかりと柔らかくて女の子していた。

「京也、温かいね。……次は、頭を撫でて?」

 求められるままに、頭を撫で撫で。

 女の子の髪って、やっぱり何かが違うよね。何が違うんだろう?

「なんだか、子供になったみたい。……それじゃあ、その、次は、アレをして?」

 求められるままに、まもりの胸にボクの手の平が触れ……密着状態からでもボディーブローが出来るなんて。

「……京也、今更逃げちゃ駄目。キスして?」

 むしろ攻め気で行ったと思ったのですけど? ……まもりの唇って柔らかいな。

 ボクの唇はガサガサだから……あんまり気持ちよくなかったかな? ごめんね?

「……なんだか、おかしいね。さっきまで、恋人でも何でもなかったのに、すぐにキスまでしちゃった」

「まもりが積極的過ぎるんだよ」

「……じゃあ、満足したから、今日はここまで。続きは佐渡島から帰って来てからね?」

 ――――え? 思春期の男の子としてはここからが本番なのですが?

 まもり? まもりさん? まもりちゃん?

 ……スタスタと何の躊躇いも無い後姿はいっそ男らしく、伸ばしたボクの手はいっそ女々しく。


 皆が花火大会で盛り上がる中、ボクは一人、束ねた線香花火に火をつけて……。

「――――あーあ、まもりに先を越されるなんてね。

 でも、京ちゃんのファーストキスは私のものだからね?」

「あの、これは、どういう状況なのでしょうか?」

「じゃんけんの順番よ? 次は宮古ちゃんで、次が沙耶ちゃん、最後が朱音ちゃんで――――アザミさんも、隠れて来るかもね?」

 ボクに選択肢は無いらしい。もともと持ち合わせもないしなぁ。


「あ、宮古ちゃんにいやらしいことしちゃ駄目だからね?」

「しません。ボクは大変な紳士です」

「誰にでも手を出しちゃう、変態な紳士なのよね?」

 ――――酷いよ神奈姉。言いがかりじゃないところがとっても酷いよ。


 神奈姉の唇は、やっぱり柔らかかった。

 違いといえば、カサカサの部分を千切られたくらいだ。痛いよ、神奈姉。

「我慢しなさい。柔らかく無いと、朱音ちゃんや沙耶ちゃんが可哀想でしょ?」

「――――はい」


 花火は好きだ。パッと咲いて、パッと散る。それでお終い。

 でも、恋はそうじゃない。ずっと咲いて、萎れるまで咲き続ける。あるいは人生の終わりまで。


 一夫多妻制なんて邪悪な制度、誰が考えついたんだろう?

 女の子はね、たった一人を喜ばせるだけでも大変なことなんだよ?

 父さんなんて、母さん一人だけでも血を吐くほどに精一杯だったんだからね?

 女の子に囲まれたハーレム? 人数分、愛される努力を続ける心労を考えたなら、ゾッとするでしょ?


 宮古ちゃんは癒しだよ。抱っこして、頭撫でて、ホッペにチュウで満足――――してくれないですと!?

 ね? ゾッとするでしょ?

 ――――あらぬ疑いを掛けられない為に、どれだけの労苦を支払ったことやら。


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