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少年Z  作者: 髙田田
五月・下
108/123

・五月二十七日、海軍記念日

 日本に向けて、アメリカ合衆国の象徴である第七艦隊が出航した。

 ボクが口を閉じていれば、アメリカの国益が保証される。それはアメリカ合衆国の安全を保証する。

 アメリカ合衆国の艦隊が日本海のクルーズを楽しんでいる間は、日本の安全が保証される。

 だから、締結以来、初めて対等な関係で結ばれた日米安全保障条約の履行になるんだろう。


 でも、日本国内で起きる不平等、格差、諸々の問題は、日本が対処すべきことだ。

 国民であるZ患者の対処も含めてね?


 ロシアは銃弾で解決した。だから、人口は末狭まりになる。

 いずれやがて、どれだけの資源を抱えていても、自らで自らを死に至らしめるだろう。


 中国は軍閥が多数発生し、Zを抱えながら内部闘争に明け暮れている。

 Zくんなんて、銃でも車でも破壊できる程度の存在でしかないんだよ。

 命の価値が安ければ、脅威でもなんでもない。ただのランナー。ゴールはさせない。


 でも、争いが起きるたびに、Zくんの数が増えていくのはどうしてだろう?

 全世界の全人類がZになるまで、彼等は争いを止めないつもりなんだろうか?


 資源を持たない国に対しての対処は簡単だった。国益にならないから守らない。

 ずいぶんとドライなアメリカ合衆国の国家的指針だ。


 国益に反してでも他国を助けろと道徳を口にする売国奴は、いつの間にか姿を消した。

 おそロシアなんて言葉があったけど、バレてるぶんだけ随分と優しいと思う。

 本当に恐ろしい相手は、証拠なんて残さないんだよ。流石はNSA、宇宙の果てに証拠隠滅だ。

 キャトルミューティレーション。


 そんな中でボクが一人、悶え苦しんでいた。

 日本とか、アメリカとか、ロシアとか、全世界よりも青少年にとっての大問題だ。

 ――――進路志望。


 北海道政府の政策。破綻が目に見えているといっても時間はあるんだ。

 中学校くらい卒業しても良いような気もする。高校なら女子高校生とイチャイチャできる。

 大学……今はかなりの倍率になってるらしい。なにしろ、北海道には東京大学があるんだ。

 ほんとにあるんだよね。東京大学が北海道にさ。

 そして、北海道大学は当たり前のように北海道にある。

 首都機能移転の際、ついでに東京大学の本校舎も北海道に移転してきた。


 北海道大学校、入学に必要な最低偏差値は――――72。

 東京大学校、入学に必要な最低偏差値は――――75。

 防衛大学校、入学に必要な最低偏差値は――――83。

 この入学偏差値の高さには絶望した。

 後藤さんがいつの間にか、日本の最高学府を卒業した人扱いだ……。ここだけは絶対に潰そう。


 ボクの中学校での成績ですか? 中の上ですけど?

 ほら、プレッパー業に忙しくて普通の勉強なんてしてる暇が無かったから。

 でも、寄付金を五千億ほど積めば、名前を書くだけで入学できる簡単な大学もあるらしい。

 単位も寄付金を五千億ほど積めば、発行してくれるので、卒業も簡単な大学もあるらしい。

 腐敗だ。政治と共に教育の現場も腐敗してしまっている……。

 籍だけ四年間置いておけば、ボクは東大卒になれるらしい。総額一兆円の卒業証明書。

 学べることは、マネーイズパワー。ベリーベリーマイティパワー。いや、既に知ってるから。


 後藤さんのお勧めは、もちろん防衛大学だった。

 先輩風を吹かせたいらしい。誰がお前の風下に立ってやるものか。

 エリカさんに相談したところ、ハーバード、イェール、MITの再稼動も始まっていると聞かされた。

 彼女には自身の母校であるハーバード大学を勧められた。

 どうやら彼女は、未だにボクがジーニアススクール卒と思っている節がある。

 相談してもいないのに、リチャードさんからは、イェール大学を勧められた。

 そこはロングアイランドの対岸であり、アンダーザドームにも近い良い立地だそうだ。


 ――――あいきゃんのっとすぴーくいんぐりっしゅ。どぅーゆーあんだーすたんど?


 大検の資格ですか? 防衛省がプレゼントしてくれましたけど、どうしてでしょう?

 ちょっと、自衛官が飲み食いした事実をネットに流しそうになっただけなのに……。


 ◆  ◆


 終末に備え続けていた。だから、見つめてこなかった未来の話。

 皆にも考えてもらった。これから先を、どう生きていくのか。


 神奈姉は、ボクと一緒に居てくれるそうだ。放っておくと、何をするか解らないからだそうだ。

 ――――うん、良く解ってらっしゃる。うっかり防衛大学を潰すところだった。


 まもりは、ボクと一緒に居てくれるそうだ。放っておくと、何をするか解らないからだそうだ。

 ――――は? まもりはオリジナリティってものを知らないの? アイデンティティはどこ?

 殴られた。これが、彼女のオリジナル。そして暴力こそが存在証明。


 朱音は、ボクと一緒に居てくれるそうだ。ハーゲンダッツが食べ放題だから。

 ――――おい、そこの不要家族。ちょっと話があるから体育館裏に顔を貸せや。

 あ、その手に持った熱い熱い熱いさんは置いて、ボクの話を聞いて? スプーンを用意しないで?


 宮古ちゃんは、お姫様になるそうだ。相変わらず夢が壮大だなぁ。

 ――――江戸前シーランド公国を、ボクは用意しなければならないらしい。

 若洲で良いですか? え、駄目ですか? あぁ、あのネズミの国が良いんですか。

 Zくんと相談して、何とかあの地域一帯をZくんの無人地帯に出来ないだろうか?


 沙耶ちゃんは、ボクと結婚するそうだ。――――え?

 ボクのこと、旦那さまって呼んでたけど、ご主人様って意味じゃ無かったんですね?

 あと、大久保さんがその報告を聞いて涙を……鬼の形相で涙を……。新しい表情発見。


 結果、大乱闘。

 沙耶ちゃん、身体は小さいのに強いこと。砂で目潰しとか、そのやり口に見所を感じる。

 アザミさんが、『青春良いな~』とボヤいて居たので、まだ一月あると口にしたところ、熱い熱い熱いさんが、ボクの口の中に、『はい、あ~ん♪』。

 その味は、筆舌に尽くしがたいのではない。そもそも筆も持てなければ、舌も動かせないんだよ!!

 ――――誰だ、こんな狂気の凶器を用意した奴は!?

 はいボクですと、ボクが申し上げました。

 おかしいよ? 行き先は後藤の人の口の中だけだったはずなのに。

 要塞の設計図と共に、女の子達のリハビリ計画という名称の後藤虐めがウッカリ露見した。

 迂闊だった。まさか、神奈姉の目に留まるとは。

 吉村さんは未だに自分のことを恵一と呼ぶことがある。――――お可哀想にねぇ。


 ◆  ◆


 選民と、非選民。一億総中流と言われた時代も随分と昔の話。

 緩やかに広がりつつあった格差だったけれど、Zのパンデミックはそれとは別に進行した。

 衣食住に教育、全ては配給で賄われているけれど、人の心はそれじゃあ満足してくれない。

 隣の芝生が青いから、うちの芝生が茶色く見える。――――それは適度に管理しなよ?


 覆しがたい親の現状を目の当たりにした子供たち。

 公務員志望なのは、それ以外に真っ当な職が存在しないからだ。

 既得権益の壁。これは、個人の力で覆せるものじゃないからね。


 医者になれる子、科学者になれる子、そういった特別な子供達は良いさ。

 でも、普通で平凡で取り柄といえるものも無い子は、ただ、使い潰されるだけの手足になる。

 生産者さまの手足となって働いて、自分達の子供を生産者さまの新しい手足に育て上げるんだ。

 再生産される社会。見えている破綻、見えている終わり、見えている終末。

 だけど、誰も備えようとはしていない。

 だけど、誰も覆そうとは考えていない。

 ――――覆せるのは力ある生産者さまだけだから。


 彼等はプレッパーズを馬鹿にしていた。笑い者にしていた。道化扱いしていた。

『この社会に終わりなんて来るわけが無いだろう?』――――馬鹿はお前達だよ、道化ども。

 終わらない社会なんてない。終わらない世界なんてない。運良く人生が先に終わるだけさ。


 北海道の観光はしてこなかった。出来なかったから。吐き気がしたから。

 すぐそこに迫る危機に気付いても居ない、彼等の脳天気な頭に反吐が出たからだ。

 ――――ススキノに行く気なんて無かったよ。きっと、アザミさんの顔を見られなくなるから。


 だから、脳天気にもススキノで豪遊してきた後藤の人には心底、腹が立った。

 デリカシーが無いにも程がある。知らないのだから、仕方がないんだけどさ。

 人前では何でもないような顔をしていたけど、まだ、二月も経たないんだよ?


 ――――連想、しちゃったんだろうな。

 アザミさんが泣いてたの、初めてだったような気がする。

 優しく抱きしめて、頭を撫で続ける、それだけでいいんだって。教えてくれた。

 それだけでいいって――――思春期のボクとしては色々と大変なんですけど、むしろ。


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