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少年Z  作者: 髙田田
五月・下
107/123

・五月二十六日、県民防災の日

「……おい、クソガキ。俺と養子縁組する気はないか?」

「ぜんぜん、まったく、これっぽっちも、ありません」

 精神が狂気に陥ったらしい後藤の人が、寝言を起きながらにして口にした。


「借金の件なら関係ない。払う当てならちゃんとある」

「後藤さんの借金なら、防衛省で差し押さえて、今後五十年払いで支払われる予定ですが?

 もちろん、退職金も含めて全額が当てられることになりますけど?」

「お前! いつの間にそんなことしやがったんだよ!?」

「まぁ、北海道に居るうちに、寝言でムニャムニャと……」

 留置所内の会話もちゃんと拾われていたし、懐中電灯やら無意味な呼びかけやらで起こされるさまも記録されていた。その一部として後藤さんの給料の行方が決定した。


「くそっ! ……俺はな、北海道の出身なんだよ。親は農家だ、土地はあっても金は無かった。

 大学に行く資金も他の兄弟たちに回したかったから、俺は防衛大に入ったんだよ」

「それは……信じられません」

「俺にだってな、肉親を思う気持ちはあるんだぞ?」

「いや、知能の面で。防衛大って、名前が書ければ入れる大学なんですか?」

 後藤の人は、潮風に顔を向けて話を続けた。

 スルーって酷い。無視って酷いと思う。人間として一番やってはいけないことだと思います!!


「Zが発生する前はな、それは貧乏な生活で、俺が毎月仕送りをしてたくらいの農家だ。

 それが、今年になって帰ってみると、百人以上の人間を雇う大農家になってやがった。

 それから一言だ。あぁ、仕送りか……そんな少ない金、別に要らないってよ。

 毎年毎年、盆と正月には礼を言ってくれた親父とお袋がだぞ!? 解るか、この気持ち!?」

「――――さっぱり?」

 潮風が目に染みるんだろう。

 後藤の人が涙ぐんでいた。グスングスンと……可愛くない。


「お金ってのは怖いな……人間を変えちまうんだよ。

 あの、清貧を絵に描いた親父とお袋が、今ではクワ持つ手よりも札束数える手の方が忙しいんだよ。

 左団扇の生活ってのは怖いよな。……俺のことを、お金の無い可哀想な子の目で見るんだぞ!?

 反吐が出るぞ!! だから俺は、給料の全てをススキノでの豪遊に使ったんだよ!! 悪いか!?」

「――――来年からの給料は棒引きされますから、実際にお金の無い可哀想な子ですけど?」

「それはお前のせいだろうが!!」

「いえ、無責任に飲み食いした後藤さんのせいですけど?」

 責任転嫁も甚だしい。散々飲み食いしたのは自分達でしょうに。

 あ、またスルーしやがった。この男。


「うちの親父とお袋が揃って言うんだよ。もう自衛隊なんか辞めて、金勘定に手を貸せってな。

 五億円は確かに大金だが、今のうちの家計なら支払えない額じゃないんだよ。

 どれだけこの滑走路に居ても、ここに未来は無いぞ? お前自身、それは解ってるんだろ?

 北海道に来て、普通に学生やって、普通に大学に入って、普通の暮らしをしてみないか?

 その為の身元引き受けだ。確かにお前には金がある。でも、それだけだ……未来が無い」

「――――そうですね。せめて結婚して、子供を持った人に言われたなら説得されたかもしれません」

「お前なぁ、的確に耳に痛いこと言うなよ……」

 プレッパーズ。引き篭もりを卒業して、普通の学校に、か……。

 神奈姉や、まもり、朱音、宮古ちゃんにだって将来はある。

 こんな異常なボクの、引き篭もり要塞に閉じ込めておくことは、幸せじゃないんだろうな。


 普通に青春して、普通に友情して、普通に恋をして、普通に結婚して、普通に家族を持つ。

 ボクはさておき、皆にはその資格がある。

 まだ、誰も傷つけていない、まだ、誰も殺していない、まだ、魂は綺麗なままだ……。

 戻りたければいつでも戻れるんだ。でも、ボクは、駄目かな? 駄目な、気がする。


 奪いすぎた。殺しすぎた。手が汚れすぎた。魂も一緒にだ。

 粘菌Zくんが万能でも、芝浦さんの命は戻ってこない。

 斉藤さん、鈴木さん、本宮さん、多嶋さん、小山さん、鈴木さん……その一家の全て。

 襲ってきた分には正当防衛かもしれない。だけど、そうじゃない人も多かった。

 警察署で殺された強盗団は自業自得だ。だけど、彼等に殺されたZの人達は戻ってこない。

 若洲で犠牲になった漁師も自業自得だ。だけど、彼等に殺されたZの人達は戻ってこない。

 若洲を離島にするために、橋の破壊のために殺したZの人達も戻ってこない。

 アザミさんを助けるために、大炎上の輪の中に飛び込ませたZの人達も戻ってこない。

 一年間、平和を演出するために、殺し続けた全てのZの人達は、もう誰も戻ってこないんだ。


 そんなボクに未来を手にする資格があるのかな?

 暖かで優しい未来を手にする資格があるのかな?


 治らないなら仕方が無い。――――でも、今のボクは、治せてしまうんだよ。

 それなのに、何にも無かったフリをしてる。そんなボクが幸せの中に溶け込んでも良いのかな?


 それにね――――北海道の人達に、反吐が出るって感想は後藤さんと一緒なんだよ。

 自衛隊と機動隊が頑張りすぎた。だから、未だに平和の中で寝惚けていられるんだよ。

 明日、日米安保が無効になれば、北から堂々とロシアが南下してくるって言うのにね?

 未だに平和ボケした人達のなかで暮らしていけるほど、ボクは暖かい心を持っていない。


「後藤さんは、家族や地元の友人達とZの話しをしましたか?」

「いや? わざわざ口に出すことじゃないからな。場が白けるだけの話題だろ?」

 そっか。聞いてないのか。

 じゃあ、情報不足で解ってないんだね。


「北海道の人達って、Zのことをゾンビって呼ぶそうですよ。

 未だにZじゃなくてゾンビなんです。他人事。だから、生きた人間じゃなくて怪物のゾンビ。

 本州から逃げてきた人達は、身内や知り合いが多いから、病人のZって呼ぶんですけどね?

 ……そんな人達の目の前で、ゾンビゾンビって口にしてるんですよ」

「――――そうだったのか、それは酷いな」

 デリカリーの無い男にしては珍しいデリカシーを見せるもんだな。


「それから、格差社会も酷いものなんですよ。

 元々、北海道に土地や工場などを持っていた人達は、指数関数的に裕福になっていきます。

 でも、本州から逃げてきた人達は配給職と薄給を頼りに、爪に火を灯す生活をしています。

 ――――だから、お気持ちは嬉しくも無いんですけど、やっぱりお断りします」

「まて、意味が解らんぞ。格差が酷いからって、なんで断るんだよ?

 俺の実家は裕福だから、お前一人……お嬢ちゃん達を含めて、どうにか出来る位の余力はあるんだぞ?」

「その歳で親の財布を当てにしてる時点で、駄目な気もするんですけどね……。

 格差社会の次は――――暴動です。革命です。持てる者に持たざる者が牙を剥く日が来ます。


 ……。

 ……。

 ……。

 北海道には未来がある。

 後藤さんはそう思ったのかもしれませんけど、北海道自身に未来がありませんよ?

 五年後か、十年後か、もっと近くか、必ず破綻の日が訪れて、全てがZに飲み込まれることでしょう。

 今では一発の銃弾、一つのナイフがパンデミックの元なんですから。

 未来に絶望した人々が、とても良い場所を選んで、自らZになることを選ぶでしょうね。

 それを止めるのは不可能でしょう? それに助成する国外勢力もあることでしょうしね?

 だから、北海道はお終いなんです。盤面上は既に詰みの状態なんですよ。

 次の首都は何処になるんでしょうか? 案外、佐渡島になるかもしれませんね?

 流石は大久保さんだ、良い判断をしてらっしゃる。

 島民全員が罪人です。共に罪を分かち合いながら、仲良く暮らしていくことでしょうねぇ」


 ――――後藤の人が、頭を巡らせて蒼ざめているな。

 銃を振り回すことしか能が無くても、防衛大を卒業しただけの脳は入ってたらしい。

 北海道は末広がりの好景気に見える。だけど、その末広がりは風船を破裂させる形の末広がりだ。

 政治家達は、それが破裂する日まで歪な成長を止めない。だって、お金が大好きなんだから。

 献金してくれる富裕層を優遇してくれることだろう。一年前と、一緒なんだよ。


 いつの日か、佐渡島に集った五千人の自衛隊員は大きな役割を果たす。

 無能極まりない政府を退け、搾取するだけの富裕層を見殺し、日本に秩序をもたらすだろう。

 クーデターだ。独立政府だ。新しい日本の夜明けだ。佐渡島発、維新の日の出だよ。

 それが後藤さんの役割です。しっかりしてくださいねぇ? 佐渡島の英雄さん?


「……どうすれば、止められる?

 どうすれば止められるんだ!? 何か手段はあるんだろ!!」

「そんなの簡単ですよ?

 みんなで優しく、仲良く過ごせば良いんです。

 ――――出来るものならやってみろって話ですけどね? ははは、人間風情が出来るものなら」

 滑走路のアスファルトを殴らないでくださいよ。

 アスファルトさんが可哀想です。ごめんね、アスファルトさん。

 この類人猿には、あとで、しっかりと苦しんでもらうからね?


「何を、すれば良い?

 ――――答えろ、クソガキ」

「優秀で誠実な人材の引き抜きをして、来るべき日に備えることでしょうか?

 あと、その日が来た時に、必要の無い人間を受け入れないことでしょうか?

 とくに政治家とか、政治家とか、政治家とか、官僚なんかもついでに。役に立たないんだから。

 日本を壊し、次に北海道まで破壊した、お前等に特等席が有るわけがないだろうってね?」

 だから、アスファルトさんを殴るなっ!!

 アスファルトさんは日々、ボク達を支えてくれている有り難い油なんだぞ!!


「プレッパーズ、備える人々。だったか?」

「はい、プレッパーズは来るべき災厄を想像し、それに備える普通の人々です。

 平和ボケしている北海道の人や、後藤の人なんかと一緒にしないでくださいな。

 養子縁組の件ですが、改めてお断りします。後藤さんを息子にするのは気持ちが悪くて……」

「逆だよ逆!! どこまでも舐めやがってこのクソガキが!!」

「舐めたくないです。中年特有の油の味がしそうで……」

 類人猿とはいえ流石は現役自衛官だ。素手の組み打ちでは敵わなかった。

 だがしかし、決まり手は45倍x45倍x45倍の計略でボクの勝利だった。

 それにしても山本さんは本当に幸せそうに、熱い熱い熱いさんを食べさせるなぁ。

 ダメンズウォーカーのリハビリが、新しい扉を開いてしまったらしい。

 とてもとても楽しそうだ。良かったね?


 ――――神奈姉はお願いだから、それ以上、開かないでね?


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